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85 目標を定めると見えてくるものがある

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



昨日のスエラとの模擬戦で俺が目指すべき方向性が見えた。

ならばやるしかない。

と決意しすぐに取り掛かるべきことをピックアップした結果。


「先輩」

「あ? なん、だ?」

「先輩って、普段はしっかりしてるっすけど、たまに馬鹿になるっすよね?」


暇だと言っていたから連れてきた後輩に馬鹿呼ばわりされた。


「OK、喧嘩なら買うぞ?」

「ちょ!? だってそんな格好見れば誰だってそう思うっすよ!! 何やってるんだろうなぁとか、うあぁとか……そもそもそんなでかい重りでトレーニングしようって考えるのがおかしいっすよ。と言うよりなんでできるんすか?」

「重りじゃない、錨だ。できるかできないかは試したらできた。それだけだ」

「うあ、本当にファンタジー様々っすね」


一息入れるために錨をそのまま地面に下ろすのではなく、ゴウンと鈍い風圧を生じさせながら横薙ぎ一閃、そして肩に担ぐように構える。

まぁ、海堂に言われる通りこの地球上でこんな物でトレーニングしようと考える人がどれくらいいるものやら。

俺に足りないモノを言えば全て足りないと言わざるを得ない。

力に始まり技術、知識と足りないモノを上げれば事欠かない。

俺はその足りないものをどうやって補えばいいかと考えていた。

しかし、そもそも補おうという考えがまず受身に回っていたのに気づく。

補うのではなく極めるのだとまずは意識を切り替える。

では、次に何を極めればいいのかという話になる。

全てを極める。

そんな大言を吐けるほど俺に才能があればそもそも悩みなど抱かなかっただろう。

無い袖は振れない。

なればこそ、特化型になる。

示現流に雲耀の太刀というのがある。

髪の毛一本のごく僅かな差であっても先に振り下ろせという先手必勝の教え。

それに倣い。

ただ一撃、振り下ろすことを極めるべくこうやって本来人間が持てないようなトン単位の重量を誇る船の錨でさっきまで素振りをしていた。

そして呼吸が整えば休憩は終了と心の中で呟き、また素振りを再開する。


「と言うか先輩、かれこれ二時間くらいやってるっすけど午後からダンジョンに入るのに体力持つっすか?」

「問題、ない」


もちろん一朝一夕で身につくような代物でも無いし、他にも足運びやその一太刀を活かす技術も学ばなくてはいけない。

しかし千里の道も一歩から、やらなければ何事も始まらない。

むしろ完成形が見えたのなら目指さない理由がない。

これに加えて、身体を強化してくれる精霊と契約できればこの構成はかなり凶悪になるのではと踏んでいる。

間合いの外から知覚できない速度で踏み込み鍛え上げた一撃で唐竹割りにする。

最終的にこれを目標にしている。


「お前も、少しは、鍛えたらどうだ?」


鉱樹以上の重量を振り回すということは全身のバランスを気にしないといけない。

正確に正中線をなぞるように振り下ろし上に振り上げるという言葉にすれば簡単ではあるが、やるとなると想像以上にきつかった。

体力配分的に問題なく午後のダンジョンに挑める。

その証拠と言えるかわからないがトン単位の代物を振り回しながらも会話する余裕はある。

まぁ、逆を言えばそれ以上のことはできないのだが。


「いや、俺にそれを求めるのは無理ってやつっす」

「聞いた話では、サキュバスは、鍛え抜かれた肉体を、好む、らしい、がな」

「先輩、俺もやるっす。もう少し軽いやつないっすか?」

「現金な、やつだ」


