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76 盲点からくる、落とし穴(後)

Another side

 

 浮遊するような感覚を数秒間味わい、魔力による光が収まった先は硬い石畳だったはずだ。

そう密偵の一人は思っていたのにもかかわらず、足から伝わってきた感触はジャリという音を出す砂を踏みしめる感触だった。

動揺を表に出さず、異常事態に対応するために即座に状況を確認する。

レンガでできている壁は岩肌を晒し、待っているはずの兵士の姿もない。

いきなり変な場所に連れてこられてオロオロとする学生たちと違い、密偵たちは忙しなく思い浮かべていた場所との差異を把握していく。

だからだろう、いち早く小さな旗を振るこんな洞窟にいるのには似つかわしくない銀髪で無表情な少女を見つける。

密偵の経験からこの少女は怪しいと言わざるを得なかった。

加えるなら場所、現状、そしてタイミングとすべての条件が彼女を敵と判断している。


「ようこそ、お待ちしておりました日本人の方々」


密偵の中で敵意が潜む中、その少女はまるで勇者たちが転移してくるのがわかっていたような態度で応対を始めた。

こちらに注目と言わんばかりにパタパタと旗を振る姿は緊張しているようには見えない。

日本人の学生たちからすれば彼女はまるで観光ガイドのようだと思っただろう。

しかしそれを知らない密偵たちは、淡々と役割をこなす少女の姿を見て罠だと思い至るのにさほど時間はかからなかった。


「私の名前はメモリアです。あなた方を日本に送り返す水先案内人みたいなものですが、覚える必要はありません。あなたがたはここで眠ってもらいます」


実際、その考えは間違っていなかった。

眠る。

それは殺すという意味での言葉かと密偵たちは思う。

ここが目的地だと思っていた学生たちはいきなりの展開でざわめき出し、中には避難先がまさか日本なのかと言い出す者もいる。

そんなわけないと徐々に状況が悪くなる中で心の底から密偵たちは叫びたかった。

学生たちは知らないだろうが、そんな簡単に異世界へ移動する術を使うことはできない。

第一召喚した当人たちでさえ送り返す術を知らないのだ。

召喚儀式についてどの国よりも秀でていると自負のある国に属する密偵は苛立つ心を欠片も見せることもなく、冷静に救援を求めねばと自分の位置を知らせる魔道具マジックアイテムを発動させる。


「とりあえず、そちらの偽物の勇者さんはおとなしくしてください。無駄な時間は割きたくありません」


それと同時に密偵は宙釣りにされた。


「美高!?」


学生の一人が宙釣りにされた密偵を心配するように叫ぶ。

突然のことで中にはとっさの行動で剣に手を伸ばす学生もいる。

だが、それを含め。


「あれ、体が?」

「動かない!?」

「え? なんで!」


瞬く間に全員無力化される。


「ここはイスアルにある古のダンジョンの一つ、太陽神の加護が薄まる領域です。たとえ勇者であろうと未成熟なあなた方を封じ込めることができる、そんな罠を準備することくらいはできます」


少女の影を基点として蠢く影は明確な意思をもって学生たちに襲いかかっていた。


「安心してください。痛みもありませんし命に関わるようなこともありません。次に起きたときは少々騒がしい日常に戻るだけですよ」


だから眠れと淡々と作業を進める少女を見て、学生全員が安心できるわけではない。

逆に無表情に近い彼女の顔が恐怖を煽り、より一層暴れる始末だ。

それでも影は無情にそして確実に学生たちを捕らえ覆っていく。

密偵の中にはその術からそして膨大な魔力から相手が人間ではないのだと気づく者もいるが、体の半分以上は影に覆われもはや叫ぶこともできず手遅れだった。

ほかの密偵たちも少しでも抗おうとほかの学生たちと一緒に魔力を吐き出し魔法を使い腕を振るい足に力を入れるが、そんな無駄な努力をあざ笑うかのように勢いを緩めることもなく影は学生たちを覆いつくす。

