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84 一歩でも進めば価値はある

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



結末としてはかなりアレではあったが、トレーニングが終われば何をするか考えていなかった俺はとりあえず汗を流すためにシャワーを浴びようと自室に戻ってきた。

その流れでスエラもついてきたのでシャワーを浴びたら外食しようと考えてそれを伝えたところ、スエラがエルフの料理を地球の食材でアレンジして振舞ってくれるというのでそれに甘えることにした。


「はいどうぞ」

「うまそうだな」


漫画ならネタで料理がうまいと豪語して味覚音痴というオチが待っている場合があるのだが、スエラにはそれは適用されなかった。

きのこを使ったパスタに、プチトマトが添えられた緑物のサラダドレッシングはオリジナルだ。

ファンタジー要素はないが、たしかにダークエルフが食べていそうなイメージのメニューに俺の体は素直に空腹を訴え合掌し俺は食べ始める。


「うまいな」

「よかった」


先ほどうまそうだと予想を言った感想はすぐにうまいという実感のこもった感想に変わる。

それを聞いて喜ぶスエラを脇目に、体格の差かそれともトレーニングを終えたあとだからか。

スエラよりも量の多いパスタを黙々と平らげる。

しばらく静かな時間が過ぎるが、その雰囲気は嫌いではない。

たまに思い出したかのように雑談を交え、食事を進めること十数分。

スエラの用意してくれた食事は綺麗になくなっていた。


「ごちそうさま」

「はい、お粗末さまです」

「食器は俺が片付けるから」

「いえ、料理は片付けまでが仕事です。次郎さんはコーヒーでも飲んでいてください」


そう言って魔法でポットを浮かし、いつか見たように用意してくれた食後のコーヒーは俺が入れるよりもうまいと思えた。

俺の部屋の備え付けのインスタントだが、魔法を使うかどうかでこうも味の差が出るのかととりとめのないことを考えながら部屋の備え付けのキッチンで洗い物をしてくれているスエラを眺める。

