767 場慣れしていても緊張というものはする
「もうすぐ、目標地点が目視できるっすよ」
教官の号令とともに、戦艦は発進し、樹王と竜王が確保した太陽神イスアリーザの支配する天界へのゲートに向かった。
時間にして言えば、ほんの数時間。
優雅な旅というには、全員が気を張り詰め過ぎている。
かといって息が詰まるような旅ではなかった。
しかし、会議室でそのまま集まっていたり、各々用意されている部屋に待機するということは自然とせず。
「おい、樹王。アレお前がやったんだろ。ゲートの周り生い茂りすぎじゃねぇか?」
「そこから神獣が出ないための措置です。何もしなければ大人しい植物ですよ」
「ケケケ、竜種でも、そのまま食らう食虫植物を大人しい植物とほざくかよ」
「……」
皆が揃って艦橋に集まり、ゲートの姿を見ていた。
竜王が暴れた痕跡があるから、ここで激戦が繰り広げられたのは間違いない。
だが、その傷を覆いつくすほどの森林。
まるで戦場痕を放置し、そのまま永い時を経て植物が侵食したような景色を艦橋から見下ろしていたが。
俺は見つけてしまった。
ツタに絡みつかれ、ミイラのように干からびながらも懸命にもがき脱出しようとしている馬のような生き物を。
あの巨体、そして神秘的な光をまだまき散らしている見た目からして、神獣であることは間違いない。
「燃えないんだな」
「植物の弱点が炎と誰かが言いましたが、その弱点をいつまでも放置するほど愚かでもありませんよ」
しれっと神獣を捕まえ捕食することができる植物を使役していることと、生物的弱点を克服していると暴露しないでほしい。
思わず樹王の方を二度見して、自分の常識はまだファンタジーに染まりきっていなかったかとため息を吐いてしまうではないか。
これだ、これがあるから将軍は怖い。
底を見たつもりになっても、その底が蓋になっていて隠れている取っ手を掴んで引きはがすと光が届かない穴がそこには開いている。
神に戦いを挑むというのだから、そういう手札を一枚も二枚も持っているのは逆に頼もしく感じる。
「人王、我々が何のために鍛錬を積んでいると思っているのですか。太陽神を屠るためにですよ?火の一つも克服しないでどうするつもりですか」
「ごもっともですね」
絶対に踏み入りたくない樹林の上空を戦艦が通り過ぎていき、ゲートが目前まで迫る。
そのタイミングで、竜王が出口に向かう。
「俺は元の姿で入るぜ。こんな狭い場所を棺桶にするのはゴメンだからな」
人化しているだけで、竜王本来の姿は巨大な竜。
確かにその通りだと納得し、俺も俺で甲板にでも出るか?
はっきり言って、この場所にいても中から斬撃を飛ばして戦艦を壊す姿しか想像できないし。
「スエラはここに、戦艦の中から援護してくれ」
「はい」
スエラをその場に待機させて、竜王の背中を追う形で俺も外に出る。
と言っても純粋な戦闘者である将軍たちは全員竜王に続く形になるんだけど。
「おい、なんでついてくるんだよ」
「いえ、自分もあそこにいては戦えないので」
「俺もだ」
「……」
「私はできますけど、自由に戦うのならやはり外かと」
それに不満がある竜王が首だけ振り返って睨んでくる。
俺は普通に返したけど、教官は何故かサムズアップ。
巨人王に至っては無言。
常識枠の樹王は、困ったようにほほに手を添えているけど、言っていることが一番過激なんだよな。
「ちっ」
言っていることは間違っていないから、不機嫌そうに舌打ち一つ残してそのまま歩き出してくれる。
『艦長から全クルーに伝達するっす。まもなく、本艦はゲートに突入するっす。各員においては最終確認を済ませ、あらゆる事態に対処できるように』
外に出るまで走るわけでもなく、歩いている間にも船は進んでいく。
少し硬いが、全力で普段の自分を心掛けている海堂の声がスピーカー越しに響く。
「らしくねぇことしてるな」
