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世界がデスゲームになったけど、俺だけ別ゲーやってます。  作者: 相川みかげ/Ni
1.俺たちの世界が買収されたと思ったら、現実になって帰ってきた
26/82

幕間 少女A①

※注意

主人公視点ではありません。デスゲームを楽しむなんて能天気な性格ではありません。

その事に気をつけて読んでいってください。


 ――運が良かった、のだと思う。



 あの日――世界が変わってしまった日から今日まで、ただの女子高校生だった私が生きてこれたのは本当に偶然だった。


 夏休みの内の何気ない1日だった。


 女友達と一緒にショッピングモールに出かけていた私が、その時を迎えたのはトイレの個室にいる時だった。


 どちらかと言えば内向的な性格の私が、小洒落たアパレルのスタッフに気後れしてしまい、友人達に断りを入れてから1人になって一息吐いていたその時、外から悲鳴が聞こえた。


 「何かあったのだろうか?」と、その悲鳴を聞いただけではその程度にしか感じてなかった。

 今にして思えば、野次馬根性を発揮して様子を見に行かなかった自分を褒めてやりたい。


 しばらくしても悲鳴と怒号が鳴り止まぬ事で、私はようやく事態の重さに気づいた。

 この時は確か……そうだ。ショッピングモールがテロリストに占拠されたのだと思っていたのだった。海外のニュースで似たような事件を見ていたから自然とそう思ったのだ。

 

 いまさら逃げても、かえって危険。もし見つかってもすぐに殺される事はない……といいなぁ。


 そんな曖昧な考えから私はトイレの個室から動かなかった。……その時はまだ、現場を見ていなかったけど、それなりにパニックになっていたのだろう。まともな思考ができていたとは言いにくい。


 けれど、この判断のお陰で私は今でも生きている。それだけは確かだった。


 スマートフォンで助けを求めようとしたが、電話は繋がらず、ツイッターも電波が繋がらないせいで書き込めない。


 何もする事ができないまま、徐々に声が少なくなっていく中で、もう外は制圧されてしまっているのだろうかと思って心配になっていたその時だった。


 息を荒げた誰かがトイレの中に入ってくる気配を感じた。

 顔を見なくてもわかる焦燥振りに何があったのか聞こうとしたその時。


「ひっ!? やめろ、来るなあっ!!」


 男の、余裕のない声が大きく響いた。


 思わずビクリとしたのを覚えている。だってここは女子トイレだ。男が入ってきたらどんな状況でもビックリするだろう。

 ……その男も、自分が普段なら入れない場所だから女子トイレに逃げ込んだのかもしれない。もっとも、今となっては確かめようもない事なのだけれど。


 声をかけるのを躊躇った私が次に聞いたのは「ギャッ!」という男の短い悲鳴と、何かを叩きつけたようなゴッという鈍い音だった。

 そして、バタリと地面に何かが倒れる音がした。


 息を呑む。頭が事態に追いついていないが、すぐそばで人が襲われている事だけは理解した。

 私は自分が標的になる事を恐れて、悲鳴だけは出さないようにと口元を両手で抑えた。

 ……すぐにその行動を後悔した。塞ぐのは口ではなく耳にするべきだった。


 目を閉じ、口を塞いだ私の耳に聞こえてきたのはグチャリと肉が潰れる生々しい音だった。


 それが何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もくりかえして聞こえた。


 足元にナニカが流れてくるのを感じる。その事に不快感を感じる余裕なんてなかった。あの時の私は、早くこの地獄のような時間が終わってくれとただ無心で願っていた。


 ……気づけば、その音は聞こえなくなっていた。

 扉の向こうに気配は感じない。ただ、異臭がこの密閉空間に充満してるだけだった。これが血の匂いであり、死臭だと知ったのは最近の事だ。


 口元を抑えたまま、目を開ける。


 足元は真っ赤に染まっていた。大半は排水口に流れてしまったのだろう。残っている量は少ない。

 けれど、ここまでそれが流れてきていたという事実はこのどす黒い赤色ではっきりとわかってしまう。


 ……私はしばらくの間、扉を開ける事ができなかった。まだ目にしてなかったけれど、扉の先の光景を何となく察していたからだ。


 いつから世界はこんなスプラッタなB級海外映画のようになってしまったのだろうか。そんな風に嘆きながら、時折聞こえる悲鳴すらも耳を塞いでシャットダウンし、身をすくめていた。


 どれくらいそうしていただろう。少なくとも3時間くらいは経っていたと思う。


 こんなにも凄惨な状況だというのに、私のお腹は空腹を訴えかけていた。どうやら私はグロいものを見ても食欲が消える事はないらしい。そんな事、知りたくなかった。


 耳から手を離すと、あれだけ聞こえていた悲鳴もすっかり止んでいた事に気づく。


 外にいると思われる猟奇殺人犯を警戒しながらも、私はここから出る事を決心した。どのみちここに居続ける訳にもいかない。食料の問題もあるからだ。


 それに、よく考えてみればトイレの個室が閉まっていれば、中に誰か居ると考えるのが自然だ。

 わざわざ犯人が私を見逃した理由がわからない。それを確かめるためにも外の様子を確かめるのは避けられない事だった。


 音を立てないように慎重に、薄眼で下を見ないようにしてトイレを脱出する。見てしまったら動けなくなってしまうと思ったからだ。……途中で何かを踏んだような感触がしたが、全力で無視した。


