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田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


「潰される覚悟だと? それより先に貴様を潰してくれるわ!!」


形勢的に見て追い詰められているのは俺だからな、司教の言葉はごもっともと思いながら割と他人事のように受け止める。

と言っても半分は右から左に流しているから、実質聞いていないに等しい。

こんな喚くような声クレームを聞く暇があるなら刻一刻と変わる現状に対処するために思考を割いたほうが有益だからな。

さて、景気よく啖呵を切ったはいいものの現状は多勢に無勢だ。

それを承知で覚悟を決めてピンチに飛び込むというのは思ったよりも度胸がいるものだなと感想を抱くが、どうやら向こうさんはのんびりと考える時間は与えてくれないみたいだ。

一服くらいさせろと願う俺の気持ちなどお構いなしにタバコを吸いながら狸親父を挑発したのをきっかけに兵士たちは一斉に襲いかかってきた。

当然部屋の中は一気に殺伐としたモノになる。

人の対話機能はいったいどこに消えたのやら、容赦という言葉を辞書から破り捨てた兵士たちは各々行動をとる。

ある者は剣を振り下ろし、またある者は避けた俺を追撃するように剣を突き出し、さらによければ動きを封じようと掴みかかられ、しっかりと訓練している成果が見受けられるありとあらゆる方法で襲いかかってくる。