「そうですね、俺もさすがに天界に行くのは初めてなので緊張してますよ?」
「なんだ今さらビビってるのか?おいおい、お前はそんな肝っ玉が小さかったか?」
「緊張と恐怖を飼いならせと、どこかの怖い方々に指導されているので戦いに支障は出しませんよ?それよりも教官も武者震いでまともに戦えなくなってません?」
「ほざけ」
それをツマミに冗談を交わし合う。
背中を叩かれ、ケロッと反撃をしてやれば、パシンと乾いた音で拳が大きな手に受け止められる。
「暢気なものですね。生きて帰れるかも保証がありませんのに」
「……そうだな」
「おいおい、新人がこうやって健気に場を和ませてくれようとしてるんだぜ?」
「そうなんですか?」
「いや、そういうつもりはありませんよ。ただ、なんとなく思ったことを言っただけで」
学生のようなノリをこの歳になってやるとは思ってなかったから、真面目に聞かれると少し気恥ずかしい。
「おい、うるせぇぞ」
その恥ずかしさを紛らわせるように間に入ってきてくれた竜王の苛立った声が今はちょっとありがたい。
その声をかけた当人は、話している間に外に出るためのハッチに手をかけ、すでに少し開けている状態だった。
このタイミングで声をかけてきたのは敵地に飛び込むのだからもう少し集中しろという彼なりのアドバイスなのか?
そうプラス思考で受け止めようとした。
「ちっ」
その時の思考が漏れたのか、俺と視線が合ったら余計に不機嫌になって、乱暴にハッチを開いて出て行ってしまった。
「悪いことしましたかね」
「不器用な奴なんだよ」
「最近不完全燃焼気味なので、苛立ちがたまっているのですよ」
「……」
最後まで仲良くできなかった将軍の一人、竜王の不器用っぷりをほかの面々がフォローするという珍しい体験をしつつ。
「祝勝会の時に一緒に酒を飲んでみますかね」
「そりゃいい、あいつと飲み比べでもしてみるか」
「……その時は同席しよう」
「でしたら、私も本気を出しますか」
「「え」」
またもや、なんとなく思った言葉を言ってみる。
本当に気楽な言葉であったが、樹王が本気で飲むと言った瞬間のガチトーンの教官と巨人王の単語が妙に耳に残った。
「何か問題でも?」
「いや、問題はねぇ……」
「うむ」
そして最後の最後まで煮え切らない返事というまたもや珍しい光景を見つつ。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオ』
ハッチの向こう側から竜の雄たけびが響く。
「早くしろって言われてますよ?」
「そうだな、この話は勝ってからだな」
「うむ」
「そのためには最低でも五体満足で帰らねばなりませんね」
竜の雄たけびを合図に、俺たちはそのままハッチを潜り抜ける。
そうすると、甲板の上に白亜の竜が翼を広げ、今まさに飛び立とうとしていた。
そして同時にゲートに艦首が触れそうな瞬間でもあった。
今まさに天界に入る。
そのタイミングで警報が鳴り響いた。
「ま、すんなり神の元まで行かせてはくれんわな」
「それもそうですねぇ」
神が呪われ弱体化して、そこに敵が迫るなら配下の神獣は迎撃の準備くらいはする。
指の骨を鳴らし、意気揚々と笑みを浮かべる教官と、もう少し楽に行かせてくれないかとため息を吐く俺。
「気配だけでも相当の数の神獣がゲートの周りに集まっていますね」
「関係ない。必要最低限の奴だけ殺し、活路を開くまで」
警報がけたたましく鳴り響く最中、俺たちは戦意を上げていく。
「巨人王の言う通りだな。竜王の野郎が先陣を切る。そこを広げてまっすぐに太陽神の野郎のもとに向かうぞ」
戦艦の艦首がゲートに触れた瞬間襲い掛かってくる神獣の突撃。
それを白い閃光が貫いた。
竜王のブレスだ。
「さぁさぁ!!喧嘩の始まりだ!!」
「殺し合いの間違いじゃ?」
先頭の炎を纏ったサイのような神獣の頭を貫き骸にしたことを皮切りに、神獣たちの殺意がこちらに牙をむいた。