しかし、こうやって綺麗に素振りを繰り返すだけの単調な訓練に集中するというのも難しい。

真面目にやれと言われればそれまでなのはわかるが、それでも必要以上の効率を継続できれば暇になる。

これが一人でやっているなら諦めて黙々とやるのだが、幸い一人ではないので退屈しのぎに付き合ってもらおう。

そう思いメモリアから聞いた話を流してやれば、思惑通り上着を脱ぎ一緒に素振りをはじめる馬鹿が一人増えるというわけだ。

そんな午前を過ごし、予定通り昼飯を食べた俺たちはもう何度目かわからないダンジョンに入っていた。


「や、やりすぎで剣が軽いっす。すげぇ違和感」

「慣れろ」


こういう素直なところが憎めない。

豚もおだてれば木に登るということわざがあるが、モテモテモテモテと口ずさみながらなかなかのペースで素振りをして見せた海堂は鞘から抜いた剣に違和感を感じていた。

仕方ない。

なにせついさっきまでその剣の五倍以上はあるであろう重量物を振り回していたのだ。

違和感の一つや二つは出てくる。

そしてついでにもう一つの違和感にも気づいているのだろうか。


「海堂、気づいているか?」

「……いないっすねぇ」

「ああ、静かすぎる」


普段であれば接敵し二、三回は戦ってもおかしくないような位置にいるはずなのだが、さっきから虫一匹みつからない。

ただただ生い茂る森が不気味な沈黙を醸し出す。


「「……」」

「なぁ、海堂」

「なんすか、先輩」

「……スゲェ嫌な予感がするんだが」

「俺もっす」


普段とは違う雰囲気に妙な既視感を覚え、退路を確保しようと周囲を見渡す。

よく耳をすませば遠くで何かが戦っているような音も聞こえる。


「……戦っているのか?」

「他のテスターっすかね?」


俺たち以外にもテスターがダンジョン内にいることはなんら不思議なことではない。

それが仕事で、たまたま予定が重なったに過ぎない。

この静けさもそのテスターたちが敵をまるごと引きつけていったと考えれば納得もできなくはない。

しかし、そうじゃないと俺の勘が告げている。


「先輩、音がだんだん近づいてないっすか?」

「そうかもな、だがこうも視界が悪いと様子もわからん」


木の上に登って様子を確認しようにも、似たような背丈の木ばっかりでそれもできない。

仕方ないので周囲を警戒しながら音の方向を確認する。

そして進むこと数百メートル、ちょうどこちらから見下ろせるような高台に着き、見た光景に


「「……」」


俺たちは沈黙せざるを得なかった。

形を持った黒い影。

それがダンジョンのモンスターを捕食していた。

軍隊蟻を頭から丸呑みにしボリボリと捕食し、食べている途中にもかかわらず次の獲物を決めたら体ごと別の蟻に襲いかかりまた捕食する。

当然他のダンジョンモンスターたちが襲いかかっているが、物理ダメージが通らないのか攻撃をその身に受けながら突き進み今度は捕食者であるはずの蟷螂が逆に食われる。

そしてその影は体積を増やしていく。

あんなものがダンジョンにいるのかと考えを巡らすが、至った結論は異常事態発生その一言に尽きた。

防衛するためのダンジョンの魔物が共食いをはじめるなんて異常以外の何ものでもない。


「……!」


そう思った俺は肩を叩き海堂に撤退を促す。

あまりの光景に愕然としていた海堂は驚き声を上げそうになったが、口元を押さえ込むことで声を上げずに済んだ。

視線とハンドサインで撤退の意思を見せれば海堂は黙って頷く。

撤退する前に報告資料として写真を取ろうとカメラを取り出す。

だが俺の仕草に反応するようにその影が一瞬動きを止めると、ギョロリとまるでこちらの位置がわかるかのようにしっかりと、明確にその決まった形のない影の向きをこちらに向けた。

