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91 トライ&エラー だけど最後には!

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


真の戦場に開戦の合図などない。

強いて言うなら互いに殺気を感じ取り、最初の一歩を互いのどちらかが踏み出せばそれが開戦の合図となるのだろう。

どこの誰が言ったかはわからない言葉を思い出しながら俺はただひたすら戦場を駆け抜けている。

このダンジョンに入ってからもはや何体の敵を切り捨てたかわからない。

今も、今までの中で一番でかい部類に入るであろう個体を切っている。

ちなみに、この一番でかいという記録、奥に入り込めば入り込むほど記録を更新している。

拮抗していたのは最初だけだ。

敵も最大戦力を保持していたのだろう。

互の主力がぶつかりあえば綺麗に戦える時間は短い。

ましてや相手は能力が上がったといっても獣に毛が生えた程度の知性しかない。

戦略などお構いなしの行動が乱れを呼び、そして瞬く間に完全に混戦状態になった。

そんな敵味方入り混じるこの状況でどうにか無事でいる実力が付いていることに感動する暇はない。

そんなものを抱いている暇があるなら少しでも敵を削り落とした方がいいからだ。 


「ハァハァ、アアアアアアア!!!」


疲れたから動けないなど言っていられない。

荒い呼吸を魔力で無理やり平常に戻して猿叫と共に敵を切り伏せる。

でなければ


「■■■!!」

「っち!」


喰われる。

今も顔面の数センチ前を黒い牙が通り過ぎていった。

敵はいつどこから襲ってくるかわからないような現状。

だが、これでもまだこのエリアは比較的マシな方だ。

なぜなら。


「ハハハハハハハハ!! もっとだ! もっと俺を楽しませろや!!」


この鬼が全力で楽しんでいるからだ。

比較的能力が高い個体が密集している最深部。

そこを一体の鬼が蹂躙するという光景は当事者でなければさぞ痛快なことであっただろう。

金棒を振るう度に何かがはじけ飛び、小さなクレーターが出来上がる。

そしてできた空間を鬼の軍勢が進撃していく。

その中に俺もいるのだが、こっちはこっちで常に全力を強いられているから楽しむ余裕はほとんどない。

しかし、今も敵の大将めがけて切り開いているエリアが一番安全というのは皮肉が利いている。

もっとも、その安全も背中合わせのように危険を併せ持っている。


「おらぁ!!」


それは空中でも変わらない。

顔面の前を通り過ぎたエボルイーターに繋がるように襲ってきた個体を跳び上がり避けたはいいが、空中で動けないと思った個体が三体ほど虫のような羽を広げて飛んできた。

一体を縦に切り、その反動を利用して二体目を地面に目掛けてけり飛ばした後、握力全開で最後の一体の鼻の部分に当たる箇所を掴み全力で下に投げ飛ばす。

そんな危険地帯に叩きつけられたエボルイーター二体を脳天から串刺しにした。

ようやく一息と、若干視線が高くなったそこを足場にして周囲を見渡し教官が突き進む方向を見れば、巨大な体故に動けない親玉が見える。

耳障りな奇声を上げながら時折味方ごと巻き込むような魔法による砲撃や触手を教官にめがけて放っているが、長距離からの攻撃でどうにかなるような存在であったらここにくる前にあの鬼は倒されているだろう。

しかし何回か攻撃をくらっているようだが、痛みというものを感じないのだろうか?

