17.運命を引き寄せる①
大まかな作戦――といっても、殆どその場でアドリブに任せる事になったが――を決め、家主のいない家を飛び出してから俺達はフロアボスを探していた。
空中戦艦を失った事で、黒乃の探知能力は激減した。自身の半径500メートルの生物を詳細に察知できたその能力も今では100メートル程にまで範囲が狭まっている。
俺達の方からフロアボスの姿を探す手段はない。
だが、フロアボスは自らの居場所を自分から俺達に伝えていた。
音だ。何かが地面に落ちる大きな音が絶え間なく一方向から聞こえてくるのだ。
あの辺りは人も少なく、いるモンスターも小型ばかりだという事は戦う前に確認済みだ。つまり、ここまでの大規模な破壊を息を吸うように行えるモンスターはフロアボスだけ。
俺達という獲物を逃したフロアボスが辺り一面を手当たり次第に破壊しているのだろう。これはフロアボスにとっての八つ当たりであり、そして人という種に対する報復である。
俺達が逃げたせいでこうなっているのだと見せつけるようにフロアボスは積極的に辺り一面を破壊していた。
俺にとっては顔も知らない人が死んだところでどうでもいい。むしろ瀕死だというのに自分から居場所を晒して戦闘を呼び込んでいるフロアボスは愚かだとすら思った。
ただ、俺のせいでこうなったと言われるのは我慢ならない。俺の行動の結果を咎めていいのは俺だけだ。よく知らないナニカに決めつけられてたまるか。
俺は、俺の為に何かをするのは好きでも、俺のせいで何かが起こるのは嫌いなんだ。
だから、そっちがその気ならこっちもさっさと終わらせてやろう。そんな思いでフロアボスの姿を探していた。
「……見つけた」
そうしていると、10分も経たない内にフロアボスの姿を捉える。俺達は足を止めた。
フロアボスが居た場所は先程まで俺達が戦っていた場所から大して離れていない。それなのにその風景は全く違っていた。無人とはいえど都市らしさを残していたその町の一部が境界線を引いたように破壊されきっている。
円状に更地になっているその場所の中心で、フロアボスは俺達を待ち構える様に二本足で鎮座していた。その体は俺達が逃亡した時と同じで傷だらけの満身創痍のままだ。未だに傷口から血が流れている。流れた血はひび割れたアスファルトに吸い込まれていた。
黒い球体はあれから使用されなかったらしい。1個だけふわふわと体の近くに浮いている。どうやら流石に回復効果まではなかったみたいだ。
そんなフロアボスが、まだかなり距離があるというのに俺達の方をジッと見ていた。
「来るぞ、黒乃。ボロボロだからって油断するなよ?」
「京さんこそ。目を離した内に一瞬でライフを削られないでくださいよ? せめて私が助けるまでは耐えるっす」
「……まあ、その時はよろしく頼むわ」
……黒乃の心配をするより自分の心配をするべきだったな。
黒乃の言う通り、俺はHPのシステムで守られていても気を抜くと直ぐにゲームオーバーになりかねなかった。
HP回復の手段の1つであるデッキチェンジはここに来る前に最後の1回を切ってしまった。もう今日は使えない。
そして、もう一つの手段であるレベルアップ。これも現状では絶望的だ。
……実は、フロアボスとの戦闘の前に召喚していたモンスターと追加で召喚していたドラゴモールには比較的近い場所に居た中ボスを倒しにいくように命令していた。近辺の雑魚を倒すだけではレベルを1上げるのにも時間が全然足りないが中ボスを倒せば最低でも1レベル上がるだけの経験値は得られる。
戦力的には十分だ。なんせドラゴモールは最初期から召喚していたモンスターでかなりレベルが上がっていた。中ボスと同等程度の力は持っている。そこに味方のモンスターがいればモンスター達だけで中ボスを倒す事は不可能ではない。
……それでも時間は足りなかったみたいだ。
