90 誰かの代わりに
Another side
「さてエヴィア、報告を聞こうか」
「は」
MAOcompanyの社長室でこの会社の社長であり魔王でもある存在がいつもの温和な笑顔を作り、側近である悪魔の女性の報告に耳を傾ける。
「エボルイーターの母体がいると思われる蟲王のダンジョンに鬼王と不死王を派遣しました。鬼王が先陣を切り不死王が後詰になり最深部への到達は三日後と推測されています」
「うん、そっちは順調でなによりだ。あんなものに腹の中で暴れられたら大変だからね、無事に討伐できることを祈っているよ」
口では祈っていると言っているが、魔王にとっては討伐されることは既に決定事項になっている。
違いがあるとすればそれは被害の程度の差でしかなく、それも魔王が予想する範囲を出ないと踏んでいる。
参戦した部下への信頼も当然あるが、ダンジョンを攻略するために事前情報を与え、その中で最も対応に適している戦力を投入している。
これで失敗したとなればあの二人が無能であるか、魔王の予想を覆す何かが起きたということだ。
では、彼が何を気にしているかと言えば。
「それで、老害は見つかったかい?」
「研究施設らしき建築物を発見、そこから捜査を開始したところいくつかの貴族に行き着きました。詳細はこちらに」
「ふ~ん、こっちを使ってきたか」
まとめられた報告書をパラパラとそれこそ読んでいるのかと疑問に思うような速度で魔王は書類に目を通し、予想が外れたと感想をこぼす。
だが、その情報の奥に潜む影を魔王は見抜き、まるで旧知の仲間とチェスを指すかのように頭の中で情報を巡らし、ここから相手の腹を痛めつけることは可能か数秒間の時間を割く。
「ま、おおよそ誰が裏で謀ったかは予想がつくし、この貴族たちは切られた尻尾だろうね」
「はい、証拠を押さえようと兵を向かわせましたがすでに隠滅は終わったあとでした」
「そうだろうね、もしここで証拠を残すようだったらもっと簡単に首を取れただろうにね。まぁいい。終わったことをとやかく言ってもしょうがないからね、影の一部に続けて調査するように命じておけばこの話はもういいだろう。間抜けなこの貴族たちは財産を没収して後腐れなく始末しておけば問題ないだろうね」
だが、渡された報告書の内容だけでやれることはせいぜい嫌がらせ程度だと思い。
それ以上時間を割くのも無駄と判断する。
「けれど、きっちり報いは受けてもらおうかな。あんなものを引っ張り出してきたんだ。向こうもそれなりの覚悟というモノはしてきただろうさ」
だが、魔王がこの程度の生ぬるい処置で終わらせるわけがない。
「エヴィア、どういう落とし前をつけたらいいと思う?」
「御心のままに」
今回の出来事で魔王の派閥はダンジョンの管理者である将を一人失った。
その充填には多大な時間がかかるのは目に見えている。
何より信頼していた部下を失った魔王は冷静に怒り、その報復を誓う。
部下の無念を晴らす算段を巡らす表情に容赦という言葉は欠片も見せない。
その心に付き従うエヴィアは何も答えず静かに頭を下げる。
後日、国家反逆罪で男爵子爵合わせ八人と一人の伯爵の首が落とされる。
それを成そうとしている魔王は只々、静かに笑みを浮かべる。
「とりあえず、今は腹に差し込まれた一手を排除しようか。話はそれからだよ」
Another side END
Side 田中 次郎
ダンジョン内の休憩というのは当然物静かという言葉からかけ離れている。
随時追加で来るエボルイーターとそれを迎撃する鬼との戦闘音は下手なライブ会場よりも音を出す。
そんな騒音の中でもマイペースなのが鬼だというのか、酒を飲んでいたかと思えばトイレに行ってくるような感覚で前線に出て敵を屠る。
行軍を始めて三日目の昼、陣地を作って進軍を繰り返しラスボスの手前まで来る頃には、そんな騒音が子守唄になり、自分に向けられる殺気が目覚ましになる程度に俺はこの軍勢に溶け込んでいた。
常在戦場を身につけたといえば聞こえはいいかもしれないが、できなければ過労で倒れるというのが目に見えるほど戦闘の繰り返しであったのが現実だ。
「どうだ次郎、俺たちの戦場は?」
「最悪なくらいに楽しいですよ」
「皮肉が言えるくらいには成長したな! 最初は元気だったが途中は静かになっちまってたしな!!」
しかし精神的に折れなかったのは、キオ教官のおかげだ。
一緒に戦えば戦うほど学ぶことが増え、吸収し自分が強くなっていく。
未だ遠い背中でも、目標が目の前にあれば全力で挑みたいというのが男心だ。
鉱樹を磨く手を止めて、声をかけてきた教官の言葉をどう返そうかと少し悩むも、正直に話したほうがいいという結論に至る。
