21.ご褒美①
一章エピローグの予定でしたが長くなったので、別の話として投稿します。
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『ぱっぱらぱっぱっぱ~! おめでとーございまーす! たった今、東京に出現していたフロアボスが討伐されました~!』
勝利の余韻が残る中で、唐突に陽気な声が空から聞こえた。
このデスゲームが始まった日と同じように空に現れた、近未来的な服装に身を包んだ少女の巨大なホログラム。
何処かで聞いたような効果音を自分の口で言いながら、自身の事をこのデスゲームのナビゲーターAIだと語った彼女――クルルが再び現れた。
『これにて東京にお住まいの皆様の最初のイベントは終了でーす! お疲れ様でしたー!』
彼女は俺達がフロアボスを倒した事を隠さずに発表していた。……なかった事にされるかもと少し心配していたが、それはどうやら杞憂だったらしい。
となると、ゲームの運営自体は公正にやるという風に捉えてもいいのだろうか? ……まだ決めつけるには早いか。
「……何やってるっすか」
「いや、スカートの中のモザイク処理取れてねえかなって。前回はそれで見えなかったから」
「前回って、デスゲーム初日っすよね。なんであんだけみんなパニックになってたのに、そんな余裕があったんすか……」
そんな事を考えながら必死に地面スレスレまで顔を近づけ、空にあるクルルのスカートの中を覗き込もうとしていると、黒乃が口元をヒクつかせながら問うてきた。
「だって気になるじゃん。モザイク処理が取れてたら真下に居る人達にはスカートの中身丸見えだぜ。そんなの只の痴女じゃん。青春真っ盛りの男子高校生としては見逃せないね! それに……」
「それに?」
「アイツ人間じゃないんだし、セーフだよセーフ」
「絵面的にも言動的にもアウトっす。普通にキモいですからやめてください」
「……あい」
割とマジなトーンでそう言われてしまったので渋々立ち上がり、普通に聞く事にする。
ちなみに、スカートの中は前回と同じように白い光がかかって何も見えなかった。
『それじゃあ、東京のプレイヤー達にボクからのご褒美だ! オレデバイスの機能を新たに3つ解放するよ~!』
ちょうどその時、クルルがそう言った。ピコンと黒乃の持つオレデバイスと俺のクロノグラフから音が鳴る。
『1つ目の機能はチャット機能! SNSとかネットとかを参考にして色々な形式で作ったんだ。情報のやり取りが簡単に出来るから上手く活用しよう!』
クルルの言う通り、解放されたチャット機能はメールやSNS、ネットの掲示板風など、様々な形式が揃えられていた。
俺はネットの掲示板風に作られたページを見てみたが、こうしている間にもいくつも掲示板が立てられていく。殆どは雑談枠みたいな感じになっていた。
「2つ目は通貨の実装! 仮にも文明を築いていたキミ達人間が今更、物々交換の時代に逆行されても困るからボクから用意させてもらったよー!」
クロノグラフの画面を見ると、『ミル』という単位がついた数字の羅列が並んでいた。
一、十、百、千、万……桁が凄いな。5600万とちょっと。日本円だとそこそこの大金だ。
『表示されているミルは今までキミ達が自分で倒してきたモンスターの分の報酬。これからはモンスターを倒す度にドロップアイテムと一緒に手に入るようになるよ! じゃんじゃんモンスターを狩って億万長者を目指すのだ~!』
「おお、億万長者か……実際、このお金がどれくらいの価値かはわからないけど、中ボス5体とフロアボスを倒したんだし結構な額があるんじゃねえの?」
億万長者……その言葉の響きには心を動かされる。
お金はあればある程いい。金の亡者とまでは言わないけれど、お金の事は大好きだ。
お金はお金以外の自分の欲しいものと交換する為にある。だからお金を多く持っていればいっぱい自分の欲しいものが手に入るって訳だ。
「懐かしいっすね。普通のゲームだった頃はやりこんでるプレイヤーの個人資産が10億単位って感じだったんで十分な額だと思いますよ……まあ、今じゃ役に立たないっすけど」
「え?」
若干浮かれていた俺と違い、同じくらいの額のミルを手に入れた黒乃は冷静にこう言った。
「だってこのお金を使える所がないじゃないですか」
「あっ、そっか」
……盲点だった。
お金は自分の欲しいものと交換する為にあると考えているが、このお金を取り扱う店がなければ何とも交換できないじゃないか。
この世界がデスゲームになった事で、店から従業員は居なくなった。
まだ形を留めているショッピングモールなどでは多くの人が集まって生活しているのを確認しているが、その人達も既存の通貨は使用していないだろう。
だって、その通貨を使う店がないんだから。物と交換してお金を手に入れたって意味がない。
価値を持たないなら、希少な金属を使っている訳でもない硬貨なんてゲーセンのメダルと変わらないし、紙幣なんてトイレットペーパーにすら満足に使えない。
政府だって、こんな事態には対応できないだろう。保証も何もあったもんじゃない。
