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77 帰れると思った時の安堵感は、心地よい

遅れてすみませんがなんとか投稿できました。

楽しんで頂ければ幸いです。

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



「着いたぜ兄弟! ここが終着点だ!」

「無事について何よりだ」

「ハハハ! 俺がこいつの操縦でミスをするなんてありえないぜ兄弟」

「お疲れさん、さて、それにしてもこりゃぁ」

「ワオ! 大きいネ!」

『ふむ、立派なダンジョンだね』


空中の逃走は問題なく終り、目的地に着いていた。

巨大なトンボは大陸の北西部にある渓谷の最奥に着陸した。

俺もアメリアも身体能力故か、ハシゴなんて使わず飛び降りて目の前に堂々と広がる大空洞の入口を見る。

確かにでかい。

旅客機でも余裕で入れるのではと思わせる巨大な洞窟の入口は、なぜ崩れないのかと疑問に思わせる。

マイクが立派と言うが、逆を返せばそれだけ危険ということだろう。

さっきからトンボがカタカタ顎を鳴らして入口周囲にいる近寄りそうな魔獣たちを威嚇しているのもその証左となる。

しかも威嚇している魔獣のどれもが一癖も二癖もありそうな存在だからシャレになっていない。

そんな光景を見ながら今日は嫌にタバコが進むなと心の中でこぼす。


「それで? ここからどうすればいいんだ? まさか普通に入れってわけじゃないだろうな」

「ハハハハ! 兄弟、さすがにそれは無茶ってもんだぜ」


まず真っ先に一番の不安を潰す。

この質問で肯定されたらこの陽気な蟲野郎を殴る算段を立てるつもりだったが、余計な手間はかからないようだ。


「安心しろ兄弟。俺たちが到着したことは相棒がさっきから伝えてくれているからな。すぐに迎えがくるぜ兄弟」

「威嚇じゃなかったのか」

「ハハハハ! コイツの威嚇はこんな生易しくないぜ! なんなら見るか? 兄弟」

「遠慮しておく、無駄に疲れるのは趣味じゃないんでな」

「残念だぜ兄弟」


誰が悲しくて本気の威嚇を見たいと所望するのか。

威嚇の効果もあるから是非ともそのままカタカタ顎を鳴らしていてくれ。

見るからに凶悪そうなこの巨大トンボの威嚇となればそれは大層な迫力が出るだろうしな。

ただでさえ疲れている。

もうすぐ迎えも来るみたいだし、こんなところで無駄な労力を使ってたまるか。


「アメリア、物珍しいのはわかるがあまり中に入るな。お前が良くてもお前が浮かばせているクラスメイトが迷惑だぞ」

「あ、えへへへ」

『安心したまえ次郎君、いざとなればアミーを盾にして私が彼らを保護しよう。だからアミーは気にせず中に入っても構わないよ?』

「それって私の魔力だよネ!? そうなるとマイクも一緒に危ない目にあうヨ!!」

『私は構わないよ?』

「私が構うヨ!!」

「兄弟の仲間は賑やかだな。そうは思わないか兄弟?」

「あいにくとそれよりも保護者の気分が先立つな」


アメリアはアメリアで洞窟ダンジョンが物珍しいのか、少しでも近くで見ようと洞窟に近づいていった。

それを止めれば、取り憑いているマイクにからかわれている始末だ。

まぁ、へこんでいるよりはましかと彼女たちの様子を眺める。

そんな俺の様子に蟲男は話しかけてくる。

それに対して一応素直に心情を話すが、それにしてもコイツは語尾に兄弟をつけないと気がすまないのか。

迎えに来てから今まで俺の呼び名は兄弟で固定だ。