そんな兵士相手にこっちが手加減する謂れはなく、こっちはこっちで武器を使わないだけで手加減もせず容赦なく殴り飛ばし蹴り飛ばし素手で対処していく。

淡々と鈍い打撃音を響かせる部屋の中でもあの狸親父の声はよく聞こえる。


「ええい何をしている!! 相手は一人だぞ!!」


余裕で捌いているこの現状に不満を表す司教は激を飛ばすも、そんな叱責で実力が上がったら苦労はしない。

逆に上がったらそいつはマゾ確定だろうよ。

向かってきた兵士の顎を膝で打ち抜き、崩れ落ちるのを待たず肩に飛び乗りそのままの勢いで窓ガラスを突き破る。


「っと、魔法障壁か」


しかし蹴り破ろうとしたが接触した右足の先に感じた硬い感触、魔法障壁ではじかれる。

それくらいはするかと、少し悩むもあっさりと対処法は出てくる。


「逃がしはせんぞ!!」

「さすがに準備くらいはしてるか……面倒な」


相手の用意した部屋だ罠の一つや二つは用意するか。

こうやって閉じ込める算段を企てるのはやって当然だろう。

ニマニマと狸親父は俺が逃げ出せないのをいいことに兵士の後ろから余裕の表情を見せてくれる。

お約束ならこの後は目的とか根拠とかそこら辺の裏事情を語ってくれる場面だろうかね。


「どうやら当てが外れたようだな、間抜けなやつめ」

「はぁ」


語りたそうな司教に思わずため息が溢れる。

しかしこの司教なぜこんなに余裕でいられるのだろうか、閉じ込める罠を用意するのを当然だと思っているのなら破られることも想定しないといけないだろうに。


「ふん!」

「なぁ!?」


それを分からせるためにため息を吐いて、そこから気合一発。

回し蹴りで窓ではなくて壁を砕いてやれば余裕の表情を引きつらせることぐらいはできる。

その顔に向けて授業料だと伝わるようにドヤ顔一つ残してそこから脱出を図る。

当然そんな顔をして部屋を出れば司教の眉間に青筋ができる。


「何をしている!! 早く追わんか!!」


おお怖、カルシウムが足りてないのかねぇ。

ガシャガシャと騒々しい音を背後に聞きながらスーツ姿で走り回る。

向かう先は出口ではなく、奥の方だ。

行動で言うなら逃走ではなく突撃と言えばいいのか。


「やはりあやつの目的は勇者か!」


おお、あの狸親父は加減しているがよくあの体型で走ってついてこられるな、腹がタプタプ揺れているのは面白い。

動けるデブというのはああいうのを言うのだろうなと関係ないことも考えながら立ちふさがる兵士を薙ぎ倒していく。

傍から見れば光属性の兵士をスーツ姿の男が拳や蹴りを駆使して倒すゲームのような光景だろう。

そして、司教の言葉通りでまぁこっちに向かって走れば、確かに俺の目的は強行突破で勇者に会うことだと予想できるよな。


「それにしても多い」


もう何回目になるかわからないグハと言う声を拳の先で聞きながら道を切り開いていく。

他にも、ここで止めるぞという気合の声を蹴り飛ばし、異端めと切りかかってくる兵士を投げ飛ばし、遠くから魔法使いめがけて殴りかかり道を開いていく。

言葉で言うのは簡単だが、その道のりはまるでリポップしモンスターがいなくなることがないRPGのように次から次へと兵士が立ちはだかる。

それを見れば文句の一つや二つは出てくる。

そして、一対一なら負ける気はしないが数が多いとどうも手間が掛かり体力も削られる。

さてどうしたものかと考えるのに時間はさほどかからなかった。

前回案内された部屋までは目と鼻の先だが、その間には兵士が蟻のように群がり立ちふさがっている。

現実的に俺の実力を考慮すれば突破は可能だろうが非効率だといえる量だ。

ここまで走っている間で吸い終わったタバコをポイ捨てするのはマナー違反だからポケットから取り出した携帯灰皿に入れる。

そんな余裕な態度を見て相手は殺気立つが、俺には関係ない。

逆に剣の軌道がわかりやすくなって助かっているぐらいだ。

そんなこんなで司教の喚き声をBGMに立ち回ること十数分。


「騒ぎの原因は貴様か」

「本命のご登場か」


威厳、そんな言葉が服を着て歩いてくるような男が兵士に道を作らせ姿を現した。


「団長!」

「おお、騎士団長がこられたぞ!」


司教とは違い武闘派なお偉いさんらしいな。

刈り上げられた金髪に、右頬に古傷、鷹のように鋭い眼光に、熊のごとき筋肉で覆われた巨体を備えた御仁は俺を完全に捉えていた。


「貴様がニホンから来た客人か」

「お、話は聞いてくれるんだな。てっきりこんな騒ぎを起こしたから問答無用で切りかかられると思った」

「魔族ではあるまい、話ができるのなら対話をするのが人間だ」


