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世界がデスゲームになったけど、俺だけ別ゲーやってます。  作者: 相川みかげ/Ni
1.俺たちの世界が買収されたと思ったら、現実になって帰ってきた
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13.初手で決める


 5分間、範囲内の生物1体の飛行能力を封印する効果。俺が発動した瞬間術式カードの効果でフロアボスから飛行能力が失われる。

 フロアボスは空を飛んでいた勢いのまま斜め前方、俺達の方に向かってまだ残っていた建物を薙ぎ倒しながら落ちてきた。地面に衝突してもなお、その勢いは留まらずにこちらに迫る。


「……あれ、コレまずいのでは?」


「呑気な事言ってる場合じゃないっすよ!?」


 ……どうやら、タイミングを間違えたらしい。このままだと俺達も纏めて薙ぎ倒される。


 黒乃は慌てて俺を脇に抱えてその場から逃げ出した。腹部に柔らかいものが押し付けられる。……あるか、ないか微妙なレベルだけど。


 そんな馬鹿な事を考えていると、黒乃が当てつけのように全力で走りだす。俺の視界は全くそのスピードに追い付けずに、ジェットコースターに乗っているかのように周りの景色が直ぐに後ろに流れていく。

 飛んでいた時の勢いのまま、地面を砕きながら進むフロアボスは無人のビルにその体を打ち付けた事でようやく静止した。


「人を荷物みたいに扱わないで……」


「そういうのは自分で逃げれるようになってから言って欲しいっす。それより……来るっすよ!」


 黒乃のお陰で、バランスを崩してこちらに迫りくるフロアボスに押しつぶされるという間抜けな展開は回避した。

 視界の変化によって引き起こされた気持ち悪さを堪え、脇に抱えられたまま黒乃に言葉を投げかける俺だったが、黒乃は短い言葉と共に俺を降ろすと、剣を構えた。


 咄嗟に逃げ出した俺達のすぐ目の前にはフロアボスが衝突した事で倒壊したビルの残骸が山のように積み重なっている。


 その山が一瞬、赤く染まった後、内部から放たれた熱線によって蒸発した。

 

 口端から赤い炎の残滓を灯らせ、融解したコンクリートを振り払ってそこから這い出てくるフロアボス。身体には血が滲んでいるが、それを意に介さずに目の前の俺達を真っすぐと睨む。

 

『────グル、アアアアアアッッ!!!!』


 怒りを滲ませた咆哮が純粋な音圧だけでなく、風圧まで発生させた。二足でしっかりと地に立ち、威風溢れるその姿はまさしくボスに相応しい。


 その圧力に圧倒されそうになる。逃げ出したくなる気持ちを抑えて俺は隣の黒乃に声をかける。


「──黒乃、いけるか!?」


「……大丈夫っす!」


「なら作戦通りだ! ──初手で決めにいく! 術式(スペル)、《速度規制 ビギナーズエリア》!」


 俺の言葉で気を取り直した黒乃は再び構えを取る。それを見て事前に決めていた作戦通りに俺は1枚のカードを切る。


 《速度規制 ビギナーズエリア》。敵のスピードを強制的に俺と同じ速度にまで落とす術式カード。この効果によって3分間、俺と圧倒的な速度差がついてしまっている黒乃にフロアボスは俺と同じスピードで戦う事になる。

 数値の上では3倍でしかないが、実際の体感速度はそれを軽く上回る。何をされたかわからなくなるくらいには動くスピードがまるで違うのだ。その速度差は直ぐに対応できるようなものではない。


「いくっすよ!」


 そう意気込んで、黒乃は初速からトップスピードでフロアボスに向かって駆け出す。その速さは俺には追いきれない。

 俺に認識できないスピードで動いているという事はフロアボスにも黒乃の姿が認識できていないという事だ。──そして、黒乃の攻撃力はフロアボスにダメージを与えるには十分。

 

