81 平常運営が何よりも大切
祝200万PV突破皆様ありがとうございます!!
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「では百グラム八百円ということで」
「値段上がったか?」
「ええ、蟲王様のダンジョンからの出土品は珍しいうえ嗜好品となれば需要はあります。ですのでいくらでも捌く方面はあります。最悪自分で消費すればいいので」
「甘党だったか?」
「たしなむ程度には」
「これがたしなむ程度の量か?」
ズドンとカウンターに並ぶ光景はとてもたしなむという言葉が似合う量ではないだろう。
持ってきたのはフレグビーという魔物の、香りがいいと評判のハチミツだ。
それが一キログラム入る瓶に三本満タンで入っている。
すなわち百グラム八百円ということは一本八千円、三本なら二万四千円だ。
一日の収入としてはかなり破格な部類に入る。
ネックは値段が変動することだが、あのダンジョンに入っているのは今のところ俺たちだけなので、そこまで心配する必要はないだろう。
それにしてもジャッキーンという古いレジスターの音はなぜここまで心を躍らせるのだろうか。
いつもどおりメモリアの店で買取を済ませていると前に持ってきた時よりも値段が上がっていることに気づき少し心が弾む。
「せんぱ~い、甘い惚気話は終わったっすか?ハチミツだけに。あ、今俺うまいことを言った」
「言ってねぇよ」
買取りを先輩に任せるとは何事かと思ったが、俺は俺で仕事中に合法的に恋人と話せる機会だから言う気は起きない。
せいぜいが無言でつまらんことを言った海堂にめがけて拳骨を振り下ろすくらいだ。
「アイタ!? っつぅ~先輩理不尽っす」
「ほら行くぞ、メモリアまた来る」
「はい、またのお越しを」
「ああ」
頭を抱え涙目になる海堂の苦情を流し、領収書と現金を受け取り店から出る。
「先輩この後何するっすか?仕事がないなら飲みに行きましょうよ!!」
「アホ、報告書が先だ」
「いいじゃないっすか、どうせ今回のダンジョンって蟲の配置とか軽い内容で終わる話っすよ」
終業時間が近いサラリーマンの話など、仕事の話か仕事の終わった後の話くらいだ。
海堂は仕事の後の話がしたいようだが、俺はそれよりも先に仕事を進めたい。
気になる点があればなおさらだ。
「……海堂、蟲王のダンジョンに挑んで最初どう思った?」
「どうって、ただ気持ち悪いなぁって……あと数が多いから嫌だなって思ったす」
「ああ、俺も似たような感想を抱いた。厄介だろ?」
「そうっすねぇ」
「その厄介さをさらに厄介にする。そう思うと楽しく思えてな」
「先輩ってたまにワーカーホリック入るっすけど、俺にはわからないっすよ。仕事が楽しいなんて思ったことがないっすから」
「俺も思えたのは最近だよ」
今まで機王、鬼王、不死王と三種類のダンジョンを攻略して改善してきた。
機王のダンジョンは徘徊する魔物の数が少ないという欠点が、生産コスト面から改善しにくい。なので新タイプのゴーレムを提案したり罠の改善を提案した。
鬼王のダンジョンはゴブリンたちに職種を与え役割を分担して効率化を図り、さらに戦術の提案をした。
不死王のダンジョンには奇襲のしやすい新規の建物の案や、徘徊パターンやアンデッドという特性を生かした戦術を提案してきた。
そして、そのどれもがなんらかの結果を出している。
そう思うと次はどんな改善を施してやろうかと思える。
「それで、先輩はどう考えているんっすか?」
「そうだなぁ、とりあえず整備面とダンジョン特性を考えると罠関係は使えない」
「設置はしやすそうっすけど、虫たちが引っかかりそうっすね」
機王と鬼王は純粋な迷宮タイプのダンジョンで、巨人王と樹王が純粋なフィールドダンジョンと聞いている。
そして肝心の蟲王のダンジョンは樹海というフィールドと地下に広がる蟻の巣のようなダンジョンを併せ持つ不死王のダンジョンと同じハーフダンジョンタイプ。
竜王に関してはハーフなのかフィールドなのかはたまた迷宮なのか情報が入ってきていない。
なので今は関係ないということにして放置だ。
それよりも今やっている仕事の方を考える。
「奥に行けば知性の高い蟲もいるはずだが、今はいない。ダンジョン内の魔物と戦った感想は、食欲に忠実な魔物がメインということだ。知性を備えるよりも凶暴にしたほうがいいという発想だろうな。となると悲しいことに戦術もシンプルなものしか使えないということになる」
「そうっすね、獲物を見つけたら襲えって感じだったすねぇ」
