22.ご褒美②
慌てて振り返るとそこには人間くらいの大きさにまで小さくなったクルルがそこに立っていた。
立っていたと言っても、勿論ホログラムだが。
『そんなに驚かないでください。今はプライベート、私は個人的な思考の元に貴方達に接触しています』
「へえ、せやったら驚かさんといてくれませんかねえ……」
巨大ホログラムを使って東京全域に向けた告知をしていた時と違い、クルルの口調は機械的だ。コロコロとよく変わっていた表情も、今は仮面のようだ。……さっきまでのはロールプレイって訳だ。
黒乃の前に立つ。もし攻撃された時の為だ。
よくよく考えたら黒乃は今、満身創痍だった。気を失っていないのが不思議なくらいだ。万が一があってはいけない。
俺はレベルアップした事でHPも全回復して、痛みも既に消えた。
肉壁にもならないかもしれないが、やらないよりはマシだろう。
黒乃は不満そうな顔をしていたが、大人しく俺の陰に身を潜める。
『……貴方が私の事を警戒するのは勝手ですが、用があるのは貴方です。後ろの人間に危害を加えるつもりはありませんよ』
「いやいや。アンタ、自分の立場わかっとんの? 百歩譲ってアンタが主犯やなかったとしても世界がこんな事になった理由くらいは知ってるんやろ? 何にも喋らないまま信用だけしろって言われても、ねえ?」
『成程。道理ですね。ですが、それを語る気はありません』
「ほー……喋れないんじゃなくて喋らないって訳や。ますます信用できへんわな」
ただ慢心しているだけかもしれないが、即座に実力行使に移らないなら、今の所は危害を加えるつもりはないのだろう。
……このまま、喧嘩腰に話していても時間の無駄か。さっさと用件だけ聞いて早く黒乃を休ませた方がいいや。
「……もういいよ。用件は何なんだ? 連れが怪我してる。さっさと安全な拠点に帰りたい」
『それでは迅速に行いましょう』
俺が要望を聞いた瞬間、既にクルルは俺のクロノグラフに手を触れていた。
『クロノグラフのアップデートが終わりました』
全く動きが見えなかった事に驚く暇もなく、クルルはクロノグラフから手を離した。
「アップデート……? はっ、暴れ過ぎだから下方修正か?」
せめてもの虚勢で、言葉を紡ぐ。どうやらこの一瞬で俺の能力に干渉されたらしい。
運営側に何か不都合があったのだろう。そう当たりをつける。
『いえ、上方修正です。今までの戦闘データから適切な設定に変更させていただきました』
だが、予想とは違い、クルルは俺の能力を強化したと言う。
……成程、なんとなくわかった。散々黒乃にバカにされてきたクソステの事だな。あれは運営側の不具合だったのか。
何で今更修正する気になったのかは知らないが、俺の能力で上げるべきところはそこだろう。
ステータスさえ上がれば今までの弱点も全てカバーできる。
「へえ……じゃあ、俺のクソザコステータスは不具合だったって訳だ」
確信を持って俺はそう問いかけた。
『いえ、それは仕様ですが』
「何でや!? ……いや、本当に何でだよ!? 一番に修正しないといけないのはそこだろうが!
というか、意図的に設定した結果があのクソステかよ! 完全に嫌がらせじゃねえか!」
『仕様ですので』
……凄い事務的に返された。何だか1人で騒いでいるみたいで恥ずかしくなってきた。
少し落ち着いてみると、クルルに――運営にしかわからないだろう事があった事を思い出した。
「……そんな事よりアンタに聞きたい事があったよ。俺の職業は一体何なんだ?
他のプレイヤーとは明らかにプロセスが違う。レベルアップしたのはモンスターを倒した後だったけれど、この能力が使えるようになったのはモンスターを倒す前だ。
それに他の職業とシステムが違いすぎる。まるで別ゲーだ。その辺、アンタなら知ってるんじゃねえの?」
『その質問は禁則事項に触れています』
「は? ……答えないんじゃなくて、答えられないのか?」
『……』
「チッ、それすらも答えられないのか……マジで何なんだこの能力」
俺の問いにクルルは答える事はなかった。ただ、さっきとは様子が異なり、答えれるけど答えないよりかは答えを知っているけど答えられないといった印象を受ける。
その辺りを問いただそうとしたが、クルルは無言のままだった。
どうやら、運営側はよっぽどこの能力について隠しておきたいらしい。
……そんなにめんどくさい能力なら何で俺なんかに渡したんだ?
