74 印象に残して帰るとしようか。
遅れてすみませんでした。
少し遅くなりましたが投稿します。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「Why?」
「何故と聞かれてもな、この状況で出てくるなんてお前にとってはどう見てもバッドだろうよ」
言わないでも見ればわかる。
周囲は敵だらけであの魔砲を見事に避けきっている騎士団長殿は悠然とこちらを見ている。
味方は勇者候補だが戦いに慣れていない少女が一人だ。
体はまだ動くから戦うことはできるが、不慣れなアメリアをカバーしながらとなれば数分もてばいいほう。
ライフゲージで例えればイエローゾーンと言ったところだ。
咄嗟の判断を間違えば一分も経たずにヤられる自信がある。
だからバッドタイミングって言ったんだよ。
そんな状況でも一応顔は笑っているが緊張は一時も緩ませてはいない。
『そうとは限らないかな?』
「誰だ?」
そこに紛れ込んでくる俺でもアメリアでもない第三者の声、いや、これは
『マイクというものだよ、まだこの名前を名乗って数時間も経ってないけどね』
「……念話か」
『正解だ。これを理解している人間がいると話が早くて助かるよ。ああ、姿が見えないのは隠れているのでもなく遠くから連絡しているわけでもないよ。今はちょっとわけあって彼女の中に間借りして住まわせてもらっている』
「は?」
何を言っているんだこの闖入者は、アメリアの中に住んでいる?
この存在は幽霊か何かか?
「……あいにくと成仏の相談だったら目の前のやつらにしてくれ、徳の高い僧侶が選びたい放題だぞ」
『ハハハハ、君がどういった思考を巡らせてそんな考えにたどり着いたかはなんとなく察するよ。君もアミーと一緒で面白いことを言うね。けれど、その提案はお断りさせてもらおうか。記憶はないけど目の前のやつらに成仏させられるくらいならゴブリンにお願いしたいと心底思っている自分がいるのでね』
この雰囲気、この話し方、社長に似ている。
そしてなにより前に会ったときにはなかったアメリアから感じる迫力、なんとなくだがこの声の主が高確率でなんなのかを俺は分かってしまった。
記憶がないということで確証はないが、こういう悪い予感というのは外れることのほうが少ない。
「???」
棲み憑かれているアメリアは何を話しているのだと俺たちの会話を理解していない。
幸いその顔色と雰囲気から健康は害していないということはわかる。
苦労を知らぬのは当人ばかりとはこのことか。
まぁ、知ったら知ったで驚く程度で済ませそうな気がするが、そいう想像をさせるアメリアの器もさすが勇者候補というやつか。
「っと、無駄話はここまでだ。こっちとしてはまだ探さないといけない奴らがいてな」
「誰を探しているノ?」
短い休憩時間は終わりのようで、作業再開だ。
魔砲で広まった包囲網が段々と狭まれている。
もう少ししたらまた戦闘が再開される。
時間の猶予がないのを肌で感じ、どういう状況でも対応できるようにだらりと鉱樹をぶら下げ足は肩幅に広げる。
力具合を最小限に抑え無構えを取る。
「お前も含めた捕まっている生徒だ。そいつらを探して地下への入口めがけて走っていたのだがこの有様だ」
せめて他の生徒の居場所がわかったあとでの合流であればグッドタイミングと言えたのだろう。
裏ギルドからおおよその位置を聞いていて、分は悪いが勝算のある賭けになっているからこそ決断した今回の行動だ。
現状の悪化は正直好ましくない。
だからといってアメリアが悪いわけではない、運のない俺を攻めるべきだろう。
「もしかして皆のこと?」
さて予定の変更かと思っているとアメリアはもしかしてと穴の中に視線を落とし、腕を振るう。
そこからふわりとまるで揺りかごに眠る赤子のように丸くなっているやせ細った学生たちの姿を浮かせて見せてきた。
「……どこでそれを?」
「地下で私と違う場所に捕まってタヨ」
『ふふふふ、言ったよね、そうとも限らないと』
「そういうことかよ、あんたどこまで見えているんだ?」
バッドタイミングだと思っていたら、本当にアメリアの言うとおりグッドタイミングだった。
アメリアは幸運の女神か何かか?
そしてこのマイクは少ない情報でどこまで把握している?
