9 仕事は慣れ始めが一番怖い、そう思いません?
日に日に増えていくブックマーク、皆様に私の作品を読んでいただきお気に入りに入れていただけるだけでもとても嬉しく、毎日確認するのが楽しみです。
それを、糧として投稿させていただきます。
なお、本日は一話のみの更新となります。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「メェイヤァァァァァァァァァァ!!!!」
ウッドパペットを唐竹割りで両断してみせると、燕返しの要領で
「ドゥゥゥゥエェイヤ!!!」
十文字に切って、確実に仕留める。
「そろそろ、行けるか?」
そこに、最初に感じていた脅威は感じない。
徐々に力がついているのは自覚していたが、さっきの戦闘は思いのほかうまくいった。
傷らしい傷も受けず、最初は苦戦していた多対戦も今では位置取りに気を配れば一対一に持ち込める感覚は備わってきている。
驕るなと、この姿を教官たちに見られたら言われそうだ。
「明日は金曜日、ちょうどいいか」
だが、それでも挑みたいという気持ちが出てくる。
何度も描き直し、ようやく地図らしい形になった紙には機王のダンジョンの第一層のマップが描かれている。
全てではないが、あの広場の奥以外は完了している。
「どう見ても、あの先に奥につながる道があるよな」
でなければ、ダンジョンとして成立しない。
ダンジョンに入り始めてかれこれ三週間、ランキング順位は初めて貼り出された週より見てきたが当然、ランク外だ。
個人で挑む俺よりも、集団で挑んでいるメンバーの方が成果はいい。
だが、不思議とどこのパーティも挑んでいるダンジョン、この場合、鬼王のダンジョンの第一層を攻略できていない。
どれほどの差があるかは、明確ではないが、少なくとも追いつけない差ではないのは確かだ。
「少し、無茶をしてみるか」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
最初の逃走から、苦手意識とは少し違うかもしれないが、避けていた傾向は自覚している。
あそこ以外のマッピングが終えたのは、いいきっかけだろう。
「挑むとしたら金曜日か」
ならばと、覚悟を決める。
夢の週休二日、土日を基本的に休みにしているので、翌日に少し無理をしたとしても翌週には影響しないだろうと考え、スケジュールを組む。
その間も、魔石を拾う手を止めたりはしない。
小袋の中には、既にジャラジャラと音を鳴らす程度の魔石は貯まっている。
「なら、準備しに戻るとするか」
時間もいい具合に過ぎ、明日に備え、今日はこれで止めるとしよう。
無事ダンジョンから脱出できた俺がやることといえば、報告書作成という名の仕事以外だと武器防具の手入れと晩酌くらいだ。
我ながら無趣味な生活を送っているが、前みたいに家に寝るために帰るみたいな生活と比べればだいぶまともになったと思えてしまう。
「お前、痩せたか?」
そして、現在相棒となった鉱樹の手入れをしているのだが、まるで人に向けるような語り口になってしまったのは仕方ない。
かれこれ使い始めて三週間、買った当初の姿は今では影も形もない。
成長するとは聞いていたが、はたして面積が減ることは成長と言えるのだろうか。
「見た感じは、でかい包丁だよなぁ」
包丁もさすがにここまで細長くはないが、柄を伸ばしてでかい少々細い包丁刃を付ければ今の俺の武器になりそうだ。
最初は光沢があった灰色であった刀身も、今では若干黒ずんでいる。
それが、汚れという雰囲気の色合いではなく、徐々に深く染まっているという雰囲気なのが成長しているということだろう。
近い雰囲気で言えば、フッ素加工したフライパンの表面みたいだが、同じ調理器具でもその例えはないかと刀身を磨く手を止める。
