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83 仕事の方向性は一人で悩むな

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



一、ニ、三

口ずさむように呼吸とともに回数を数えながらプルプルと震える腕を折り曲げて床まで顔を近づける。

その度に顎を伝い汗が流れ落ちる。

Tシャツは汗でぴったりと張り付き、どれだけトレーニングしたかを物語っている。

逆立ちしながらの腕立て伏せなど漫画の世界だけの代物だと思っていたが、実際にやってみると効果は意外とある。

単純に筋力をつけるという意味合いもあるが、体幹を鍛えバランス感覚を身に付けることにも適している。

言ってはなんだが、この仕事についてから地面という正確な足場以外で戦うということを多く経験してきた。

そのおかげでバランス感覚の重要性は痛いほど身にしみている。

戦えば戦うほど魔紋で体を強化できるとしても、基礎能力を疎かにしていいわけではない。

確かに魔紋はひ弱な体つきでも戦いを繰り返すことで魔力を吸収し強大な力を与えてくれる可能性を秘めている。

だが、それでも基礎の部分での差は無視できるものではない。

魔紋の能力が一緒なら最後の差は鍛え抜かれた肉体能力の差ということになるからだ。

場合によってはその基礎能力の差が魔紋の能力差を埋めてくれる時もある。

何より体の動かし方はこうやってトレーニングをするのが一番だ。


「ふぅ」


メニューの回数をこなせば次にアスレチックに足を運ぶ。

規定の場所以外に足をついてはいけないというフリーランニングを鍛えるための施設だ。

どこかのアスレチック番組を彷彿とさせる施設の数々に怯むことなく俺は駆け出す。

只々全力で挑むのではなく、必要最低限のチカラで且つ可能な限り片手はフリーにすることを意識しながら突破する。


「……っ」


そしてなおかつ最短レコードを目指すがなかなかうまくいかない。

ダンジョン内で全力を出すことはよくあることだ。

だが、常に全力を出していてはいざという時に全力を出すことができなくなってしまう。

全力というのは時間制限がつきもの、その上限を伸ばすトレーニングも必要だが、その全力を制御してこそ活路があると俺は見ている。

売上の向上も必要だが、時にはコストの削減も必要ということだ。

しかし、結果は芳しくない。

言い方は悪いかもしれないが、手抜きが全力には勝てない道理があるように労力を削るという行為は自身に制限をかけるようなものだ。

その中で最高のパフォーマンスを出すのは容易なことではない。

それが万全な状態ではないのなら尚更なこと。

集中しきれていない。

集中してトレーニングに入っているはずなのに不意にあの時の光景が頭に過ぎる。

全力の一撃、それを受け止めるモンスター。

振り切るように飛び石になっている足場をトントンとリズミカルにクリアする。

その証拠に次に思い浮かんだのは出張の時の最後の乱闘だ。

相手の主戦力に対して勝てないが故の遅滞戦闘で俺はその場を対処しようとしていた。

結果的に救出には成功していたから及第点を与えられるが、満点というわけではない。


「ングング、はぁ」


そんな雑念が入り混じりながら終えた結果がいいわけもなく、目標よりも下回る結果に頭を巡らす。

少し休憩を入れようと汗で流した分を補給するように準備していたスポーツドリンクを飲み干す。

体に足りない水分が染み渡る感覚が体の疲労を伝えてくる。

今日は休日、普段だったらここで切り上げるのだが


「もう一セットやるか」


今日は多めにやろうとトレーニング器具のあるエリアに再び舞い戻る。

オーバーワークは良くはないが、今は単純に体を動かしたい気分だった。


「……さてと、どうすっかね」


そしていざトレーニングを始めれば開始早々また雑念が混じってしまう。

ならば逆にその思考を加速させる。


「何に悩んでいるのですか?」

「スエラ?」

「はい、休みの日なのに恋人を放り出している人を健気に迎えに来ているダークエルフのスエラですよ」

「……すまん」


だが、その思考もすぐにブレーキをかけられる。

そしてそれが自己都合で放置していた彼女であるなら男である俺は全面降伏をする他ない。


「素直に謝りましたし今回は仕事のことで悩んでいるようなので許します」


幸い俺の選択は間違っていなかったようで、スエラは仕方がないなこの人はとため息一つのあとに笑顔を見せてくれた。


「それで、何を悩んでいたのですか?」

「……少しステータス成長についてな」


少しと見栄を張ったのはくだらない男の意地だ。


「? 順調のようですが、それに成績を見る限りでは次郎さんが最も貢献されていますよ」

「そうなんだが、何か足りないって思う。普段なら仕方ないって思える失敗が許せなくて、どうやったらうまくできるかって考えてた」

「そこからトレーニングルームで一人鍛錬していることにつながったということですか」


ああ、みっともない。

こんなことをスエラに聞かせるつもりはなかったのだがな。


「向上心が空回りしている、といったところでしょうか」

「そんな感じだ」


スエラの言うとおり俺の悩みなんてはっきり言えば焦っているだけだ。

スエラの客観的な意見で安心感は得られているが、俺の悩みが解決しているわけではない。

あの一撃、レアモンスターを一撃で倒せなかった。

たったそれだけ、それだけでスランプになりかかっている。

馬鹿げた話で、只々道端の小石につまずいてしまっただけのことだろう。

少し間を置いたせいか喉の乾きを感じ、用意していたスポーツドリンクを飲もうと思ったが、さっき飲み干したのを思いだし空になったペットボトルを眺めることになった。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」


