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766 睡眠時間とは、人が最も削りに行く時間である

 

 人間というのは存外、丈夫にできている。

 そう自覚するにに必要な時間は、社畜時代に経験し、この会社に入ってからも痛感している。


 前職では、多少の栄養失調、多少?の睡眠時間を削っても人間というのは危機信号を出すだけで、そこからのデッドラインは長い。


 俺が何を言いたいかって?


「カハハハハ!!!睡眠時間、約二時間でこれから神との殺し合いかぁ!!!」


 徹夜明けのハイテンションに近い状態で、俺は仕事を終えてここからさらに移動をすることになっている。


 テンションはおかしくなっているが、この会社に入ってから諸々死にかけるような経験をしているこの身体は昔と比べると相当タフな肉体になっているから、これでも全力戦闘には対応できる。


 問題ないと脳も精神も判断しているのが恐ろしいところ。


「はい、次郎君、大丈夫だからと言ってポーションくらいは飲んでおきなさい」

「すまん、助かった」

「しかし、ジィロはすごいな。ここまで大規模のダンジョン改築をたった一晩で成し遂げるとは」

「作業員の方々が死んだ目をしていることに対して目をつむればの話ですが」

「そこの神も死にかけているが役に立つのか?」


 しかし、そのタフな行軍についてこれるのは俺だけのようで、俺以外の作業員はフル稼働ですでに死に体。


 身体強化魔法に重ねる形でポーションによるドーピングも駆使したから、肉体への負担は普段の十倍はあった。


「この後のことを考えれば、仕方ないとはいえ、この分はしっかりと査定しておかないといけませんね」

「違いない、臨時のボーナスは弾まないとな」


 そんな急な仕事に対応してくれた部下たちに感謝しつつ、ダンジョンの改築工事を進めた結果。


「それで、スサノオ神、俺はこれから作戦通りことをなしますので、最終準備の方よろしくお願いします。彼女たちにも補佐をするように頼んでいるので」

「……ここまで神をこき使った人間は初めてだぞ、てめぇ、鬼か」

「半分はまだ人間ですよ、残り半分はどこぞの古の竜になっているかもしれませんが」


 地面に突っ伏して、指先で犯人は社畜となかなか達筆な字でダイイングメッセージを記したスサノオ神に念押しをしておく。


 死んではいないので、恨めし気に俺の方を見上げる彼に、俺はいつもの言葉を返しておく。


 俺はすでに人間であることに対して拘りはないから、そこら辺は割と適当に返すことができる。


「これだから田中は」

「だから田中への風評被害は止めてくださいよ。九割九分九厘の人は普通なんですから」

「残りの一厘がやべぇ奴じゃ意味ねえだろ」

「違いないですね」


 地面から起き上がり、胡坐をかくスサノオ神は大きなため息を吐いた。


「本気でやるんだな?」

「でなければ、貴重な時間を無駄にしませんよ」

「そりゃそうか、まぁ、お前がやるっていうなら俺も契約がある。相手が主神格であっても喧嘩に乗ってやるよ」


 俺からしたら、この作戦はかなり綱渡りな部分がある。


 しかし、そこに完全勝利の道筋が残っているのなら賭けてみたい。


 そこに神が乗ってくれるのなら現実的な勝算があるのだろう。


 呆れを含みつつも、楽しみにしていると言外に匂わせるスサノオ神に対して俺は頷き。


「では、頼みました」


 教官との待ち合わせ時間が迫っているので、ダンジョンからでる。


「ケイリィ、エヴィア、ヒミク、メモリア、行ってくる」


 その際に嫁さんたちにはしっかりと挨拶をしておく。


「無事に帰ってきてよね」

「お前なら問題ないだろ」

「祝勝会の準備をして待ってるぞ!!」

「ご武運を」


 ハグしてキスしてと、順番に交わして、スサノオ神の舌打ちを聞き流し、ダンジョンから出る。