魔蚕という魔物が吐く糸で作られた布で磨いていた表面は綺麗だ。
「魔力を流せって言っていたが、これでよかったのかねぇ」
最初の鉄板長剣からしてみればだいぶ進歩したように見える。
変化の兆しはしっかりと見えているからいいとは思うのだが成長が止まれば、めでたく高価な鈍らが完成するわけだ。
子供の成長を心配する親ではないが、やはり金をかけた分の心配はしてしまう。
「魔法なんて使えないから、属性魔力なんて送れないし、ステータス確認アプリの要領で魔力を流しているんだが」
武器屋の店主のハンズにも聞いてみたが、本当に過去の記録がほとんど残っていないらしくどうやればいいかは本当に手探り状態だ。
大抵は途中で諦め庭先に植えてしまいそのまま放置というパターンらしい。
鉱樹と一括りに言っても、人間と同じで成長もまちまちで、目に見える速度で成長するときもあれば千年単位で成長する時もあるらしい。
「できれば、俺が生きているうちに頼むぜ?」
さすがに、数百年や数千年単位で成長を見届けることはできない。
買った手前、きっちりと成長した姿は見ておきたいものだ。
「もう少し、磨いておくかね」
止めていた手を再度動かし、丁寧に磨く。
もはや禁煙を諦めて、タバコを吸いながらの手入れは灰を武器や防具に落とさないように注意して丁寧に磨き上げる。
「頼むぜ、相棒」
武器とは命を預けるものと誰が言ったことやら。
今夜はそのまま眠くなるまで、手入れを続けていった。
早朝、デパ地下の道具屋で背負子に荷物を詰め込んでいく。
「今日はやけに買い込みますね」
「ああ、今日は少し奥の方に挑んでみようと思ってな」
「なるほど、それでですか」
「なんだよ、嫌に含みがあるな」
いつも通りの冷たい反応、いや、これはこれで慣れたら味があるが、初対面では客商売の対応としてまずいと思う。
買い込んだ回復剤に傷薬、ロープに大きめの布、手投げの斧に短刀、保存食に飲料水、鍋に調味料、もはやどこにサバイバルに行くのだと言いたくなるような装備だ。
まぁ、挑むのはダンジョンだから、この準備に間違いはないはずだ。
「いえ深い意味はありませんよ、ただ」
「ただ?」
店に入ってからずっと、妙に赤いティーカップ片手に応待していたメモリアは、ソーサーにカップを置き、スっと視線をこちらに向ける。
こういった時の彼女は、割と重要な情報をくれる。
こっちも買った荷物の整理を一旦止めて、向き合う。
「慎重なのは結構ですが、石橋も叩きすぎて砕かないように注意しましょうとだけ言っておきます」
「今回は、えらく抽象的だな」
普段であったらもう少しと言うより、情報は少なくても、具体的に教えてくれるのだが、今回は注意しろと遠まわしに言っているのはわかるが、逆に言えばそれ以上のことがわからない。
「あなたならこの意味をわかってくれると思っていますのでこの程度の言葉で済んでいるのですよ」
「忠告は感謝しておくよ、だが、できればもう少しわかりやすくしてくれよ」
常連なんだからさと言うと、今度は言葉の代わりにため息を見せてくれた。
「背負えばわかります」
今度はきっぱりと、まるで出来の悪い教え子に仕方なく答えを教えるかのように視線を合わせずに言ってきた。
「なるほど」
その言葉に従ってある程度まとまっている背負子を背負ってみればその理由がわかった。
「動きにくいな」
「そうですね」
「戦いにくいな」
「加えて言うなれば、おそらくその半分は使わずに失うでしょうね」
肥大化した荷物は強化された肉体にとっては大した重量を感じさせないが、視界や遠心力、動いた時の雑音それを加味すると今までと比べてだいぶ動きにくいものになっていた。
さらにメモリアの言葉に、戦闘中、荷物を捨ててゴーレムに叩き潰される道具の数々が想像できてしまった。
「……返品は」
「受け付けませんのであしからず」