「魔力で生きているソウルだからか食料がまずいらない。だからか本来起こるだろう食料という面で魔物同士での争いはない。その面で生産コストがいいと言えるが反面維持コストでここまでパフォーマンスが悪いのも珍しい。数でカバーしているにも無茶がすぎる」
蟲王のダンジョンと戦って感じたのはただひたすら数を使った人海戦術だ。
絶えず敵が襲ってくるのはゴブリン以上に繁殖能力に長けた蟲だからだろうか。
その数に頼った戦略は非常に単純で強力であると言える。
だがその反面、数でカバーするために力が分散しすぎているように見える。
端的に言えば戦術、戦略にほとんど幅がない。
産み増やし襲う。
これだけであのダンジョンは成り立っているのだ。
個体差というバリエーションこそあれど、連携という言葉はない。
ただ単純に獲物めがけて様々な虫が襲いかかってくるだけだ。
数の暴力というシンプルイズベストをここまで体現したダンジョンも珍しい。
その数の暴力も俺たちがやったように素早く移動すればある程度回避できるというのも問題だろう。
奥に行けば奥に行くほど敵の数が増えるから問題ないと思っているのだろうか。
その他のダンジョンとは毛色の違った内容にしばし頭をひねらせる。
「単純にその個体に有利な土地を用意するってのも手なんだが……う~ん」
「いっそのこと巨大な虫でも用意したらどうっすか? ほら、怪獣みたいな感じで」
「それも一案だが、一個体で最強なら応用力が必要だぞ。そうなればどんな怪獣を生み出すか考えないとな」
ある意味で完成、いやこの場合は完結と言ったほうが正確か。
このダンジョン自体完結してしまっているがゆえに手を加えにくい。
あっちを変えればこっちに問題が出てしまう。
考えれば考えるほど匙加減が難しい。
「難しいっすね」
「ああ、やはり浅い層だけじゃ情報が足りないな。もう少し奥に行く必要があるか……そうすれば見えてくるものも変わって改善案も浮かぶはずだ。海堂もうしばらくは蟲地獄だぞ」
「うへぇ、勘弁してくださいよ~」
「しばらくの辛抱だ我慢しろ。明日は勝が合流して今日よりは楽になる」
「それがせめてもの救いっすねぇ、はぁ南ちゃんたちが羨ましいっす」
「男はこういう時は辛いんだよ」
「男女平等はどこいったっす」
「夢幻に消えた」
「不公平っす~、男女雇用機会均等法の適用を求めるっす〜」
結局は情報不足、その言葉に尽きる。
なので今日も結論は今までと同じで、細々とした部分の指摘で終わり、現状維持という形で収まってしまう。
なんというか、痒いところに手が届かないという感覚に近い。
「ん~そうだ!! 虫対策として虫除けスプレーでも作るのはどうっすか? 虫が寄ってこなければダンジョン探索が早く進むっすよ」
「それより先に殺虫剤もった特殊部隊を組んで横列攻略した方が早そうだな」
「お~」
「効くかは未知数だがな」
そしてダンジョンの改善がだめなら次は攻略に話は流れる。
この会話は何度繰り返したことか、仕事だからよく出る内容ゆえに仕方ないと言えば仕方ない。
内容は真面目な案からふざけた案まで多岐にわたっているが今回は少しふざけた内容になりそうだ。
海堂のように寄せ付けないというのも一案だが、俺の中では背中にガスタンクを背負った防護服を着込んだ部隊が白い煙を吐き出しながら樹海の中を行進していく姿を想像しての発言だ。
その想像もハリウッド映画みたいに効果がない相手と出くわして、最終的に頭を丸かじりにされる光景に思いいたって実行する気になれないのはご愛嬌だ。
「ただいま~っす」
「なんか違くないか?」
「そうっすか? なんかこの部屋に戻ってくると帰ってきたって感じがするから俺は毎回言っているっす」
「そういうものかね、俺としては防具を外してもこれから本番だって思ってしまうがな」
そんな結論の出ない会話をしているうちにパーティールームに帰ってくる。
俺がカギを開けて中に入った後に海堂が部屋に入ってくる。
先に用具室に入りそれぞれの鎧や武器を定位置に置き身軽になってからリビングに当たるテーブルに座ればお互い何も言わずパソコンを開く。
と言っても書式の決まった内容に今日の内容を打ち込むだけの作業なので物の三十分も黙って作業すれば終わる内容だ。
暗黙の了解というわけではないが、俺たちの経験上仕事は溜めこんでもロクなことにならないと骨身に染み込んでいるからそこに会話は挟まらない。
「ふぅ、終わったな」
「ん~そうっすねぇ。今度こそ終わったすよ!! 先輩飲みに行くっすよね!!」
俺はタバコを吸い海堂は背筋を伸ばすことで互いに終わったことを知らせ合えば本日の業務は終了だ。
「まぁ、たまにはいいか」
「うっし!! そうと決まったら早く行くっすよ」
「シャワーくらい浴びさせろ」