 いつの間にかフロアボスの目の前まで迫っていた黒乃は、そのスピードのまま反応すら許さずに胴を薙ぐ。

 ワンテンポ遅れて、フロアボスの鱗に覆われていない黒色の腹部に刻まれた剣傷から血が噴き出る。ようやく自分が攻撃された事に気付いたのだろう。痛みを誤魔化す為だろうか。フロアボスは天に向かって雄叫びを上げる。

 だが、気付いた所でどうしようもなくそれは遅い。そんな行動を取っている間にも黒乃の猛攻は続く。


 一筋、二筋と反応できぬまま傷が増えていく事で、フロアボスはようやく正面からでは防げないという考えに至ったのだろう。フロアボスが地面に手をつける。


「──うわ、わわっ!?」


 咄嗟に動きを止めたのだろう。驚いた様子で急ブレーキをかけた黒乃の姿が俺の視界に映る。


 彼女の前には、2階建ての家くらいの高さの地面から噴き出た炎の壁が現れていた。恐らく、黒乃を近寄らせない為にフロアボスが作り出したのだろうその炎の壁はフロアボスを取り囲むように出現していた。


 攻めあぐねる黒乃に対して、フロアボスは炎の壁の向こうから龍の代名詞でもあるブレス攻撃を仕掛けてきた。速度に大きな差がある為に黒乃はそれを見てから楽に回避したが、フロアボスのその一撃はアスファルトの地面を簡単に蒸発させて、大きな穴を開ける。


 その威力に一瞬、驚いた顔を見せた黒乃だったが、続けざまに放たれるブレス攻撃を怖気づいた様子も見せずに淡々と回避していく。


 黒乃が4回目のブレス攻撃を回避すると、少しの間、ブレス攻撃が止んだ。

 もしや、諦めたのか? そんな考えが浮かんだが、直ぐにそれが間違いだという事に気付かされる事になる。


「……やっぱ、そう来るよなあ!」


 5回目のブレス攻撃は俺目掛けて放たれた。黒乃は置いておいて俺を先に倒そうという算段だろう。

 いくらスピードが俺と同じになっても攻撃の威力は変わらない。まともに受ければ俺の体力は大きく削られる。

 だが、この攻撃は予想できていた。黒乃と違って、俺にはブレス攻撃を躱す事は難しい。だけど、攻撃を防ぐ手ならあった。


瞬間術式(インスタント・スペル)、《絶対界断(アブソルート・ゼロ)》!」


 発動したのは1分間、自分の防御力を相手の攻撃力と同じにする瞬間術式カードだ。


 その効果が発揮された直後にフロアボスのブレス攻撃が俺を包む。だが、フロアボスの攻撃力と同値の防御力を手に入れた俺にその攻撃は届かない。


 ノーダメージのまま攻撃をやり過ごした俺を、横から現れた黒乃が再び脇に抱える。


「ギリギリで発動するのやめましょうよ! ヒヤヒヤするじゃないですか!」


「『発動していた!』って言わないだけマシだろ。……とにかく作戦通りいこうか!」


 黒乃が俺を抱えて移動する事で、フロアボスは再び攻撃を当てられなくなる。


 闇雲に放たれるブレス攻撃を躱すのは黒乃に任せ、俺は揺られながらもう1枚カードを使う。


「術式、《攻防反転──ダブルクロス》!」


 3分間、対象の攻撃力と防御力を入れ替える術式カード。それを自身を対象として発動する。


 これによって、俺は絶対界断の効果が切れるまでは黒乃をも上回る、フロアボスと同等の攻撃力を得た。


「──さあ、止まっていた時間を動かす時が来た! 起動しろ、クロノグラフ!」

『──セットアップ』


 黒乃がフロアボスのブレス攻撃を避けると同時に、俺の意思に呼応して無機質な機械音が鳴る。同時に山札の上にたった今、追加されたカードが排出された。


 ──《時の蒐集(クロノグラフ)》の能力で手に入れた瞬間術式カードは普通のものとは違う。

 好きな時に手札に加えられるという特性の他にも、発動するために必要な魔力がないという特性があるのだ。だから、レベルを持っていなかった初日の俺でもカードを発動できた。


