表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/800

89 仕事をしようとした時に別の仕事に連れて行かれることって・・・あるよな?

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



エヴィア監督官が去ったあとに俺たちは手始めにパーティーメンバーへ連絡を入れた。

各自のスケジュールを調整し、一回全員集めることが必要になったからだ。


「ということだ、日程は合わせられるか?」

『う~、いまイベントの真っ最中なんでござるが……』

「出社したらいきなり頭から丸かじりにされる光景を味わいたいなら来なくていいぞ?」

『そ、それは嫌でござる』

「なら来い」

『了解でござる、はぁ、働きたくないでござる』


南はこれでいい。

最後のセリフは俺も昔に言った記憶があるから突っ込まず電話を切る。


『はぁ!! いきなりなによ!!』

「だ、だから緊急事態だって」

『こっちにも都合があるって社会人なのにわからないの!?』

「俺に言われても困るっすよ……」

『はぁ、いいわ。で? いつ集まればいいの?』

「俺なんで怒られたんすか」

『何か言った?』

「なんでもないっす!!」


隣では年下に叱られる海堂が北宮に連絡を入れていた。

それでもきっちり日程を伝えるのは社畜根性が身に染みている証拠だろう。


「はぁ」

「お疲れ」

「先輩、なんで俺が北宮ちゃん担当なんすか」

「流れで」

「それだったら俺が南ちゃんでよかったんじゃないっすか?」

「さてな、迅速に行動に移った結果だ」


涙目になっている海堂の視線を流しながら俺は次に連絡を入れるアドレスを探し出す。


「ほら、次は優しい勝だろう。さっさと連絡を入れろ」

「う~す」


俺はアメリアに電話をかけ数コール後にそれは繋がる。


『ハイ! アメリアデス!!』

「田中だ。アメリア今時間は大丈夫か?」

『次郎さん? 大丈夫だよ。何かあった?』

「少しトラブルがあってな、今後のスケジュールに調整が入りそうでな。その調整のために一度こっちに来てほしい。明後日の夕方来られそうか?」

『明後日? ウン! 大丈夫だヨ!』

「そうか、なら頼む」

『OK!』


元気な返事にまたと返事し電話を切る。

これで今日の仕事は細かい書類仕事だけとなる。

主任という立場であっても俺がテスターという役割であるのに変わりはない。

本格的に魔王軍に所属でもしない限り今回の件は俺の知らない遠い話で終わるだろう。

今回の話はそれでおしまいだ。


「海堂、勝とは連絡」


ついたかと続けることができなかった。

ぬっと伸びてきた何かに俺の首を絞められ、うぐと一瞬声が詰まったからだ。


「お~、次郎お前暇だろ? ちょっとツラ貸せや」

「きょ、教官!?」

「というわけだ。タダシちとこいつ借りていくぜ」

「了解っす!!」


それをやった逞しい腕の持ち主、鬼ヤクザことキオ教官はニイィと子供も大人も無差別に阿鼻叫喚に叩き落とす凶悪な笑みを海堂に向けて、カツアゲみたいな文句で俺を拉致する宣言をしてきた。