アメリアには嬢ちゃんと呼んでいるあたり区別はしているようだが、どこら辺が兄弟なんだろうか。

あいにくと俺の親戚筋に蟲はいないはずだが。


「なぁ、なんで俺の呼び名が兄弟なんだ?」

「簡単なことだぜ兄弟!」


わからないことは聞く。

それを実践すれば、この蟲男はグッと親指を立てて真剣な声で俺にこう答えた。


「あんたが漢気あふれる兄弟だからだぜ!!」

「はしょりすぎだ。わけがわからん」

「ショック!? なんで俺の熱い気持ちがわかってくれないんだ兄弟!?」

「それで分かれというのは無理があるぞ」


タバコを吸い隣りに立つ蟲男を見やる。

No!?と頭を抱える蟲男はいささかオーバーリアクション過ぎてコメディ番組でも見ている気分になってくる。

どっちにしろ、この男がなぜ俺を兄弟と呼ぶか理由はわからない。

どうしても知りたいというわけでもない。

もしかしたらこの男にとっては重要なのかもしれない理由も、俺にとっては暇つぶしでしかないのだから。

よほど変な呼び方でなければ訂正する気もない。

なんとなく思った質問も長く持たず、再びタバコに集中しようとすればボコリと地面が盛り上がる。


「ん?」


最近癖になり始めたのか、何か変化があるたびに鉱樹に手が伸びる。

前兆を感じ取り警戒する。

もしや魔獣かと思うが


「迎えが来たみたいだぜ兄弟」


それを蟲男も感じ取り地面を見て俺の不安を拭い去ってくれた。

まるでそれを合図にしたかのようなタイミングでそれはとんでもない勢いで生えてきた。


「……敵か?」

「ナニナニ!?」

『お~懐かしいね』

「いいや『それ』が迎えだ兄弟」

「俺から見れば食虫植物にしか見えんぞ」


その不安はすぐに再発してしまったが

それぞれが反応を見せる中、突如として現れたそれは蔦をうねらせ太い幹の先に巨大なバケツのような物をつけた植物だった。

その姿は地球で言うウツボカズラに似ている。

だが、色が禍々しいのに加えて動きが機敏すぎて植物の動きではない。

その時点で地球のウツボカズラとは別種だろう。

植物とカテゴリーしていいのかも怪しいところだ。

見てみろよ、バケツの入口に牙があるし今さっきキシャーなんて叫んだぞ。

襲ってこないから戦わないが、鉱樹の柄から手が離せない。


「異空間を渡る植物、ダンジョンエレベーターってんだ兄弟。コイツの器の部分に乗っていけば直通で最下層まで行ける優れものだぜ? 兄弟」

「喰われろと?」


蟲男が指差す先はまさに食虫植物が虫を捕らえる場所だ。

あんなところに入り込めば溶かされ栄養分にされること間違いなしだ。

正気かと疑問の眼差しを向ける。


「大丈夫大丈夫!敵対しなければむしろお肌ツヤツヤにして送り届けてくれるぜ!! 兄弟!」

「敵対したらヤバイってことだろ。安全は保証できるんだろうな?」

「大丈夫だって、安心して食われてこいよ兄弟」

「……」


コイツ今食われて来いと言いやがった。

人ごとだと思いやがって。


「……ったく」


どうするかと悩むように頭を掻く。

即断即決はできない。

今まで色々なファンタジーを体験してきたが、さすがにこれは未知の領域だ。

大丈夫だから、はいわかりました、と乗り込んで消化されてしまったら笑い話にもならない。


『うん、大丈夫だよ。彼の言っていることは嘘ではない』

「そうなのマイク?」

『私の記憶と違いはない。安全に送り届けてくれるはずさ』


その不安を払拭してくれようとしてくれるのだろうか。

