87 やり遂げた結果は思いのほか反響が大きかった
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
戦闘が終了して敵がこれ以上いないのを確認した俺たちは戦利品の収集に取り掛かる。
コイツが全て捕食したのか、それとも逃げ出したのかわからないが森の中に生物の気配がしない。
不幸中の幸いとはこのことを言うのだろう。
おかげで落ち着いて荷物を整理できる。
しかし量が多い。
その肉体もそうだが、腹に収まっていた戦利品の数も多い。
これをすべて持ち帰れば相当額になるのがわかる。
そんな代物たちをどうにか全て背負子に詰め込めたのは幸いだった。
詰め込んだというよりは無理やりロープで固定したと言ったほうが正確だろうが、おかげで昔の行商人みたいに絶対に背後が見えないような格好になってしまっている。
「っしょ、結構重いっすねぇ」
「二人分に分けたとしても象一頭分を背負っているようなものだからな」
量的に普通ならトラックを持ってくるような量を人力だけで運ぶなんて、通常なら考えるのもバカらしくなる量を俺たちはバランスを確認しながら背負う。
「さて、敵が来ないうちに脱出するぞ」
「そうっすね」
長居は無用、もう一回何もないことを確認し俺たちはその場を去る。
さくさくと草を踏み潰しながら木々をかき分けて進む。
「そういえば先輩」
「なんだ?」
「なんであの技最初に使わなかったんすか? 使っていたらもっと早く終わってたのに」
「あの技って、ああ、最後の一撃か……」
森の中を進み警戒しながら歩いている途中海堂から声をかけられ、振り向かずに答える。
海堂の言うあの技とは最後の両断のことだろう。
「使わなかったんじゃなくて、使えなかったんだよ」
「え? なんか制限があったんすか? 魔力を貯めないといけないとか」
「いや、言葉通り使えなかったんだよ」
「へ?」
「だから、さっき覚えたんだよ」
別段隠すことではないのであっさりと答えるが海堂は驚き足を止めてしまう。
「別に驚くことじゃないだろう」
「いやいやいやいやいや」
ぶんぶんぶんと首が取れるんじゃないか心配になるほど海堂は首を横に振る。
「何言ってるんすか!? やったらできたって言うつもりっすか!?」
「ああ、やったらできた」
「ああ、じゃねぇっすよ!! ありえねぇっす」
「事実お前の目の前でやってみせたのに、ありえねぇはないだろうよ」
「てっきりあの技があるから勝機があると思ってたんすよ? それがないと知って、もしかしたらあの化物の胃の中に収まってたと思うと怖気が走るっす」
「できなかったらできなかったらで持久戦に持ち込んでどうにかしてたさ、勝算のない戦いを挑むほど俺は馬鹿でもなければ正義感の強いアホでもない」
無策で突っ込むほど馬鹿ではないと呆れたように振り返ってやれば、海堂は安心したように息を吐く。
単純にあの斬撃ができたから時間を短縮できただけで、戦闘の結果は時間が長いか短いかの違いでしかなかっただろう。
いざとなれば鉱樹を鈍器にしてミンチにするつもりだった。
それは言わぬが花だと思い口にはしない。
それよりもさっさと帰ってコーヒーを飲みたい俺は止まった足を再び動かす。
「先輩はすごいっすねぇ。やったらできたって漫画の中の話だけだと思ってたっすよ。ちなみに、どうやってやったんすか?」
「どうって……」
安心したら次は好奇心が鎌首をもたげたのか、あの斬撃のコツを海堂は聞いてくる。
特別なことをしていない俺はどうやって説明するか一瞬考える。
しかし、思い直したところで内容が変わるわけでもなく。
思いついた説明といえば。
「海堂お前は百均の包丁で豆腐を切れるか?」
「へ? そりゃぁ切れるっすけど……それがどうしたっすか?」
「そうか、なら同じ包丁で鉄パイプを切れるか?」
「ん~魔力で強化して……いや無理っす。普通に包丁が折れるっす」
「それだ」
「いや、どれっすか」
「豆腐だから切れる。鉄パイプだったら切れない。俺があの斬撃を放てたのはこの認識の差を無くしたからだ」