それを見て代わりに用意してくれたのだろう。

俺が飲んでいたのとは味の違うものを差し出してくれる。

それに礼を言い受け取る。

そのまま一口含むと火照った体によく染み渡るのがわかる。


「俺はどういう戦士になればいいのか、どうすればもっとダンジョンに貢献できるのか。俺は周りと違って年を取ってるからな。その分のハンデがいい具合に俺を焦らせてな」


人間の寿命は短い。

さらに全盛期となればその期間はさらに短くなる。

きっとこのまま行けば俺の成長はあっという間に止まるだろう。

終わらせたくない。

もっと高みに行きたい。

俺の限界はここじゃない、もっと先に。

そんなありふれた青い願望をあの一撃で思い出させられ、あの戦いで限界という壁を自覚させられた。


「情けない話だがとりあえず体を鍛えれば何か答えが出るんじゃないかって思って闇雲に取り組んでみたが、やはりダメだった。そう簡単に答えは出ないようだ」

「次郎さん、あなたより長い寿命を持つ私にはあなたの悩みは正直理解しづらい部分があります」

「……そうか」


たしかにそうだ。

メモリアもそうだが、スエラも長命種のダークエルフだ。

少し共感してほしいと思い、残念に思うもそれは仕方ないことだ。

彼女たちの種族に文句を言うのはお門違いだ。

そう思い、暗い話はここまでだと話を変えようとしたが、きゅっと手を握られ俺が口を開くよりも先にスエラの言葉が俺の耳に入ってくる。


「ですけど、あなたの悩みを解決する術を一緒に探すことはできます」

「スエラ?」

「一緒に悩みましょう、仕事というのは一人でやれることは限られていますが、二人でやればできることは広がります。何より戦いのことでしたら私の方が詳しいんですからね」

「……まったく頼りになる彼女だな」

「ええよく言われますね、だから遠慮しないでいいんですよ?」


本当に頼りになるなうちの彼女は。

海堂たちにはなんだかんだでリーダーと呼ばれ支柱的なポジションを任されていて相談がしづらかった。

だが、スエラならと思える。


「これを見てくれ」


そして俺が最初にしたのはスポーツドリンクと一緒に持ってきていたタブレットをスエラに見せることだ。

そこにはステータスが表示されている。


ステータス

力   4203

耐久  5059

敏捷  2744

持久力 3336(-5)

器用  1988

知識  96

直感  455

運   5

魔力  1897


状態

ニコチン中毒

肺汚染


スキル

猿叫

斬撃


そしてそれをスライドするように指を走らせるとその画像は折れ線グラフに切り替わる。


「俺の個人成長スピードの早さは海堂たちと比べればかなり早い部類に入っているのは確かだがスエラから見てどうだ?」

「そうですね。一年にも満たない状況でここまで成長できるのはさすがと言えます。間違いなく魔王軍の中でも上位に入り込める成長速度ですね」


さっと俺が持つタブレットを覗き込むように見るスエラは、真面目に視線を走らせ結論を口にする。

そして俺の現状を把握したからには次に問題を提示する。


「この成長はあとどれくらい続くと思う?」

「……はっきりと断言はできませんが、このまま行けば早くて数年以内でしょう」

「やはりか」


肉体的にピークはとうに過ぎている。

それを鍛え直したとしても、全盛期の状態まで戻しキープすることは難しいという言葉では足りないだろう。

俺の感覚で今の成長速度はその中でも空いている成長幅を埋めているに過ぎない。

限界突破という若いからこそできる無茶は今の俺には荷が重い。

上限は必ずどこかしらにある。

だからこそ


「その成長限界を突破するにはどうすればいい?」

「……方法は思いつく限りいくつかあります。一つは魔法薬による肉体の強化、ですがこれはあくまで一時的なもので肉体を改造することになれば副作用があります。その中には寿命を縮めるものも当然あります。二つ目は異種族の血を魔法によって取り込むことです。鬼種や私たちエルフの血を取り込むことによってその種族の寿命や固有種の特徴を引き出すことができます。ですが、それをするにはよほど相性のいい者同士でやらなければ拒絶反応が起きて命を落とします」


