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86 覚醒(コツ)というのは、ありふれたきっかけで掴めてしまう時がある

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



「やるって言っても、どうするんですか先輩!? なんか序盤に出てきてストーリーにちょくちょく出てきてその度に徐々に進化して最後にはラスボスになりそうな雰囲気を持ってる敵っすよ!? ちなみに俺の魔法に光魔法はないっす!!」

「お前も案外余裕だな」


慌てつつも双剣を構え、半泣きになりながらも相手の特徴を叫ぶ海堂は油断なく相手と対峙している。

俺も殺ると言ったからには全力で魔力を回し戦う準備をしている。


「なに、ほんの二、三時間物理で削ればどうにかなるさ」


最初に様子を見たおかげで相手の能力は見た目に反して絶望的に強い相手ではないだろうとは思う。

隠している能力もあるだろうが、現実的な勝算はある。


「半泣きで怯える時間は終了だ。来るぞ!」


そして堪え性のない相手は躾けられた犬のように餌の前で待てはできないようだ。

何も考えていない獣のように食欲に忠実になり俺たちに襲いかかってくる。

狙いは


「やっぱり、俺か」


魔力の総量の多い俺が優先的に狙われる。

そう予想していたが、その予感は外れていなかった。

蟻のような蜘蛛のような、甲殻っぽい足を体から生やしバッタのように跳ねてこちらに飛びかかってくる。

口が開いているのは捕食が優先されているからだろう。


「フン!」


踏み込んで切った感触は柔らかいが硬いという矛盾した感覚だった。

いくら動きが速くても、単純な動きなら見切って切り飛ばすことくらいなら容易にできる。


「ダメージは通る!! 海堂!!」

「了解っす!!」


そして切り飛ばした足はしばらくジタバタと動き回っていたが、数秒で力尽きそのまま動かなくなってくる。

切り飛ばされた足は再び生えてくるがさすがに無尽蔵というわけではないだろう。

俺と海堂で挟み込むように位置取り、俺の方に集中させつつ攻撃する。


「こいつ吸収したやつの能力が使えるっすか!?」

「見てわかる分まだマシだ!! 見えない能力に警戒しながら削れ!! 足を止めたら喰われるぞ!!」


顔の脇を鎌が通り過ぎ連なるように鋭い爪が迫ってくるが、それを踏み台にして飛び上がり空中で前転の要領で一回転し頭の部分を縦に割る。

それでも直ぐにぬるりと何かが溢れてきて傷は修復される。


「おお~、お約束だな」

「こういうのって、吸収されないくらいの大魔法ぶちかますのが定石だと思うんっすけど!! なんでこう俺たちちまちま剣で削ってるんっすか!!」

「仕方ないだろう、ロックオンされちまったんだから。こいつ引き連れたままだとダンジョンから出ることすらままならないんだからな。入口で絶望しないだけマシだと思え」


ダンジョンのゲートはそれぞれのゲートに設定されている範囲内にモンスターが存在すると、ゲートは機能しないように設定されている。

すなわちこいつを倒すか振り切らない限り俺たちがダンジョンから出ることは叶わない。

文句を言いつつも鉱樹を振るい切りつけるも、やはり傷ではなく切り捨てなければダメージは有効にならない。


「もう嫌っす!! 俺絶対この仕事終わったら、キーラたんのお店に行くっす! それでいろいろ嫌なこと忘れるっす!! ヒヤッハー!! 今夜は飲むっすよ!!」

「……」


雲を切るとまではいかないが、砂の山を切って削っている感覚がある海堂は終わりの見えない仕事を前にした時のように半泣きがガチ泣きになりつつあった。

それをスルーしつつ無心なれと念じる俺といえば、この切っても切ってもすり減らない相手に対して何かつかみそうな感覚を感じている、

どこを斬りつければ効果的か、どこを切り飛ばせば相手の動きを阻害できるか、どこを切り崩せば相手の再生を遅らせられるか。

仕事を早く終わらすにはいかに効率的に作業できるかということが肝心だ。

それと一緒で、相手を一撃で切り捨てる弐之太刀要らずの示現流で肝心なのは、足運びから振り下ろしまでの一連の動作をどれだけ早く簡潔にし最大威力を発揮できるかにかかってくる。