そんな光景をいいものだなと思いつつ静かな時は流れていく。


「悪いな」

「いえ、向こうに居た時は当たり前でしたので。むしろこっちの世界での食事の用意はいろいろ便利で怠けてしまいそうになるので、やらせてもらったほうが落ち着くんですよ」

「そういうものか」

「ええ」


たしかにあっちにIHなんてないだろうし、蛇口をひねれば水が出るなんて機能はないだろう。

少なくともイスアルに行ったときは見当たらなかった。


「さて、午後が丸々空いてしまったが……スエラ、あのペンダントってまた使えないか?」

「あのペンダントというと、魔結晶のペンダントですよね?」

「ああ、あれがあれば外に出かけられるからな」


機能的には日本のキッチンの方が優秀なのだろうなと結論を出し、片付けが終われば次は午後の予定を立てる。

どうせならばまたスエラを連れて外に出たいと思い、あの夏祭りの時に使ったペンダントを使えないか聞いてみる。


「残念ながら今の時期は他の仲間が使っているので無理でしょうね。あの時も試験的な意味で使わせてもらったわけですから」

「そうか」


だがあいにくとそれは叶わなかった。

残念と思うが、元々は会社の備品だ。

駄目でもともとという感覚で提案してみた。

それが空振りしてしまったのだからさてどうするかと悩んでみる。


「?」


ちらりとスエラを見れば俺のカップにまたコーヒーを入れてくれ自分の分も用意している。

俺の視線に気づいて何かと聞いてくるように首をかしげて笑ってくれそれに対してなんでもないと返す。

そういえば、今日はスーツではなく日本で売っているような格好をしていることに気づく。

当たり前のように着こなしていたから気づくのに遅れてしまった。

白いセーターにデニムといったシンプルな格好であるが、素材がいいとモデルが着こなしているように見える。

っと、思考が逸れた午後の予定をどうするかという話だ。

いつもなら地下施設で食事を済ませ、その流れの気分で行き先を決めるのだがこういう展開は初めてでどうするか迷う。

ここまで来ると逆に外に出ないという選択肢も出てくるが、あいにくと俺の部屋で時間をつぶせるものなんてテレビかまだダンボールに包まれているゲームくらいしかない。

そんな空間で男女二人っきりで過ごすとなると数十分後の未来はわかりやすいくらいに想像できてしまう。

いかんいかんと変な方向に思考が傾き始めたのを修正するように自分で決められないなら相手と相談しようとしたが


「鉱樹が気になるのか?」

「ええ、私たちダークエルフの間でもこれを武器として使うのは珍しいので。それにここまで成長した鉱樹は珍しいですから」

「なるほどな」


スエラは整備のために部屋に持ち帰った鉱樹を見ていた。

席を立ち専用の立てかけ式のスタンドに近づき刀身をじっくりと彼女は眺めるが少ししたらそれも終わる。


「次郎さん」

「ん?」


そんな僅かな時間で予定が組めるはずもなく、のんびりとコーヒーを飲んでいた俺は口づけたまま返事を返す。


「久しぶりに模擬戦でもしませんか?」


そんな俺に普段は物静かだが意外とアグレッシブな我が恋人は、午後の予定を提案してくれた。




「すみません、休みの日ですのに」

「いや、俺は構わないが、スエラはいいのか?」


汗を流したあとにまた汗をかくのはいかがなものかと思うこともなく。

予定が空いていたからちょうどいいと思いスエラの提案に乗り自室から訓練室に移る。


「ええ、最近書類仕事ばかりでなかなか体を動かす機会がなくてちょうどいい機会です」

「模擬戦が運動不足の解消か」


女性には禁句なアレを気にしての提案だと思ったが、スエラは純粋に体を動かし魔力を活用したかったみたいだ。

ファンタジーならではの運動不足の解消の仕方に俺は苦笑を浮かべるしかない。

互いに武装は訓練用の木杖と木刀だ。

格好も私服から防具付きの訓練着に着替え準備は万全。

今は互いに体を伸ばしほぐしている最中だ。


「いつ以来だ? 一人でスエラと戦うなんて」

「数ヶ月ぶりでしょうね。最後に次郎さんと一対一で戦ったのはあのお二方に次郎さんの訓練を引き継ぐ前ですから」

「ああ、もうそんなになるのか」


思い出すのは新人研修の時だ。

あの時は赤子の手をひねるかのようにあっさり吹き飛ばされ何度も倒されていた。

ある意味ではこれはちょうどいい機会なのかもしれない。

ファンタジーで最初に戦った相手がスエラなら、この機会に俺がどれくらいの強さの位置にいるか確かめられる。

幸か不幸か、武器もあの時と同じ鉄芯入りの木刀だ。


「全力で行かないと、直ぐに終わりそうだな」

「ふふ、どうでしょうね」


実力差からくる余裕か、彼女は自然に脱力し杖を構える。

準備ができたと口ではなく彼女は雰囲気で伝えてくる。

それに応えるように俺もゆっくりと木刀を上段に構え、深呼吸の吐き出すタイミングに合わせゆっくりと正眼の位置に下ろす。


「っ!」

「!」


合図などいらない。

互の呼吸の読み合いから直ぐに足は動き、打ち合いは始まる。


「アアアアアアアアアアアアアアア!!」


訓練室なら遠慮はいらないと全力で猿叫を活用し、鋭くなった俺の剣撃はそれを柔らかに捌くスエラに襲いかかる。

俺の剛剣とスエラの柔杖は一時の均衡状態に入る。

横薙ぎ、突き、振り下ろし、袈裟斬りを俺が放てば、まるで逃げ水かのようにスエラは杖の間合いに逃げ僅かな力で攻撃の軌道をずらしできた隙間を縫うように杖を繰り出してくる。