それを取り払う方法を俺は模索していた。

しかし、いくらファンタジーでも簡単にできる内容ではない。

外法のような内容なら可能性はあるがリスクが大きい。

スエラ自身提示はしているがどちらも勧められないと顔に出している。


「あとは特殊な精霊と契約する方法がありますね。ある意味ではこれが一番現実的かもしれません」

「精霊というと……前にスエラが見せてくれたやつか。人間の俺にもできるのか?」


思い出すのは傍迷惑な緊急訓練の時にスエラが呼び出した黒犬と白猫だ。

しかし、勝手な偏見だが精霊というのは自然と密接な関係にあるエルフだからこそ使役できるという印象があった。

少なくとも人間と契約するとなると少なくとも戦士系が契約しているイメージはない。


「私が仲介すれば里にいる精霊を紹介できますし、一定の魔力と礼節そして儀式を用いれば彼らは応えてくれますよ。力が大きい精霊になればなるほど対価は大きいですが、そのぶん力は保証できます」

「そうなのか……だがいいのか? いくら恋人とは言え一人のテスターにここまで肩入れして。監督官から何か処罰を受けないか?」


スエラが可能であると言えばできるのだろうと思うが、俺としては訓練方法や戦闘技術の教授を頼む予定だったがこういう形で収束するとは思ってもみなかった。

最悪、キオ教官に地獄の特訓を頼もうと思っていた身としてはありがたい話ではある。

しかし、それでスエラの立場を悪くするなら話は別だ。


「問題ありません。食堂でも裏メニューがあるようにこの会社にも裏技というものがありまして、魔王軍の社員と仲良くなるとその種族・部族の裁量でテスターに力を貸すことは許可されていますので」

「なんだ、そのRPGの隠し要素的なシステムは」

「私たちから申し出てはいけないという制限はありましたから気づかないのも無理はないです。けれど契約をする前に助けを求められたら援助すると言いましたよ? 強くなるには個人だけではなくそれを支える後方と仲良くすることも必須ということです。この裏技も次郎さんが初めてなので誰も知らないと思いますので口外はしないでくださいね」


そういえば契約をする前にダークエルフが全面的にバックアップすると言っていたが、こういう側面もあったのか。

てっきり保険や治療、地下施設の完備といったサポートだけだと思っていた。

普通気づけるか。

一定の好感度を得られれば使えるようなゲームみたいなシステムに気づけというのは無理がある。

いや、もしかしたらあの火澄イケメンなら社員の女性とフラグを立てて気づく日が来るかもしれない。


「やられたとはこのことだな。もしかして教官たちが訓練に協力してくれていたのも」

「はい、でなければ将軍であるあの方たちが一個人を鍛えるなんてことはしませんからね。あの方たちの場合は気分という可能性も捨てきれませんが」

「ああ、確かにな」


おそらく海堂に訓練を施すとき監督官に教官たちの協力を打診した時もこの裏技を知っているから許可を出したのだろう。

それだけ信頼を勝ち得ていたのかと思うとつい嬉しくなってしまう。


「それで、その契約というのはどれくらいでできるんだ? すぐにできるというわけではないだろう?」

「そうですね、未契約の精霊がいるのは間違いないですが、必要な精霊がいるかはこの場ではわかりませんからその確認と許可申請で二週間といったところでしょうか」

「そうか、なら準備が終わるまでダンジョンに励むとしようか。少しでも強いほうが精霊と契約しやすいだろ?」

「そうですね、少しでも可能性はあげたほうがいいですね」


やはり一人で悩むよりも相談してよかったと思う。

これで少しは希望も見えたというもの、ならばこのままオーバーワークをしていてもいいことはない。


「スエラ、相談してもらった礼をしたいんだが」

「そ、それなら、あの、精霊との契約を済ませたあとに向こうでデートをしませんか?」

「俺は構わないが」


トレーニングを切り上げて、この後一緒に食事でもと考えたがそれ以外にスエラはしてほしいことがあったみたいだ。

俺個人としてものんびりとスエラの生まれた場所を観光デートするのも良い。

問題はメモリアであるが埋め合わせを考えれば問題は解決するだろう。


「……そ、そのとき私の家に寄ってもいいですか? ……その、家族に恋人を紹介したいので」

「……」

「だめ、でしょうか?」


外堀を埋められそうな感覚とはこのことを言うのだろうか。

爆弾を突如落とされ、一瞬思考が停止した。

スエラの言う紹介というのはアレだろうか、スエラの父親に対して娘さんをくださいというあれか?

あんなドラマみたいな事ができるのか?と沈黙している間に思考を巡らす。


「……それまでに覚悟は決めておく」


だが、そんな男の思考など不安そうに見上げるスエラの前には無駄も同然だった。

さっさと白旗を揚げ俺がゆっくりと頷くように答えれば、スエラは普段よりも華やかに笑ってくれた。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言

こうやって俺は支えられているのだと実感した。


今回はこれで以上となります。

そして職種変更フラグを立てて見ました。

楽しんで頂ければ幸いです。

これからも本作をよろしくお願いいたします。


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