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世界がデスゲームになったけど、俺だけ別ゲーやってます。  作者: 相川みかげ/Ni
1.俺たちの世界が買収されたと思ったら、現実になって帰ってきた
24/82

1章エピローグ 星満ちる夜

「……もういいっすか。いいっすよね」


 うずうずと、待ちきれないと言わんばかりに黒乃が催促する。


 黒乃の右腕は三角巾で吊って固定され、半袖のTシャツから露出している腕には包帯が巻かれている。長ズボンで隠れている足も同様に包帯が巻かれている筈だ。


 どこからどう見ても重度の怪我人だが、黒乃はそれを思わせない程に活き活きとしていた。

 気持ちはわかるが少しは落ち着いてほしい。


「いや、めっちゃ赤いぞこれ。絶対、火通ってないだろ……」


 ジュウジュウと音を立てる目の前の大小様々な大きさの肉は、バーベキュー用のコンロで2分ほど焼いているが赤いままだ。……焼く前と比べると、若干色が濃くなったようにも見えるが、もしかしたら火が通ってないのかもしれない。


「大丈夫っすよ! 火を吐いてたドラゴンのお肉だから火が通っても赤いままなんすよ、きっと!」


「本当かよ。腹壊しても知らねーぞ」


「そんなお母さんみたいな事言わないでくださいよー。今日くらいはいいじゃないっすか、こういうのも」


「……それもそう、なのか? まあいいや。レアもいい所だけど焼くのはこれくらいにして──」


 黒乃のいう事も一理あるかもしれない。


 俺達はフロアボス撃破という大きな戦果を挙げた。

 たった2人の無礼講だけど今日くらいは羽目を外して馬鹿みたいにはしゃいだっていいだろう。目下の脅威は退けたのだから。


「いただきまーす!!」


「あっ、てめっ! それ、俺が取ろうと思ってたやつ!」


「焼肉にキープなんて概念ないんですよ~♪」 


 いいぞと言う前に俺の近くで焼いていた肉厚のステーキを黒乃がかっさらっていきやがった。


 ……普段は温厚な俺でも、流石に許せないラインはある。自分の為に焼いていた肉を誰かに取られるのはA級侵害行為。もはや戦争しかないというレベルだ。


 ……まあでも、こうして2人揃って笑えるような運命を手繰り寄せられた。その事実に免じて今日くらいは許してやろう。うん。


「……ったく。次やったら助走つけて腹パンだからな」


「罰が重すぎませんか!?」


 美味しそうに肉を頬張る黒乃に笑顔でそう言うと、何故かビックリした顔で反論してきた。


 いや、俺の全力の腹パンなんて黒乃にとってはデコピン程度の痛みしかないだろう。そんなに驚かなくても。


「いや、どうせ俺の攻撃なんて通らないしそれくらいしてもいいかなって」


「軽い!? 私、女の子っすよ! もっと大事にしてください!」


「ええ、注文が多いなあ。じゃあ、デコピンにしてやるから黒乃もこれ以上俺の肉取るなよ」


 まあ、確かに絵面的にはよろしくない。ここはデコピンで勘弁してやろう。


「山ほどあるんですからそんなにケチケチしなくてもいいじゃないっすかー」


「バカ、量の問題じゃねーんだよ。気持ちの問題なの」 


 ぶーと頬を膨らませる黒乃にそう言い、俺も一口サイズの肉を取り、焼肉のタレにつけて口に運ぶ。


 見た目に反して、火はちゃんと通っていたらしい。食感は普通に焼いた肉と一緒だ。

 噛むと口の中に肉汁が溢れる。味は豚肉に近いだろうか。さっぱりとした感じの味だ。


 ……うん。美味い。死線を超えた後だからか、なおさらそう思った。




 フロアボスを倒したその日の夜。俺と黒乃は黒乃の家の庭を使って祝勝会と称してバーベキューをする事になった。


 それというのも、フロアボス討伐の報酬であるドロップアイテムで素材と思われる鱗や爪の他に大量のドラゴンの肉が手に入ったからだ。


 竜の肉なんて、こんな世界にならないと存在しない代物だ。フレーバーテキストを見る限り、毒がある訳でもなし。ならば、俺も黒乃も食べないという選択肢を取る気はなかった。