アメリアに取り憑いているマイクはその知識を披露してくる。

空の旅をしている最中にアメリアと合うまでの経緯は聞いた。

それに嘘はないとアメリアから聞いている。

だからさっきの言葉も嘘ではないはずだ。

それに会社が用意した移動手段だ、問題はない……と信じたい。


「……わかったよ。だが、もし喰われたら化けて出てやるからな」

「おう! 待ってるぜ兄弟!」

「待つなボケ」

「アイタ!?」


ここでじっとしていても仕方がない。

ダンジョンに突撃するわけにも行かないしな。

軽く頭を小突いてやり痛がる蟲男を無視してダンジョンエレベーターの前に立つと器をゆっくりと俺の目の前に下ろし、蓋をパカッと開けられる。

せめてアメリアたちよりも先に乗り込むことで安全を確認しようと牙に気をつけながら中を覗き込めば想像していた消化液や催眠ガスらしき物も感じない。

心配は杞憂だったかと背後を振り返る。


「大丈夫そうだ、乗り込むぞ」

「OK!」


アメリアに声をかけて彼女たちを中に入れる。

ふわりと浮いた学生たちも中に入ったのを確認し、最後に蟲男に別れの挨拶を飛ばす。


「世話になった」

「また会おうぜ兄弟!」


それだけ言うと俺は中に入る。

中は薄暗いがそれなりに広い。

もっとぎゅうぎゅう詰めになるかと思ったが閉塞感はあるが少しの間くらいなら我慢できる。

カポっと思ったよりも軽い音で上の蓋は締まりついに発進となる。


『言い忘れてた! 少し揺れるから気をつけろよ兄弟! あと!』


そして蛇足を伝えるかのように外から蟲男の叫び声が聞こえる。

揺れるのはこの植物の動きから察するし、地下に潜るのだから当然だろう。


『かなりヌメっとするから我慢しろ兄弟!』

「あ?」


最後に不穏な言葉が聞こえた。

その言葉に反応する暇もなく、何をいまさらと無警戒だった俺を沈める勢いで粘液らしき物が器の中を満たした。

不思議と呼吸には問題ない粘液は魔力か何かでできているのかと推測できる。

だが


『騙しやがったなァァ!!』

『気持ち悪いヨ!?』


我慢できる範疇を超える圧倒的気持ち悪さを感じながら下に降りる勢いでシェイクされるとは思っていなかった。

そんなダンジョンへの突入に俺は次に会ったらあの蟲男を殴り倒すと心に誓いながら必死に粘りに耐える。

何を言っているかわからないだろうが俺とアメリアは粘液の中で叫ぶ。

シートベルトなんて便利な代物なんて存在せず。

揺れるたびに誰かにぶつかり、粘液で衝撃を吸収される。

痛みはないとは言え体を揺さぶれるのは気持ちが悪い。

乗り心地最悪の植物コースターの旅は体感で数分くらいで終える。

カポリと蓋が開いたあとはバケツの水を地面に撒き散らすように俺たちは排出された。


「ご気分はいかがですか?」

「……最悪だメモリア」

「でしょうね、ご無事で何よりです」

「最後の最後でこんな体験させられて無事と断言できるのかと疑問に思うがな」


気持ち悪さを紛らわせようと大の字になっていると覗き込むように誰かに見られる。

それが誰かなんてすぐにわかる。

紫色が混じった銀髪を片手で押さえ覗き込んできたメモリアの質問を俺は苦笑を漏らしながら答える。


「にしても、この粘液はひどいな」

「私たちの国では高級な化粧用品ですよ」

「マジか? この粘液が?」

「ええ、粘液はすぐに魔力となって消えますがその魔力が保湿効果と痛んだ肌に効果的です。蛇足で言えばダンジョンエレベーターは軍部と経済部がそれを巡って喧嘩する程度には希少種ですよ?」