この状況でこんな言葉が出てくるのは大物なのかアホなのか判断に困る。


「そうかい、その対話のできる人間さんはうちの国の子供をさらって返してと言っても返してくれないのだがね?」

「こちらにも事情がある。返還要求に応えることはできない」


なるほど、こいつはアホではない。

それ以上に厄介な理想に殉じる頑固者だ。

ノータイムで返された言葉には納得も理解もできないが信念は伝わってきた。


「それを俺の国に伝えればどうなるか理解しているのか?」

「委細承知している。そして、貴様はそれを伝えることができない」

「何故と聞いても?」


軽く脅迫してみるがビクともしないな。

ああ、コイツは対話をしに来たのではない。

この団長殿も俺を捕らえに来た一人でしかないということか。


「貴様では私に勝てないからだ」

「さて、どうかな?」


スラリと抜かれた剣を見て、相手が一瞬キオ教官の姿に重なって見えた。

咄嗟に動けたのは訓練のたまものか、直感に従いゴウと重音が耳に聞こえるよりも先に俺は全力で後ろに飛んでいた。


「……魔道具か」

「バレるよなぁ」


危なかったと冷や汗を見せないように笑ってみせる。

俺の雰囲気から感じる強さと結果が噛み合わなかった故の言葉だろう。

俺が普段よりも軽くそして力強く動けた理由を的確に理解する観察眼は団長という地位にいることを納得させる。

強がってみせたが確かにこれは今の俺では勝てない。

右手のブレスレットに胸ポケットに備えているタリスマン、他にもいくつか身体強化系の護符といったお守りを備えているが、それがあってようやく勝負になるくらいか。

思ったよりも状況は悪くはない。


「騎士団長! コヤツの目的は騒ぎを起こし勇者をここに呼び寄せることだ!! ワシが援護する。早くこいつを取り押さえるぞ!!」

「……よかろう」


しかし勝敗の天秤はわずかに向こうに傾いてしまったようだ。

相手に回復の援護までついたと来た。

一瞬不満気な視線をしたが、正々堂々よりも合理性を取る気質らしい。


「なんとかするしかないのが辛いところだ」


なんとかなるかと疑問に思うよりも先に何とかすると言う思考に割く。

さすがにこの二人を相手にして素手というのは正直分が悪い。

右手のブレスレットの宝石に触れ魔力を流す。


「ま、やることは変わらんか」


空間からぬるりと生えてくる柄を掴み引き抜けばそこから鉱樹が現れる。


「すぅ、キェイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


鉱樹を構えて気合一発、ビリビリと空気を振動させた猿叫は兵士を一歩ひかせる。

さすがは司教に上り詰めた男か、狸親父は顔をしかめる程度で騎士団長に至っては一切変化がない。


「いい叫びだ」

「そいつは、どうも!」


むしろ怯えるどころかあっさり踏み込んできて鍔迫り合いに持ち込まれた。

こっちは両手に対して相手は片手、なんていう力をしているんだ。

それでも勝負に持ち込める。

一回引いて隙間を作り、薙ぎ払うが剣に受け止められ硬い感触しか伝わらない。

鉱樹が火花を散らし、身を削り一合一合を打ち合う。

一箇所で打ち合わず縦横無尽、あらゆる足場を利用し機動戦に持ち込む。


「……」

「アアアアアアアアアアアアア!!」


足りない実力を気合で補おうとする俺に対して、相手は静かに剣を振るう。

スキル、斬撃を使い刃を飛ばしても躱すか打ち払われる。

時には司教の防御が間に入る。

そこから予想できるのは、教官みたいに生身で受け止めるほど防御力があるというわけではない。

当たればきっちりとダメージは通るということだ。

剣術ではありえない破砕音を響かせながら俺たちは戦う。

時には壁を崩し、兵士を巻き込み、大きな音を立てる。

俺はここにいる。

早く来いと伝えるように騒ぎ立てる。


「危ねぇな!」

「……」


その間も相手の攻撃は頬をかすり、肩をかすり、脚を切られる。

ダメージは確実に蓄積し、疲労はたまり、集中力が乱れる。


「ハァァァァァァ!!」


そのたび気合で持ち直し、緩んだ力を入れ直す。

打ち合いは何十を簡単に超え、悠々と何百をも超え、駆け足で何千の領域に踏み入ろうともこの男を切り崩せない。

むしろそれを維持するので体力を持っていかれている。

一定ラインを越えさせない団長の動きとそれをサポートする司教の動きに勝機が見えない。


「なぜ貴様は笑うことができる?」

「さてな!!」


それでも俺の口元は笑っていた。

強敵だ、勝てない、段々と体力を削られている。

