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88 迅速第一


田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士




「で、でもいくら危険なモンスターでも倒したっすから問題ないっすよね!!」


暗い雰囲気を払拭しようと海堂は明るく倒したモンスターの体を指差す。

だが、そんな空気を入れ替えようとしている海堂に向けて俺もメモリアもそうだと肯定の言葉をかけられない。


「メモリアはコイツが一体だけだと思うか?」

「……いいえ、そうは思えません。海堂さんの考えは楽観的と言わざるを得ない状況かと、それに」

「なにか気になることがあるのか?」

「このモンスターの特性が従来のままであるなら、このモンスターは繁殖あるいは増殖はしないはずです。ですので海堂さんの言うとおり倒して終わりのはずです。けれども」

「過去に倒された経歴を持つモンスターをそのまま流用するなんて甘い考えか……俺が使うならスペックの改修くらいはする」

「私も同意見です。このモンスターは攻め込むことを前提にしています。それで過去に倒されているのですから、なんの対策も施していないのは不自然と言わざるを得ないでしょう」


既に換金に期待していた興奮はなりを潜め、代わりになんとも言い難い不安感が俺の中でくすぶっている。

視線を不気味に封印されている戦利品に向ければ最初は金の塊に見えていたのに今では厄介な代物に見えてしまっている。


「……となると、メモリアの言っているとおり繁殖機能か増殖機能くらいは追加されていてもおかしくはないか」

「当時で不可能でも今なら可能ということは珍しくはないので、それも考えに入れておかなければなりませんね」

「うへぇ、だとするとあのダンジョンの中にまだこいつがいる可能性があるってことっすか?」


海堂は頭の中でダンジョン内に大量のエボルイーターが蔓延っている光景を想像したのか、一気に顔色が悪くなった。

だが、ここまでの話を通して俺はそれよりも気になることが一つ思い浮かぶ。


「……メモリア、こいつは将軍たちが用意したモンスターだと思うか?」

「へ?どういうことっすか? ダンジョンにいたってことはうちの会社で用意したモンスターってことっすよね?」

「……そっちでないことを俺は祈る。ヘタをしたらかなりの厄ネタにコイツは化けるぞ」

「???」


海堂は俺の言いたいことを理解できていないようだ。

このモンスターが厄介なのはさっきのメモリアの説明で理解できているようだが、その裏にある背景まで気が回っていないようだ。


「で? どうなんだメモリア」

「物的証拠は得られましたがそれだけで断ずるには内容が複雑すぎます。ダンジョンは魔王軍の中でも機密の塊の施設です。こんな自滅を覚悟するような代物を将軍の方々が用意し、ましてや野放しにしているとなれば謀反の疑いをかけられてもおかしくはないはずです。そんなリスクを負ってまで用意したモンスターの情報がこうもあっさり漏れてくることを考えますと……」

「準備が雑すぎるってことか?」

「もしくはもう情報を隠す必要がないということになります」

「だからどういうことっすか? 説明してほしいっす」

「内部抗争に発展するかもしれないって話だ。いや、もう内部抗争の火種は投げ入れられているって言ったほうが正確か」


嫌な予感がどんどん重なってくる。

これが実験中の事故で研究室から逃げたモンスターを倒したというだけの話なら心配して損したと笑って済ませられる。

だが、その可能性は考えられる話の中で一番可能性が低いだろう。

ポケットからタバコを一本取り出し咥える。

火は点けない。

ただ咥えるだけの仕草を挟むことで一旦頭の中を整理する。


「いいか海堂、確かにこいつの存在は厄介だがある意味では終わったことだ。どんなに厄介な存在だろうと行動指針は既に見えている。コイツが他にも存在するなら全て見つけて処理する。過程の違いはあるだろうが結末は同じのはずだ」


俺の中の整理も兼ねて海堂に俺の考えていることを口にする。

そして、ここまで話せば分かるなと言えば黙って海堂は頷く。


「問題はここからだ。この作業をするにあたってエボルイーターの駆除を終わらせるには何も妨害のないことが大前提だ。だが、ことはそう簡単ではない」


メモリアが口を挟まないということは俺の考えがはずれてはいないということになる。


「問題はコイツが外部から持ち込まれているか、内部から発生したかということだ」


そう言ってエボルイーターの遺骸を見る。

その視線を追って海堂も見る。


「外部から持ち込まれているならこれは明確な魔王軍との敵対行為になり、内部から発生したとなれば良くて禁忌を犯した代物の監督不行き届きで担当者の長が処分され、悪ければダンジョンに出した方が謀反を起こしたということになります」