 そして、この特性のお陰でデッキに入れずとも好きなタイミングで攻撃用の術式カードを手札に加えられる。普段なら俺の攻撃力のせいで役には立たないが、今だけは別だ。


 今だけは、このカードは文字通りの切り札になる。


「瞬間術式、《アクア・パニッシュメント》!」


 デッキから引いたカードをそのまま発動する。


 最初に発動したのはつい昨日戦ったマンタの一撃である水球による攻撃だ。

 フロアボスと同等の攻撃力を手にした俺が放った水球は炎の壁を打ち破り、奥で鎮座していたフロアボスを吹き飛ばした。


「ガアアアアアアアッ!?」


「おおっ、結構効いてるっすね!」


「まだだ! もう一度!」

『──セットアップ』


 腹部を抉られ、悲鳴を上げるフロアボスに畳み掛けるように、もう一度クロノグラフを起動させて、カードを引き抜く。


「瞬間術式、《禍ツ風刃(ハリケーン・ブレイド)》!」


 そのまま発動したのは一昨日に倒した中ボスの鎌鼬(かまいたち)の攻撃である刃状の風による範囲攻撃だ。

 先程とは違い、ちゃんと回避しようとしたフロアボスだったが、辺り一面に放たれた風の刃を空も飛べず、速度も落ちた状態で躱しきる事はできずに体中に裂傷が刻まれる。


「これで、フィニッシュだ!」

『──セットアップ』


 遂に足を止めたフロアボスにトドメを刺すべく、俺はこの3日間で《時の蒐集》の能力で手に入れた最後の1枚のカードを切る。


「瞬間術式、《サテライト・イレイザー》!」


 最後に発動したのは、黒乃の切り札である1日1発限定の空中戦艦からのレーザー攻撃──《イレイザー=ガルガンチュア》を模したものだ。


 1日1回という制限の上に、魔力を全消費して放つ黒乃の切り札は使う魔力が多いほど威力を増す。《時の蒐集》の能力上、魔力を消費しないので、オリジナルの半分も威力は出ないが、それでも強力な一撃だ。それにオリジナルと違い、予備動作が殆どない為に回避は難しい。


 フロアボスは攻撃の予兆を感じたのか空を見上げる。その瞬間、フロアボスの体を空から放たれた光線が焼き尽くした。

 白い光に包まれ、フロアボスの姿が見えなくなる。


「……これで、どれくらいダメージ与えれたっすかね」


 フロアボスからの攻撃の心配がなくなった事で、黒乃がそう呟きながら俺を降ろす。……ああ、勿体無い。折角、正当な理由で女の子と密着する機会だったのに。薄さとか関係なく、同年代の女の子特有の柔らかい感触なんて滅多に味わえるもんじゃないのに。そのくらい有り難いものなのに……ああ、最後にそんな機会があったのはいつだったか。確か、妹が小学3年生の時にクロールを教えてと……


「……あいたっ!?」


「頬が緩んでるっすよ。集中しなさいっす」


「……あい」


 地面に膝をついたままの俺にコツンとデコピンを食らわせて黒乃が俺を窘める。


 俺の防御力では黒乃が戯れにしたデコピンでもそれなりに痛い。味方関係だからHPには影響がないけれど、浮かれていた俺を現実に引き戻すには十分な痛みだ。


 ──それに、黒乃がまだ警戒を解いていないという事は、フロアボスの反応がまだ残っているという事だった。


 白い光が残滓となって消えていく。その先には──


「────アアアアアアッ!!!」


 ──体中がボロボロになりながらも、フロアボスである龍がしっかりとそこに立っていた。


「……楽には勝たせてもらえないか」


 フロアボスの咆哮を聞き、浮かれている場合じゃないなと俺は気を再び引き締めた。




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