魔法使いの護身術のお手本と言える防御からのカウンターだ。

本来であれば前衛として戦う必要のない魔法使いではあるが、近接戦闘が不要かといえばそうではない。

魔力が切れればなんの役にも立たないようでは二流だとフシオ教官が言っていた。

なので魔法使いにも一定水準の近接戦闘能力が必要になる。

海堂や火澄のように剣術と魔法を両立させる場合もあるが、大半の魔法使いなどの後衛はスエラのように防御を主とした技術を身につける。

蛇のようにしなって襲いかかる杖術は攻撃したかと思いその隙を突こうと攻撃を繰り出すも気づけばその杖は防御の構えをとっている。

まるで切り崩せない。

だが、それでも打ち合える。


「強く、なりましたね」

「ああ!」


カンカンと木同士が鳴らすような音は響かず。

代わりにゴウゴウとまるで暴風雨が吹き荒れるような音を響かせながら俺たちは戦っている。

足は忙しなく動き、互いの立ち位置など絶え間なく変わる。

ダークエルフの俊敏性を魅せるスエラの動きに追従するため、走って追うのではなく軸による回転を利用し最小限の動きで対応する。

その間も俺は木刀を振るい続ける。

鉱樹と比べれば玩具程度の重さの木刀は風を押しつぶし猛威を振るう。

それをスエラは添えるように杖を振るい道を作るように剣撃を流す。

足を戻し木刀を引き戻せば、体を振るい突風のような鋭い突きをスエラは繰り出してくる。

クリーンヒットは互いにない。

篭手や互いの武器で防御あるいは躱し、攻防は一進一退を繰り返す。

そもそも前提条件として後衛職であるスエラと前衛職である俺が互角という段階で俺が負けている。

事実ハンデとしてスエラは精霊を使っていない。

そんな状況ではあるが、俺はスエラに迫ることができ数字で実感できない成長を体感していた。


「上げていくぞ!!」

「はい!」


スエラと比べれば拙いと取れる魔力循環による身体強化も最初と比べればだいぶ効率的で効果的になった。

ペース配分など頭の中から消し去り、余力として残していたギアをトップに持っていく。

瞬間、脳内の速度が跳ね上がったのかさっきよりも動きがゆっくりに見える。

代わりに限界の一歩手前をだすこの動きに体を軋ませる。

そんな俺の攻撃を一つ一つ丁寧に返すスエラを突破するために、歯を食いしばり余計な力を込めないように注意し攻撃を重ねる。

そして


「ようやく、ここまで来たか」

「私からすればもうですけどね」


この戦いが動きを止める。

呼吸が乱れ、眼下にスエラの顔が見える。

いつか見た光景と同じだ。

全力で振り下ろした俺の一撃がスエラを捉えその場に縫い付ける。

前はすぐに反撃を受け吹き飛ばされたが、


「ったく、ここまで動いて一発か」

「その一撃が私たち後衛にとっては致命傷になりますよ」


今回は正真正銘スエラの動きを封じ込めた。

スエラの表面を覆うように白い何かが顕現している。


「防御用の精霊を展開させられた時点で私の負けですね」

「いや」


ハンデを覆したのはたしかに成果と言える。

だが、そっとスエラの上から木刀をどかす。

すると、待っていたかのようにピキリとなにか罅が入る音がしたと思えば木刀の表面が砕け鉄芯についた罅を顕にする。

木刀が戦いについてこられなくなったのだ。


「武器を壊してしまった時点で俺の負けだ」

「では、引き分けですか」

「ああ、ったく武器の強度を考えなかったのは失敗したな」

「ふふ、鉱樹と同じ感覚で魔力を流せば木刀程度ではすぐに限界を迎えてしまいます。次はその点を気をつけてみましょう。手合わせをして分かりましたが、他にも色々と成長する余地はありますね」

「ああ、ってこの教師と教え子のやりとりも久しぶりだな」

「そうですね」


クスっと笑うスエラと一緒に俺も笑う。

そんな中で俺はさっきの戦いを振り返る。

模擬戦の結果は俺的にはまた完敗だ。

俺は全力で、スエラは精霊を封じた状態で戦った。

いくら封じた精霊を使わせたといえど、武器の耐久性も把握できずに壊してしまえば戦士として失格だ。

スエラは引き分けだといったが部分的にも総合的に見ても俺の負けだろう。

スエラの言うとおり反省するべき点はまだある。


「スエラ、ありがとう」

「はい」


ギュッと握りこぶしを作る。

だが、この瞬間に俺は自分の目指すべき方向性が見えた気がする。

今まで漠然とダンジョンを攻略していた俺の目指すべき道筋が。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言

立ち止まる必要も時にあるがそこで止まらず一歩踏み出すこともまた必要。


今回は以上となります。

誤字の報告ありがとうございます。

これからもご指摘の方あればよろしくお願いします。

これからも本作をどうかよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] かなり先まで物語が進んでしまっているのに言うのもどうなのかなと思いましたが、一応報告を…。 スエラと模擬戦するのが新人研修で教官に引き継いでからと今回のお話しではなっていましたが。 …
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