負ける要素が積み重なっている現状、それでも笑みを絶やすことはない。


「強いて言うなら、楽しいからだろうよ!!」

「戦いを楽しむか、くだらん」

「悪いな!! 師匠の影響が強すぎてな!!」


ピンチの時こそ笑え。

相手につけ込まれる隙をなくせ。

気持ちで負けていては勝てる勝負も負けてしまう。

だから強がって笑え、その教えを実践しているからこそ、こうやってピンチであっても諦めず笑っていられる。

吹っ飛ばされても、気合で転ばず立て直し反撃につなげることができる。

鉱樹を振るう速度は一回目よりも二回目の方が、十回目よりも百回目の方が速くなる。

そんな気持ちで振るえば前よりも速く振るうことができた。


「っ!」

「初ヒットぉ!!」


その結果当てたのは鉱樹ではないが、確かな感触が足の裏に伝わる。

格上相手に僅かではあるが結果を出せた。

空中での交差、そのまま着地すれば、最初の応接室から廊下、そして飛び回り駆け回り、着いた先は中庭だ。



「はぁはぁ、随分と遠くまで離されたな」

「……」


目的地へはだいぶ離されてしまった。

しかもこっちは肩で息をして、向こうは汗こそ流しているが呼吸は乱れていない。

むしろ援護をしていた司教の方が息が荒いのはおかしいが、目の前で切り結んだ相手との体力差は歴然だろう。

俺たちが戦い始めて時間にして体感で三十分ほどか。


「無駄なあがきを、さっさと諦めればいいものを」

「普通に考えて死ぬとわかっていて、変な利用方法をされるとわかっていて諦める気持ちの方が俺は分からないがな」

「世界の平和のための礎になれるのだ、なぜその貴さを理解できん」

「それこそ知るか、自分の国ならわかるが、ここは異世界、今まで知らなかった国のために命を捧げろってどんなマゾでもやらねぇよ」


なぜここまで抗うと戦闘中に始めて団長は口を開く。

鉱樹を肩にのせ、団長の言葉を鼻で笑ってやる。

世界平和、大勢の人間が掲げ今目の前の男にとっては宝よりも価値のある理想も俺の中では駄菓子のおまけよりも価値が低くなる。

世界平和? そんなの知るか、俺の平和は目の見える範囲の平和だ。

それが守られていればそれでいいんだよ。

人が聞けば身勝手と言える俺の言い分だ。


「……そうか」


理解はしあえない。

最初からわかりきっていたことだ。

再び構える団長に対して、人生最後になるかもしれないタバコを取り出し口に咥え火を点ける。


「覚悟はできたか」

「生きる覚悟はな、死ぬ覚悟はあいにくと持ち合わせてねぇよ」


このまま行けばジリ貧で負けるのは目に見えている。

だが、時間は何も俺だけの敵ではない。

勝機はそこにある。

再び切り結ぼうとしたその瞬間だった。


「ん?」


正面から結んでいた視線が互いに一瞬足元に向かった。

さっきは感じなかった莫大な魔力、地中の奥底からまるで噴火しそうな火山のように一瞬の溜めのあとそれは爆発した。

それを感じ取ったからだ。

互いに後ろに跳んだのは必然といえよう。

あと数秒その場にいたら互いに巻き込まれただろう知覚外からの攻撃だ。

おまけにその威力は


「おいおい、空の雲が割れたぞ」


ゲームに出てくるドラゴンの一撃を彷彿とさせた。

予定外の攻撃、こんな無謀な攻撃をしてくるのはどこのどいつだと空から空いた穴に視線が向かったのは自然と言える。

そして、タイミングが良かったのかその攻撃をした張本人が出てきた。


「アメリア? 何やってるんだ?」

「あ、ジロウさん!」


現実というのは時に残酷になる。

まさか味方のフレンドリーファイアに巻き込まれそうになったというのはすぐにわかった。

アメリアは囚われの身となっていたはずだ。

そして地下に幽閉されている可能性があるとはギルドマスターに聞いていた。

加えてあんな砲撃のあとにアメリアだけがこの巨大な穴から出てきたとなれば、後は子供でもわかる推理ができるわけだ。

アメリアはそんな俺の心情を知らず、ボロボロの俺を見た後、キョロキョロと周りを見回す。


「えっと、私、グッドタイミング?」

「バッドタイミングだ!アホ娘」


こんな形で援軍に来る奴がいるかと怒鳴り散らしたい気分であった。


田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言

待つというのは忍耐がいるが、時にはそれが必要になる時がある。


今回は以上となります。

これからも本作をよろしくお願いいたします!


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