いかん、あまりにもタイミングが良すぎたせいで少し混乱した。
とりあえず一つの難題が解決したことを喜ぶとする。
『さて、見える範囲しか見えないよ』
「その範囲を聞いているんだがな、まぁ今は」
その喜びを削いでくれるんだなこの闖入者は、言う気はないというのはよくわかったよ。
そこを追及したいところだが、今は脇に除けておこう。
後で追及するが、
この怪しい何かにとりつかれたアメリアのおかげで状況は一気に好転した。
となれば、俺は次の行動に移れる。
「司教、この失態は後で詰問する」
「わかっておる!」
向こうにとってもこの展開は予想外だったようで怒り具合は今日一だ。
「この状況をどうにかするとしようか」
「させると思っておるのか!! 神の導きを汚そうとする冒涜者め!!」
「……」
「俺から見ればお前らの正気を疑うんだがな」
さすがに捕まっていた勇者の現物と俺が接触したことはかなりまずいことだろうな。
それをもみ消すために逃がしてなるものかと顔を赤くする司教に、静かに闘気をたぎらせる騎士団長、今度の戦闘はさっきよりも苛烈になる。
「わ、私も戦うヨ!」
『うん、さっきの魔法を見た限りアミーの魔力運用はゼロか一の威力しか調整できない。この状況なら無いよりはましだと思う。けど、今は静観をすすめるよ。無理にとは言わないけど』
「お前たちはジッとしてそこの生徒たちを守ってろ」
後ろからあんなもの撃たれたら命がいくつあっても足りない。
そして、マイクお前はこの状況を楽しんでいるだろ。
顔は見えなくても口調からわかるのだぞ。
状況が好転したおかげで精神的にコントをする余裕ができたことに喜べばいいのか、精神的余裕をコントで消費してしまったことを嘆けばいいのか、わからないまま一歩前に出る。
その際に懐から金色の小さな笛を出す。
『珍しいものを持ってるね』
「あの笛に何かあるノ?」
『そうだね、ここは見てからのお楽しみと言ったほうが面白そうだから黙っているよ』
「む~、さっきから私蔑ろにされてるネ」
マイクはこれが何か理解しているようだ。
「蟲笛か!」
「思ったよりも答えは早かったようで」
そして、騎士団長ならこの笛の正体を知っていてもおかしくはないか。
蟲笛、とある一定の魔力周波を蟲型の魔獣に伝えることのできる笛だ。
その効果範囲はかなりの広さを誇る。
その機能から魔王軍では歴とした装備の一つになっている。
人間側からすれば災厄を呼び寄せる笛だ。
物を見た騎士団長の顔は一気に険しくなった。
当然この笛を鳴らすのを防ぐために切りかかってくるが動くよりも俺が軽く聞こえない音を鳴らす方が断然に早い。
「司教! 結界を張れ!! 蟲が来るぞ!!」
「陣を組め!! 早くせんか!!」
その数瞬後に俺と騎士団長は再び切り結び、衝撃で一回吹くだけで役割をおえた笛は俺の口から離れ宙を舞った。
それに目掛けて騎士団長の剣が振るわれ、無残にも両断された蟲笛は役割を終える。
「ああ、あれ高いって聞いてたのだがな、勿体無い」
「貴様、あれを持っているということは」
司教に指示を飛ばし再び俺との戦闘に入った騎士団長。
その目には今までにない苛烈さが宿っていた。
俺が魔王軍と繋がりを持っていると怪しまれたか、まだ確信には至ってないだろうがそれを肯定するわけにはいかない。
「何を思っているかは知らないが、憶測で語っちゃ意味ないよ」
「戯言を! 貴様に聞くことが増えた」
濁したことによって力は増し技のキレは二割増、苛烈さを増した攻撃は捌くので精一杯だが心のゆとりは俺の方があるみたいだな。
おかげでまだ捌くことができる。
「俺はあんたに伝える言葉はない」
考えるよりも先に体を動かす。
騎士団長の剣を体で五感を動員して対処する。
振り下ろしを半身になって躱し流れで軌道を変えてから放たれる横薙ぎを放たれる前に鉱樹の柄で受け止める。
コンマ一秒にも満たない力の押し合いを隔てて俺は後ろに飛び騎士団長は俺に切りかかってくる。
俺はそれを迎え撃つために後ろにとんだ勢いを殺した反動を利用し突きを放つも、それに這わせるように剣を横にし流し進んでくる騎士団長の蹴りによって返される。
蹴りに対してできたことは咄嗟に腹筋に力を入れること、だが多少は軽減できる程度で衝撃は内臓を圧迫する。
「ならば、吐かせるまでだ」
「物理的にってか?」
洒落にならないと笑ってみせる。
