10.前夜
中ボスのマンタを倒して拠点に戻ってきた俺達は、夕食をとっていた。
食料に関しては、近辺の放棄されたコンビニやスーパーなどから保存食をかなりの量確保できたし、一部のモンスターから食肉がドロップされる事が判明したので問題はない。
水に関しても、黒乃が《水魔法》のスキルを取ったお陰で問題はなくなっていた。
自分の職業とは関係ないスキルを取るときにはSPが2倍必要になるらしい。そこまでして取った《水魔法》のスキルは飲料水の確保とシャワーのためだけに使われていた。魔法の無駄遣いである。
「今日も1日お疲れ様でーす。はい、私から出た水でーす!」
「言い方ァ!」
ショートパンツと「生きる事とは食べる事なり!」と書かれた修学旅行の土産屋さんで売ってそうなシャツという身軽なルームウェアに着替えた黒乃は、そんな事を言いながらコップに《水魔法》のスキルを使って水を注いだ。
一応事実だけど、そんな言い方するとなんかイケない事してるみたいな気になるだろうが!
「いやー。今回もあっけなく終わっちゃいましたねー」
俺の叫びを気にした様子もなく、黒乃は鯖の缶詰を開けるのに苦戦しながらそう言う。プルタブを上手くつまめないみたいだ。
「……これで中ボスを倒すのも5体目か。最初のモグラの時と比べると大分、連携も取れるようになってきたんじゃねーの?」
見てるのも焦れったいので、黒乃から缶詰を受け取って俺が開ける。
「ありがとうっす。……連携って言っても京さんの引いたカードに合わせて臨機応変にって感じっすけどねえ」
彼女は缶詰を受け取ると、呆れた様子でそう言った。
俺の能力の性質上、決まり切ったパターンで戦闘を行える事なんてないしなあ。引いたカードで最高戦力の黒乃をサポートしながら戦うという事だけは共通しているが。
「私のレベルが15で、京さんがレベル20でしたっけ?」
「うん。今日の戦闘でようやくフロアボスと並んだ」
「やっぱり休んでいる間にも、モンスターを勝手に倒してレベルアップしてくれるのは便利っすね」
「便利だよ。だから、俺と職業交換する?」
「それは勘弁っす」
今日の戦闘でようやく俺のレベルが20に到達した。
黒乃とレベル差が開いているのは、休息中にも俺の使役するモンスターが命令に従って辺りのモンスターを倒しているお陰だ。
黒乃は羨ましがっていたが、俺からすれば自分で戦える職業の彼女の方が羨ましかった。彼女のステータスを考えれば当然の事である。
「この調子だと、私がレベル20になったらようやくフロアボスに挑戦できるかなって感じですかね~。安全に行くなら23まで上げて職業レベルを10にまでした方がいいっすけど」
「いや~。案外、今すぐやっても勝ち目ありそうだぜ?」
当の本人はこんな事を言っているが、今日の戦闘で彼女のステータスは十分、勝負できる所までは成長していた。
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Name:黒乃 遥
Lv:15
Job:《司令官》Lv:8
SubJob:なし
Mana:420/420
Attack:3170
Defense:2970
Speed:3440
JP:2
SP:1
Skill
《近接戦闘術》Lv:3
《探知》Lv:3
《水魔法》Lv:1
《剣術》Lv:3
《速度上昇補正》Lv:3
《攻撃力上昇補正》Lv:2
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JPで上げられる職業レベルは上がる事によってステータスにボーナスがつくらしい。1レベル毎に魔力以外の全ステータスが100上がる。そして、レベル4からは150、レベル7からは200ずつに変化するのだ。
職業レベルを上げる際に使用するポイントは現在の職業レベルの数値分だ。なので、次の職業レベル9にJPが8必要になる。レベルアップの際に2JP貰えるので、今あるポイントと合わせてレベル18まで上げればいいという訳だ。もっと言うと、彼女が言った職業レベル10に到達するにはレベルを23まで上げる必要がある。……とはいえ、そんなにグズグズしていられないのでレベル18まで上げればいいと俺は考えているが。
当然、レベルアップによってステータスも上がっている。それに、スキルの《速度上昇補正》と《攻撃力上昇補正》でこのステータスからさらにボーナスもかかるので、フロアボスのステータスにはまだ届いていないが、勝負にならない程ではないと俺は考えていた。
ちなみに成長した俺のステータスはこんな感じだ。
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Name:逆蒔 京也
Lv:20
Job:《時の蒐集者》
HP:27000/27000
Mana:240/240
Attack:1000
Defense:1000
Speed:1000
GP:0
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つらい。
なんで未だに中ボスにステータスで負けてるのか本気で理解できない……運営はバランス調整間違えすぎなのでは?