「わかったか? どっちに転んでも俺たちは既に問題に巻き込まれているということだ。付け加えるなら、謀反なら最低一人将軍が敵に回っているということになる」


誰が敵に回っているかということはここで言えない。

誰がやったかなんて見当がつかないからだ。

仮にこの魔物がいたからという理由で蟲王が犯人だと決め付けても、もしかしたら蟲王のダンジョンに送りつけた真犯人がいるかもしれない。

ここでどうこう言っても机上の空論であり、あくまで俺たちの勝手な推測に過ぎない。

最悪を想定しようと話し合っているが、もしかしたら事実は小説よりも奇なりという感じで深刻に考えていた割に案外大した理由ではないかもしれない。

むしろそうであってほしいと願うが現実を見ろと俺の勘が告げる。


「……や、やばいじゃないっすか!! 早く報告しないと」

「落ち着け、メモリアがさっき報告した。それを調べるために今監督官がこっちに向かっているはずだ」


俺たちが持ち帰ってきたものがどれだけ厄介な代物に変わり果ててしまったか理解するまで数秒の間を空けて慌て始める海堂をとりあえず落ち着かせる。


「そう言っている間に来たようですね」

「あれか?」

「はい、現状は封印処置だけですませています」

「わかった、処置を開始しろ」

「「「はい!」」」


メモリアが何かを感じ取ったのか、視線を入口に向け俺たちもそれの後を追うようにそちらを見る。

数秒後、わずかに空間が歪んだと思ったら背後に十人ほど従えて転移してきた。

挨拶する暇も惜しいと言わんばかりにモノを発見した監督官はメモリアに確認を取るとおそらく研究室の人員だろう白衣の集団に指示を出す。

ダークエルフにオークシャーマン、悪魔にと各担当が封印を解き魔法だけではなく道具なども用いて新たに別の処置を施していく。

その手並みは迅速と言える。


「随分と厄介事に縁があるようだな次郎」

「好き好んで厄介事に巻き込まれているわけではありませんがね」


その指示を出し終える否や、今度はこっちに監督官は歩み寄ってくる。


「そういう体質なのか運命なのか、まぁいい時間が惜しい。こいつの発見から撃破までの状況を簡潔に説明しろ」

「わかりました」


ダンジョンにもぐる経緯までは省き、ダンジョンの様子が変だったため偵察し接敵そして撃破までの過程を簡単に説明していく。


「次郎、こいつはこの魔石を切ったら動かなくなった。それで間違いないか?」

「そこまではさすがにわかりません。なにせ、ほとんどの生物は縦に切り裂かれれば死にますからね。これが核だと思ったのもほかの魔石がないからコイツが心臓部だと思っただけです」

「そうか……」

「エヴィア様、やはり」

「ああ、間違いない。母体がいる」


その説明の中で何かを掴んだのか、監督官は数秒沈黙したあとメモリアの言葉に同意を示す。


「根拠があるのですか?」

「お前は専門ではないからわからんだろうが、魔法生物というのは核が最も重要な部分になる。心臓という意味ももちろんであるが、それよりも作られた生物がどうあるかという生き物としての性質がこの核に刻まれる。生物で言う遺伝子の方向性をその術式が決めるからだ。お前が切った核になった魔石を見てみろ、綺麗な表面をしているだろう」

「……確かに」

「最初の魔法生物なら何らかの紋章が刻まれている。この魔石にはそれがない。しかし生物として捕食と増大という特性を得ている。それはすなわち遺伝子にそれが馴染んでいるということだ。そこから判断するとコイツは二世代以降の生物ということになる」

「だから、こいつを生んだ存在がいると?」

「ああ」


ならば、あとの問題はそれがどこにいるかということになる。

こうやって話し合っている間にも相手は数を増やす。

後手に回ってはいけないのに後手に回ってしまっている。


「では、問題はそれがどこにいるかということですが」

「問題はない。それも、おおよそ見当がつく」


慌てるなとたしなめるように目で俺の頭を冷やした監督官は、タンとヒールの踵を一回鳴らす。

それだけで、魔法が発動する。

二つの球体が浮かび上がり並行に並ぶ。

その間に七本のラインがつながっている。


「やはりか、全く空間喰らいまで備えるとは用意周到だな」

「空間喰らい?」

「文字通りの意味です。目に見えない空間という概念、それを捕食する能力のことです」

「やばいのか?」

「概念をまるごと飲み込むようなものです。直接干渉を受けたら物理的防御など意味をなしません。ですが反面、無差別に食べ過ぎれば亜空間の海に落ちてそのままどこでもない場所を彷徨い続ける危険性を持ちます。そうなれば砂漠の中に落ちた一粒の砂金を見つけるくらいの奇跡をこなす運でも持っていない限り脱出することはありえません。仮に出られたとしても目的地である可能性は更に下がります。ですが、今回はなんらかの方法でダンジョンまでたどり着き横穴を開けて侵入したのでしょう。でなければこうも計画的に行動を起こすことができるとは思えません」

「なるほどな」


メモリアの説明を聞いている間も出した魔法球同士が繋がるラインの一本一本をなぞるように確認した監督官は一瞬眉間を動かすと見つけたとこぼし、そのホログラフのような魔法を消し去る。


「……通達!! 半数は封印処置が終わり次第その魔物を搬送!! 残り半分は各部署に通達!! 緊急即応体制クラスAを発令だ。通常業務を休止し軍の編成とテスターたちのダンジョンへの侵入を禁じろ」

「「「はい!!」」」

「そういうわけだ、次郎命が惜しければ貴様らのパーティーを招集しこのことを伝えておけ、その際に口外を禁じることを忘れるな」


予感が現実になった瞬間だった。

監督官は迅速に指示を出し、最後に俺への指示を出した後再び空間転移で去っていった。

一波乱来るという現実を前にやるべきことをやるための行動を起こそうとする反面、俺の頭の中では別の思考が走っていた。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言

やるべきことをやり、その後を考えろ。


今回は以上となります。

誤字脱字の指摘ありがとうございます。

これからも本作をよろしくお願いします。


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