わざわざアップデートなんかして調整するよりもこの能力自体をなくしてしまうか、俺を殺してしまった方がよっぽど手っ取り早いだろうに。……いや、殺されるのは勘弁だけど。
『……代わりに、貴方が他に知りたがっていた事を教えましょう』
「他に……?」
考えるのはやめた。どうせ向こうが明かす気がないなら考えたところで意味がない。
それよりも、代わりにと提示してきた答えの方が気になっていた。
何だろう、他に知りたい事なんてあっただろうか?
この世界の秘密について向こうは答える気がないんだから、そうなってくるとわざわざ運営側が答えるような事で俺が知りたい事なんて……
『はい。貴方の動向は逐一チェックしていましたので。何を望んでいるかはわかっています』
その言葉と同時に、クルルの雰囲気が変わった。
『……世界がどうしようもないくらいにピンチだっていうのにボクのスカートの中を覗きたいだなんて、君も業が深いなあ! でも、そんなダメ人間も嫌いじゃないゼ!』
なんでその話に反応した!? ちょっとした気の迷いじゃねえか!
「……ですって。良かったですね。嫌われてないみたいですよ」
口調がさっきまでと一転し、明るく、陽気に、そして100パーセントの営業スマイルでそんな事を言い放ったクルル。
黒乃が白い目でジーッと見てくる。視線が痛い。
俺もまさかこの状況でさっきまでの行動を持ち出されるとは思っていなかった。……というか向こうにバレてるだなんて想定していない。死にてえ。
『地面に這いつくばったってボクのスカートの中は認識できませーん! システムは鉄壁、力技では突破できないのです! ……とはいえ、ボクに欲情してムラムラしてるお猿さんを放っておくのも可愛そうなので、ボクのシステムを突破する方法を特別に教えてあげましょう!』
死んだ目のまま、クルルの話を聞き流す。
『《クロック・ロック・プラネタリアン》。そのアイテムが完成すれば、ボクのシステムの殆どは無効化できる。そうなれば、君の望み通りボクの事を好き勝手にできるかもねー』
「……さっきまで散々、質問に答えなかったのに、そんな重要なものを自分から言うって事は俺達がどんなに頑張ったってそれは作れないってオチだろ?」
『あれ? よくわかったね。まず材料からだけど一番楽なものでも東京から10万キロ離れた所にあるウェイン峡谷の地下に生息するレベル98のアンダーワールド・フェニックスの宝眼からスタートで、そもそも今の世界の何処にも存在しない物質まで必要になってくるし……ところで、まだ聞きたい?』
「いや、オレをバカにしたいだけだってのは、なんとなくわかったからもういい」
このままだと延々と謎の固有名詞が出てきそうだったので、話を打ち切った。
というか、最初の例だけでも作らせる気が微塵もないのは明らかだ。
なんだレベル98って。しかも10万キロって地球を2周したってまだ着かないくらいの距離じゃねえか。俺を何処に向かわせようとしてるんだコイツ。
『そうですか。それではこれに懲りて無闇矢鱈とハラスメント行為をしないようにお願いします』
「いいぞ、もっと言ってやれっす」
俺の言葉でクルルはさっきまでの機械的な口調に戻った。
何で怒られてるんだろう、俺。
言われなくても人にはしないっての。それくらいの分別はついとるわ。
……何、言ったって説得力ねえや。ここは黙っておこう。
『用は済みました。それでは貴方達のこれからの活躍に期待しています』
言いたい事は全て言い終わったのだろう。クルルは業務的な激励の言葉の後に、俺達の前から姿を消した。
「……帰ろうか」
「そっすね。今日は疲れたっす。体中が痛いし、早く帰って傷を治さないと」
……何だかフロアボスとの戦い以上に疲れた。
黒乃を促して、俺達は帰路に就いた。