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75 盲点からくる、落とし穴(前)

Another side

 

 それは次郎が全力で大聖堂内に待機していた騎士たち相手に立ち回っている頃に遡る。

 

 「外がうるさくないか?」

 「そういえば……今日なんかあったっけ?」

 「なかったと思うけどなぁ」

 

 寮の談話室で会話をしていた男子学生が外の喧騒に気づく。

 普段静かな大聖堂では聞かない騒ぎ具合に、何か特別な予定でもあったかと首をかしげる。

 二人揃って頭の中では今日は至って普通の日常だったはず、一人体調を崩して入院みたいなことをしているクラスメイトがいるけどそれ以外特に変わったことはなかったはずだ。


 「偉い人が急に査察に来たとか?」

 「あ~、でもここって本部だろ? 偉い人がいつもいる場所じゃん」

 「いや、ほかの国から来たとか」

 「それはないだろう、常識的に考えて」


 他国から要人がくるとなると逆にここまで騒ぎになる方がおかしいと片方の男子学生が言う。

 反対に、言った方の男子学生はそれもそうかと納得の色を見せるが、ならこの騒ぎはなんなのかという話に戻る。

 ならば見ようと談話室の席をたち窓に近づくのは当たり前の行動だった。

 騒ぎの聞こえる方向にある窓に近づいて外を見る。


 「……なんかあったんじゃないか?」

 「ああ」

 