向こうの様子はわからないが、召喚したモンスター達が消滅していたり、ダメージを受けてHPを減らしている事だけはクロノグラフの画面からわかる。ドラゴモールもダメージを受けているので、中ボスとの戦闘が始まっているのだけは間違いない。恐らく戦闘は始まっているだろうが、まだ決着はついていないのだろう。
こうなると、HPと魔力の回復は当てにできなかった。中ボスと俺のモンスター達の戦闘が終わるよりも、俺達の戦闘が先に終わってる可能性が高い。
HPはともかく、魔力が回復できなかったのは痛い所だ。現在の魔力は128。これでは打てる手も限られてくる。
それでも、もしかしたらレベルアップが間に合うかもしれない。そうすれば魔力の問題は解決できる。むしろ、魔力が少ないからと言ってデッキの枚数を少なくしてしまうと、いざ魔力があっても使えるカードがないという状況になりかねなかった。デッキチェンジがもうできない以上、デッキに入っているカードだけが今使えるカードだ。
なので、デッキの枚数を極端に少なくして特定のカード4~6枚だけで戦うよりも打てる手がなくならないようにデッキを絶やさないようにする事を意識した。デッキの枚数は必要になるだろうと思って入れたカード20枚で構成されている。
その中の6枚が、今の俺の手札だ。ここに来るまでにドローで手札は最大まで確保している。
その手札から、1枚のカードを使用する。
「武装、《アクセルフレーム》」
武装カード、対象は俺だ。
「へえ、意外と似合ってますねえ」
武装、とは言ったものの現れたのは何処からどう見てもただの眼鏡だ。
この武装は装備してもステータスは殆ど強化されないが、代わりに視覚を強化できる。素早さのステータスに差があっても、相手の動きはこの武装のおかげで捉えきれるという訳だ。
「だろ? まあ、眼鏡つけてなくても俺は格好いいけど」
それはともかく、黒乃の言葉に対して俺は眼鏡をクイッと指で押し上げながらそう答えた。
「……」
「おい、なんか言えや」
「寝言は寝てか……あ、くるっすよ!」
「ちくしょう! やってやろうじゃねえか!」
俺の言葉を聞いて、何も言わずにただニコニコと笑っていた黒乃を問い詰めようとしたが、フロアボスが戦闘態勢に入った事で話を切り上げられてしまった。
見ると、フロアボスは両腕を前足のように地につけて四足の前傾姿勢になっている。恐らく翼を失ったために、その次に早く動ける体勢をとっているのだろう。
そんなフロアボスがついに俺達を仕留めようと動き出した。
前足代わりの両腕に込められた力が解き放たれ、ひび割れたアスファルトの道路を粉砕しながらこちらに向かってその巨躯が疾走する。
先程までは素早さのステータスが低すぎて全く追いきれなかったその動きだったが、自分に装備した《アクセルフレーム》の効果で今では何とかその動きも目で追える。
俺達は左右に分かれてフロアボスの突進を避けようとする。
まだ距離はある。普通なら問題なく避けれる筈だ。だけど……
「おっ、そ……っ!?」
……目で動きを追えても、俺の体が全くついてきていなかった。
どうやら視覚を万全に稼働させるために脳の認識速度自体が上がっているらしい。
そのお陰でフロアボスの動きが正常に認識できる代わりに、それに反比例するかのように自分の動きを鈍く感じてしまっていた。
全力で走っている筈なのにまるで海の中で走ろうとした時のように体がうまく動かない。そんな感覚だ。
――そして、フロアボスはそんな俺を見逃すつもりはなかったみたいだ。
未だもたついている俺を先に倒そうとしたのだろう。猛スピードのまま、フロアボスが突進の方向を俺に変えた。
「瞬間――」
咄嗟に瞬間術式カードを使おうとしたがどうしようもなく遅かった。
左手に持った手札から1枚のカードを手に取るよりも先に、フロアボスの頭が接触して俺の体はサッカーボールのように思いっきり吹き飛ばされた。