 そんな訳で、日も暮れかかった夕暮れ時。黒乃宅にあったバーベキューコンロを引っ張りだしてきて、焼肉パーティが始まった。


 地下でやらないのは煙が充満して大変な事になりそうだったからだ。夜の外は危険だけど竜の肉という誘惑には勝てなかった。


 俺も黒乃も浮かれている自覚はあるが、これでテンションが上がらない奴なんていないだろう。


 とはいえ、最低限の警戒はしている。

 匂いにつられてモンスターがやってくるかもしれないので、俺の使役するモンスターに周囲の警護をさせている。


 ……だが、フロアボスが暴れた影響で隠れて警戒しているのだろう。周辺は異様な程に静かで正直、警戒する必要もないと思うくらいだった。

 

「……いやあ、一時はどうなる事かと思ったけど、何とかなりましたねえ」


 太陽が沈み、空に星が見え出してきた。


 店で頼んだら10人前分くらいは軽く超えそうなくらいの量の肉をたわいもない話をしながら2人で食べ、お腹も大分膨れてきたと思い始めた時だった。


 使い捨てのプラスチックのコップに入れたコーラをストローを使って飲んでいた黒乃が空を見上げてホッとしたようにそう言った。


 何とかなった、と言えばフロアボスの事だろう。


「そうだな。……本当はもっと余裕を持って倒すつもりだったけど、上手くいかなかった。悪いな、黒乃。大分負担かけちまった」


 後悔、とまでは言わないけれど、所々の判断ミスのせいで危険な橋を渡る事になってしまった事は反省しないといけない。


 安定択だけで勝てるならそっちの方がいいに決まってる。

 それができないのならば、せめて負担は俺が背負うべきだった。


 勝利後、黒乃はレベルアップ時に手に入ったSP(スキルポイント)で新たに《回復魔法》のスキルを習得した。


 これで、右腕の骨折以外はほぼ完治している。その骨折もちゃんと安静にして定期的に回復魔法をかけていれば、1週間程度で回復するらしい。


 黒乃の体に傷が残らない事は喜ばしい事だが、それで傷ついたという事実がなくなる訳ではない。


「多少の怪我はしょうがないっすよ。誰も死んでないし、勝ったんだからそれでチャラっす」


 一時撤退した時と同じように、黒乃は俺の謝罪をクスリと笑って受け入れた。


 その言葉を聞いて、前々から聞こうと思っていた事を思い出す。


「……あのさ。今更なんだけど、黒乃はなんで俺のやりたい事を手伝ってくれるんだ? 言っちゃ悪いけど、黒乃はこういう事、自分からやろうとはしないだろ?」


 まだ、出会ってから1週間も経っていないが、黒乃の性格は大体掴めている。


 能天気で楽観的で、刹那主義。


 自分が楽しければそれでいい、俺と同類の人種。


 少なくとも、進んで人助けをしたいとは微塵も思っていないだろう。


 そんな彼女が俺と共に行動して、命まで張って俺を助けて、危険に身を晒しながらもヘラヘラと笑っている理由がどうしてもわからなかった。


「……なんだか、本当に今更っすね」


 突然、問いを投げかけられた黒乃は少しだけ考え込んだ後、そう返してくる。


「聞くのは野暮だと思ってたからな。……だけど、どうしてだろうな。今はもっと黒乃の事、知りたいって思ってる」


「そんなに真剣だとなんか照れるっすね、エヘヘ」

 