この際、クソステには目を瞑るから俺にもJPとSPのシステムください……ステータスのボーナスとスキルによる戦闘技術、俺も欲しい……
「慢心はダメっすよ。京さんの補助ありでワンチャンって感じなんすから。私達はノーコンティニューでクリアしないといけないんですからね」
自分のステータスの事を考えて黄昏ていると、俺の甘い考えを嗜めるように黒乃がそう言った。
……実際、彼女の言う通り、勝率は10パーセントもあれば良いところだろう。
しかも、これは俺が狙われない前提である。フロアボスの素早さのステータスは俺の4倍だ。実際の体感では4倍速よりも遥かに速く感じるだろう。何の対策もなければ、相手の動きに反応できないままHPを全て削られる。
一応、今日使った《ビギナーズエリア》の他にもう1枚だけ、速度への対策カードがあるので、それらを何とかして引かなければいけない事は重々承知していた。
「そうだよな。フロアボスもこっちに来る気配がないし、まだレベル上げはできるだろ。俺のレベルはともかく、黒乃のレベルは最低でも18まで上げたいな」
「京さんのレベルが上がっても、魔力くらいしか恩恵ないっすからね~。本当、京さんのレベルをこっちに回せたらどれだけ楽か」
「できるんやったらそうしてえよ……全部クソステが悪いんや……」
フロアボスの動向は空中戦艦から随時確認している。
あの日飛び立ってから、フロアボスは東京西部で悠々と空を飛びながら、地上を気まぐれに焼いていた。
救いなのは、戦闘にならない限りは狙いがかなり雑な所だろうか。被害は人の有る無し関係なく、ただ目についたものをたまに攻撃しているだけだ。……もっとも、戦闘になった際には容赦ない攻撃が襲撃者に襲いかかっていたが。
それはともかく。フロアボスがこちらに来ない以上、俺も急いで討伐しようとは思っていない。移動に時間と体力を使うのは馬鹿らしい話だからだ。
ならば、その間にレベルを上げて万全な状態で挑むべきだろう。
「そういえば」
フロアボスについて話をしている内に、鯖缶とパック詰のご飯という男子高校生からしたらなんとも物足りない夕食が終わってしまった。
ポテチでも取ってこようと席を立とうとした時に黒乃が話題を変えた。
「モンスターを使った誘導って上手くいってるんすか?」
「どうだろうなあ。所詮、ついででやってる事だし。あんまり効果がなくても気にしないよ」
彼女が言ったのは、3日前から取り組んでいる俺のモンスターを利用した避難誘導だった。
この三日間。動いていたのは俺たちだけではない。
学校や、病院、自衛隊の駐屯地などへ着々と人が集まりだしたのだ。内部の様子までは黒乃の探知能力でもわからなかったが、恐らくそれぞれでコミュニティが形成されつつあるのだろう。
なので。俺のモンスター達には、この辺りに形成されたコミュニティを案内する俺が作成したプリントを移動ついでにバラまいてもらった。
今も1人でこの世界を生き残っている人は多いだろう。多分、夜は周囲の警戒でロクに眠れてないと思う。そういう人達が集団と合流できればいいと思って始めた事だった。
本当にバラまいているだけなので、効果がどれ程出ているかは定かではない。まあ、ついででやっている事なので、効果がなくても別にいいのだが。
「ふ~ん」
「なんだよ。自分から聞いといて興味なさそうだな」
俺の言葉を適当に流す黒乃。
「私は、遊び相手がいればそれでいいっすから」
黒乃は他人に関してかなり無関心だった。……とはいえ、俺が行動する分には何も言わずにむしろサポートまでしてくれているが。
たまにゲーマー特有の辛辣な言葉を言うが、彼女は随分と俺に甘い。単に仲間という言葉で片付けられないくらいに。
……そもそも、なんで黒乃は1度戦っただけの関係の俺をこんなに面倒見てくれるのだろう? 遊び相手が欲しかったのなら探せば、俺以外にもいるだろうに。単に仲間が欲しいだけならクソステの俺よりよっぽど役に立つ奴がいるだろう。
「さあ、京さん。ご飯も食べ終わりましたし、遊びましょう! 貯めた電力で格ゲーやるっすよ!」
「……わあ、電力の無駄遣いだなあ」
……まあ、楽しけりゃそれでいっか。
黒乃は俺の腕をグイグイと引っ張って、普段は使っていないテレビ(チャンネルが映らないのでゲームにしか使えない)の前へと連れていく。
そんな彼女を横目で見て、「今更、そんな事を聞くのも野暮ってもんかな」と肩の力を抜いた。
職業レベル→現在の職業レベル分のJPを消費してレベルアップ
スキルレベル→レベルアップ時のスキルレベル分だけSPを消費してレベルアップ
多分、もう作中で説明しないので一応。