12.開戦
「……よし。準備は終わった」
デッキから6枚目の手札となるカードをドローしてそう呟く。
「後は待つだけっすね」
拠点である黒乃の家と人が集まりつつあるコミュニティから少し離れた、人の気配がなくなったゴーストタウンのようになってしまった場所で俺達はフロアボスを待ち構えていた。
今の魔力は2枚のカードを使って29消費した。時間経過で11回復したので残りは222だ。
魔力の回復手段はレベルアップ時の全回復と時間経過の3分に1回復のみ。限りある魔力をどう使うかはある程度決まっていた。
俺が現在運用できるモンスターは前から召喚していた町を巡回させていた全ステータスが200~500前後の雑魚モンスターが十数体。拠点に召喚したままのイブキは再召喚しないと戦闘には参加させれない。なので戦力には数えられない。
そもそも、俺のモンスターで一番強いモンスターは序盤から使っていた事でレベルが高いイブキやドラゴモールだが、それでもフロアボスの半分程度のステータスだ。これでは召喚した所でさほど活躍は見込めない。なので、この戦闘でモンスターを戦闘の為に追加召喚する気は全くない。限りある魔力は黒乃のサポートに使うべきだと判断した。
今、引き連れているモンスターはフロアボスの前では一撃で倒される程度の力しかないゴブリンだけだ。
いくら俺にもステータスで負ける雑魚とは言ってもその数は、先程使った《モンスター培養装置》というカードの効果で元々居た個体も合わせて20体を超えていた。
その術式カードの効果は、自分の攻撃力の半分以下の攻撃力のモンスターを生贄にする事でそのモンスターと全く同じモンスターを2分毎に1体生成するその能力を持つ装置を生成する能力だ。
もっとも、その範囲に該当するのは俺のクソステのせいでゴブリンくらいなものだが。
戦力としては数えられないが、少ない魔力と1枚の手札で破壊されない限りはモンスターを供給し続ける事ができる。そんな装置をフロアボスとの戦闘に巻き込まれる事はないだろう場所に生成した。ステータスが上がった俺がここから5分くらい軽く走って辿り着ける小さな公園のトイレの中だ。
産み出されたゴブリンは直ぐにこちらに向かうよう設定している。そのお陰でさっきから一定の間隔で俺の使役下のゴブリンがこちらにやってきていた。
ゴブリンには戦闘能力を期待していない。嫌がらせと時間稼ぎ、そしてまた別の目的がある。
ゴブリン以外の残りのモンスターは先程召喚したドラゴモールと共に別行動させていた。
手札は最大の6枚で残りのデッキ枚数は1枚。無駄にデッキ枚数を多くしてもどうせ魔力が足りない。それならば、継戦能力の事を考えるよりも引きたいカードを確実に引けるようにした方がいい。運に身を任せるのはやれる事をやりきってからだ。
何通りかのシミュレートでデッキチェンジ用のデッキは複数用意しておいた。今日のデッキチェンジは今のデッキに変更するために既に一度使用したので残りは2回。
俺がこの戦闘で一番気をつけないといけないのは、圧倒的な速度差で一瞬でHPを削られる事だ。デッキチェンジは緊急時の回復手段として使う必要も出てくるだろう。切り時を間違えれば、HP全損で俺は完全に置物になってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。
できれば、枚数の少ないデッキで確実に引きたいカードを引いていきたいが、時間があまり稼げなければ最後のデッキチェンジではある程度カード枚数の多いデッキを選択する事も必要になるだろう。
「……来た」
戦闘準備を振り返り、気を付ける事を頭の中で反芻する。そうしていると、空に小さなシルエットが浮かび上がった。
それはどんどん大きくなっていく。燃えるような赤い鱗に覆われた体表、視界全てを占めるかと思うような大きく広げられた翼、広げられた口からは鋭く尖った牙を覗かせる。
幻想上の生物である竜。数多の伝説で強大な存在として描かれたその威容が目の前に降誕していた。
「はは……でっけー」
思わず、乾いた笑いを浮かべる。新幹線を蒸発させた所は見ていた。遠くからだったから正確な大きさはわからなかったが、相当な大きさなのだろうとは思っていた。
だけど。改めて目の前、数100メートル先に現れたその姿を見るとそんな表現では足りないと思い知らされた。例えるならば、生物としてのスケールが違うと言った所だろうか。まだ建っている高層ビルが竜と並ぶと電柱程度にしか感じない程にはその体は大きかった。
「……どーする黒乃? すっげー帰りたくなってきた。今ならまだ安全に逃げれると思うぜ?」
──これは見通し甘かったかな。戦闘もしてないし今なら逃げれるよな。ゴブリンを囮にしてフロアボスを誘導すれば一応の義理くらいは果たせるよなー……
そんな弱気な考えが頭をよぎる。黒乃はあの巨大な敵を見て臆していないだろうか。そう思い、問いかける。
「よく言いますよ。逃げる気なんてさらさらない癖に」
黒乃は俺の問いを鼻で笑ってそう言った。
……まあ、黒乃がいけるなら逃げる気はなかったけどさ。こうも見透かされていると少し悔しい。
「ハハ、バレた。けど本当に黒乃はいいのか?」
「今ここから撤退したらビビって逃げたみたいで嫌です。というか、私だけ離れて1人で逃げれない京さんをここに置いていく訳にもいかないでしょう」
「違いない。撤退する時は頼むぜ?」
「その時はお姫様抱っこっすからね」
「それは、男として情けなくなるな……」
こちらへグングンと近づくフロアボスを視界に収めながら、軽口を叩きあう俺達。
フロアボスにとって、俺達は豆粒同然だ。恐らく目の前に俺達がいる事に気付いてすらいない。このまま何もしなければ悠々とそのまま飛び去っていくのだろう。
そんなフロアボスに今から俺達は喧嘩を売る訳だ。
「──さあ、始めようか」
手札から1枚のカードをクロノグラフに翳す。それは天を支配する傲慢なる龍を俺達と同じ目線にまで墜とす力を発揮する。
「瞬間術式、《蝋翼墜落》!」
──フロアボスとの戦闘。それはフロアボスが地に墜落するという形で幕を開けた。