 この会社から出てしまえば元の戦場への片道切符になる。


「これで勝算が多少は増えたか」

「ええ、まさか日本の神の力添えを貰えるとは思いませんでした」

「俺もできれば儲けもの程度の考えだったけど、まさかケイリィがあそこまで〝安い〟対価で連れて来てくれるとは思わなかった」


 たった一日の誤差、それが生み出した結果の過程を作業中にケイリィに聞いたが、冷静に考えてダンジョンの一部施設貸与で日本の神の力を借りれるのならお得だと思う。


「問題を先送りにしたとも言えますけどね。今後の展開次第では、あの神が障害になる可能性も十分にありますけど」

「そこは未来の俺が何とかするだろ。慌てふためくことも今日勝たねばできないことだ」


 そのあとのことを考えると、決して楽観視はできない内容ではあるが、結果的には許容範囲には収まっている。


「それにいざとなれば、お袋と一緒に神殺しにもう一度挑戦するさ」

「その手がありましたね」


 なので、気楽に考えて、冗談の一つも飛ばせば大きなくしゃみが聞こえた気がした。


「さてと、あとは教官たちにどう説明するか」


 ダンジョンから会社へ、そして戦場へと転移して空を見上げれば雲が覆いつくす曇天が出迎える。


「そのまま説明し、作戦に組み込んでもらうしかないですね」

「そうだな、竜王辺りが面倒だと言いそうだけどなぁ」


 陣地の遠目に鎮座する戦艦に巨大な魔力が集まっている。


「アミリさんとフシオ教官以外は全員集結してるっぽいなぁ」


 その気配の数からして、七将軍のうち四将軍が集結している。


 巨人王と鬼王は元から同行していたからわかるとして、後方であるここに竜王と樹王が来たということは突入の準備が整ったということだろうか。


 この後の説明会議が荒れそうな予感を感じつつ、戦艦に向かう。


 道中、いろいろな種族の兵士が俺を見つけ道を譲る。


 そして戦艦のハッチに近づけば、ゴーレムが現れ扉を開けてくれ、そのまま道案内を始め。


「おう、遅かったな。成果はどうだった?」

「これでも早朝に戻ってきたんですけどね。仕掛けは上々とだけ言っておきますよ」


 まっすぐに全員集合している会議室まで案内された。


 当然のように上座に教官が酒を飲みながら待機していた。

 あの様子と、足元に積み上げられた酒の量から察するに俺が出かけてからずっと飲み続けていたようだな。


「人王」


 それでも酔った様子がない当たり、本当に酒を水のように飲む鬼だなと思っているとその隣で沈黙していた巨人王が立ちあがりそのまま歩みより布に包まれた相棒を差し出した。


「俺にできることはした」

「ありがとうございます」


 その布を取り払い、刀身が磨き上げられ美しくなった相棒があらわになる。

 それを受け取り、そっと柄を握ってみると。


「馴染む」

「自然に成長するのは鉱樹の特権であるが、完全に馴染むまで時間がかかりすぎる。それでも問題はなかっただろうが、これから挑むのは神、わずかな誤差で命を落とす。お前の癖を見てそこから調整した」


 吸いつくような握り心地とはこのことか、手を入れないことが鉱樹の性質だがその性質を損なうことなく、いやこれはそれを上回る出来栄えだと確信できる握り心地だ。


「能力は変わっておらん」

「感謝します」

「いや、いい、あの戦いを見たからこそこの程度の調整しかできんかった」


 そのわずかな違和感を潰してくれただけで俺としては十分だ。

 より一層、斬ることに没入ができる。


「けっ、一番のぺーぺーにずいぶんとご執心のようで」


 そんな心地よい感謝の念に浸っていたが、それをぶち壊すように苛立った声の横やりが入る。


「竜王、そのようなことを言うものではありません。これより決戦に入るのです。人王は少しでも勝利に貢献しようと準備していただけのこと、それを咎めるのは士気に影響が出ます」