その光景は底なし沼に嵌った人間が必死に這い出ようと抵抗するようだった。

そして一人、また一人と視界は影に覆われ、最後まで抵抗していた学生の視界が覆われてその場は静かになる。


Another side END


Side メモリア


未だわずかに蠢く黒い地面を眺めながら計画がうまくいったことを確認する。

こうなってしまえば後は鎮圧まで時間の問題です。

いくら魔力抵抗が高い勇者だとしても未熟であれば捕縛も鎮圧も可能です。

後は強制睡眠術式が浸透するまで待てばいいだけです。

術式を維持するためにここから移動することはできません。

そしてこの術式は使用者以外の存在を問答無用で捕らえる代物ですから話し相手を呼び出すわけにもいきません。

端的に言えば、今の私は暇ということになります。

そして動くこともできず話す相手もいない。

手元に読む本もない。

そんな手持ち無沙汰になった私にできることは考えを巡らせることくらいです。

そして最初に出てきたのはこの勇者たちを捕縛した経緯でした。

丁度いいですね、ここまでの経緯に穴がないか確認するには。

次郎さん曰く、感情が行動に現れる私は少し顔を斜めにしてここまでの経緯を思い返す。

事の始まりは私が次郎さんと別れる前、この勇者たちをどうやって日本に連れて帰るかを話し合っていた時に戻ります。


「第一プランは国も学生も合意の上での帰還、第二プランは学生たちのみの合意による強襲脱出、そして第三が」

「相手の意思を無視した拉致による強制帰還です」

「改めて言われると犯罪臭がすごいことになってるな」


別れる前の宿屋の一室での最後の打ち合わせ。

定期連絡はするが次に会うときは成否問わず日本へ帰る時です。

私の前で書類を読みながら事細かい内容を次郎さんは確認し覚えようとしていました。

私は既に覚えていますから問題はありませんので復習も兼ねて彼の確認作業に付き合います。

一緒にいたいという乙女心もありましたから苦ではありませんでしたね。

さて話し合っている内容ですが、第一プランは国との交渉によって衝突なく勇者たちを返還するプランです。

これは次郎さんも私も望みは薄いと思っています。

あの国が勇者を召喚しておいて、おとなしく勇者を手放すとは思えません。

成功すれば幸運だったと思える程度のプランです。

第二プランが今回のメインプランになります。

勇者の中には日本に帰還することを望む人間がいるはず、その人間と連携し脱出する。

条件として勇者と接触する必要がありますが、成功率で言えば一番現実的と言えます。

そのための移動手段も手配済みです。

そして第三案、これは国も勇者も帰還を望まない場合に発令されるプランです。

私個人の考えで言えば、そこまでの状況になってしまったら見捨てた方がいいと思います。

次郎さんは嫌がらせだと言っていましたが、その気持ちもあるでしょうが本音は違うのでしょう。

あの人は根が真面目で優しい。

時に冷徹になる時もありますが基本的に善人です。

見捨てるという選択肢は最後の最後まで取らないでしょうね。


「ですが次郎さん、本当にこんなことで相手を騙せますか? この程度、対策を取っていないと思えないのですが」

「そう思うだろうな。だがメモリア、逆に言えばその考えが生まれた時点でこの罠の成功率は確かに存在することになるんだよ」


このプランも保険の意味が大きかったはずでした。

ですが、結果的にこのプランが花を咲かせました。


「人間が一番ミスをするのは普段やっていることがわずかにずれた時に『違和感』を感じ取れなかった時だ。ヒューマンエラーで例えればいつも通りだから大丈夫だろうと報告を省略し内容を正確に伝えない。この時点で解釈の差が報告側と報告される側に生まれる。これがミスを呼ぶわけだ」


俺もよくそれで失敗したよと次郎さんは言った。

第三のプラン、その中身をまとめれば、非常事態を引き起こしその隙に情報をかく乱し勇者たちの拉致をするという流れになっていました。

逃げて閉じこもられるなら、逃げる行き先を網の中に誘導する。

言葉にすればそれだけの作戦です。


「第三プランの要は俺がどこまで騒ぎを大きくできるかだが、鍵となるのは小さな操作を正しいと思わせていくつも仕込むことだ。伝言ゲームで言葉を一つ変えるだけで答えは別の意味になるようなものだ。それだけで日本人の学生たちは素直に動いてくれる」


