11.来襲
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世界がバグってこんな事になってから3日、昼間は中ボス討伐のために体を動かす毎日だ。
インドア派の俺にとってはかなりの重労働。疲れた体に睡眠が何よりの安息になると知ったのはこんな世界になってからだった。
睡魔に身を委ね、深い眠りについた4日目の夜。その明け方の事だ。
「……うわっ!?」
ジリリリリリリ!! というけたたましい警告音で目が覚める。
俺は慌てて跳ね起きると、カーテンで遮られた黒乃が寝ているスペースへと声をかけた。
「黒乃! 起きてるか!」
「ふぁ……もう、うるさいっすよ、きょーさん」
俺が呼びかけると、欠伸を噛み殺した黒乃が寝ぼけ眼を擦りながらカーテンを開けた。
「どーします? フロアボスが来ちゃったみたいですけど」
「マズいな。まだ黒乃のレベルが上がりきってないのに。……てか、もうちょい慌てろよ」
俺が慌てているのには理由がある。遂にフロアボスが帰ってこようとしていたからだ。この警告音が鳴っているという事はそういう事だった。あと1時間もしない内に、この辺りにまで辿り着く筈だ。
だと言うのに、黒乃は慌てていなかった。……単純に目覚めたばかりで頭が回ってないだけかもしれないけど。
「慌てる必要なんてないっすよー。フロアボスはこっちが戦闘しないなら適当な攻撃しかしてこないんすから。こうなったなら、地下でほとぼりが冷めるまで待ってれば良いんですよー」
「あ、そっか。無理に今、戦う必要はないのか。……でも、ピンポイントでここを攻撃されたらヤバいんじゃねーの?」
「そうっすね。可能性は低いと思いますけど……その時は適当な所に逃げましょうか。こっちが攻撃さえしなければ、相手もそこまでしつこく追っては来ないと思うんで。私が京さんを背負って逃げれば逃げ切れるでしょう」
ちゃんと頭は回っていたらしい。黒乃は俺と違って冷静に現状を見た結果、戦いを避ける事を既に選択していた。
「フロアボスの動向は空中戦艦からの映像で追えるんで、この辺りに近付いて来た時にはその選択肢も視野に入れておきましょう」
彼女の能力で問題なくフロアボスの動向はわかる。タイミングを間違えて、フロアボスと鉢合わせるというアクシデントもないだろう。
そうだな。確かに今、戦うとリスクが大きい。ここはやり過ごして次の機会を待つ方が……
「さて、それじゃあ適当に探知の設定だけ変えて寝直しましょう。まったく。こんな時間に起こさないで欲しいっす」
「……いや、ダメだ。それじゃ、マズい」
黒乃が愚痴を言いながら、オレデバイスを操作して、警告音の設定を変えようとする。それを俺は静止した。
何か見落としがあったのかと彼女は首を傾げる。
「? 多分、これでどうにかなると思うっすけど」
「俺達じゃない。このままじゃ折角、人が集まってきたコミュニティがまたバラバラになる。……きっと、沢山の人が死ぬ」
「あー……そういえば」
黒乃の案で俺達は助かるだろう。だけど、人が多く集まっているコミュニティは恐らく被害を受ける。いくら雑な攻撃しかしないといっても、人が大勢集まっている場所が2、3日の間、1回も襲撃されないなんてのは楽観視が過ぎる。
場合によっては戦闘になるかもしれない。そうなった時にはフロアボスも容赦なく、そのコミュニティを殲滅するだろう。
俺達がここで静観を決め込むという事は、この辺りの人達の殆どを見殺しにするのと変わりのない事だった。
「どうする……? このままここに居たんじゃ外の奴らは見殺しだ。だけど……」
黒乃の案に乗って、ここは耐え潜むのが正しい選択なのだろう。それでも俺はフロアボスをこのまま放置していいのかと悩んでいた。