スーパーでもレシートを見せれば返品ができるのにこの商店はできない。
異世界格差をこんな地味な部分で感じたくはなかった。
「……仕方ない」
まぁ、幸い保存のきくものばかりなのでゆっくりと消費していけばいいだろう。
チラリと、整理されたガラスケースの方を見れば、多種多様な小さなウエストポーチが並べられている。
魔法の鞄だ。
値段は軒並み高く、安いのでも二百万を超える。
「一層で稼いで、あれを買うとなるとどれくらいかかるのやら」
「三年はかかりますね、進めば進むほど稼げるようになりますのでそこまでかかることは稀ですが」
容姿と性格から見て意外と思うかもしれないが彼女は律儀なのだ。
一番安いカバンを見ていてこぼした言葉に反応して、ざっと見積もってくれたのだろう。
一日の稼ぎがだいたい多くて五千円、少なければ千円を少し超える程度。
平均すれば二〜三千円といったところだ。
月から金の五日間を働いたとしてだいたい二十日勤労、三千円と見積もって月六万円、年間七十二万円、だいたいこれを買うのに三年を見通さなければいけないということだ。
これも全額貯金に回したとしての仮定だ。
本来だったら、これに諸経費、消耗品やら食費やら整備費、新規装備の購入のための積立金、こんな感じで雑費を引いていけば俺がダンジョンに入って稼いだ額など残るわけもない。
あくまで歩合制の金だけで計算しているのだから、基本給の給料を回せばもっと早くためて買うことができるだろう。
「しばらくはコイツが相棒かね」
仕方ないと思いながらここ数週間で慣れた感じになった背負子を見下ろす。
「似合っていますよ」
「皮肉か?」
「……?」
「マジだった」
背負子に向けて相棒発言はある意味浪費を抑えるために自身へ向けた自重の言葉だった。
なので、彼女の言葉もつい皮肉かと思ってしまったが、純粋に称賛の言葉を俺に送ってくれていた。
その反応に、つい照れくさくなり、照れ隠しに手早く背負子を背負う。
「行くか」
「お気を付けて」
いくつか小分けにして、普段よりも少し道具が増えた程度、動きに支障が出ない程度に準備を済ませ残りは部屋に置くことにし、メモリアにおうと短く返事を返して本日のダンジョンチャレンジは始まった。
「よう、また会ったな」
ダンジョンに入り、潜入は順調に進んでいた。
ウッドパペットやウッドキッドを切り捨て途中水分補給を挟んで、前よりも早く広場についた。
そして固定配置されていたのだろうか、それとも運良く、いやこの場合は悪いのか、見覚えのある両手が刃になっているウッドパペット、ブラッド種のウッドパペットが立ち塞がった。
そしてこっちも同じようにのそりと中央に鎮座していたウッドゴーレムもその巨体を起こし始めている。
前みたいに慌てて構えるような真似はしない。
ゆっくりと、余裕を持つように構える。
カタカタカタと前よりも数を増やしていくパペットとキッドたち、そしてズシンとその巨体を起き上がらせたゴーレム
「さぁて、リベンジと、いくかぁぁぁっァァァ!!!!!」
開戦の狼煙は俺が上げる。
最初は奇襲で一気に片付けることも考えたが、割とすぐにその考えは消えた。
効率的に考えれば、単独である俺は奇襲で数を減らし少しでも危険を減らさなければいけない。
仕事でもそうだ。量の仕事ほど手間のかかる仕事ほど効率というものを考えなければいけない。
いかなる手順を踏んでいけば早く確実に終わるかを考えれば時間の余裕も体力的余裕も精神的余裕もできる。
俺が軽く剣を振るうだけで相手が消し飛ぶほど非常識に強いならともかく、一撃で倒せるようになった程度の強さで多勢相手にこんな真正面から敵と切り合う行為など非効率極まりない。
「だけどな!!」
それでも
「男にゃぁぁ!!」
こっちを
「やらなければいけないことがあるんだよぉォォォォォォォォ!!!」
選択する!!