 黒乃がはにかんだように笑う。


 そして、口を再び開いた。


「……京さんが考えてる程、大した理由はないっすよ。これが今の私のやりたい事で楽しめる事ってだけです」


「……よくわからないな。それだけで命まで俺に預けていいのかよ?」


「別に預けた覚えはないっすけど……まあ、それくらいには信用してますよ、京さんの事」


 ……ダメだ。わからない。それだけじゃ黒乃がそこまでする理由に見当がつかない。


 俺が納得していない事に気づいたのだろう。黒乃は少しうーんと悩んだ後にポツリとこう言った。


「……私って、天才みたいなんです」


「……うん?」


 いきなり何を言いだすのだろう、この子は。


 そう思った俺の心を見透かしたようにこう続ける。


「正確には天才と呼ばれていた、が正解っすけどね。自分じゃそんなにスゴいとは思ってないっすよ」


「どういう意味?」


「私、一度やった事なら大体の事は出来るんですよ。勉強もスポーツも遊びも一度経験すれば直ぐに何でもできるようになるんです」


「それは……十分スゴい才能じゃないか?」


「天才って言うには程遠いと思いますけどねえ。……まあ、それは置いといて中学生の私は周りから「天才だ」って言われ続けていたわけです」


 困ったような表情でそう言った所を見るに本人的には天才という表現は分不相応だと思っているのだろう。


「……私的にはそんな事思っていなかったけれど、私って勝負事には手を抜けないタイプなんですよ。結果が出て誰かと比べられるなら常に一番でいたいって思った訳です」


「それなら、何となくわかる。勝つか負けるかなら、そりゃ勝ちたいよな」


「ええ。だから私は「天才」の名に恥じないよう常に一番であり続けました。自分がやった事では常にトップで居続けようと努力して勝ち続けました。部活で助っ人を頼まれては勝利の山を築きました」


 そう語る黒乃は華々しい言葉とは裏腹に何処か寂しそうだった。


「……でもやっぱり、私は天才なんかじゃなかったんすよ」


「今の言葉を聞く限りだと、十分すぎると思うけど……」


「違うっすよ、京さん。確かに私は結果は残し続けたけれど、そこに熱量はなかったんです。

 あの時の私はやりたかったからやっていたんじゃなくて、やれたからやっていただけなんですよ」


 その言葉を聞いて、黒乃の言葉の意味をようやく理解した。


 確かにそれでは天才とは呼べない。


「模試の1位も、バスケのトロフィーもソフトボールの金メダルだって別に私はいらなかったんですよ。ただやれたからやっただけなんです。あの頃の私は楽しいなんて感情とは皆無だったんですよ」


 結局、どれだけの才能があろうと、楽しんでやり続ける才能がなければ、何処かで崩れてしまう。崩れてそのまま燻るような才能が天才である筈がない。そんな事は自明の理だ。


「まあ、それでもワザと手を抜いて負けるって事も出来ないっすからねー。ズルズルと勝利だけを重ねて過ごしていた私だったんですけど……やっぱり真面目に頑張ってる人達にはわかっちゃうんですよね、そういうの」


「……」


「テストで万年2位で、私のせいで目標だった高校の推薦を貰えなかった女の子がこう言ってましたよ。「いらないなら私に寄越せ!」ってね。……正直、その通りだと思ったっす」


 ……黒乃は崩れたのだろう。意思もないままに最後まで勝ち続けた結果、勝つ事に嫌気がさしたんだ。


「別にその子の努力が足りなかったとかそんな話じゃないっすよ。友達だったからそのくらいは知ってます。

 人一倍に努力していて、そんな自分を誇っていた……その努力がやれるからやっていただけの私に踏みにじられるなんてのは、あっちゃいけないんです……やる気もないのに勝ち続けちゃいけなかったんです」