ガヤガヤと騒がしくなる周囲。
アメリアに近づこうとする輩もいたが魔砲を撃とうとする仕草を見せると離れる。
災厄が訪れるよりも先に決着をつけたい教会側と逃げ切るために粘る俺。
「ふん!」
「おっと!」
状況確認でちらりと横を見た俺の隙をついてくる。
その攻撃を鉱樹で逸らし切り返すも躱される。
体力的にきつくなってくる頃合ではあったが、そろそろだと体内時計がタイミングを知らせてくる。
「司教様! 空から何か大きな生き物が!!」
「あれで逃げるつもりか! 馬鹿め、低くなったところで城壁からの砲撃で落とされるわ!」
来たかと司教たちの声でこのタイミングだと俺は判断した。
「それじゃ、お暇するとしようかね」
「逃がすか!」
「帰るという営業を引き止めるのはマナー違反だぜ?」
まずは騎士団長を引き離すためにスーツの第二ボタンを引きちぎる。
その時しっかりと目をつぶるのを忘れない。
俺が目を閉じた瞬間に俺のスーツの上着が強烈な閃光を放つのを瞼越しで確認した。
「目を閉じても眩しいってどんな威力だよ、おい」
直で見たら失明するだろうという威力にジャイアント製の特別スーツはマッドな方向で伊達ではないことを再確認された。
その被害者たる騎士団長は痛そうに目を閉じているが気配で俺の動きを捉えているのか隙を晒すようなことはしていない。
「待て!」
「待てと言って待つバカがいるか、アメリア! 生徒を浮かせろ!!」
「お、OK!」
手負いの獣に手を出せるほど余裕があるわけじゃない。
こっちとしては動きを止めれば十分だ。
わずかに稼げた時間を有効利用するために一気に騎士団長から距離を取る。
俺の動きに対応しようにも目が見えていない状況では騎士団長の動きにも精細さを欠き、俺の咄嗟の動きについていけず対応するために受けの姿勢になる。
加えてさっきの閃光は周囲の兵士にも影響し動ける人員はほぼいないため俺は自由な動きがとれる。
向かった先にいるアメリアも被害を受けているがそれも予測の範囲内だ。
マイクが俺の想像する存在ならできるはずだと指示を出し、生徒が浮いたことを確認する。
「跳ぶぞ!」
「Fly!?」
「いいや、ジャンプの方だ!!」
空からくる巨大な影は下からの攻撃魔法を受けて低空飛行ができずこの聖堂の近くまで寄れていない。
ならばこっちが近くに寄るしかないわけだ。
はるか離れた天に向かうなんて無茶ではなくて無謀だが、それを可能にするのがファンタジーだ。
アメリアを駆け寄りながら片手で横抱きにし、学生たちには申し訳ないがそのままの宙に浮いた姿勢で我慢してもらう。
そして隠していた魔道具を発動させる。
「貴重な体験だぞ、アメリア。舌を噛むなよ」
「へ?」
起動した魔道具、革靴の靴底に強烈な魔力反応を感じ、それはまるで爆弾が爆発する前兆のようだ。
そして俺の足元に魔法陣が展開される。
「対象設定、方位固定、出力臨界!」
手順書の通りの手順を踏み怪しげな雰囲気を感じ戸惑うアメリアを放置し、顔なじみのジャイアントの武器屋店主から送られたメッセージを叫ぶ。
「シートベルトは無いからな! 緊急脱出装置、起動!!」
それはジェット噴射というより、正しく爆弾が爆発した瞬間だろう。
魔法陣よりも下、正確に言えば俺の靴底がとんでもない爆発を起こし俺の体を天へと押し上げた。
数々のスパイ映画の中で車から座席ごと脱出する装置を見て、マッドの血が騒いだジャイアントたちの作品、緊急脱出装置。
使う用途などほぼほぼない作品が今、日の目を見た。
この跳躍は片道、上に行くことしか考えていない。
落下の対策など考慮にすら入っていない欠陥品。
そして、もともと一クラスまるごと魔法陣の上に乗せてこの都市部から脱出することを前提にしていた分、威力は映画の中の脱出装置と比べると段違いに強い。
「何が起きてるヨ!?」
『ハハハハハハハ! これはジャイアントたちの作品だね! また彼らは面白いものをつくるよ!』
一応空気抵抗の防壁は張られているから跳んでいるときは問題ない。
見えていないアメリアと眠っている生徒たちは何が起きているか分かっていないが、見えている俺と知覚しているマイクにはよくわかるだろう。
とんでもない速度で空に吹っ飛んでいるのを。
「やりすぎだあのバカ!」
確かにこれなら脱出できると言えるが、空中でランデブーする蟲を超えてどうするんだよ!!