「何度も死にかけるような場所に放り込まれれば開き直れますよ。でなければ死ぬだけでしたからね。全く何度あなたを想定して敵を斬り殺したことかわかりませんよ」
「おうおう言うねぇ、それで役にはたったか?」
「まったく」
まさに鬼かと言いたくなるような環境にこの教官は俺を置きやがった。
その元凶に復讐できないから八つ当たり感覚でエボルイーターを撫で斬りにしてやったが、即答で返したとおりそれでもこの鬼には届かない。
全く役に立たないかと言われれば違うが、それでも教官に致命傷を与えられるかと言われれば首を振る。
まだ切れるイメージができない。
その段階まで来てないというのが事実だ。
登れば登るほど、教官の強さを実感できる。
「だろうな!!」
快活に笑う教官の片手には徳利が握られている。
この先百メートルで戦闘が起きているのに余裕なのは羨ましい。
戦場こそ鬼の居場所だと言わんばかりの態度に俺はため息を吐きたくなる。
今も血だらけになって帰ってきたオーガが酒を飲み干している。
そんな光景も最初ほど気にならなくなっているが、早く平和な部屋で寝たいという願望は強くなる一方だ。
それも、今日で終わる。
「だが、次は違うぞ」
酒を徳利のまま煽り、さっきまでの快活さはなりを潜め教官の声に険しさが交じる。
「クズリは紛れもなく魔王軍の将だ。その強さは俺も評価する」
「教官よりも強いんですか?」
「正面からやれば十回やって十回俺が勝つ」
冗談でも笑い話でもない。
純粋な力比べで教官は勝つと断言したが、それは正面からと条件をつけた。
すなわち、その条件から外れれば負ける可能性があるということだ。
「個としての強さではあいつは将の中では最下位だ。だがあいつの強さは戦うことじゃねぇ。あいつの強さは生み育てることだ。あいつが強くなくても、生まれた子供が俺の首を取りに来る。それがたとえ薄皮一枚を削る程度の一撃だとしても、その薄皮を削ることのできる個体を意図的に何十、何百、何千と生み出す。でなければ魔王軍の将になんてなれねぇよ」
だからこそ、エボルイーターも蟲王を狙ったのだろうと教官は推測する。
個としてではなく群としての強さを誇る将軍は、ある意味では軍を形成するにあたって最強の部類に入るかもしれない。
兵士を育てるには時間がかかる。
しかし、蟲王にとってその条件は他の軍よりも条件が軽い。
意図的に理想的な兵士を生み出す能力を持っている。
それはすなわち低コストで軍勢が減らないということだ。
無限とはいかないが大量の軍勢を編成できる、それだけで脅威になるのだ。
「しかしそれも理性あっての話だ。あいつは俺なんかよりも頭が回る。ここまで来るにしてももっとエグい罠を警戒してたがそれもなかった。ただ闇雲に増やして俺に向かってぶつけてきやがった。舐めてやがる」
だが、それでも教官には脅威にならないらしい。
どうやら無計画に只々ダンジョンに侵攻しているのではなく、相手の出方を窺っていたらしい。
すみません教官、俺は只戦うことが好きだから常に戦える先頭に立っていると思ってました。
「敵はクズリを食べて浮かれてやがるのよ。俺は強え最強だってな。その力を誇示しようとする魂胆が見え見えだ。そんなヤツに俺が負けるはずがねぇ」
さっきまで快活に笑っていた教官が嘘のように苛立っている。
それは仲間をやられた恨みから来るのか。
憂さを晴らすように荒っぽく酒を呷るとあっという間に徳利の中身は空になる。
そしてそれを確かめるように二、三回振ったあと、戦場に向かって徳利を放った。
放ったといってもそれは教官基準で、俺から見れば弾丸並みの速さで飛んでいったように見えた。
「ったく、へまこきやがって」
ころっと溢れてきた本音に俺はつい聞くに聞けなかった質問をぶつけてみた。
「教官、クズリ将軍を助けられる可能性はありますか?」
「……ねえな。クズリのやつはもう食われて魂も消滅してるだろうよ。残っているのは食われて変質した肉体だけ。俺にできるのは、あいつの体がこれ以上身内を傷つけねぇように引導を渡してやることだけだ」
その質問を受けて、じっと俺の瞳を覗き込んだあと教官は首を振り無理だと断言した。
そして、さして感情を表すことなく己がやることを断言する。
「そうですか」
「ふん、余計な気遣いをするくらいなら自分に気を配れ。俺を心配したつもりなんだろうが、俺を心配したいなら俺より強くなってからにしろ」
物語の主人公なら助ける方法がきっととか言ってご都合主義で助けられたりするのだろうが、あいにくとそんな可能性は俺には一ミリもない。