生憎と俺は抗議を上げることができない。

絶妙に加減された腕によって呼吸が制限されてもがくことしかできないからだ。

だが、俺の力など子供がクマと力比べをするようなもので、抵抗など無駄だとすぐに悟りそのまま身を任せる。

そんな脱力してなるようになれと達観した俺を見て素早く敬礼した海堂に見送られながらそのままどこかに連れ去られる。

ドナドナとゆっくり連れ去られるのではなく、ドカドカと何かが爆走するように走るのは教官らしいと思いながら鎧や鉱樹で重量が増した俺の体を支える首の耐久値に感謝する。

絶対昔のままであったら首と体が泣き別れをしていただろう。

そんな感想を抱いているうちに目的地についたようだ。


「おう!! 待たせたな!!」

「忘れ物とやらは拾えたか? 鬼王」

「おう、ちいとばかし探すのに時間がかかったが見つかったぜ!!」


そこで待っていたのは仁王立ちしていた監督官と


「おし行くぞ!! 野郎ども!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


ダンジョンの入口に並ぶ百鬼夜行の軍団だった。

ゴブリンに始まりオークにオーガ、共通するのは全て頭に角を持つ種族ということだ。

そして全員が完全武装ということだった。

ここまで来て、そしてこの場と人員を見れば嫌でもなんで連れてこられたか理解する。


「一応聞きますけど、なんで俺連れてこられたんですか?」

「おう!! お前の世界である実地研修ってやつだ!! ダンジョンの最深部まで連れてってやるよ!!」


やはり、この部隊はあのモンスターを討伐するための軍勢だ。

ざっと見て千はいるだろう。

その中に俺が組み込まれたということだろう。

教官からすれば経験を積ませるいい機会だと判断したのだろうが、歓迎ムードではない。

教官の後ろに控える鬼などは睨んでいる。

他にもいくつかなんて言葉じゃすまない視線を感じる。

戦いで傷つくよりも先に胃にダメージが行く。


「俺としてはありがたいのですが大丈夫なんですか?」

「俺が許した、なら誰も文句は言わねぇよ」


まぁ、その程度で怯むようなやわな鍛え方はしていないから気にせず教官に話しかける。

ブラック企業の社畜だった経験を舐めるな。

この程度で引いてたら仕事にならん。

逆に魔力をたぎらせ張り合う。

それを見て子の成長を喜ぶように教官は笑う。


「なら、経験を積ませてもらいますよ」

「カカカ、特等席で楽しませてやるよ!!」


そう言って、ズンズンと突き進み始める教官についていこうとする。


「次郎」

「はい?」


そんな俺を監督官は呼び止めた。

振り返ればいつもどおりの冷たくも真面目な表情を浮かべる監督官が佇んでいる。


「地獄を味わってこい。そして、生還してこい」

「はい」


そして冷たくも暖かさがある激励を受け俺は教官の背後に立つ。

さて、二日以内に帰れるかね。


「野郎ども!! 目標はダンジョン最深部だ。死んだやつは宴会に参加させねぇからな!! 酒を飲みたけりゃ手柄を立てるんだな!!」


生きて帰ることは確定というよりも、何がなんでも生きて帰る。

そんな決心を胸に教官の後ろを歩く。

ズンズンと重く響く足音を鳴らし突き進む教官は、途中部下から刺のついた身の丈と同等の長さを誇る金棒を受け取る。

鬼に金棒とはこのことか。

使い込まれ傷だらけであるが、頼りないという言葉とはかけ離れ逆に無骨で力強い鈍い光を見せるその一本は戦の先陣を切るにふさわしい武器となっている。

教官は相棒と言える武器を肩に担ぎ最後の発破をかける。

それに応えるように軍勢は再び雄叫びを上げる。

それによしと、笑みを深める教官は最後に上着を脱ぎ捨てる。

己の肉体こそが最強の鎧と言い表すように鋼のような筋肉が顕になり、戦闘準備完了と言外に伝える。


「ゲートを開けろ!! 戦の始まりだ!!」


気合という言葉というより、もうすでに物理的な衝撃になっている指示に従いダンジョンへの入口は開く。

見えてきた光景は森だ。

そして次に見えてきたのは


「おうおう、大層な出迎えじゃねぇか」


先ほど戦ったばかりのモンスターが今度は群れで蠢いていた。

たった数時間でここまで増殖してみせたのか、それとも元からこれほどの数を揃えていたのか判断がつかない。

だが、これだけは言える。


「まずは景気づけに」


この程度の数では


「切り込むぞぉ!!」


この鬼は止まらない。

金棒の一撃は地面を砕き、その余波でゲートの周囲に居たエボルイーターの群れを爆散させる。

衝撃波でこの威力、捕食能力など無意味とばかりに物理で終わらせるという手本だろう。


「まぁ、その弟子が」


その勢いに任せて鬼の軍勢は無形の異形に襲いかかる。

俺もその波に乗り遅れるどころか我先にと先陣を切ろうと鉱樹に手をかけていた。


「同じことをできないでどうする!!」


一足一刀一振。

一歩踏み込むたびに一体、二歩踏み込めば二体、進むたびに敵を切り捨てながら音を置き去りにするつもりで足に力を込める。

そうでなければ嵐のように敵を屠る教官についていくことなど不可能だ。


「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」


鬼の雄叫びを塗りつぶすように猿叫を上げ、注意を惹きつける。


「おうおう!! いい気迫だ次郎!! 野郎ども!! 人間に負けてんなよ!!」

「「「「おう!!」」」


この気迫で鬼の中にとけ込めたのだろう。

人間に負けるかと言いながらも嬉しそうに敵陣に斬りかかる鬼の中にはやるじゃねぇか、と強さ至上主義を垣間見せる者もいる。


「フン!!」


時には木ごと敵を切り落とす。

そして常に先手、相手の攻撃よりも早く、誰よりも早く。

足の運びを体重の移動を腰の動きを肩の動きを腕の力を指先の神経を研ぎ澄ませていく。

一回一回の攻撃を鍛錬のように練り直し、五感をそれこそ味覚で戦場の空気を味わうように情報に変え自身の動きに反映させる。