 ……前に「友達はいても仲間はいなかった」と言っていたが、それも当然か。

 力関係云々よりもまず先に黒乃の意思がそこになかったのなら、仲間になどなりようがない。


「……その女の子はどうなったんだ?」


「ちゃんと目標の高校に一般で受かりましたよ。その時の喧嘩ももう仲直りしてます」


「そっか。それならまあ、いいんじゃないか?」


「ええ。だからここから先は私の話です」


 一呼吸置いて、黒乃は再び口を開く。


「その言葉を聞いてから、私はやれるからやってきた事をやめて、私のやりたい事を探し始めました」


「それがゲームだったって訳か」


「……初めて勝ちたいって純粋に思えたんです。周りの評価とか決められたレールからは外れた生き方かもしれないけれど、でも確かに勝ちたいって、楽しいって思えたんです」


 その言葉に嘘偽りはないのだろう。


 理由や理屈は関係なく、敷かれたレールから外れて、初めて自分から探し始めた道。そこでようやく彼女は自分のやりたい事を見つけたのだ。


 黒乃の綻んだその表情を見ると自然とそう思えた。


「まあ、そんな訳で私はプロゲーマーとして生活していく事を決めました。幸い、海外に出張している両親は嬉しそうに認めてくれたし、すぐに賞金が沢山手に入ったから特に困っている事はありませんでしたねえ。……私が京さんと一緒にいる理由はこんな感じっす」


「…………いや、待った。話が大分飛んだくないか? 今までの話、俺を助ける理由に全く関係なかっただろ!」


 いい話だったとは思うけども!


 やりたい事もなく、決められた道で最高の結果を出し続けていた黒乃が、自分のやりたい事を見つけてその世界で勝って笑っている。うん、いい話だ。だけど、それが俺とどう繋がってくるんだ?


「関係大アリっすよ? だって京さんは私に勝ったじゃないっすか」


「そうだけど……えっ、もしかしてそれだけ!?」


「それだけでいいっすよ。だって、あの時の勝負は楽しかったから」


 黒乃のその言葉を聞いて、納得した。


 ああ、確かに単純な理由だ。でも、それは黒乃にとって一番大切な事だったんだろう。


「まさか逆転されるだなんて全く思ってなかったけれど、あの神がかったドローを見てカッコいいなって、この人となら長い間、一緒に遊べるだろうなってそう思えたんです」


「……アレは、出来過ぎだったけどな。まあ、そう思ってくれてたなら俺も嬉しい」


 後から自分でも見直してたけど、理不尽な程に必要な札だけ引いてたからなー。

 本当に神がかってるとしか表現できないくらいにはあの時のドローは冴えていた。


「はい、私も嬉しいっす。まさか、こんなに早く再会できるだなんて思ってもいなかったっすから。

 ……運命なんて私は信じてないっすけど、京さんと直ぐに再会できた時には「ああ、これが運命って奴なんだな」って確信しましたね。世界がデスゲームになっちゃったけど、この人といると絶対面白い事になりそうだって、そう思えたんです」


 運命、か。


 俺があの日、駅の中に居た人達を見殺しにしなかったから、黒乃に出会えた。それが運命だと言うのならその運命を引き寄せられて本当に良かったと思う。


 多分、黒乃が居なかったらこんな世界を楽しめなかったと思うから。


「……黒乃は今、楽しめてるか?」


 俺はそんな質問をした。答えはわかりきっていたけれど、どうしてもそれが聞きたかった。


「はい! とっても! 退屈だった昔なんかより、今の方がずっと、ず~っと楽しいっす!」


 思っていた通り、なんの迷いもなく黒乃は満面の笑みを浮かべ、そう答える。


 ……世界がデスゲームになって良かっただなんて、俺には口が裂けても言えない。


 けれど、残酷な現実を前にして、それでも楽しんで生きられるならそれはきっといい事なのだろう。


 それに、世界がこんな事になってしまった憤りは確かにあるが、それはそれとして、実は俺もこの生活を案外気に入っている。


 ――楽しいって気持ちを共有できていたなら、俺はちゃんと黒乃の仲間になってやれたのだろう。


「そっか。それは――良くはないけど……良かった」


 安心してそう呟く。黒乃はそれを聞いて、嬉しそうに笑った。




 ――夜空に星が灯る。満天を隅なく覆い尽くす星は東京が都会のままでは決して見れなかった光景だ。


 初めてその景色を見た時と同じように少しの憂鬱を感じながらも、世界から光が失われたからこそ輝く空を見て――綺麗だと、素直にそう思えた。


 空に白煙が上っていった。



 

これにて一章完結です。


予想以上に反響をいただいているお陰でたまに日刊ランキングに入ってたりもしました。嬉しい気持ちでいっぱいです。


読者の皆さま、これからも応援よろしくお願いします。

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