 そこから見たのは慌ただしく動き回る兵士たちだった。

指揮官が大きな声で指示を出し、それに合わせて兵士たちは動き回る。

 槍を片手に盾を並べ、その後ろに魔法使いが並ぶ。

まるで何かからこの建物を守るかのような異様な光景に、気のせいで済ますことはできなくなった。


「なぁ、どうするよ」

「どうするって、何をだよ」

「いや、この後とか」

「とりあえず、みんながいるところに集まるか?」


その異常な光景に不安を煽られた二人は自然と口調にも緊張の色が表れる。

そんな二人が取れる行動といえば、とりあえず情報を集めるために他に集まっているクラスメイトがいないか探すことだった。

下に降りれば騒ぎを聞きつけたクラスメイトが集まっているだろうと思い、二階の談話室から下に降りる。


「笹川、何があったんだよ。外にすごい数の兵士が集まってたぞ!」


階段を下りた先に騒ぎを聞きつけて玄関口に集まっているクラスメイトを見て安心したからだろうか、不安の反動でつい大きな声が男子学生の口から出てしまう。


「分からないよ、さっきから真奈美が聞いてるけど、兵士の人は危ないから外に出ないでくださいって玄関を開けてくれないんだよ」


クラスメイトの女子、笹川の説明を聞いて玄関口を見れば玄関を開けさせないように立ちふさがる兵士に向けてキャンキャンと喚くように詰め寄る冴木の姿が見えた。

その間も外の騒ぎは大きくなっている。


「なぁ、さっき爆発音が混じらなかったか?」

「うん、小さかったけど聞こえたような気がする」

「気のせいじゃねぇよ。ほら、また聞こえた。なぁ、これって戦っているんじゃ?」

「戦っているって誰がだよ」

「俺が知るか!」


魔法による爆発音など勇者になった学生たちの耳に遠くで起きる戦闘音を聞かせる。

それによって起きる動揺は深く根強く染み込んでいく。

数ヶ月前まで普通の学生だった。

そんな彼らに実戦経験も積まずに安全だと思っていた場所が、実は安全ではないのではと突きつける現実は想像以上の衝撃を与えた。

兵士が危険だから外に出るなと事情を説明せず閉じ込めようとするのは、事情を知らない学生にとって安心させるよりも不安を煽る行為でしかない。


「だから私たちは説明を求めているのです!! ただ危険だからここに居ろと言われるだけでは納得できません!!」

「我々の口から説明する権限を与えられていません。騎士団長が事の鎮圧に動いています。今しばらくお待ちください」


その気持ちを代弁するかのように冴木が声高々に訴えるも、兵士は鎧越しにその訴えをやんわりと拒絶する。


「騎士団長が動いてるって、かなりやばいんじゃないか?」


兵士からすれば安心させるための説明だったのかもしれない。

それは、騎士団長の実力と人格を知る兵士だからこそ安心して信頼できるからこその言葉だ。

だが、そのどちらかが欠ける状態で情報を咀嚼した受け手はどう思うだろう。

学生たちは騎士団長の実力は知っているが人格を詳しく知らず完璧に信頼できていない。

その実力もどこまで強いのか把握できていない。

与えられた情報の中で学生たちは心のなかでこう思う。

確かにあの人は強いかもしれないが、そんな人物が動く状況はかなり危ないのでは?と


「な、なぁ。俺たちも手伝った方がいいんじゃないか?」

「バッカ! 何言ってるんだよ。騎士団長が動くような相手だぞ!! 俺たちの出る幕じゃねぇよ!」

「だよな、ごめん」

「いや、俺も強く言い過ぎた」


危険に対しては対策をする。

そう教育された日本人の学生たちは教育の賜物で今何をすればいいか思考を止めず考えることができている。

目下、その際役に立っているのは地震に対する知識やニュースで見たテロ行為に対する知識である。

と言っても学生であった彼らに専門的な知識はない。

精々できるのは非常食や貴重品をもって迅速に避難施設に移動することくらいだ。

さっきの男子学生の言葉もここ数か月で身に着けた戦闘能力を対策の選択肢に入れたからそれを提案したに過ぎない。

だが、日本人が考える思考は安全第一だ。

すぐにその提案は却下される。

ならどうするかと考えているうちに状況は変化していく。


「ね、ねぇ、さっきより音が大きくなっていない?」

「そ、そうか? 気のせいじゃないか?」

「ぜ、絶対大きくなってるよ!」


さっきまで魔法らしき爆発音しか聞こえていなかったが今度は明確に聞こえる炸裂音が混じり始めた。

加えて建物を揺らすような音も聞こえてくる。

現場で戦っている人が見れば次郎が鉱樹を抜き騎士団長と戦い始めたころだ。

斬撃を使い飛来する刃が地面をえぐり建物を切る。

魔法を迎撃し、騎士団長と縦横無尽の切り合いをしていれば静かに戦うなんてまず不可能だ。

その音はさらに学生たちに不安を与える。

気のせいだと言い張る男子学生も本当は分かっている。

戦闘は段々と激しくなってきたのだ。

ここで正義感を発揮して指揮を取りまとめるような学生がいればまだ違うが、まとめるはずの教員は一か月以上姿を見ていない。

クラス委員もいるがカリスマを持っているわけではないし、マニュアル通りの対応しかできない。

いよいよ、クラスの行動は立ち往生しそうになる。


「玄関が開いたぞ!!」


そこに現状を変える流れが入り込む。

兵士の一人が扉が叩かれているのに気づき扉を開けた。

そこから一人の豪華な鎧を身に着けた騎士が入ってくる。