 机に脚を乗せ、背もたれに体を預け。

 ゆらゆらと揺れる姿が、戦いに対して待ったをかけられたことに対して不満を表している。


 そんな竜王の苛立ちを刺激しすぎないように嗜める樹王であったが。


「それで人王、先ほど仕掛けは上々と言った成果を聞かせてもらえませんか。陛下が命を賭してなした成果の貴重な時間を割いてまでやりたいことその結果を」


 その心うちは竜王に近いようだ。

 苛立ってはいないが、流れを止めるような提案をして不満を抱えたようだ。


「わかりました。では、向こうに戻り得られた成果を説明します」


 目を閉じ静かに座る樹王の声に、わずかな棘が表面化している。

 普段であれば、それを抑える樹王だ。


 あえて見せたということは、苛立ちと不満。

 この二つが許せる範囲の瀬戸際ということ。


 いや、結果の報告次第では瀬戸際を超え、処罰の可能性もある。


 わざわざ自分から提案したのであるから、成果次第では、教官と巨人王も庇わないだろう。


 僅かな緊張を飲み込み、スエラを控えさせ、俺は今回持ち帰った成果の説明に入る。


 と言っても、話すことなんてそうない。


 やることは至ってシンプルだ。


「作戦名、神落とし。それの説明をさせてもらいます」


 まさか太陽神との決戦前に最高幹部たちにプレゼンをする羽目になるとは思わなかった。


 経緯の説明は不要。


 今はそれを説明している場合ではない。


 要点だけをまとめ、そしてそこに発生する効力と、できる範囲の能力の説明。


 そして最大成果を出すための過程の選定。


 それを順繰りに説明していくと、最初は樹王が、そして次に巨人王が、さらに鬼王がと順番に持ち帰った成果に納得の色を見せ始めた。


「もし仮に、人王が説明した内容が確実に実現できるというのならこれは陛下の策に並ぶ鬼札になりえますね」

「うむ」

「面白いことを考えやがったな」


 どういう形にすれば理想かと語り終えた段階で、三将軍の反応は良好。


「けっ」


 残りの竜王も、反対する様子はない。


「問題は、現場での対応になります。説明した内容通り、この策を実施するにあたって問題なのは太陽神を私のダンジョンに設けたスサノオ神の神域に叩き落とす方法です」


 それだけの魅力をこの策に感じたということ。


 だけど、すべて万事良好の策とは言い難いのが今回の成果。


 ここまで説明し、樹王が言った通りここまでの説明は、順次行動がうまくいった場合の仮定だ。


「それに関して言えば、現場での臨機応変に対応していくしかありませんね」

「そうだな、細かいことをここで決めてもその通りになる方が珍しい」

「うむ」

「俺に細かいことを期待すんな。俺が暴れてお前が合わせるそれだけの話だ」


 そんなことは絶対にありえないとわかりきっているので、ある程度の打ち合わせをしようかと思ったが、教官や竜王はともかくとして、まさかの樹王や巨人王までもが行き当たりばったりで対応すると言い切った。


「……そうなりますよねぇ」


 しかし、実際に言い切られるとその通りとしか言いようがない。


 神相手にこっちの作戦が見事に決まると想定する方が難しい。


 それならこういう状況に持ち込めれば確定で策が実行されると認識した状態で各々動いた方が結果的によくなるのではと思える。


 だから思わず同意の声を出してしまった。


 ポリポリとほほを掻き、こんな作戦会議であってよかったのかと思いつつ、そうするしかないよなと納得半分、不安半分という結果で終わった。


「うし、これで戦う準備はできたな」


 作戦の内容を聞き終えれば、もとより全員が戦う準備が整っていた状況。


 教官が一気に酒を飲み干し膝を叩けば、それぞれが戦う者の雰囲気を纏う。


「ええ」

「うむ」

「ふん」

「はい」


 気後れしている者はここにいない。


 準備を終えたのならあとは戦うだけ。


「やるぞ、神殺し」


 教官の一言で俺たちの戦いの火ぶたは切って落とされたのであった。




 今日の一言

 削れる部分はいざという時は削る。



毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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