この後珍しくスエラともメモリアとも会う予定のない俺は仕事が終わったということもあり海堂と飲みに行くことを了承する。
時間も午後五時を回る。
少し早いが、たまにはこういうことがあってもいいだろう。
「なら一時間後に地下街の入口集合っすよ!!」
「おう」
元気に自室に戻る海堂を見送って俺はもう少しタバコを吸いたかったのでパーティールームに残る。
少し手持無沙汰なのでタブレットを開きステータスでも確認しようと思ったが、それよりも先にメールが来ているのに気づく。
「ん? 業務連絡か?」
ダンジョンに入る前にそれはなかったはずだと思い確認する。
タイトルはレアモンスターについてだ。
それは偶然にもダンジョンに入る前に海堂が言っていた内容だ。
気になりそのメールを開いてみることにする。
「……珍しいな」
そもそも、ダンジョンに関して情報が周知されること自体が今までなかった。
それ故か重要書類を読むような感覚で黙って送られてきた文章を読む。
「注意喚起と言ったところか」
内容としては大したことではない。
いくつかのパーティーがレアモンスターを狙いすぎて業務進行に支障が出ているから注意しろ程度の話だ。
あくまで俺たちの業務はダンジョンのテストで魔物を倒して金を稼ぐのは副次的な収入に過ぎない。
俺たちからすれば言われるまでもないといった程度の話だ。
だが、そんな内容よりも最後に補足された一文が気になった。
「……」
『レアモンスターの取り合いにおいてダンジョン内でパーティー同士の戦闘が報告されている。各自テスター同士の抗争は控えるように』
総務部からの連絡は俺の眉間に皺を寄せる効果があった。
PK
ゲームではよく聞く話ではあるが、現実でも出てきたか。
この一文にはどこのパーティーとどこのパーティーが戦ったかまでは書いていない。
そこまでの内容ではなかったのか、それともテスター同士の不和を避けるために載せなかったのか。
どちらにしろ注意が流れるということは今後の攻略に注意が必要なのかもしれない。
俺たちのパーティーは基本他のパーティーと被らないように攻略しているから危険は減る。
だが絶対ではない。
対人戦闘を想定することにならないように祈りながらそっとタブレットの電源を落とす。
「……気にしすぎかね」
俺自身過去にテスター同士でのトラブルを身を以て体験している。
さんざん挑発されて、いろいろと間接的にやり返してきた。
そのシワ寄せがやってきたかと思ったが、俺たちに被害がないところを見ると別件なのかもしれない。
それにあの時操られていたとしても直接的にテスター同士で戦い、テスター同士で争うことは無意味だと会社側も把握したはずだ。
今後被害が増えるなら会社側でなんらかの対策を取るはず。
それよりも監督官が何もしないということが考えられない。
何もないことを祈ってそろそろ俺も部屋に戻ろう。
このままこの文章と睨めっこを続けたら海堂を待たせてしまう。
そうなれば割り勘が俺の奢りにクラスチェンジしてしまう。
それは何としても回避しなければならない。
灰となったタバコを灰皿に押し付け火が完全に消え去ったのを確認し俺は部屋を出る。
「今日は何を飲むかね」
『カカカカカ、霊酒というのもおすすめじゃよ』
「ハハハハハ! 男は黙って鬼酒だ!!」
「……偶然ですね、教官」
『カカカカ、偶然とでも?』
「なわけないですよね」
そして道の角を曲がった時に俺は素早く強大な二人の手中に捕まる。
「おう次郎、水くせぇじゃねぇか! なんで俺たちを飲みに誘わないんだよ!!」
『然り然り、貴様も婚約者ができて我らも遠慮してきたがそろそろ落ち着いた頃合い。なれば我らを誘うのは当然の理じゃろうて』
俺はこの時に悟った。
明日は完全に二日酔いになると。
いくら成長したステータスといえどまだまだこの二人にはかなわない。
そんな俺ができることと言えば
「海堂も一緒でいいですかね?」
「おう!」
『あやつも我らが鍛えた者、構わん』
少しでも己への被害を拡散することだ。
すまん海堂、せめてもの救いできっとこの鬼ヤクザと髑髏紳士が奢ってくれる。
タイミングがいいのか悪いのか、さっきまで感じていた一抹の不安は綺麗さっぱり忘れ去り、代わりにこれから来るであろう二日酔いの未来を悟る。
そしてなんだかんだ言ってこの二人と飲むのは嫌いじゃない俺は飲む店を絞るのであった。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
トラブルの匂いがするぜ。
皆様のおかげで200万PVたどり着けました。
この期待に応えられるように頑張っていきますのでこれからも本作をよろしくお願いいたします。