次郎さんが考案した作戦は、私たち魔族にとっては考えもつかない策でした。

だからこそ私はそんな簡単に事が運ぶのかと疑問に思い聞き返しました。

そんな私の疑問が当然だと次郎さんは言い。

疑問を解消するためにのんびりと概要を語ってくれる。

その内容は次郎さんは当たり前のように言いますが、これが私たちと日本人の着眼点の違いだと思えました。



「将を射るならまずは馬を射よという言葉が日本にある。俺たちが狙うのは勇者や騎士団長、ましてやお国のトップじゃない。手足だ。そこら辺の伝令役になりそうなやつに暗示をかけて正しく報告をズレさせる。転移を担当する魔導師の中に裏ギルドの人員を潜ませ転移術式の一部、行き先の部分のみを書き換える。後は地震大国の日本に住む学生たちが違和感なく動く状況を作ればいい。そうすれば自ずとこちらの避難誘導に従ってくれる。その道筋の到着先はこちらの領域だ。後は相手の意思なんて確認せず封殺してやればいい」


倒すことよりも無効化する。

力技ではない策略を見ました。

情報を伝達する間に誤情報を挟み行動を誘導、日本人の常識という特性を活かし勇者という爆弾を封印し、このプランを止められるだろう現場のトップは暴れまわり目立っている次郎さんに引き寄せられる。


「あとは封殺した学生たちをせっせと運んで、メディアが騒がしい日本にご帰還というわけだ」


そう簡単にうまくいくとは思わないがなと次郎さんは笑っていました。

だから他にも様々な対処プランを用意していたのでしょうね。

私も仲間の吸血鬼に指示を出し、バレないように酒場や娼館に通う兵士に暗示をかけて回りましたね。

ですが次郎さん。

私も当時はそう思っていましたが、結果的にこのプランが一番有効だったということですね。

最初の交渉は空振りに終わり、内部呼応を狙った人心掌握は顔剥ぎという禁術のせいでリスクの高いプランに変わってしまいました。

時間も刻一刻と減る中で、このプランだけがまともに稼働しました。


「その結果がこれですね」


大まかな流れの問題がなかったのを確認する頃には、周囲から物音は消えていました。

代わりにそこら中に影でできた繭がいくつも地面に転がっていました。


「日本の観光業者を真似して旗を作りましたが、今思うと無駄でした」


あとはこれをさらに下の階層にある転移陣まで運べば私の役目は終了ですね。

時間的に次郎さんは脱出を始めた頃でしょう。

もう少しでこの出張も終わる。

無事次郎さんが戻ってくればあの国に一泡吹かせられたということになります。

そう思うと少し口元がゆるみます。


「では、ゴーレムを呼んで彼らを運びましょう」


ですが、それも仕事を終えてからの話になります。

緩んだ口元を元に戻せばいつもの私になる。

早くあの静かな店で読書をしたいと希望を抱き、魔石でゴーレムを数体呼び出す。

どこからともなく一体のゴーレムが荷台を持ち出してきて、他のゴーレムたちはその中に勇者たちを放り込んでいきます。


「次郎さんも無事であればいいのですが」


その様子を見ながら彼のことを心配する。

迎えに行ったのは魔王軍の中でも屈指の騎手だったはずです。

やや性格に難があると噂で聞いたことがありましたが、次郎さんなら大丈夫でしょう。

今は信じ待ちます。

勇者たちを載せた荷台が完成したのを見て、私はダンジョンの奥に進んでいきました。


メモリア side END


メモリア・トリス 年齢百九十三歳 独身 

彼氏 田中次郎 

職業 MAOcorporation 商業施設雑貨店店員

魔力適性 不明

役職 店長


今日の一言

急がば回れ、正しいと思い込むことは危険ですね。


今回は以上となります。

長かったですが、もう少しで出張編も終わりです。

あと、二、三話くらいで収めたいと思います。

これからも本作をよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 54話のメモリアサイドの話で、最後にメモリアの魔力適性は6と書いてあったのですが、この話では不明に戻っていますね。
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