あーあ、こんなに殺気立っちゃって。
教官が甲板を蹴り、空中に飛び出して行くのについていく。
戦艦の守りは樹王と巨人王だけで十分。
俺も切り込み隊長として活躍しますかね。教官が殴り飛ばして怯んだ神獣の首を刈り取るだけの簡単なお仕事。
竜王が暴れ、そこに神獣の殺意が集まっている隙に教官が横っ面を殴り、姿勢が崩れたところに俺の首切り。
そうなったら俺たちの前にいる神獣なんてほぼ作業で殺し切れる。
「オラァ!どうした!!こんなものかぁ!!!」
『ガハハハハハ!!』
楽しむ余裕も生まれ始めれば、次々に神獣に襲われる最中であっても天界の景色を観察することもできる。
太陽神が支配する領域、その配色は異常と言えるほど偏っている。
白と赤色。
大まかに分ければこれだけ。
草木も、地面も、空も、すべての存在が炎に彩られ、触れればすべて焼けるのでは思わせるような炎の世界。
そこに住み着く神獣たちが、炎を纏っているのはそういうわけかと納得できる世界。
「……こりゃ、面倒だな」
呼吸に必要な酸素は不思議と存在している。
だが、その空気と一緒に滞留している魔力が異質。
派手に暴れる二人の影に隠れるように、気配を消し、印象を薄くする。
俺は暗殺者だと心で言い聞かせさらに空中を蹴りぬく。
急加速し、神獣の首をまた斬り捨て、墜落させ、地面を駆ける神獣の頭に落としてやる。
暴れまわる二人の影に隠れて、ひたすら暗殺。
ただ、神獣相手だと全部が全部隠れきれるわけではない。
当然に匂いや音、魔力と言った気配で気づく輩もいるが。
「おらぁ!!」
俺に気づいてよそ見をすれば教官の鉄拳や。
『よそ見すんじゃねぇ!!』
竜王のブレスが飛んでくる。
加えて、戦いながらも戦艦の速度に追いついている。
翼で飛べる竜王はともかく、俺も教官も純粋な脚力でついて行っているんだよなぁ。
戦艦に近づく神獣たちは樹王と巨人王、そして戦艦内に待機していたパワードスーツ部隊が展開し近づけさせていない。
この光景と自分の体の動きを見れば、まともに戦えていると思える。
「体の調子が上がらないな」
だけど、空気中にある魔素が体に馴染まない。
全力を出すことはできる、だけど、万全を維持するのが難しくなっている。
「これが、神の領域か」
順応できれば問題ないが、順応するまでいったいどれくらいかかるか。
「……煙となんとかは高いところが好きって聞くが、ある意味であれが極地なのかもしれんな」
ここからの道筋は長い。
戦艦の向かう果て。
神の居場所。
この天界に入ってから目立つように中央に聳える、巨大な山。
地平線に隠れないほど巨大な山、その頂に輝く、黒く濁っている太陽。
あそこに神がいる。
その確信を与える光景。
迷わず、そこに向かえばいいというのがわかっているだけマシか。
また一体、神獣の首を斬り落とし、地面に叩き落とす。
それでも数が一向に減る気配を見せない。
打撃音と、竜の雄たけびがここら辺り一帯に響いているからそれで敵をおびき寄せているのか?
「全滅させる必要はないんだよなぁ」
相手の戦力を削るという意味でなら、この戦い方は合っているが、やりすぎは体力を損なうからあまりしない方がいい。
しかし、暴れるのを楽しんでいる二人を止める術を俺は知らない。
「ま、何とかなるか」
神獣を斬り裂くことを、神を斬り裂くための練習台にして、ついでに活路を開くことを考え。
鉱樹を振り続ける。
しかし、さすがの数だ。
これを蹴散らすのは骨が折れる。
しばらくすれば落ち着くよな?
「落ち着くといいなぁ」
なりふり構わなくなっている太陽神相手にそれは淡い希望だとわかりきっているがついこぼしてしまう願望であった。
今日の一言
始まったら、緊張もくそもない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