おそらく様々な生き物を捕食したのだろう。

禍々しく定形のない影はそんな捕食したものをツギハギにして体を形成している。

それが面と向かった瞬間に分かってしまった。

そして、この影が何を主食にしているかもわかった。

目がないのに目線が合う。

いや、コイツが感じ取っているのは


「走れ海堂!!」

「!?」


俺の声が合図になったのか、それとももともと相手も飛びかかる予定だったのか振り返り走り出した俺たちと同時に影も多脚を生やし走り始めた。


「なんなんっすかあれ!?」

「俺が知るか!! わかるのは、あいつはこのダンジョンの正式なモンスターではないこと。あとは捕まったらただではすまないってことだ!!」

「ひぃ!!」


とっさの判断で戦闘を避けたが正解であった。

相手の能力が未知数であったこととあそこで戦うには地理的にも不利であった。

こうやって鬼ごっこをするだけで僅かではあるが情報を得ることができる。

ここ最近挑み続けて慣れた森であることが幸いした。

木々を避け、飛びまわることで速度を出せるので直ぐに捕まる心配はない。

だが相手の能力も高く逃げ切ることもまた難しいのも事実だ。

ちらりと背後を確認すれば敵との距離は変わらず俺たちの後ろを追走していた。

影はその不定形さを活かし障害物を避け、その体の柔らかさを駆使して俺たちを追いかけていた。

そして最悪なのが相手は五感以外の何かで俺たちを知覚している。

その証拠に一瞬木々によって完全に姿が見えなくなったと思っても影は迷わず俺たちを追いかけてきた。

最初は嗅覚だと思ったが、こっちは風下で俺たちの足場は地面だけではない。

木々も使って移動しているから匂いは分散する。匂いでは簡単には追ってこられないはず。

何よりも見るであろう目も、聞くであろう耳も、嗅ぐであろう鼻も見当たらない。

揺らめき、どろりとコールタールのような質量感をもつ影にいったいどんな感覚があるかと考えると。


「……俺たちの魔力を追ってるのか」


答えはあっさりと思いつく。

となるとかなりまずいかもしれない。

俺の考えが正しければこの魔力の体が全くの無意味と化すかもしれない。

捕食するということは、何か糧とするものがあるということだ。

そしてあの影が捕食したのは魔力の塊であるソウルだ。

あいつらは倒せばただの魔力となる。

魔力は満ちても、腹は膨れない。

この事実から導かれるのは相手の目的は腹を満たすことではなく魔力を得ることということになる。

そして、この体は今現在かなりの密度の魔力が補填されている。


「やべぇ、俺らかなりうまそうな獲物ってことになるな」

「どういうことっすか!?」


行き着いた考えは、意図しなかったものだとしても安物の肉を食べていた獣の前にしっかりと育てた高級な肉を放るようなものだという結論を俺に叩きつけてきた。

いくらこの体に緊急脱出機能が搭載されていても、そもそも全てを丸ごと捕食されてしまえば脱出もクソもない。

口の中に入って噛み砕かれれば最後、そのまま美味しくいただかれ消化されてしまう。

そして消化される内容には俺の魂というデータが含まれる。

救い無しの今までにない最悪な相手だということだ。


「あいつの主食はおそらく魔力だ。それも高純度の魔力を狙う傾向にある。言っちゃなんだが、ここいらのモンスターの中で一番魔力を持ってるのは誰かってことになれば」

「俺たちってことっすね!?」

「正解だ」


おそらくあの辺一帯のモンスターを捕食したせいで俺たちはモンスターと会わなかったのだろう。

おかげで藪をつつく前に藪から飛び出てきた厄介なやつと出くわしてしまったわけだ。

しかし、このまま逃げ続けるわけにもいかない。


「海堂、魔法で牽制できるか?」

「やってみるっすけど、先輩の言うとおりだとあんまり期待はできないっすよね」

「駄目で元々だ」

「了解っす」


そう言って海堂は一瞬の滞空時間を利用してファイアボールを影に向かって放つが案の定火球はそのまま影に飲み込まれていった。


「うわ、やっぱり」

「食われたか」


魔力の塊である魔法はあいつにとって食事にしかならないようだ。

だったら物理ダメージならという話になる。

冗談半分で午前中に使っていた錨が欲しくなったがあいにくと手元にない。

それならば。


「フン! ハ!!」


正面にあった木の一本を鉱樹で切り裂き次いで蹴りで正面に飛ばす。

あとは素早く鉱樹を背中に収め、宙に浮いた成人男性である俺の腰周りほどある木を空いた両手で掴み、相手に向かって投げつける。


「くらええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


さっきまでトン単位の塊を振り回していた俺の体は性能を存分に活かし、プロ野球選手のストレート並みの速度を投げた木に与えてくれた。

ここでやったかなんてセリフは絶対に吐かない。

投げ終えた俺は勢いを殺さずそのまま逃走に入る。


「どうだ!」

「食われてるっすよ!! ただ突き刺さって飲み込まれるまで時間がかかってるみたいっすけど」

「魔法よりはマシってことか」


経過を見ていた海堂の報告を聞けば、魔力の塊ではない物理攻撃なら多少のダメージは通るということ。

そういうことなら多少のチャンスはある。


「うっし、殺るか」

「マジっすか!?」


情報が出揃ってはいないが、最低限は揃った。

逃走はこれまでと言わんばかりに踏みとどまり相対する。

俺の行動に涙目になりながらも海堂も構える。

さて、挑戦させてもらうか。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言

目標を定めると定めないとでは効率の差が出る。


今回は以上となります。

とりあえず、物理型の戦士に苦手そうなスライムの亜種的な何かをぶつけて強化しましょう!!

これからも本作をよろしくお願いいたします。

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