選んだ理由など、愚劣極まりない。
最初に言ったとおり、リベンジだ。
そこに奇襲という言葉を挟みたくなかった。
ただそれだけだ。
前回は背を向けて逃げたこと、それを正面から打ち破って挽回したい。
それだけの男の小さな意地が俺を突き動かしていた。
飛び込むようにウッドパペットの群れに突っ込んだあとは乱戦だ。
切り払い振り下ろし突いて殴って蹴って受けて避けて投げ飛ばして防いで、時々襲いに来るブラッドウッドパペットとウッドゴーレムに注意を向けながら次々に雑魚を屠っていく。
「メイヤアァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
残骸が地面に散らばり、その全てが魔力粒子になる空間を突っ切る。
そのまま体を左に傾けながらの変則的な振り下ろしで最後のウッドパペットを始末するのはいとも簡単だった。
「さてと、前と同じ状態まで持ってきたぞ」
息は切れていない。
力の入れ具合、どうやったら体が疲れないか、どうやったら余分な体力を使わず効率的に威力を出せるか、ただそれだけを気をつけていた成果だ。
ダンジョンで何より恐ろしいのは体力切れだ。
動けなければ単独である俺はすぐにやられる。
さらに、いざ挑もうにもへとへとでは全力で戦えず負けてしまう。
「次は、わかってるよな?」
ベストではないがベターな状態での戦闘、俺の中で想定していたよりもいい状態で挑むことができた。
あとは言わずもがな、ゆっくりと剣先を持ち上げ構えてやれば待つ必要もないと言わんばかりに残った二体は軽快な足音と重低音の足音を響かせて襲い掛かってきた。
「すぅ」
深く息を吸い込む。
「キィエィヤァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
空気を震わせるつもりで腹の底から叫び声を上げる。
この動作は俺に気合を入れるだけの動作だ。
先頭を走り駆け寄ってくるのはブラッドとはいえ恐怖心などとは縁もない無機生命体のウッドパペットだ。
当然俺の猿叫に怯まず、こちらに刀身となっている腕を振り上げ、振り下ろしてくる。
だが、それよりも先に鋼の塊がその腕を切り飛ばした。
「ようやく、お前の驚く姿が見れたな」
叫ぶとき人間は最も力が出ると言われている。
踏み込みと同時に叫び、横に気合とともに薙いだ鉱樹は見事にやつの刀身を中頃から断ち切った。
その衝撃にヨロヨロと後ずさる姿は、人間がありえないものを見たときに起こす行動のようでおかしくなり口元が釣り上がる。
それに合わせるかのように、鈍く震えるような風切り音と共に俺の胴体ほどもある腕が振り下ろされた。
「いや、お前らか」
成長しているとは思った。
実際、数字では格段とは言わずとも、研修時と比べればダンジョンに入ってからの俺の成長具合はかなり良くなった。
そして、その成果がこれだ。
「まさか、余裕で受け止められるとは思わなかったわ」
隙を突いたつもりだったのだろう。
実際、横に振り抜いた姿勢の俺を狙って殴りかかってきたのだから場合によってはかなり危なかった。
しかし、結果は違う。
刀身の腹で受けるように柄を上にし右手は添えているだけ、それだけでウッドゴーレムの巨体から打ち出されていた拳を受け止めていた。
「まさか、俺が物理法則を無視する側に入るとは思わなかったよ」
重量差から考えても吹っ飛ばされるのが目に見えているはずなのに、実際は受け止めじわじわと押し返している始末。魔力という代物、魔紋の力とは物理法則を無視するための代物らしい。
「それじゃぁ、確認も終わったから」
知りたかった。俺がどれくらい成長したか。
数字では成長しているのは知っていたが、必死になって避けていた相手の腕を叩き切り、受けずに避け叩き落としていた腕を軽く受け止められるようになりようやく実感した。
「勝ちに行くぞ?」
疑問形だが、俺にとっては宣言だ。
一瞬力を抜いて、すぐに相手の巨体を押し返す。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