勢い余って巨大なトンボのような魔獣を超えてしまった。
慌てて騎手が手綱を操作して追いかけてきてくれる。
その間も下から魔法が飛んでくるが俺が跳ぶ方が速くて追いついてこられない。
「ヨウ兄弟、随分と派手な登場だね! 吸血鬼の姉御に迎えに行けって言われたお客はあんたたちかい?」
「そうだよ! こんなところに来るように予約する奴がそうそういてたまるか!! グダグダ言ってないで仕事しろ!!」
「OK、兄弟が元気そうでなによりだ。飛び移れるかい?」
「できればとっくにしてる!!」
「なら、少し荒くなる。行くぜ相棒!」
落下するよりも早く騎手の方が俺たちに追いついてきてくれた。
魔法で声を拡張して状況を把握、迅速に手綱を素早く動かす。
騎手と魔獣、息を合わせ巨体を丁寧に動かし、上空に跳び上がる俺たちに沿わせ空中宙返りを見せた。
「生きてるか兄弟!」
「落ちない床が素晴らしいって実感してるよ、一服いいか?」
「い、痛いよ」
『はははは、なかなかの威力だね』
トンボの背中に搭載された人を乗せるための籠にナイスシュートと言わんばかりにキャッチされ、俺は今、生を実感している。
少々雑に収納されたのはこの際仕方ないと割り切る。
アメリアは最初の衝撃で舌を噛んだのか口を押さえている。
他の生徒も無事収容できている。
とりあえず一安心できた俺は軋む体よりもまずは一服と手綱を握る騎手に聞いてみればどうぞという仕草を見せられる。
この籠も魔道具なのか、寒さも風も感じない。
おかげであっさりとタバコに火がつく。
「逃げ切れそうか?」
「誰に聞いているんだよ、余裕だぜ」
「そうか、なら予定通りに頼む」
この国にも一応空中戦力はあると聞いている。
肺に煙を入れたところで逃走に問題ないかと聞いてみれば無問題と返ってくる。
ならば、後は予定通りだろう。
「みんな、置いてきちゃったヨ」
「ん?」
「ジロウさん、マイク、これでよかったのかナ?」
『あの状況からしたら、むしろこの結果は最上と言っていい。あのままアミーがあの場にとどまれば君もここにいる彼らの命も無かった。それを助けられただけでも成果だ。君が言うみんなとは別の人物たちを指すのだろうが、あの場でそこの彼もあれ以上連れ出す余裕はなかっただろう』
頭の中で次の予定を考えていたら、痛みから解放されたアメリアがシリアスに入っていた。
自分だけ逃げ出したことに負い目を感じているのだろう。
「ああ、すまん」
「あ、ち、チガウヨ! ジロウさんを責めてるワケじゃなくテ」
「いや、説明が足りなくてすまんって意味だ。騎手さんよメモリアからの返事は何色だ?」
「グリーンだ兄弟!!」
なら体を張った甲斐があるということか。
「なら、向こうも順調ってことか。アメリア、おそらくだがお前のクラスメイトも無事連れ出せていると思うぞ」
「へ?」
悪いなアメリア、シリアスな雰囲気は苦手なんだよ俺。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
仕事終わりの解放感は半端ない。
次回は勇者誘拐の裏側劇の回になります。
これからも本作をどうかよろしくお願いします。