16.一時撤退②
「……ああ、そうだ。その、さっきは悪かった。事前情報なしだったとはいえ、黒乃を危険な目に合わせて俺だけ蚊帳の外だった。……俺が始めた事なのにな」
愚痴を言ったら少しはスッキリした。
ここで、俺はさっきの作戦ミスを詫び、黒乃に頭を下げる。
上を向いている黒乃と真っ直ぐに目が合う。彼女は特に表情を変える事なくこう言った。
「気にする事ないっす。京さんの素の素早さが戦闘スピードに全くついていけてない以上、フロアボスにとってあの場で脅威だったのは私っすから。狙われるのは当然っすよ」
黒乃の言葉は言われてみれば当然の事だった。
俺の能力は結局の所、何でもできるけど、1人では何にもできないのだ。
何をしようにも素のステータスが足りない。
クソステをどうにか誤魔化して、召喚カードで手駒を増やし、術式カードと武装カードで戦闘のサポートや攻撃をする。全てをこなす為には手札が足りない。
手札を補うカードもある。しかしそれを使っていては魔力が足りなくなる。
しかし、そのカードに頼らなかったら時間が足りない。時間経過のドローだけでは手札が足りない。そもそも手数を揃えてもそれを十全に活かすための魔力が足りない。
何かを補おうとすれば、必ず何かが足りなくなる。同レベル帯の相手には1人でマトモに戦えない能力。それが《時の蒐集者》という職業だった。
勿論、強力なカードが1枚でもあればその評価もひっくり返るかもしれない。
だけど、今切れる手札だけでは。俺は1人じゃ何もできない。それだけはどうしようもない事実だった。
……せめて、素早さのステータスさえ普通なら、戦闘の補助くらいは完全にこなせるのだろう。
だけど、その戦闘の補助をするために、俺は自分のクソステを補わなければいけないのだ。その為に手札と魔力を消費している時点でどうしようもなくテンポロスだ。
そして、今回の戦闘ではそれが如実に現れてしまった。
様々な手段を以って、俺はフロアボスを妨害し、そして大ダメージを与えた。
それでも、結局、フロアボスを仕留めきれなかった。そして、俺の速度がどうしようもなく遅い事をフロアボスに見抜かれてしまったのだ。
妨害効果がなくなってしまえば、俺はフロアボスの動きを認識できなくなってしまう。後は、何もさせないまま適当に何度か小突くだけでアッサリとゲームオーバーだ。そんな奴、後回しにされて当然だった。
スポーツ選手が赤ちゃん相手に鬼ごっこするようなものだ。フロアボスにとって俺はいつでも倒せる敵に過ぎなかった。
となれば、フロアボスが自分と素早さが同等で攻撃力も十分にあり、油断すれば倒されてしまうだろう相手である黒乃を狙う事は容易に想像できた。……できたはずだった。
せめて、他にも戦力を用意しておくべきだった。戦闘に参加できるモンスターを何体か用意しておけば、フロアボスは俺を無視して黒乃を狙うという行動には移らなかったかもしれない。
少なくとも奥の手である黒い球体をもっと余裕のある状態で見れたはずだ。そうすれば、対処も何とかできた。
「……ヘイト管理を度外視しすぎたか。ゴブリン以外にも何体かモンスターを用意しておくべきだった。……完全に俺のミスだな。本当に悪かった。全部、黒乃に押し付けてしまった」
ポツリとそう呟く。今なら自分の失敗もちゃんと受け入れられた。
……認めよう。俺は最初の時点で判断ミスをしていたみたいだ。
黒乃に戦闘の大半を任せた結果、全ての負担が黒乃に伸し掛かってしまった。負担を背負うべきなのは戦いを始めた俺だったはずなのにな。
「しなやすっすよ。最後に勝っていたらどんなミスだって帳消しだし、そんなに気に病むことないっす」
黒乃からは全然気にする様子は見られなかった。ヘラヘラと笑いながら「死ななきゃ安い」と簡単に俺を許す。
「謝るならさっき子供みたいに持ち上げた事を謝ってください。ホントに恥ずかしかったんですからね」
「お、おう。悪い」
「むー。誠意が籠ってませんね。まあ許してあげましょう。黒乃ちゃんは寛大なのです」
むふー、としたり顔で黒乃が言う。
「それで京さん、フロアボスは追いかけなくていいんすか? 早くしないとこの辺りがボロボロにされちゃいますよ?」