そして、わずかにできた隙間を利用して十全に遠心力と体重、そして魔力を込めた鉱樹を振り抜いた。
前に打ち込んだ時は、その巨腕に受け止められた。
だが
「くっ」
漏らした声は苦悶ではなく喜悦。
今度はきっちり断ち切った。
口元がつり上がっているのを再度自覚しながら、断ち切り脇に落ちていく腕を一瞬だけ見送り、すぐに視線を前に向ける。
関節部分を狙ったとは言え、ウッドパペットよりも倍以上太い腕を切り飛ばした。
それを成し遂げた自分を褒めてやりたい。
だがそれよりも
「ドゥエェェェェェェェェェェェェェェイヤァァァァァァァ!!!」
ダンと地面を踏み込み、さらに三倍近くある胴を切り飛ばしにかかる。
「綺麗に切れるもんだ!!」
二百万もかけた甲斐があるといま実感した。
ステータスの成長もあるが、鉱樹の成長も著しかった。
下半身だけを残し、ウッドゴーレムの上半身は切断面に従って横にずり落ちていく。
振り抜くつもりで、全力で振った結果がこれだ。
「ドッセィヤァ!!」
そして自然にずり落ちるのを待つつもりはない。
追撃でがら空きになった胴体に蹴りを打ち込み、そのまま踏み込んでいく。
「一体目」
床を踏み砕くつもりで前へ進み、顔面に思いっきり鉱樹を突き立てる。
宣言をするつもりもなく、唯々確認作業で、人が痙攣を起こすように一回はねたら魔力の粒子へと変貌した巨体から視線をずらす。
「さてと、タイマンといこうじゃないか」
身体的にこちらがかなり有利、だが油断しないようにじっくりと確実に仕留める。
構えを中段から上段へと移し、闘気と言うより殺る気、元素記号にない空気成分に自分で生成した何かを相手に向ける。
もうすぐ間合いだ。
あと一歩踏み込んで、適度に力を入れたこの一太刀を振るえばこの戦いは終わる。
緊張か興奮か、心臓が高鳴るのがわかる。
まだだ、まだだと逸る気持ちを押さえ込むように間合いを測り
「エイィィィィィィィエェェェェェェェェン!!」
ピタリとここだという感覚が足元から伝わることが頭に伝わるよりも脊髄が反応していた。
しっかりと未来が見えるようなイメージについていくように俺の体は動く。
相手は防ごうとしている。
残った腕を間に挟ませるように掲げているが、スっとまるでケーキを切るかのように滑らかに振られた一刀は腕ごと胴体を斜めに断ち切る。
それだけで、この攻防は終わる。
すっと、残身を決めるように間合いを離し様子を窺うが、一向に動く気配はない。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ、三十手前でこの緊張感は体に堪える」
戦闘状態を解除する時の感覚は、一気に脱力するような感覚で未だ慣れない。
いくら魔紋で体が強化されているといっても、やっていることは命のやり取りと変わらない。
たとえ死んでも蘇られると分かっていても一ヶ月や二ヶ月そこらで体に馴染むわけがない。
周りを見回せば、床に散らばるように魔石が転がっていて、そこに一体、胴体分離したマネキンが置かれているだけだ。
「増援は無しと、くぅぅぅぅ、タバコが体に染みるなぁ」
戦のあとの一服、スイッチの切り替えにちょうどいいタバコは俺に禁煙をやめさせるのに十分な誘惑を持っていた。
タバコを咥えながら、周囲を警戒してブラッドウッドパペットだったモノに近づく。
「これ、どこを持ち帰ればいいんだ?」
単純に言えば細身の成人男性程度のサイズ、これを持って帰ることは可能だが、仮にも人サイズ、重量的にも持ち帰りたくはない。
「しまったなぁ、メモリアにどこが売れるか聞いておけばよかったな」
ファンタジー的に考えれば売れる場所と売れない場所があったりするのだが
段取りの失敗、工程を全部終えて終わったあとのことを考えていなかった。
「とりあえず今日は、全部持ち帰るか」
わざわざ聞きに戻って取りに来るなんて二度手間をするわけにもいかない。
幸い背負子はほぼ空で、魔石も一層に見合って小粒がメイン、スペース的にも重量的にも余裕はある。
「丸め込むように固定すればいいかねぇって、なんだこの音?」
しゃがみこんで初めて気づいた、アナログ時計が針をすすめるような乾いた音。
「や」
