お疲れプリン体
正月休みも終わった1月の夜、マッサージ店に1人の男性客がやって来た。
「いらっしゃいませ。コースはお決まりですか?」
「60分全身コースでお願いします。」
この時間帯は仕事帰りの会社員が多い。男もおそらくそうであろう。担当についたマッサージ師はフランクに男に話しかけながら施術を始めた。
「お仕事帰りですか?正月明けは普段より疲れますよね。」
「いや、仕事柄年末年始が一番忙しくて。飲み会が多いし大変ですよ。」
「それは大変ですね。お仕事は飲食関係ですか?」
「そうなんですよ。プリン体をやっております。」
マッサージ師は耳を疑った。
「プリン体・・・ですか?」
「そうです。プリン体です。ビールに含まれていることで有名なあのプリン体です。」
施術しながらマッサージ師の頭は禅問答のようにプリン体とプリン体を名乗る目の前の男について考えた。
-プリン体ってそもそも職業というカテゴリーに入ってくるものなのか。飲食関係と言われたら間違いではないが・・・。さも当たり前かのように男は言っていたがそういうものなのか。知らない自分がおかしいのか。それか、もしかしたらこの男は疲れすぎて滅茶苦茶なことを言っている自覚がないのかもしれない。それなら疲れを癒やすことは自分の使命ではないか。-
静かにプロ魂を燃やしつつ、戸惑いを悟られないよう何事もなかったかのようにマッサージ師は答えた。
「そうなんですか。ビールにおせちに宴会料理とこの時期は大活躍ですもんね。」
「活躍というか・・・。バカみたいに忙しいのに痛風の原因だとか嫌われてたまったもんじゃないですよ。」
プリン体男は疲れ切った様子でそうつぶやいた。
「世の中健康志向でご苦労も多いでしょうね。」
「そもそも、プリン体はうまみ成分の一種だからうまいものにはだいたい含まれるんですよ。そんなに嫌うならうまいもん食うなっつーの。」
「ほんとにそうですよね。おいしいという幸せを担うお仕事なのに嫌われて大変ですよね。」
マッサージ師に愚痴をこぼして満足したのか施術でリラックスしてきたのか、満身創痍のプリン体男は眠りに落ちていった。
「お疲れ様でした。時間になりましたので終了です。」
「少し楽になった気がします。ありがとうございました。」
プリン体男はそう言って夜の街に帰っていった。
今夜のビールはいつもと違う味わいになりそうだ、とマッサージ師はプリン体男を見送り思った。