ほぼ無傷で攻撃を凌いだと思ったらそこら辺の岩を掴んで投げ返しているのが見える。


「相変わらず、でたらめな」


ああやって前を走る上司がいるからこそ。

この鬼の軍勢は士気が旺盛なのだろう。

さっきから怒鳴り声や叫び声が絶えないが、そこに入る意図はどれもが前向きに聞こえる。


「俺も、行くか、ね!!」


その雰囲気に当てられてか、俺の体に未だ疲れというものは感じない。

体感的に力が上がっているせいか、あるいはこの三日間戦い続けたという事実でアドレナリンが過剰分泌しているのか。

どちらでもいい。

今はただただ、全力で戦い抜くのみ。

教官に追いつくために、地面がわりにしていたエボルイーターを蹴り飛ばし前に突き進む。

敵の動きは遅い。

いや、俺の動きが速くなっているのか。

気流の流れすら切り裂くつもりで振るった鉱樹の手応えはほぼないといっていい。

わずかに手先に感じ取る肉を切り裂く感触とともに一体、また一体と倒し魔力に還らない屍の山を築きながら地面に足跡を残しながら突き進む。


「イエェイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


横薙ぎの一刀は相手の腹を容赦なく二つに割断し、その亡骸が地面に落ちるよりも先に別の個体に挑みかかる。

そのままの勢いで切りかかろうと思い踏み込んだ地面の感触に違和感を感じ、原因を頭で考えるよりも先に体は反応を起こす。


「考えるよりも感じたほうが早いとはよく言ったものだな」


手首を返し、順手から逆手に切り替えた鉱樹の切先は地面に深々と突き刺さり、その先で顎をカチカチと鳴らすエボルイーターを貫いていた。

そこからゆっくりと抜き、付いた血潮を払い除けるように一回振るい、また走り出す。

ボコリと地面をえぐるようにつま先から踵に力を伝え走り出す。

幸い、目標となる目印は大きく、目的の鬼がいる場所はこの騒音が蔓延するこの大空洞でもよくわかる。


「っと、教官追いつきましたよ」

「遅かったじゃねぇか」

「教官と一緒にしないでくださいよ、これでも急いできたんですから」

「ガハハハハ!! まだまだだが、及第点にしておいてやらァ!!」

「そいつはどうも」


その目的の鬼はと言えば、

爆心地と言えばいいのか、敵を一掃しクレーターの中心に佇みその足を止めていた。

そんな教官に追いつき隣に立った俺は教官の視線の先、既に目と鼻の先になっている敵の大将の姿を視界に収める。


「そういえば、俺、こんなデカイ敵と戦うの初めてなんですが、コツとかってあるんですか?」

「ああ? んなことも知らないのかよ」

「すみません」


あまりにもデカイ敵は俺が今まで戦ってきた中でも圧倒的なサイズだ。

そんな敵に挑むとなれば、俺の身長程度の長さしかない鉱樹など相手からしてみれば針ほどの長さでしかない。

経験不足をさらけ出すのは恥ではあるが、死ぬよりはマシと素直に質問すれば教官はいつもの凶悪な笑顔で答えてくれる。


「全力で殴る。そうすればいつか倒れるだろうよ」

「そう言うと思っていましたよ」


正直、こんな場所で理屈を講じられるとは思っていなかった。

教官の回答はシンプルイズベストの予想通りの解答であった。

ある意味では高名な剣術家のアドバイスよりも気楽でわかりやすい答えではあるが、現実的に見れば具体的な案を教えてくれないことに嘆きたくなる内容であった。

しかし、ここで具体的にと聞き返す暇は生憎とない。

こっちを脅威と見た敵が動きを見せた。


「あれって取り外しができたんですね」

「外せるだけだろうよ。あとで栄養にして作り直せばいいって魂胆だな」


体の四割を構成していた大きな卵のような体を切り離し、のそりとその巨体を動かす。

身軽になった母体は六本の鋭い足を地面につきたて奇声とともにその体から数えるのも億劫になりそうな数の触手をはやしてきた。


「あれ一つ一つが捕食器官ですか」

「こりゃぁいい。掃除が楽だぜ」

「のんきですねぇ。俺としては食われる心配が増えて不安でいっぱいですよ」

「なぁに、触手なんて無視すりゃいいさ。敵の土手っ腹に景気のいい一撃をぶち込めばそれでこの戦いは終いだ」

「そんな単純なものですかねぇ」

「単純なものなんだよ。戦ってのは、蹴って殴ってしばき倒して、最後に立っていたほうが勝者だ」


ニョロニョロとうねる触手の先に見える牙にため息を吐く俺に教官は呑気に対策を教えてくれる。

こんな会話をしているうちにも触手はエネルギーを蓄えるつもりなのだろう。

死骸となったエボルイーターたちを捕食し回っている。


「さてと、先手を取られるのは癪だ。そろそろ仕掛けるとするかねぇ」


それと同時進行でいくつもの触手がこちらに向かってきているのが見えて、こちらの鬼も動き出す。