「隊長」

「勇者はここにいるので全員か?」


学生の一人が叫ぶも騎士は気にせず近くの兵士に勇者の人員確認をする。


「いえ、全員ではありません」

「なら全員を集めろ、司教様の指示で勇者を避難させる」

「は? 避難でありますか?」

「そうだ、戦闘が思ったよりも激化している。万が一があってはならんという司教様の指示だ。わかったら迅速に動け」

「は!」


避難。

その言葉を聞いた学生たちの心の中で予測だったはずの可能性がやはり危険だったのかと確信に変わる。

そうなれば、彼らの行動は自然と知識に根付いたものに従うようになる。

危ない場所からは離れる。

勇者という立場を与えられても、まだまだ未熟な学生たちだ。

安全な場所を求める常識的な生存本能に従うことに彼らは拒まない。

学生たちは急いで寮内にいる、ここにはいない学生を集める。


「あの、宮川さんは」

「彼女はこちらで保護している。安心したまえ」

「は、はい」

「彩奈早く!」

「うん」


人員点呼を済ませている中で笹川がここにはいないアメリアのことを心配するが、すでに保護していると聞いてそれ以上何も言わない。

逆に委員長の冴木に急かされ避難準備に取り掛かる。


「本当に司教様からの指示なんですか?」

「! ああ、伝令が来た。間違いない『傷をつけず』避難させろとのことだ」

「わかりました。こちらはお任せください」

「ああ、任せたぞ」


そこで疑問を挟むのは顔剥ぎによって学生たちに姿を変えた密偵たちだ。

元来長期的に活動できない彼らは可能であればここにとどまりたい。

何よりそんな指示が自分たちの耳に入っていないことに疑問を挟ませた。

突発的なことが故の緊急処置の可能性があるが、ここで安易に行動を取ってはいけないのが密偵だ。

行動を決めるための判断基準を得なければと騎士に話しかける。

その時一定以上の階級にわかる暗号の仕草を混ぜるのを忘れない。

瞬きを三回、そして間を空けて二回。

これで彼が密偵だと騎士に伝わる。

それを察してか、騎士は暗号で返事をする。

『傷をつけず』それは神の武器になりえる勇者に被害が出る可能性があるという意味を指す。

密偵に伝えられている緊急処置の指示だ。

そうとわかれば彼らの行動も迅速だ。

緊急用の魔石を所持し学生たちに紛れ込み避難の準備を進める。


「ではこちらに」


兵士の指示で貴重品と装備を持たされた学生たちは縦列を形成し移動を開始する。

おはしの心がけ。

押さない、走らない、しゃべらない。

避難訓練の時はふざけて守らない生徒がちらほらいたが今は本番中の本番、誰もが真剣に避難指示に従う。

どんどん戦闘音から離れていく。

それだけで学生たちの心は余裕を取り戻していく。

あと少し、あと少しで安心できる。

その心を胸に進んでいき、入ったことのない建物へと案内される。

てっきり外に逃げると思っていた彼らは疑問に思う。

少し離れた別の建物に移動するのかと思う。

逆に紛れ込んだ密偵たちは納得の色を示す。

この先にあるのは転移陣、多大な魔力を消費するが都市間の移動を可能にする極秘の施設だ。

おそらく、別の都市に移動させてそこを別の拠点にするのだと推測を立てる。

密偵の一人はそこまで追い詰められているのか、あるいは重要な施設が破壊されたのか、後で情報を集めねばと思う。


「先触れは済ませてあります。移動先はここより南の都市ですので転移した後は移動先の兵士の指示に従ってください。あとは魔導師の指示に従い陣の中に入ってください」


それだけ言い終えると兵士は敬礼をして建物から出ていく。

その行動に疑問を挟む者はいない。

事件の解決に向かったのだなと思うだけだ。

避難方法の転移に対してもこういう避難をするのかと学生たちは納得の色を示す。

それは自衛隊がヘリで避難をさせるとき、プロだから墜落もせず安全に迅速に運んでくれるだろうという固定観念からくる発想だ。

本当であればそんなことができるはずがないと思うところだが、良くも悪くもファンタジーを体験しすぎた学生は緊張はしても疑うことをせずプロなら大丈夫だろうと陣の中に入っていく。


「全員陣に入ったか!? ではこれより転移の魔導を開始する!!」

「「「「おう!」」」


待機していた魔導師は学生たちが中に入ったのを確認し、手早く陣の起動に入る。

準備が確認できたのと同時に、均等に陣を囲むよう配置した三十人の魔導師たちが陣に魔力を流し込む。

効果はすぐに表れる。

次第に床は光だし、魔力は溢れ出す。

それは次第に渦を描き学生たちを包み込む。

時間にして数秒、転移の準備が整う。


「転移!!」


指揮していた魔導師の掛け声とともにさらにまぶしい光が放たれ一瞬部屋自体が光に包まれたのち学生たちはその場より姿を消す。


「成功だ、よし我々も騎士団長のもとに向かうぞ!」

「「「「おう!!」」」」


転移は成功、誰も取り残されることもなく送り出したことを確認した後彼らは騎士団長が戦っている場所へと向かう。

その中の一人が足元の陣をこすっていることにも気づかず。







今日の一言

情報共有は正確に。


今回はこれで以上となります思ったよりも話が長くなってしまったので分割します。

これからも本作をよろしくお願いいたします。


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