ダンジョンを移動できる運用性か世の奥様方の財布を開放させる経済性か。

魔王軍もすごいことで揉めるな。

便利で経済性があるのは認めるが、あの乗り心地と粘液の気持ち悪さの組み合わせは頂けない。

とりあえず気持ち悪さを忘れるように、メモリアに言われた美容効果を確かめるために手の平を見る。

見た先、俺の手のひらに残った粘液は揮発するように綺麗に消えていく。

そして消えた後の手のひらは上質の化粧水に浸したかのように艶々だった。

そういえばあの蟲男、


『大丈夫大丈夫! 敵対しなければむしろお肌ツヤツヤにして送り届けてくれるぜ!! 兄弟!』


なんて言っていたがこのことだったのか。

理不尽と感じるくらいに綺麗になった肌ではあるが、男の俺にその価値を測る術はなかった。

結果苦笑するしかない。

女であるアメリアなら何かわかるかなと嫌に静かな方向を見る。


「……」

「……さてメモリア」


元気・活発・明るいの三拍子そろったアメリアが静かに黙々と鬼気迫る勢いで必死に顔に粘液を塗っていたが見なかったことにしよう。


「学生たちは?」

「あちらに」

「……もう少しまともに扱ってやろうぜ」

「道が狭いのでああするしかありませんでした。それに、暴れられても面倒なので」

「それもそうか」


現実逃避とも言える行為はさて置き、俺が体を張って囮になった成果はどうだと聞けばメモリアはその存在を指差す。

その先を見ればゴーレムたちが黙々と何やら黒いミノムシのようなものをコンテナ詰めにしていた。

そのミノムシが学生たちで、コンテナはうちの会社のものだというのはわかった。

メモリアの言う暴れられるという話も、拉致という手段を取った手前そうなる可能性は十分にある。

ならこの処置も仕方ないと言わざるを得ない。

わざわざ手間を増やす必要はない。

犯罪まがいの光景をそう言い訳しながら起き上がり胡座で座り黙々と眺める。


「帰る準備はできてるのか?」


このダンジョンに隠している帰還用の通路も抜け道に近い。

軍を運用するには細く小さい。

だからこうやってダンジョンエレベーターを配置してスパイの運用程度にしか使っていない。


「ゲートも間もなく準備ができますが、直ぐに帰りますか?」

「そうしてくれ、いい加減疲れたよ」

「……帰ったら何をしますか?」

「仕事なら報告書だ。プライベートなら……」


妨害もなく順調に帰れると聞いてホッと一息を入れる。

出張が終わりようやく帰れるという気持ちも相まって気分はなお良くなる。

何がしたいか、か。

文明の世界からファンタジーの世界に渡って数ヶ月、長くいたものだと思い。

自分の欲求に耳を傾けると、自然と会えていなく連絡も取れていないスエラの顔が思い浮かべられた。

普通ならまず間違いなく振られている現実を突きつけられるであろう期間に、冷や汗が流れる。


「スエラなら大丈夫でしょう。そもそもダークエルフにとって数ヶ月など二、三日と変わりません」

「顔に出てたか?」

「なんとなくです。それで会いたいですか?」

「ああ、会いたいね」

「私よりも?」

「……」

「冗談です。予定よりも独占できたことで満足しておきます」

「そうかい」


女の勘は鋭い。

そしてずるい。

二股をかけているとこういう時に答えに困る。

どっちも大事だと言えるが、彼女たちはどっちが一番かと答えを求める。

まぁ、それでも愛おしいと思えてしまうのは惚れた弱みなのかね。


「準備が出来たようですね」

「おう、帰るか……って俺らも乗るのか?」

「そちらのほうが効率的ですから」

「なるほど、おらアメリアさっさと帰るぞ」

「もうちょっともうちょっとだけ!?」

『アミー、気持ちはわかるけどもう少し空気を読んだほうがいいかな?』


コンテナへの詰め込みが終わり、あとはそれに俺たちが乗り込むだけだ。

まだ粘液に手を伸ばすアメリアの襟を掴み引きずる。

他の学生たちはゴーレムたちがコンテナに詰め込んでいてくれたようだ。

抵抗するアメリアをコンテナの中に放り込み、俺も乗り込む。


「全員乗りましたね?」

「ああ」


全員が乗り込んだのを確認したメモリアは扉を閉める。


「では転移します」


そして入口の脇にあるコンソールみたいなものに触れた。

濃密な魔力、それは俺がイスアルに来た時に感じた転移の兆候だ。

これで出張も終わる。

アメリアは大きな魔力でキョロキョロと周囲を見回す。


「転移」


メモリアの言葉とともにガコンと古いエレベーターが起動するような感触を感じ次に浮遊感を味わう。


「あ、あのこれで帰れるんだよネ?」

「ああ、健康診断とかもろもろあって家に帰るのはもう少し後だろうが、次あの扉が開けば日本だよ」


到着までの時間で何をしようかと悩む前にアメリアが声をかけてきた。

その動きにアメリアはさっきまで化粧粘液を求めていた態度とは打って変わって、そわそわと落ち着き無く扉が開くのを待つ一人の少女だった。

どうやらこれで時間は潰れそうだなと、静かにコンソールの前に立つメモリアを眺めながら、まだかと子供のように聞くアメリアにまだだと答える。

そんなことを何回繰り返したことだろうか。


「着きました」


ついにガコンと着陸するような感触の後にメモリアは静かに到着を告げた。

一瞬反応に遅れている間にギィと扉を開き先にメモリアは外に出る。

それに遅れること数秒、アメリアも慌てて追いかけて外に出る。

そして、俺が最後に外に出る。


「次郎さん!」


だが、その最初の一歩を踏む前に久しぶりに聞く声を抱きとめた。


「……ただいま、スエラ」

「はい! おかえりなさい!」


自然と出た帰還の言葉。

この一言とスエラの出迎えに俺の出張は終わりを告げた。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言

おかえりという言葉はいいものだな。


今回は以上です。

なんか終わりのような雰囲気を出していますが、事後処理で何話か差し込みますのでまだこの章は続きます。

それも楽しんで頂ければ幸いです。

これからも本作をよろしくお願いします。

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