 そうして柱の陰から、私は見た。


 血塗られた床。無造作に置き捨てられた、破壊されきって元が何かわからなくなった肉塊。人としての尊厳を犯され、虚ろな目をした女性。そして今も衝動を発散するように腰を振る……ゴブリン。


 ……ああ、これは無理だ。私にはこんなのどうしようもない。

 私が一人で震えていた時にはもう、世界はダークファンタジーに染まりきっていたらしい。それを知って私はただ絶望するしかなかった。

 

 小説やゲームは好きだ。こういう展開だって何度も見た事がある。突然襲いかかる理不尽に立ち向かい困難を退ける主人公。使い尽くされた展開故に面白い。


 ……だけど、私はいいとこ、少女Aだ。物語に出てくる名前のないモブだ。背景でひっそりと死んでしまうような誰の目にも止まらない儚い存在だ。


 ――主人公、なんかじゃない。


 人が相手なら、まだ相手の良心に訴えかけるという事もできたかもしれないけれど、アレは違う。


 アレはただの(モンスター)だ。人が理性で押し付けている欲望を曝け出した、欲望だけに執着した醜悪な生き物だ。

 話し合いなんてできるはずがない。できるわけがない。


 ファンタジー系の物語では弱い印象しかないゴブリンだって、こうして現実に出てきてしまったら、ただの人にはどうしようもなかった。


 私も見つかったらあの肉塊の山か、死ぬまで全てを汚され続けるか、どちらかしか待っていない事は容易に想像できた。


 過呼吸が止まらない。胸の奥から込み上げてくる吐き気を堪え、私はトイレに戻る。


 あの時の私を支配していたのは、「あんなふうに死にたくない」というあまりにも単純な願いだった。


 幸い腰は抜けなかった。あまりにも現実が現実離れしていて上手く信じられなかったのかもしれない。手足は恐怖で震えていたが、動けなくなるほどではなかった。


 拙い動きで音も少し出ていたが、私があの時見たゴブリンは目の前の女性を汚すのに夢中で私には気づかなかったらしい。


 ……後に救出されたその女性は、今でも心を病んでいる。あの時、私に何ができたとも思わないが、その事にどうしても罪悪感を覚えてしまう。少し運命が違えば、私がそうなっていたのだから。


「――早く、終わって……!」


 扉を閉め、目を瞑り、耳を塞ぎ。私は願うようにそう呟いた。




 ――結局、世界が変わってしまったあの日。私ができたのはただ震えて助けを待つ事だけだった。


 そうしているうちに、議員の秘書だという偉い人が生き残っていた人達を統率して1日かけて、ショッピングモールを襲撃したモンスターを1匹残らず駆逐したらしい。


 それを私が知ったのは扉の向こうの音に逐一気を取られ、一睡も出来ずに迎えた次の日の朝の事だった。モンスターの狩り残しがいないか、フロアの探索をしていた人によって私は保護されたのだ。


 モンスターがいなくなり、一時的に安全地帯となったショッピングモールで生きていた人は100人にギリギリ満たないくらいだった。……その中に私の友人はいなかった。ショッピングモールから脱出したか、あるいは……これ以上は思い浮かべたくない。


 家族とも連絡がつかないままだ。私は1人ぼっちになってしまった。


 ……本当に、私は運が良かったのだろうか?


 「死ななくてよかった」と思う反面、今の私には「生きていたい」と思えるだけの何かはなかった。


 むしろ、この世界で生き続ける方が苦しいんじゃないかとすら最近は思えてきた。


 ……何でも、生き残った人達が言うにはこの世界はデスゲームになってしまったらしい。

 アナウンスのようなものがあったらしいけれど、私は耳を塞いでいたためにそれを聞き逃していた。

 

 それはとにかく、ゲームのようになってしまったこの世界では、人もいろんな力が使えるようになった。その力を使ってこのショッピングモールを襲っていたモンスター達を倒したらしい。


 ――そして、そんな力が人に与えられたという事は、これから先の人生は戦いと隣り合わせだという事を示していた。


 ……私には無理だ。モンスターがどうしようもなく、怖い。

 「生きていたい」とも思っていないのに、あの日の記憶のせいでモンスターに殺される事だけは嫌だと思っている自分がいる。


 今の私を動かしているのは「死にたくない」という純粋な願いだけだった。それ以外のものは、もうどうでもいい。

 



 あの日から心は冷え切ったままだ。何かをしたいという熱量も何処かに消え去ってしまった。


 ――私は少女A。この世界を死んだように生きている。


 


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