俺の隣からゆっくりと教官は歩き出す。

その歩みはまるで散歩に行くような気軽さで、その鋼よりも硬い肉体を触手の前にさらけ出す。

極上の餌が前にやってきたと思った触手たちは我先にと教官に襲いかかる。


「見ておけ次郎、これが一つの到達点だ」


そんな光景に気負うことなく。

教官はゆらりと金棒を地面に突き刺す。

そして闘気をゆらりと滾らせる。


「冥土の土産だ。地獄への道をこの俺が築いてやる」


その闘気は次第に広がり、巨大な赤い影を形成する。


「さぁさぁ、鬼との喧嘩をはじめようじゃないか。見事にこの俺を倒せば拍手喝采。なぁに心配はすんな。鬼は戦うことに無類の喜びを味わう種族、負けても恨みはしない」


教官がゆっくりと片足を引くのに合わせ影もその身を引き構える。


「だがな、この喧嘩生半可なもので終わらぬと知れ」


今まで爆音や爆心地と表現してきたが、そんなものは序の口だった。

一を見る暇すらなく、教官の腕がぶれたと思ったら数多ある触手たちは消え去っていた。

金棒を振るった?

いや違う、あれはただの拳圧だ。

その証拠に教官の脇に金棒は突き刺さったままだ。

なんてこった、鬼に金棒? あれはウソだったのか。

武器を持つよりも己が肉体で戦ったほうが強いとか洒落にならない。

これが、鬼王の本気の構え。


「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」


鬼と怪物の咆哮はぶつかり合い、互が互を全力で潰し合おうと力をぶつけ合った。

その光景はもはや誰にも介入することができない。

一歩踏み込めばまず間違いなくひき肉にされるのは目に見えている。

遠巻きに見ている今でも鬼の拳が放たれるたびに引き起こされる暴風に体が持っていかれそうになる。

そんな一撃を身に受けて削られても回復し続ける相手もさすがだと言える。

俺が何を言おうと、教官には相手を倒しきるまで誰の声も届かないだろう。

ならば俺は一歩引いて、少しでも邪魔になりそうな相手を削るかと行動を起こそうと思った。


「?」


そこで視界に入るのは母体から切り離され残された巨大な繭だ。

不気味に鎮座し、静寂を保つその巨大なオブジェは、これだけ激しい戦闘を描くこの場において非常に不釣合とも言えた。

あれは今までエボルイーターを生み出してきた器官だ。

それが完全に沈黙するなんてあり得るのか?

せめて残った卵なり、胎内で生まれそうなエボルイーターなり排出するのではないのか?


「まさか」


確証はないが気づけば俺は全力で駆け出していた。

その根拠なき勘が俺を突き動かしていた。

教官は言った。

クズリ将軍は、産み出し育てる将だと。

その能力は繁殖能力だと。

ならば何故、敵はその能力を切り捨て真正面から教官と戦っている。

追い詰められたから?

もうすでに余力がないから?

正面からでも教官を倒し得る能力を持っているから?

そのどれもが俺の中で違和感を訴えかけ、足に更に力を加えさせる。

鬼と怪物が織り成す戦場は、爆撃を受けている大地のようで、その中を駆け抜けるなどの行為は馬鹿げているのだろう。

だが、それでも最短距離を駆け抜けねばならないと俺の勘が訴えかけている。

岩が爆散し、その破片が俺の頬を掠めようとも瞬きせずただ前に全神経を集中させ戦場を駆け抜けた。

そして、その甲斐あって戦場を抜けた先に待っていたのは、繭に罅を入れ巨大な口を外に出し怪物ごと教官を飲み込もうとしていた化物であった。

こっちが本命かと悟り、そんなものが見えた俺の行動はいたってシンプルだった。

魔力を回し体感時間が遅くなった視界の中、全力で前に突き進みその口が開かれないように、跳び上がり鉱樹を全力で振り下ろす。


「硬いなぁ!!」


それでも口先をわずかに切り込めた。

その化物の動きを止める僅かな均衡。

その一瞬は、教官にこっちの存在を気づかせるのに十分だった。


「教官」


そしてその一瞬で


「あとは頼みます」


俺は託すことができた。


「じろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


宙に浮かんだと感じたあと、俺の視界は暗くなった。


Side END


今回はこれで以上となります。

これからも本作をよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第392部分から読み返しています。 キオ教官好き! 教官の発想がシンプルで良いですね。鬼に産まれたくなり、教官の元で働きたくなりました。 これからもキオ教官の登場をみまもり続けます
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