無意識の中で俺は手探りで斬るという行為を洗練させていく。

こちらのダメージがあまり効果がないのを理解してからは防御を捨てただひたすら手足を生やし攻め一辺倒だ。

それをただひたすら切り捨てる作業。

弾力と硬質を併せ持つ感触にうんざりし始めている。

切ることはできる。

だがいまのままでは効率が悪い。

もっと柔ければ。それこそ、コイツの体がコンニャクのように柔らかければ。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?」


そう思って振った鉱樹は、今までにないくらい抵抗力を感じずあっさりと刃をその肉に食い込ませ切り飛ばしていた。

しかもそれは今までよりも細いどころか、太く硬い蟷螂の鎌を模した腕だった。


「今のは」


その結果は偶然と切り捨てるにはできすぎていた。

相手の生成強度が低かったのか、あるいは何度も攻撃を当てているから脆くなっていたのかと推測を立てる。

しかし、その二つの推測は可能性的に低いと判断できる。

今まで上げたことのない悲鳴を上げるモンスターを見るからに、さっきの鎌は切られる予定はなかったということ。

すなわち、強度不足でも劣化していたわけでもない。

ならば必然的に俺が切り飛ばせる要素があったはずだ。

その要素を見つけろ。


「海堂!! かく乱しろ!! ダメージはいい、とにかく動きを止めてくれ!!」

「う、うっす!!」


トライアル・アンド・エラー。

あの感覚を思い出すために、何が必要なんだ。

それを引き寄せればこの戦いにケリがつくと確信して、海堂に浅く嫌がるような遅滞戦術を取らせる。

さっきと同じように切っているつもりでもどこか違う。

力の入れ具合か?

踏み込みのタイミングか?

魔力の加減か?

相手の攻撃が海堂に傾き、俺へのヘイトが減っている間に俺の攻撃の一つ一つの要素を見直す。

素早くされど正確に。

あれは大丈夫という思い込みが介在しないように、一撃振るたびに修正を繰り返す。

だけどさっきの感覚には程遠い。

斬撃の威力は変わらず。

結果は戦闘を開始した当初と変化しない。

一朝一夕では身につかないものかもしれないが、さっき出来たのに今できないはずはない。


「やっぱ『硬いっす』!! 先輩!! と言うか剣が溶け始めたっすよ!!」

「……!」


そして、ついに海堂の装備が限界に来る。

もはや打撃武器になっている海堂の武器であいつを倒すのは難しいだろう。

だが


「なるほど、苦手意識か」


その一言で俺の何が足りなかったかわかった。

人間には得手不得手があり、不得手なものには苦手意識が芽生える。

あの仕事は面倒だから、あの仕事は苦手だから。

そんなありふれた認識が仕事の効率を下げる。

あいつもそうだ。

最初に切る前に、相手の強度はどれくらいか。

切れるかと不安に思った意識が確かに俺の中であった。

ああ、それじゃ切れるものも切れない。

仕事でやれるかやれないかと悩むのは愚の骨頂だ。

与えられる選択肢はやって評価を上げるのか、やれないと言って評価を下げるかの二択だ。

ならばこの場合、切るか切れないかの二択だ。

それなら、俺の選択肢は。


「てめぇを……切る!」

「ちょ、先輩!?」


そう決めた俺の行動は早かった。

ただ一足。

守りを捨ててこの一撃で全てを終わらす覚悟の下、全力で相手の間合いを侵食する。

笑っちまうよな。

何防いでから反撃しようとしてたんだ。

示現流は先の先。

先手必勝こそ極意。

守りに入ってはその持ち味はなくなる。

己の剣を信じて、ただひたすら相手よりも先にこの刃を届かせることを考えろ。

相手の方が間合いが広いならその広い間合いを掻き消す踏み込みを。

相手の方が攻撃の手数が多いならそのどの攻撃よりも早く。

そして、相手の体がいかに硬くても関係ない。


「カハ」


この刃は万物を切り裂ける。

硬いから切れない?