「見ねぇうちに随分と成長したな!! どうだ次郎、戦場の空気ってのは!!」

「目の前の敵を切り倒すので忙しいですが! 悪い気はしませんね!!」

「は!! わかってんじゃねぇか!! ならもっと上等な戦場に連れてってやるよ!! 今は死ぬ気で付いてこい!!」

「はい!!」


一時教官の背後に回り呼吸を整えすぐに動き始める。

破竹の勢いで進む鬼王、キオ教官の揃えた精兵はまるで一頭の獣かのように連携して動く。

その中で一人の牙として動けることに言い表せぬ興奮を俺は感じ取っている。


「親父!! 入口が見えた!!」


黒い海を百鬼夜行が切り開いていくうちに、気づけば俺が進んでいた場所よりもだいぶ奥に入り込んでいた。

斥候に出ていたゴブリンが、母体がいると思われる入口を指差す。


「ふん、思ったよりも早かったな。蟲王のやつも生ぬるいダンジョンを作りやがるな」

「最短距離を一直線に粉砕しながら進めばこうなるでしょ」


今も戦っているが振り返ることくらいはできる。

通ってきた所は元々樹海であったはずだが、今では立派に踏みならされた道になっている。

その環境破壊の一端を俺も担っているが、八割はこの先頭で暴れまわった鬼ヤクザの所為だ。

思わず突っ込んでしまったが、教官は俺の言葉にそれもそうかと気にした様子もないように笑ってみせる。


「それでどうするんですか? ダンジョンの入口から湧水みたいに敵が溢れてますけど」

「ああ? そんなの決まってる」


そして、湧水と表現したが湧いてくるのは水ではなく当然エボルイーターだ。

斥候ゴブリンが示した先の洞窟から我先に出てくる群れは途切れることを知らないのか、切っても切っても減る兆しが見えない。


「半分はこの入口を守護してケツから突かれないようにしろ!! 残りは突っ込むぞ!! 突っ込むぞ!!!」

「知ってましたけど!! やっぱりそうなるんですね!!」


だが、そんなこと知ったこっちゃないと削岩機も真っ青な勢いで教官は道を掘り進める。

半分以上想像できた展開に体は反射で動き出し、迷わず洞窟に入っていく。

中は教官の担当するダンジョンのように洞穴を拡張した迷宮だ。

だが穴が縦横無尽に配置してあり相手を惑わす構成になっている。

鬼という二足歩行の生物と違い壁や天井を移動できる蟲という生物に合わせた構成だ。

だが、そんなものなど関係なしに教官はまるで道順を知っているかのように、いや、事実道順を知っているのだろう。

迷わず道を突き進んで鬼の軍勢を誘導する。

ありとあらゆる道から出てくる敵など関係なしに、移動に時間を要する時はその場にとどまり軍の動きを待つ。


「途切れた?」

「敵も無尽蔵ではないからな、削る速度が上回れば出せる兵力は限られてくる。今のうちに体力を回復しろ!!」


その過程で敵の流れが一時的に止まる。


「教官、予定ではどれくらいで最深部に着きます?」

「この調子で行けば三日っていったところか、今日はそろそろ陣地を作って休む準備をしないとな、お前ら陣地の作成準備しろ!!」


その隙を使って敵の腹の中にもかかわらず、休めるための陣地を構築していく。

鬼たちが取り出したテントは簡易的なものではあるが、交代で見張れば仮眠くらいは取れるように魔法的処置を施してある一品だ。

前に地下施設で見た記憶がある。

長期的にダンジョンに篭ることを想定して一回パーティー予算で買うか検討した記憶がある。


「……教官、ダンジョンゲートで最深部に繋げれば一気に攻め込めて時間短縮になるのでは?」

「できてたらこんな苦労しねぇよ、敵さんも鍵を開けっぱにしておくわけねぇだろ。エヴィア曰く今このダンジョンは正式な出入り口以外開けられないんだと。俺としてはこうやってぶつかり合うほうが好みだがな!!」


迅速に陣地作成が進む中で俺も立ちながら呼吸を落ち着ける。

一回指示を出しただけで誰がなにをやるべきかわかっているというのは教育が行き渡っているということだ。

そんな集団を眺めながら一時の暇ができた俺はふとした疑問を教官に投げかける。

しかし、俺の考えなど試したと言わんばかりに教官は笑い飛ばす。


「本当に教官は戦うのが好きですね」

「鬼ってのはそういう生き物だ。こいつら見ればわかるだろう。酒と戦いを愛し、そのために手間を惜しまねぇ。戦いを楽しめているお前もわかるだろう?」

「かもしれませんね」


そんな姿の感想を素直に言えば、鬼としてのイメージを崩さない当たり前の答えが返ってくる。

教官はジロッと迫力のある目で俺を見て内心を言い表す。

否定するどころか心当たりがありすぎる俺は肩を揺らして肯定するしかない。


「ならいい。こっからもっと楽しくなるぜ。戦を楽しめるようお前も休めるうちに休んどけ。後続の不死王の奴が追いついたら出発するぞ」


それを満足げに見た教官は酒を持ってこいと部下に言いその場を去っていった。


「ここが蟲王のダンジョンなら教官にとって仲間の庭のはず、その仲間と戦うことをどう思うか聞くのは野暮かね」


監督官も教官も仕事と割り切っているのか、迅速に行動して見せて迷いがないように見えた。

あるいは俺の常識では変でも、向こうの常識ではこれが当たり前なのかもしれない。

そんな疑問を抱きながらも、もらった休憩時間は大切に使おうとタバコを一本取り出し吸い始めた。


田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言

ま、流れに任せるのも必要なことかね。


これで以上になります。

これからも本作をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
鬼王にタダシ呼びされる海堂も海堂であの地獄経験して認められたんやろなぁ… 普段ヘラヘラしてるのになんやかんや海堂も出来る子やな流石
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