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760 寝ている間に始業時間が通り過ぎた時の絶望

 

 Another side


 ミマモリ神に先導されて進む一行。


 花に囲まれ、自然豊かな山道を進む。


 月明かりに照らされているだけの道だが、空の満天に輝く月のおかげで明かりがいらない。


「夜にお邪魔しても大丈夫なんですか?普通に考えれば、非常識ともとられかねない行動なんですけど」


 一見すれば、自然豊かで、春夏秋冬という季節感をまるっきり無視した景色が奇麗なだけな空間である。


 しかし、常識的に見れば、夜になる時間帯に訪問しているはた迷惑な客。


 その自覚があるこの面々の中では常識人枠である勝が、周囲を警戒しながら恐る恐る霧香に問いかける。


「大丈夫大丈夫、あいつらは寝たら百年単位で起きないことなんて当たり前、なんなら昼夜なんて概念を気にするのは人間くらいだよ」


 そんな心配など気にするだけ無駄と、カラカラと快活な笑い声で一蹴する霧香。


 それに安堵するかと、思いきや、勝の表情はすぐれないまま辺りを見回した。


「そういう、ものですかね」

「そうさ、だけど、あんたの警戒する気持ちも正しいよ。そこを見てみな」

「そこ?」


 その警戒心を霧香は評価する。


 そっと人差し指で山に生える花の奥、木々が生い茂る森の中を指させば。


「動物?」

「いや、あれも神だよ」


 目を凝らした先に、じっとこっちを見る熊や、狸、ハクビシンに兎などの動物たちの姿が見えた。


 野生の動物かと勝は一瞬思ったが、霧香はそれを否定した。


「日本にいる八百万の神、その中で動物たちを司っている神々だよ。よく言うだろ?山の主ってね。それが彼らだ。下手に横道に逸れるんじゃないよ。あいつらは縄張りに入ってこないから見守っているだけで、縄張りに入り込んだらがぶりだ」


 知性と理性を感じる動きに、普通の動物ではないと感じていたが、あれが神なのかと勝を含め月下の止まり木の面々は驚いた。


 噛みつくようなジェスチャーを見せつつ、霧香は勝手知ったる庭かのように、次々にあれやこれやと高天原の説明を続ける。


「詳しいでござるね」


 本来であれば、人はこの土地に入り込むことなどできない。


 それはついさっきまで封印されていたことからそれが証明されている。


 人が居るはずがない土地の情報を知っている。


 それは何故かと疑問を持つのも当然の流れ、南が代表して霧香に問いかけると、霧江と先頭を進むミマモリ神を除いて、全員の視線が集まる。


「そりゃそうさ、何せ私は子供のころに天狗にさらわれているんだからね」

「は?」

「あー、最近の子は天狗を知らないか。ほら、鼻が長くて、背中に烏みたいな翼が生えている妖怪っぽいやつでね」

「いや、天狗は知っているでござるよ?」


 その疑問の答えはあっさりと言うには些か以上に異常な話だった。


 一瞬の沈黙が訪れて何かの冗談かと思ったか、聞き返した南の反応に霧香は天狗を知らないというジェネレーションギャップがあるのだと思って、ジェスチャーで天狗の特徴を伝えようとした。


 けれど、南はいやいやいやと首を横に振り、そういう意味ではないと訂正した。


「拙者の聞き間違いじゃなければ、霧香さんは天狗にさらわれたって……」

「そうそう、五歳から九歳くらいかねぇ、十歳にはなってなかったはずだよ。いやぁ、懐かしい懐かしい」


 リアルで妖怪に育てられた人間が現代にいるかと誰が考えるか。


 冗談ではなく本気の言葉にさすがの南も笑うに笑えなかった。


「そんな顔しなさんな。私としては得難い経験をしたって思ってるよ。野山で生活するときは最初は怖かったし、寂しかったけど、昔っから爺たちには仕来りがとか後継者がとかうるさく言われてて鬱陶しかったっていうのがあったから私からしたらちょうどいい家出先だったのよ」