ヤバイとは続けられなかった。
できたのは顔を庇うことだけ。
「ゴホ、ガハ、油断、した」
爆発の音のあとに体を打ち付ける感触、そしてひんやりとした冷たい温度が最後に伝わってくる。
あまりの痛みに、体が動かない。
頭は打っていないが、代わりに手足の先はしびれるような感覚が走り、前面のいたるところに火傷のひりつくような痛み、そして全身を打ち付けた打撲が次の行動を起こさせなかった。
「自爆とかありかよ」
痛みを紛らわせるように愚痴をこぼすが、内心では合理的だと思っている自分がいる。
生命体ではないゴーレム系統に許される戦法だ。
もはや戦闘で役に立たない状態まで追い込まれた無機物の兵隊、感情もないからためらいもなく自爆できる。
それは、体を残すブラッド種ならではの戦法だった。
「爆発源は、魔石か?」
熱は感じたが火薬とは違う、フシオ教官が使った爆発魔法に似た感触の衝撃で大体の原因はわかる。
「っつ、研修以来だな、こんなズタボロになるのは」
打ち身にやけどに手足のしびれ、所々に擦り傷にと怪我のオンパレード、骨には異常は出てないのが幸いだがすぐに動けるかと言われれば無理だと答えられる状態だ
そして現状分析をしても、体が痛み無く動いてくれるわけではない。
とりあえず手足のしびれと痛みを無視して起き上がるが、結局は歪んだ背負子に寄りかかるように座るのが精一杯だ。
「ポーションは、全滅だよなぁ」
ガラス容器に入っている液体であるポーションは専用のケースに入れていたが全て割れて使い物にならない。
「うわ、軟膏も割れてやがる」
手軽な治療手段がダメとなると今度はもうひとつの方を確認するが、分厚いガラス瓶に入ったジェル状の軟膏も悲しいことに真っ二つに割れていた。
それでも使える部分があるのはありがたい。
「ポーションまみれの包帯でも傷に効くかねぇ」
続いて取り出した、ビタビタにポーションをしたたらせる変色した包帯を見て顔をしかめるが、ないよりマシだし、使わないという選択肢はない。
薬品関係が全滅で頭の中で完全に赤字確定だと数字が流れていくことでさらに気分が下がりながら、黙々と軟膏を体に塗りつける。
体中軟膏でべとつきながら手の届かないところを除いて塗り終え包帯を巻き終える頃には動ける程度までに痛みが引き回復していた。
そんなところを見ればさすがファンタジー製の薬品と感想を抱く。
寄りかかった背負子から体重を離すように立ち上がってやれば動けることが実感できる。
少なくとも骨が折れているような感覚はないことに安心する。
加えて
「お前がほとんど無傷なおかげか、混乱せずに済んでお兄さんホッとしてるよ。まぁ、あれぐらいの爆発で二百万がポッキリ逝ってたら、店に殴りこみに行っていたかもしれないがな」
ゆっくりと歩いて別方向に吹き飛ばされていた鉱樹を拾い上げれば、今の俺とは正反対に綺麗な刀身を維持していた。
営業とかしていると希に不良品を売りつけられるという話を聞くことがあるが、それとは違うことにホッとする。
さすがに武器を失って丸腰になって格闘戦だけで脱出する自信は今の俺にはない。
「さて、次はと」
武器が回収できれば、あとは余裕があるうちに動かなければならない。
爆散した人形には目もくれず代わりに見るのは周囲に散らばったものだ。
「唯一の高価買取の可能性があったブラッド種は自爆、ウッドゴーレムの魔石はパペットよりも少し大きい程度、まぁ、どう見ても採算合わないよなぁ」
痛む体を我慢して拾い集めた革袋の中は、一見宝石袋のように綺麗だが、価値的にはビー玉の詰め合わせと大差ない。
少なくとも、今日の収穫では背負子の被害分にもならないだろう。
「さて、問題は進むか戻るかの二択なんだがなぁ」
体は薬のおかげで動けるといったレベルだが、万全とは言い難い。
帰り道は幸い地図が無事だから問題なく帰れるが最短で二時間は覚悟しないといけない。
それも戦闘を最小限で抑えた状態である程度体が万全という条件がつく。
次の層に進めば、入口には脱出用の装置があるらしいのだが、ここから先は未知の領域十分後に終わるか三十分後に終わるか、はたまた、帰り道よりも長い時間がかかってしまっては本末転倒だ。