「???」
いまいち要領の得ない言葉になってしまう。
別に言葉遊びをしているわけではない。
常識の話をしているだけだ。
普通に考えれば百均の包丁で鉄パイプなど切れるわけがない。
魔力で補強し自身の能力を上げても結果は包丁が折れるか刃が欠けるかの二択で、切り飛ばすという結論になるとは考えない。
だが、それは逆に自分にはできない、常識的に無理だろと頭の中で限界を設けてしまっていることになる。
もっと鉄パイプを切るには適した道具ではないと無理だと決め付けてしまっている。
「バカみたいな話だ。切れないから諦めるって発想を捨てた。ただそれだけの話だ」
その常識を取り払う。
只々切ることだけに専念し、相手は硬くはない、切れる存在だと自己暗示して鉱樹を振るった結果がアレだ。
「え~、それだけでできたら苦労しないっすよ」
「かもな」
認識を一つだけ変えただけでそこまで劇的に何かが変わるかと言われれば、俺の中でそう変わった部分はない。
ただ単純にこうやればできるという諦めていた要素が取り除かれたに過ぎない。
そしてこの話は俺ができたからほかの奴ができる保証などない。
だが
「ちぇ~、さっきの技を覚えれば俺も強くなれると思ったっすけど、そうそううまい話はないっすねぇ」
俺にはできた。
手を手刀の形にして魔力を這わす。
そして前の茂みに向けてスっと手を振れば、抵抗なく枝は切り捨てられ道が切り開かれる。
切れると思った。
だからこそ驚くに値せず。
何事もなかったようにその道を通る。
「これはやっぱり俺にも修業が必要ってことっすね!!こう新しい魔法を覚えたり!」
「そうかもな」
「せんぱ~い、聞く気ないっすね」
「よくわかったな」
「ひどいっす!」
さて、この力がどういったことになるかなんて俺には分からないが少なくとも前進できたのは確かだ。
それだけは確信できる。
さて、それはそれとして換金はいくらになるかね。
「お~、ようやく出口っすね」
「なんだかんだで時間食ったからな。換金したら今日は上がりでいいぞ」
「うおっしゃぁ!!」
森を抜けた先にあるストーンサークルの中心に刺さる一本の杖。
それに触れてゲートを発動させる。
ゆっくりと白い光が扉の形を形成し、自動ドアのように横にスライドし社内のダンジョンゲートルームが見える。
ゲートをくぐり戻ってきたことを確認しようやく一息といったところ。
「ふふふ、今回の換金は楽しみっすねぇ。な・に・せ、宝石がいっぱいあるっすから!!」
「まぁ、過去最高額は間違いないわな」
安全地帯に入ったからかテンションが上がり続けている海堂引き連れそのまま地下施設に移動する。
正直俺も今回の買い取りがいくらになるかなんて見当がつかないが、並みの値段に収まるとは思っていない。
革袋に入っている重みはその重量分期待値につながる。
何に使うか思考がダダ漏れな海堂の口をふさぐこともせずいつもの買い取りを済ませているメモリアの店が見えてくる。
「海堂、ここで荷物を見ていてくれ。メモリアに言って裏の倉庫に直接入れられるようにする」
「了解っす!!」
大荷物を背負ったまま敬礼する海堂の脇に俺の分の荷物を置き店に入る。
「いらっしゃいませ」
「いつものなんだが、今日は多くてな。裏手開けてもらえるか?」
「珍しいですね」
店に入ればいつもどおりカウンターの向こうで本を読むメモリアの姿が見え、もう何度も繰り返した光景なので気にせず俺も用件を切り出す。
普段であればカウンターを占領する程度の量ではあるが、今回は量が量なので倉庫の方に直接出すと言うと、表情に僅かな驚きの感情を見せメモリアはパタンと本を閉じる。
そして椅子から立ち上がる。
「鍵を開けてきます。裏手に回ってください」
「おう」
すっと店の奥に消えるメモリアを見送り、俺も俺で荷物を取りに行く。
「先輩どうだったすか?」
「問題ない。運ぶぞ」
「うっす」
あいも変わらず人通りの少ない商店街のような道に佇む海堂の脇から荷物を拾う。
完全には背負わず片側だけに引っ掛けるように肩に掛け運ぶ。