これが定められた運命だと言うのなら、今の俺はただ流されているだけだ。そんな奴に望む未来がくる筈がない。
これが俺1人だけなら、俺1人で何とかなるのならすぐにでも決断できた。だけど、今の俺は1人じゃない。
そして、1人ではフロアボスに勝てない。
「……はぁー。しょーじき私的には京さんがそこまでやる必要ないと思うんすけどねえ。……京さん、1つだけ聞きたいっす」
この先の行動について悩む俺に、黒乃は大きな溜息をついてからこう尋ねた。
「どれだけ確率が低くてもこの際どうでもいいっす。――京さんにとって、これはやれる事なんすか?」
「やれる、事……」
「ええ。京さんが言ったんじゃないですか。やれる事をやって、今を積み重ねていって初めて望む運命を引き寄せられるんだって」
それは、俺が彼女の質問に答えた時の言葉だった。
安全圏を手に入れたのに、この辺りの人達を救う為に脆弱なステータスの俺が戦い続ける理由。
ただ、それが俺にとってやれる事だった。そして、やらなきゃ後々、後悔するだろう事だったからだ。
そこまでする理由は全て、俺が楽しく笑って生きる為だった。
やれる事をやらなかった奴はただ用意された運命に流されて生きていくだけだ。そんなつまらない未来はお断りだ。
「今、ここに引き篭もったままで。京さんは本当に楽しく笑えるんですか?」
やって後悔する事もあるなんて言う奴は放っておけ。後悔したのならそれを取り返せるくらいにまたやれる事を積み重ねていけばいい。
そうしてやれる事を積み重ねていったその先で、無数にある未来から自分の望む運命を引き寄せる事ができる。
そんな風に生きてきた。これまでも、そしてこれからも変わる事はない。
「――ああ、そうだ。そうだよな。このままじゃあ、絶対笑えない。危ねえ、流される所だったぜ」
顔を上げる。
何がリスクが大きいだ。そんな言葉で逃げてみろ。絶対、笑えないような未来が待ってるぞ。
今、フロアボスと戦って勝つ事は、俺達にとってやれる事だ。やれない事なんかじゃない。
「黒乃、俺を助けてくれ。俺とお前が力を合わせれば、多分、10回に2回くらいは勝てる」
「そこは『俺とお前が力を合わせれば、絶対にやれる!』くらい言い切ってくださいよー! まったく、締まらないっすねー」
俺の言葉に呆れ顔で答える黒乃。
「悪いな。無責任な事を言うつもりはないんだ。黒乃は反対みたいだし。それでも、敢えて言ってやれる事があるとしたら……」
俺がフロアボスに勝つには黒乃の力は絶対に必要だ。だけど、黒乃にとってこれは分が悪い勝負だ。無理してやる必要がないと冷静に彼女は判断している。
そんな彼女を戦いに連れて行くのに無責任な言葉を使ってしまうのはあまりにも不誠実だ。だから、俺はただ確信している事だけを言う。
「――10回中の2回を今、引き寄せられたら格好良いと思わないか?」
分が悪い勝負でも勝っちまえば関係ない。むしろ10回やって2回も勝てるなら楽な勝負だ。
世界が変わってからずっと、自分にやれる事を積み重ねてきた。運命は既に引き寄せられつつある。後は勝利へと導くだけだ。
そう本気で思っているからこそ、俺は何の気負いもなく、ニッカリと笑って黒乃にそう告げた。
「それは――楽しそうっすね」
黒乃は俺の言葉に驚きもせずに、笑い返す。
「しょうがないっすねー。私の力、お貸ししましょう! 縛りゲーでもドンとこいっす!」
さっきまで、戦闘に難色を示していた黒乃はその意見を翻し、何の不満もないと言う風に明るくそう言った。
「ご……」
「ごめん」と言おうとして、やめる。謝る事なんてない。だって、俺達は勝ちに行くんだから。
黒乃は俺を助けてくれると決めたのだ。それならここで言うべきなのは感謝の言葉だ。
「……ありがとう」
彼女の思いに応える。その思いを胸に、俺は黒乃と共にもうすぐ来るであろうフロアボスとの戦闘の作戦を立て始めた。