そして、そのままなんでもない事のようにサラッと黒乃はそう口にした。
俺は耳を疑う。聞き間違えたのだとそう思った。
「それは……今からまた戦うって事か? お前、さっき死にかけてるんだぜ。怖くないのかよ」
だって、黒乃はさっき俺のミスで死にかけたのだ。
それなのに直ぐに戦いに行けるとは俺は思っていなかった。最悪、黒乃がこれから恐怖で戦えなくなるとまで思っていたくらいだ。
「うーん。別にそんなに怖くはなかったっすけど。割と余裕はあったのでスリリングで案外楽しかったっすよ?」
「悪い。その気持ちは全然わからへんわ」
アレが楽しかったのか……そっかあ……
「というか、今更私の事気にするんっすね。意外っす。京さんはなんだかんだ言ってても『俺が楽しけりゃそれでいい』って感じの人だと思ってた」
認識の違いに悩む俺に対して、黒乃は何故か驚いていた。
というか、そんな風に思われてたのか俺……
「アホか。今回は俺が笑ってるのに、周りの奴らが辛気臭い顔してたら気分が悪いからって理由で戦ってたんだ。それで仲間を危険に晒してたら本末転倒やろ」
確かに俺は自分の楽しみを最優先にしている。自分の為に頑張っている。自分の為にやるべき事でやれる事をやっている。
周囲を助けるのはそのついでだ。その中で取り零すものは沢山あるだろうが、知ったこっちゃない。
けれども、顔も知らない赤の他人を助けるより、身近な誰かを優先するのは当たり前の事だ。
人数が増えても同じ事。俺は自分の行動のせいで友達を傷つけるくらいなら、何人だって見殺しにするだろう。……まあ、自分の手で殺すってなると流石に躊躇うだろうけどさ。
「ふーん、仲間っすか」
「何だよニマニマして」
そう告げると黒乃はにやけだした。
顔立ちが整ってると、割とどんな顔してても様になるからズルいよなあ……
「いや。今まで友達はいても、仲間はいなかったから。何だか感慨深いなあって」
「……それって、どう違うんだ?」
「全く違うっすよ。友達は特別な何かがなくても勝手にそうなれるけど、仲間はお互いを支え合えないとそうなれないから」
「……そっか。それなら、なんとなくわかるような気がする」
黒乃の声は少しだけ寂しそうだった。
彼女が誰かの助けになれなかったのか、誰かが彼女の助けになれなかったのか。それとも……誰の助けも必要ないくらいに黒乃が周りから逸脱していたのか。
どうとでも取れる言葉だ。俺には判別がつかない。俺は黒乃の事をそこまでよく知らなかった。
このままでいいとは思っていない。この先どうなるかなんてわからないけれど、彼女とは長い付き合いになるような予感がする。
世界がデスゲームになったあの日、黒乃と出会った事は偶然なんかじゃないと思ってる。俺が俺の為に頑張って、やれる事をやって、俺が自分で選んだ運命だ。ならば、彼女との出会いはきっと良い運命だったのだ。この縁は大事にしたい。
――だけど。今はいい。今は俺と彼女が仲間だという事実だけあればそれでいい。
「……黒乃、いけるか?」
「勿論っす」
「よし。俺も大丈夫だ」
確認する。俺たちがちゃんと戦えるかどうか。
そしてもう一度問う。
「黒乃、俺たちはフロアボスに勝てると思うか?」
「おや? もしかしてさっきのでビビっちゃったんですかー?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みだ。だけど不思議と嫌な気分にはならなかった。俺がどう答えるかわかっているのにわざと聞いたのだとなんとなくそう思った。
「ちげーよ。最初から負けるって思って戦うくらいならやめた方がいいだろって話だ。俺は1人ならともかく、2人でなら勝てると思ってるっての」
「その言葉が聞きたかったっす。――さあ、今度こそ勝ちに行きましょう」
だから、求められるままに自分の思っている事を口にする。
黒乃は俺の言葉に満足したようにニイッと笑って立ち上がった。
そしてこちらに手を差し伸べる。その表情からは一切の迷いも見られない。……答えは聞くまでもないって事か。
「ああ」
黒乃の手を取り、立ち上がる。
「――ファイナルターンだ。このくそったれたゲームを終わらせにいこう」
「はいっす!」