店の脇道に入って少し歩けば、店の脇にあるシャッターを開いてメモリアが待っていた。
「どうぞ」
「ああ」
そして先導するように中に入っていくメモリアに続き俺と海堂は中に入る。
床には商品を傷つけないようにブルーシートの上に毛布が敷かれ、買取査定ができる準備ができている。
「今日は一段と量が多いですね。何かありましたか?」
「少し風変わりなやつと戦ってな、その戦利品だ」
「風変わりですか」
荷解きをしながら俺は順番に荷物を並べていく。
まず最初に一番重要な宝石類を並べる。
ここで何かリアクションがメモリアからあると思ったが
「……」
「メモリア?」
「次郎さん、このモンスターどこで倒しましたか?」
「ん? 蟲王のダンジョンだが」
俺の予想に反して彼女は輝く宝石には目もくれず、カバーをはがした背負子にある倒したモンスターの肉体を凝視していた。
そしてゆっくりとまるで警戒するように指でつつき、何も反応がないのを確認すると次は手のひらで触れ、最後は掴み細かく観察をはじめる。
「……」
「?」
その様子に何かあったかと思うが、声をかけられる雰囲気ではないので黙って待つ。
「やはり、エボルイーターですね。見間違いであってほしかったですが」
「やばいやつなのか?」
「ええ、お手柄ですがもしかしたらまずいものを見つけてしまったのかもしれませんね」
観察を終え振り返ったメモリアの表情は、非常事態を告げるように真剣であった。
俺への説明は後回しと直ぐに手の平を耳に当て念話の姿勢を作りどこかにつなげる。
「メモリアです。至急エヴィア様にお繋ぎを、緊急事態が発生しました。禁種指定の魔物を発見しましたので緊急対応クラスAを要請します」
「何かあったんすかね?」
「わからん、だがコイツが相当やばいやつだというのは確かだろうな」
相手は監督官の側近か、メモリアの声音はいつもよりも強く荒かった。
その雰囲気がこの場を支配し、さっきまで興奮していた海堂も心配そうに俺とメモリアを交互に見て雰囲気を伺っている。
俺も俺で倒した相手が想像以上にまずい代物だということしかわからなかったから海堂の質問にも答えられない。
できるのは黙ってメモリアの念話が終わるのを待つのみだ。
時間にして二、三分だろうか。
簡潔に報告を終えたメモリアは一つ息を吐き、今度は荷物を中心に四方に杭を打ち込み始める。
メモリアはアスファルトが砕けることなど構うことなく準備を淡々とすすめる。
そして設置の終わった杭に血を一滴垂らし魔力を流すと、荷物は可視化した鎖の結界に包まれた。
「……メモリア、コイツはいったい」
「エボルイーター、進化と捕食を繰り返し肥大化していく『だけ』のモンスターです」
一段落し落ち着いたタイミングを見計らってメモリアに聞くがセリフと雰囲気が一致しない。
だけと断言しているが、それに反してここまで警戒するのはいったい何があるのか。
「ただ食べるだけの生物なんすよね、ここまで警戒する必要があるんっすか?」
同じ疑問を持った海堂がメモリアに聞く。
「捕食する性質故に魔法による制御を受け付けず、ただひたすら高魔力生命体を捕食するためだけに作られた魔法禁種生物。過去に一度当時の魔王を捕食してみせた災害です。魔王軍の五割が壊滅、その中には当時の将軍や幹部といった方々も含まれていました。元々は過激派が対勇者を想定しイスアルに放つために創った生物でしたが、研究の過程で制御術式が埋め込めないことが判明しそのまま暴走……以後は創ることは禁忌とされているはずでしたが」
「今目の前にいる」
「はい」
暗雲が立ち込めるとはこのことか、戦っていた相手がそれほど危険な生物とは思わなかった。
そして、最近磨かれていた勘が言う。
これで終わりではないと。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
嫌な予感は外れて欲しいが、外れることのほうが珍しい。
今回は以上となります。
これからも本作をよろしくお願いします