 それを察した霧香は本当に気にせず、今度は天狗との思い出を語る。


 野山を駆け、山の恵みで生きてきた。

 小学生で習うような学問は天狗が手習いで教えてくれた。


 熊とリアルで相撲を取ったこともあると語るあたりからは、ああ、次郎のハチャメチャな適応能力はこの血筋だったのかと、彼の仲間たちは理解してしまった。


「はぁ、とんでもない人生を送ってきたのでござるね」

「人生楽しく生きるコツっていうのは、どれだけその場の状況を楽しめるかっていうことだと私は思ってるんだよ」


 それはそうだと誰もが霧香の言葉を否定することはできなかった。


「ま、だからかね」


 破天荒な性格と、そう言われる人間味を残して地上で生活できるだけの人格を残しているのは、ある意味で奇跡だったかもねと霧香の言葉は自嘲気味ではあるが、存外そんな自分を気に入っていると彼女は締めくくった。


「さてさて、私の身の上話はここまでだよ。最初の神様が見えてきたよ」


 少しだけ、湿っぽくなった空気を払しょくするように霧香は一つのあばら家を指さす。


 神の住居と聞けば神々しいそれはそれは豪華な宮殿のような建物を想像しただろう。


 だが、霧香が指さし、ミマモリ神がまっすぐと進む先にあるのはだれがどう見てもボロボロなあばら家。


 風が吹けば隙間風が入り込み、雨が降れば雨漏りがし、雪が降ればちょっと降り積もるだけでつぶれかねないような。


 よく言えば歴史がある、悪く言えばぼろいの一言で済むとんでもない小さな小屋。


 その家とも言えないような小屋の前で腕を枕にして眠っている人影が、いや、神影があった。


「あ、あれが神?」


 昔の日本人が着ていそうな古風な衣に身を包み、大事そうに剣を一本抱えて寝ているその肉体は鍛え上げられている。


 風格がありそうなその男を前にしてアメリアは緊張を表に出す。


「そうそう、それもここにはいちゃいけない、けど仕方なく高天原の端に住まわせてもらっているビッグネームさ。ま、ある意味じゃ私が用事がある男神があれだね」


 日本神話で有名な神と言われて、この場にいる誰もがいろいろな名前を思い浮かべる。


 ここにいちゃいけない神というヒントを前にして、のしのしと月狐に乗ったミマモリ神は迷わず進み。


 寝ている一歩手前まで近づいた後は、大きく息を吸い込み。


「起きろぉ!!!!!!!!!!スサノオ!!!!!!!」


 自身よりも格上の神に対して思いっきり大声を上げるのであった。


 その少女神の大きな声に反応して、寝ていた男神はビクッと反応して、うっすらと目を開け。


「なんだぁ?俺の眠りを妨げる怖いもの知らずは」


 大きなあくびを上げて、ゆっくりを体を起こし、その場で胡坐をかいて体を掻き始める。


「なんだとは失礼だね!!私としては役目を果たすためにわざわざ起こしに来たっていうのに」


 下級の神、それも土地神に当たる神が日本神話でも有名な神を相手に一歩も引かない。


 起こしに来たことが役目と言ったミマモリ神をじっとスサノオ神は見つめ。


「ああ、お前、姉上のところの末端か」


 その少女の纏う神気の質に誰の使いかを悟った。


 パシンと膝を一度叩き、合点がいったと男神スサノオは眠気を一気に振り払った。


「となれば、だ」


 そしてその視線はミマモリ神から横にずれ。


「あんたが、異世界の使いってやつか?」


 ケイリィをまっすぐと見据えた。


「そうです」


 その視線の意味を把握していたケイリィはひるまず、前に出た。


「へぇ、うちの縄張りからちょくちょく民をちょろまかしていた世界の人間にしては魂が奇麗だな」


 射殺すほどではないにしろ、何もかも見透かすような視線を浴び、堂々としているケイリィの姿を見て、何かが違うとスサノオ神は悟った。


「ご理解を得られて幸いです。我々は、それを実行した側と敵対している者です」


 魂を見ることができる。

 それならば嘘をつくことは不可能だとケイリィも理解できた。


 なので、まずは自分の立場を説明しようと思った。


「あー、そういう堅苦しいのはいい、俺はそういうのは苦手なんだ。俺がここにいる理由はそこの嬢ちゃんから外の世界で神が必要になるほどの変革があったときの受付みたいなものだ。それ以外は関知しねぇよ。もっとも、ここを襲うような奴がいたらそれの迎撃役も仰せつかっているわけだが、変な気は起こすなよ、めんどくせぇ」