俺達だって、ちょくちょく誰もいなくなった店から物資を回収したりしているが、その分の代金なんて払った事はない。
この5日間で既存の通貨に価値がなくなってしまった事はなんとなく察していた。
だからといって、新しい通貨を用意されてもそれを使う場がなければ同じだ。
「でもプレイヤー同士で直接取引すれば……」
「お金の価値が定まってない以上、どっちにしたってマトモな取引が成立しないっすよ。……まあ、わざわざ用意したんだからその辺はちゃんと考えているんじゃないですか?」
黒乃はどうやら次にクルルが提示するご褒美とやらを察したらしい。
というか、これで向こうが何も手を打っていないとなると無能にも程があるというものだ。もしくは只の嫌がらせ、か。
『お金を用意したんだから、察しの良い人ならもう気付いたかもしれないけれど。3つ目のプレゼントはショップ機能サ! オレデバイスの画面から取引できるようにしたからジャンジャン使ってね!』
どうやら、無能でも嫌がらせでもなかったらしい。その辺の事はちゃんと考えているって訳だ。
……というか、クルルのスタンスが本気でよくわからない。
敵にしてはやたらと俺達に肩入れしているけれど、俺達にこの事態を丸投げしてきた辺りどうも純粋に俺達の為に動いてるって感じはしない。俺達に味方するなら最初からこういうサポートを充実させている筈だ。
『NPCが運営するショップとプレイヤーが運営するショップの2種類がオープン! NPCのお店は年中無休で販売している品物の種類は多いけれど、基本的にプレイヤーメイドの品物の方が出来はいいよ。
だから、品物を売ろうと考えている生産職のプレイヤーやドロップアイテムを売ろうと考えてる戦闘系の職業のプレイヤー達はNPCのお店を参考にして価格を決めて欲しいな。……詳しい事はヘルプの項目からチェックしてね~!』
疑念が益々深まったが、「自分が味方です」なんてクルル自身の口から言われても信じられる訳がない。
とりあえず、中立くらいの立場だと考えておこう。
積極的に俺達を殺しには来ないけど、情報やサポートを全力で行う訳でもない。
ただ、決められた筋道に沿ってゲームを運営しているだけ。それくらいの考えで接した方がいいだろう。
そんな事を考えている内に、クルルは適当な所で説明を切り上げていた。
『それじゃあ、ボクからのプレゼントはこれで終わり! ……と、言うつもりだったけど、フロアボスを一番最初に倒した都市としてボクからのスペシャルプレゼントを送ろう!』
どうやら、まだ何かくれるみたいだ。
『既にモンスターを倒して力を手に入れているプレイヤー全員に100万ミルを送ったよ! これで装備や物資を整えてね~!』
「なんだ、しょっぱいな」
「いやあ、一般プレイヤーからしたら十分な大金だと思いますよ? もう5日も経ってるんだし、流石に東京の人口の半分くらいはモンスターを倒しているだろうから合わせると結構な額になるでしょ」
フロアボスを倒してそこそこの財産を手に入れていた俺にはあまり魅力的には思えなかった。
黒乃の言葉を聞いてそんなもんかと思い直す。
モンスターを倒してもらえるミルは多分、討伐に参加したプレイヤーで均等に分けられるのだろう。なら俺と黒乃のミルの総額から考えると、100万ミルは中ボス討伐の半分の報酬だ。
それを気軽に渡すのだから、それなりに気前はいいのだろう。
「それよりも、私はクエスト機能が実装されるのかなって思ってたっすけどね」
「クエスト機能? 普通のゲームとかにもよくある奴?」
「いえ、『オレクエスト・オンライン』っすから。名前の通りクエスト機能がウリだったんすよ。ストーリーを進めるのに必要だったり、イベントの解放条件だったり、あと、イベントのアフターストーリーがあったりとかで結構人気だったんです。……まあ、クエストを出すNPCが居ないんじゃあ、この機能がなくたって当たり前ですかねえ」
「ふーん……」
『オレクエスト・オンライン』をやった事がないから、言葉で説明されてもあまりピンとこなかった。
でも、仮にもこのデスゲームが続編を名乗っている以上、その機能もいつかは実装されそうだ。頭の片隅くらいに留めておこう。
『これで本当の終わり! 君達は大分早くフロアボスを倒しちゃったからまだまだ先の事になるだろうけど、次のイベントは必ず来ます! それまでに実装した機能を上手く使って、戦力を整えてね~! バイバ~イ!』
クルルはそう言って、空から消えた。
「……まあ、そうだろうなあ。やっぱりこれだけじゃデスゲームは終わらないか」
これだけ俺たちに肩入れするからには戦いはまだ続くのだろう。
その考えはクルルの言葉で現実のものとなる。元より素直に終わらないだろうと思っていたからそんなにショックはない。
むしろ、しばらくの間は戦力の増強に当てれるくらいには余裕があると聞いて驚いたくらいだ。
少し肩透かしをくらいながらも拠点に帰ろうとする俺達。
『その通り。これだけでは終わりません』
「……うわっ!?」
「えっ!?」
そんな俺達の背後からクルルの声が聞こえた。