そして助けられるのなら、きっと魔王軍が組織として助けられる行動を取るはず。
しかしとった行動は救出ではなく討伐だ。
「なら、そうさせてもらいます」
その選択肢を取ったということはもう手遅れということだろう。
ならこれ以上俺が口を出す場面ではない。
もともと研修終了時に顔を一度見ただけの相手だ。
そんな相手に俺はさして感情を抱くことなく、質問の結末を受け入れる。
だが、教官は違うだろう。
大なり小なり良いにせよ悪いにせよ相手に感情を抱いているのは間違いない。
それを伏せて仕事として全うしようとしてるこの鬼は尊敬に値する。
ならば見届けよう、それぐらいはやってみせなければ男が廃る。
「そろそろ時間だ。次郎、お前は」
「ついていきますよ。ここで引いたらレベルアップの機会を逃すということですから」
「カ、いい返事を返すようになったじゃねぇか。なら勝ち戦ってのを見せてやるよ!! そして帰って宴会だ!!」
「いい酒を期待しますよ」
「たりめぇだ!! 上等なやつを用意してやるよ!!」
静かに気合を入れた俺は、この場に残れと言いかけた教官を遮り前線へ志願する。
もとよりこれが最終局面だ。
後先考えずに済む戦いなら、幾分か気楽に戦うことができる。
ダンジョンに入ってから上半身裸の教官の後ろが気づけば俺の定位置になっている。
そんな教官が歩き進むたびに、酒を飲んでいた鬼が、食事をとっていた鬼が、眠っていた鬼が、武器を整備していた鬼が、治療の終えた鬼が次々に参陣しあっという間に百鬼夜行は完成する。
「道を開けろ!! 俺が前に出る!!」
エボルイーターと戦っていた前線に、体力を回復した大鬼が参戦する。
最後の戦いに向けて万全を期して回復した鬼王は再びその、嵐すら生ぬるく見える豪腕を振るう。
「俺に続けえええええええ!!」
一振りで暴風を産み出し、敵を圧殺し突撃する鬼の背中を追い突撃する。
奥に、奥に、奥にただひたすら進撃する。
教官の攻撃で手負いになったエボルイーターに止めを刺し、最初よりも巨体な敵と恐れることなく切り結ぶ。
火を吹き、酸を吐き、鎌を振るい、刺を飛ばし、毒を振りまく。
その全てを教官の一振りで軒並み払い除け、俺や他の鬼たちが襲いかかる。
脳内のアドレナリンが大量に分泌され、高揚感を感じだんだんと相手の動きが遅く見えてくる。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
床を文字通り踏み砕き突進と同時に敵は目の前に存在し、切ると考えるよりも先に脊髄が鉱樹を振り下ろしていた。
敵の足を一本切り落とし、バランスが崩れたところにオーガの巨大な戦斧が振り下ろされる。
『ヨシ、ツギダ』
「おう!!」
オーガの声に答え、俺は次の敵に躍りかかる。
鬼の中で小柄に分類される俺の役割は相手の動きのテンポを崩すこと、素早く切り込みこうやって手なり足なりと一部を切り落としてやれば、速さよりも威力が優先の輩が決めてくれる。
なんだかんだで、一緒に戦っているうちにこうやって背中を任せられる程度には信頼はされてしまっている。
何体かの鬼を助けているうちに、今度酒を飲み交わす約束もしている。
人間よりもある意味では付き合いやすいと思ってしまったのはここだけの話だ。
話はそれたが先頭に響く爆音で雑念を振り払い、追いつくためにさらに魔力を循環させ走る。
目の前で土煙に衝撃波と余波だけでも敵を傷つける気合の入った教官を前に、まともに戦える相手は早々いない。
順当に敵を屠る鬼王はダンジョンの構造を渡されている時点で、このダンジョンの最深部まで到達するのはさして時間はかからない実力を持っていると三日で理解させられている。
大空洞。
その入口自体が東京ドームを一つ飲み込めるほどの高さと道幅を持っていた。
それを抜けた先がそれよりも小さいはずがない。
その空間自体が荒野のようで天井は夜空のように、地平線が見えるほどの空間であるにもかかわらず、その存在はどんな場所からでも見えるほどの巨体を誇っていた。
「なるほどねぇ、あれなら大量の繁殖も納得だ」
巨大な繭を抱え込んだエイリアンというのが的確だろうな。
赤黒く鈍く光る繭は常に卵を排卵し、数を増やしている。
まるで量産品を作る工場のような光景は見ているだけでも気分が悪くなっていく。
「さてと、最終局面かね」
じっとその巨体を眺める教官の背を見ながら、俺は気合を入れ直す。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
誰かがやらないといけないということはある。
今回は以上となります。
これからも本作をよろしくお願いします。