 しかし、それを聞く気がない。

 いや、興味がないと言うべきか。


 耳をほじり、異世界から使者が来たという事実に確かに神が介入する必要があると判断はしたが、自身では対応しないとスサノオ神は宣言する。


 交渉の窓口は別にあるかもとケイリィは思った。

 だが、これ以上高天原に踏み込むことは許さないとも言われてしまった。


「そもそもお前さ、なんでこんなに人間を引き連れているんだよ。ここは神域、高天原だぜ?余計な奴が入ってくると森の奴らも何事かって思うじゃねぇか」


 終いには連絡役のミマモリ神にまで苦言を呈すほどだ。


「なによ、その言い方」


 それに対して、不満がありますと、両脇に手を当ててて不機嫌な顔を隠さずスサノオ神に対してミマモリ神は物申す。


 相手は血筋的に言えば、日本のトップクラスの神の血筋で、会社で言えば本社の社長の息子という立場と言えばわかりやすい。

 対してミマモリ神は地位的に言えば末端も末端、本社の子会社の平社員と言えばいいだろうか。


 立場的に言えば、文字通り天と地のほどの差がある。

 であればなぜここまで強気な態度がとれるか。


 それはスサノオ神が一度高天原を追放されているからだ。


 いわば、スサノオ神は日本神話という会社には属していたが、その枠組みから一回外れている。

 そしてそれは現在進行形で続いているのだ。


「あなたたちもこの人たちを連れてこなかったら信用しないでしょ。大したことがないって言って。そもそもね、こっちの世界とあっちの世界がしっかりと繋がってしまった上に神秘が流れ込んでいるのよ」


 すなわち、今のスサノオ神は立場が非常に微妙である。

 地位はないが血筋が立派というだけで、親のすねをかじり、文字通り高天原の端で自宅警備員ニートを素でやっている。


 過去にヤマタノオロチという怪物を倒したという栄誉も、今では地に堕ち。

 ゆえに、ミマモリ神という土地神にすら働けニートと言われる始末。


「そもそも、民が向こうの世界にさらわれるきっかけを作ったのはあなたが原因じゃない!!お酒に酔って、むしゃくしゃして暴れて、ついで大穴をこさえて。その所為で土地神のあたしたちが尻ぬぐいをしたのを忘れたとは言わせないわよ!!」

「うぐっ」


 終いには責任転嫁という名の問題の棚上げすらしているのだから尊敬という言葉など皆無だ。


 遥か昔の出来事も、神の中ではああそういうことがあったねと言う話ができてしまうからそもそもの時間の感覚の差が大きい。


「……」


 黒歴史というのは神にも存在する。

 それをまじまじと見せつけられ、唖然とする人間側一行。


「あ、あれは俺だけじゃねぇだろ。カグツチやワダツミ、タケミカヅチだってやってるじゃねぇか」


 それでも苦しい言い訳を重ね、どうにか責任転嫁をしようとする雰囲気にケイリィは危機感を抱き始める。


 これでは交渉どころではない。


 いっそのことこっちに注目をあつめ、どうにか話のきっかけを作ろうかと思ったタイミング。


「見苦しいよ、あんた」


 ズバッと醜い争いを一刀両断する声が響いた。


 神同士の言い争いに踏み込む女性の声。


「ああ?」


 神に言われるのならまだ納得ができる。

 だが人であれば容赦しない。


 そういう意志を感じさせるほど、ドスの効いた声でスサノオ神は声の主を見るが。


「げぇ!?」


 その当人である霧香を見て悲鳴を上げるのであった。



 今日の一言

 寝坊したときの絶望感はやばい


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[一言] 霧香の子供も時代って……金太郎か、牛若丸かって感じなのか? スサノオとも何があったのやらねえ。
[一言] スサノオにげぇと言わせる誰かさん笑
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