「そんなものは存在しねぇ」


肩に一発、足に二発、頬に一発

そのどれもが浅くはない傷ではあり痛みはある。

だが、代わりに俺は相手の一割をごっそり切り捨てたという結果が痛みを忘れさせる。

この一撃の手応えはさっきまでと違う。

さっきまで食いしばっていた口元は今では楽しそうに笑みを浮かべているのがわかる。


「うわ、先輩の修羅場スイッチが入ったっす」


海堂が何かを言っているが気にならない。

これが切るということ、なるほど、これは確かに危険だ。

万物を切り捨てようという羅刹の極み。

それは対象問わず切ろうという害する者の極みでもある。

その危険性は切った張本人の俺にはよくわかる。

しかし同時に、この領域に入る必要があったということを理解した。

それくらいのことができなければ、この先進めないということ。

それくらいのことができなければ、人間の短い生の中でダンジョンを攻略するという大望を達成するなどとてもできないということだ。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?」

「さて、なんとなくだがお前は切れるということはわかった。今度は」


そんな感覚を掴みつつ交差した際に背を見せていた俺はゆっくりと振り返る。

そしてダメージを与えられたという事実を認められない相手を視界に収める。

切り落とした体の一部を飲み込み、再生しようとしている相手をじっくりと見る。

なるほどそうやって再生もできるのかと感心しつつ、ゆっくりと鉱樹を上段に構える。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

「真っ二つにしてやるよ」


己の体を飲み干した相手は餌だと思っていた俺が脅威となったことを認められないのか、さっきの焼き回しのように捕食したモンスターの能力で攻撃しつつ俺を捕食しようと飛びかかってくる。

それに対してさっきまで焦っていたのが嘘のように俺の心は静かだった。

ただ冷静に


「すぅ」


息を吸い。

体の魔力を循環させ。

無駄な力を排除し。

目を向け。

すべての雑念を


「キェイヤァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」


この一声とともに吐き出し。

全力で一歩踏み込む。

ただただ相手の攻撃よりも早く、この場の誰よりも早く、この一閃を振り下ろすことを考え。

痛みも忘れ。

切れないという雑念も振り払い。

鉱樹は相手の肉に触れ。

俺の腕は伝わってきた確かな感触とともに。


「カ」


相手を一刀両断してみせた。

その時の感触はなんとも言えない達成感が付随され。

俺の口元はきっと笑みを浮かべていることだろう。


「おおおおおおおお!!! 先輩スゲェっす!!」

ズドン


海堂の驚きの声とその勢いのまま両断された相手が地面に激突する音を聞きつつ、終わったかと振り返る。


「終わったか」

「いや、さすがにそれは言っちゃまずいんじゃ?」

「フラグってか?」

「そうっすそうっす、もしかしたらここから第二形態が」

「あったら、もう一回切るだけだ」

「あ、そうっすね」


さっきまで活発だったのがなりを潜め、その生命体の核であろう加工された拳ほどの魔石が二つに切り裂かれているのが見える。

ただ一個の生命体としての終わりを晒す姿を見て、これ以上戦う必要がないことを悟る。


「ブラッド種と同じってことか」

「これなら買取も期待できそうっすね」

「見たことのない代物だからな、買い取ってくれるか不安だが、って……おい、海堂あれって」

「な、なんすか先輩!? もしかして第二形態っすか!?」

「ビビるなって、よく見ろ。あいつの腹の辺り」

「ええ~、要は胃の部分ってことっすよね。そんなの気持ち悪いだけじゃってぇ!? あれは!!!」

「そりゃぁ、あんな感じで捕食してたらコイツを食っててもおかしくはないが」


出来過ぎだろうとその時の俺は思った。

キラキラと輝くその姿を見間違うことはない。

思わぬ臨時報酬に海堂は興奮し、今日の店のランクアップを喜んでいる。

俺はといえば苦労に見合う報酬に喜びつつも、この巨体をどうやって持ち帰るかと頭を悩ます。

とりあえず、倒したモンスターが生きてるかどうか警戒しつつ戦利品の確保と行こうか。


「今日の成果は上々ってか」


タバコを一本口にくわえ、最近覚えた簡易魔法で火をつけて一服。

その味は今までの中で一番うまいと思った。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言

何がきっかけになるかわからない。


今回は以上となります。

これからも本作をよろしくお願いします。

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[気になる点] 火の魔法を覚えたという記述って、これで3回目になりませんか?
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