せめて、あの時の自爆にもう少し対応できていれば話は違った。
「ったく、うだうださっきのことを悩んでいても時間の無駄か、とりあえず他のやつらが来る前に移動するか」
思考が低迷し始めているのが理解できた。
仕事を失敗した時にあの時ああすればよかったとifを想像して後悔するのと一緒だ。
仕事中にそれをして仕事が遅れること以上に無駄なことはない。
今考えないといけないのは今後のことで、危険の伴う現状素早く判断して行動しなければいけない。
仲間がいれば、相談して決めるのだが。
「いないのならこういう決め方もありか」
鉱樹を床に垂直に立てて、左右に揺らさないようにそっと手を離す。
倒れた方に進む、要は運任せだ。
「鉱樹さんや、なかなか厳しいねぇ」
決められないなら天にまかせてみた結果、鉱樹は先に進む方に倒れた。
「やらないで失敗するよりも、やって失敗したほうがマシってことかね?」
何か違う気もするが、挑戦心は大事にと前向きな方向で進むとする。
ここから先は回復薬もなく、運がよければ出口が近い。
悪ければ、かえって遠回りになることになる。
それでも失敗を反省しても後悔だけはしないようにしよう。
「……タバコはやめておくかね、縁起が悪そうだ」
一気に気疲れした心を落ち着かせようとタバコに手を伸ばしたが一服して自爆される羽目になったのだ、今度は何が出てくるかわからない。
黙って進むことにする。
武器を固定する魔具は壊れていないから移動は楽ではあるが、体が思っているよりもダメージを受けているらしく、思うように動かない。
「これって、どう見てもあれだよなぁ」
ブラッド種と戦った広場から続く直線路、道幅は広く、何か特別な道に見えてしまう。
「俺、死亡フラグ立てたっけなぁ」
案の定、道を抜けた先は何かありますよと言わんばかりに開けた場所だった。
先ほど戦った場所よりも広く、より集団が待ち構えるには適したような広場だ。
ただ嬉しいことに、目線の先には上に登る階段が見える。
「お約束だと、さっきのが中ボスで、ここが階層ボスってところか?」
この通路と広場の狭間を跨ぐと空間が閉鎖されて、BGM変更そして戦闘開始、RPGのお約束だ。
当然
「そうなったら逃げ出せないよなぁ」
イベント戦闘は逃げるコマンドは選択できない。
そうなってしまったら、現状で俺に勝ち目があるかどうかなのだが、正直に言えば低いとしか言いようがない。
さっきと同じ敵なら、まだ勝ち目があるかもしれないが、単独の俺は確実に数で劣り、そして何より未知の敵だった場合、情報という勝利条件が覆ってしまう。
そうなれば更に勝ち目が薄くなってしまう。
「どうするかねぇ」
帰ることを視野に入れ、振り返って背後を見る。
「退路断たれているよ、おい」
だが、見ないで素直に入っていけばよかったかもしれない。
あからさまに復活し、強化したと強調するかのように増えたゴーレムたち、帰るにもあれを突破しなければいけないと思うと億劫な気持ちになってしまう。
「前門のボスに後門の軍勢って、シャレにならねぇよ」
これが勇者とかだったらあっさり一人で薙ぎ倒していくのだろうが、こちとら脱サラした元サラリーマンだ。
そんなご都合能力に目覚めたつもりはない。
できることと言ったら
「仕方ない、行くか」
開き直って前向きになることだけだ。
田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
ステータス
力 54 → 力 87
耐久 83 → 耐久 117
敏捷 33 → 敏捷 52
持久力 55(-5) → 持久力 74(-5)
器用 41 → 器用 53
知識 33 → 知識 36
直感 10 → 直感 14
運 5 → 運 5
魔力 50 → 魔力 70
状態
ニコチン中毒
肺汚染
今日の一言
仕事に慣れるのは大事だが、惰性になると痛い目を見る。
初心が大事であると文字通り痛感しました。
誤字脱字等あれば指摘の方をお願いします。
感想の方も気軽に書き込んでいただければ幸いです。
これからも、勇者が攻略できないダンジョンを作ろう!をお願いします。