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72 トラブルは早急に対処を

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



行動は迅速に取らねばならないが、考え無しに動いてはいけない。

与えられた情報から最適な行動を取るべく、思考とは別に体は用意されていた魔道具を素早く身に着け、出かける準備を次々に終わらせていく。

そして反対に脳内では現状を整理し今後の行動を決めていく。

まったく、この出張は本当にロクな出来事が起きない。

楽しめたのはメモリアとの喫茶店デートくらいだ。

今回の件もそうだ。

神造武器、RPGとかなら序盤で名前が出て終盤に手に入る代物だ。

神の名を冠するそれを作ろうとするなら確かにそれ相応の材料がいるだろう。

だが、わざわざ異世界の住人を巻き込むなと声高々に言いたい。

バレなければいいなんて思っているのだろうか。

それだったらこれを企画したやつめがけて全力で殴りに行きたい。

しかし自分で首を突っ込んでおいてなんだが、ここまで話がこじれているとは思わなかった。

最初はなんだかんだ言ってトラブルはあるがどうにかなると踏んでいたが、箱を開けて中身が確認できた途端にこの国の計画は止まることはできず既に交渉は無理だと語ってくれた。

振り返ればなんとも無駄なことをしたのか、生徒の返還を国として持ちかけても暖簾に腕押しと言わんばかりに時間を稼がれ、その間に相手の思惑は進む。

日本が敵に回っても、その武器があれば問題ないと言わんばかりの大胆さだ。

実際その武器がどれほどの威力かは皆目見当がつかないが、この戦争の行く末を決める程度の影響力はあるだろう。

俺もこんななりだが、勇者には一歩劣るがそれなり以上の魔力は持っているわけだしな。

武器の材料候補というわけだ。

俺が何も考えなしに交渉の場に向かえばまさにカモ魔力ネギ鉱樹ナベを持って現れる美味しい展開というわけだ。

顔剥ぎという騙す手段も用意しているわけだから強攻策も選択肢にはきっちり入るだろうな。

穏便に済ませるための分水嶺が過ぎてしまったと思い知らされる。

もし仮に勇者を返還し穏便に済ませるつもりなら武器の製造を止めるなり、何らかの措置が施されるはずだ。

だが、それに反してアメリアは捕まり、表から消えた。


「まぁ、なんとなるか」


嫌な流れだと悲観するくらいなら前向きにいこうか。

言葉は気楽に、されど頭の中ではソロバンを弾くがごとく計算して計画を取捨選択していく。

そんなことをしながらもカツカツと革靴が石畳を叩き、朝市の通りに響かせる。

さて、まずは最初の一手を打とうではないか。


「へいらっしゃい、いつもの赤いのかい?」

「いや今日はそんな気分ではないんだよ、黄色くて酸っぱいのを頼む」

「お、兄ちゃんも通だね」

「今日はそんな気分なんだ、目を覚ますにはこれがいいと聞いてな」

「ちげぇねぇ、さて何個だい?」

「全部と言いたいが、さすがに食いきれない。二個もらおうか」

「あいよ、銅貨で三枚だ。そうだ今日は午後から新しいやつも入るんだよ。よかったら兄ちゃん買いに来てくれ」

「ああ、寄らせてもらうよ」


朝市に並ぶどこにでもありそうな果物屋台、そこで立ち止まり陳列している品物を覗けば店員は何を求めているかわかるかのように一つりんごのような果物を差し出してくる。

なんの変哲もないこの屋台は魔王軍に所属する連絡員が経営している店だ。

何も魔族だけが魔王軍に属しているわけじゃない。

全体から見れば少ないが、それでもバースみたいな人間が少なくない人数で魔王軍に所属し存在している。

そして木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中だ。

その人間の大半は戦力というより諜報員だ。

中には例外もいるが大半は敵地に潜入している。

それが本拠地となればその街に人員の一人や二人は侵入させていない方がおかしい。

まぁ、こうやって顔なじみみたいな会話をしているが、会って話すのはこれで二度目、バースから渡された符号で俺の顔を知らせた時が一回目、そして今回の行動を示すので二回目だ。

この会話もただ会話をしているのではない。

赤い果物は通常通り、待機命令。

そんな気分ではないというのは行動変更指令だ。

黄色くて酸っぱいというのはあらかじめ決めていた行動の一つだ。

他に赤と緑の符号がある。

赤は襲撃、緑は撤退、そして黄色は誘拐だ。

店員側の通という言葉は計画通りかを確認し、気分という言葉で肯定する。

目を覚ますというのは勇者に祭り上げられている生徒を指し、その次の何個というのは何人さらうかという言葉だ。

それに対して全部と俺は答えたのはもちろん全員という意味だ。

食いきれないという意味はそれが不可能であれば可能な限りでいいという指示、組織の情報を晒すほどの行動価値は今のところはない。

そして最後の新しい果物というのは援軍という意味だ。

今朝のねずみは連絡員のもとにつきメモリアに行動指示が届いたということだ。

それを確認した俺は渡された果物片手に朝市の通りをそのまま教会に向けて歩き出す。


「目が覚めるなぁ」


レモンよりも若干甘みのある果物を歩きながら皮を剥き食べる。

正直一個食べれば目も覚めるし満足もする。

なのでもう一個は食べる気はしない、というよりも食べる用ではない。


「坊主やるよ」

「いいの?」

「ああ、思ったよりも目が覚めちまってな」

「うん! ありがとう」


どうするかと思案するような仕草を見せてまるで偶然見つけたように道端にいた浮浪児にその果物を渡す。

その時さりげなく紙を一枚手に握らせ子供を路地裏に走らせる。


「二人か」


完全に監視の目を離せるとは思わなかったが思ったよりも成果は出ない。

一人は坊主の追跡、もう一人は連絡しに行ったか。

まぁ、結果的にはかく乱に食いついてくれたと見るべきだな。

逐一見られている身としては少しでも行動の制限を外したい。

さっきの坊主も連絡員が用意したかく乱用の人員だ。

もちろん危険がないように撒ける準備は何重も施しての行動だ。

そしてこれで俺がなんらかの情報を渡そうとしたのが向こうに伝わる。


「次はと」


教会に着くまでにもう二つ三つは手を打っておきたい。

サラリーマンから一転してまるでスパイ映画みたいだなと苦笑をひとつこぼして、符号情報を頭に叩き込むのに苦労したと思いながら、普通に店での買い物を挟みながら次から次へと手を打っていく。

その間に後ろの監視員たちはひっきりなしに人員を変えていく。

大変だろうなと思いつつも、俺は最後にチラリと道端に座り込む物乞いに視線を向ける。

壁に寄りかかり何もしようとせず、ただ首にお金をくださいと書かれた板をぶら下げるだけの存在だ。


「白ね、了解だ」


その首にかかっている紐の色を確認して誰にも聞かれないようにつぶやき街の中での行動の準備が完了したというのを理解する。

なにも只々無駄に宿屋で待っていただけではない。

何かあった時に動けるように下準備はしておいた。

だからこそこういった迅速な行動ができる。

これで打てる手は打った。

緩めていたネクタイをキュッと締め直し、寄り道をやめて教会に向かう。

元から教会の近くに行けるようにはしていたからそこまで時間はかからない。

五分も歩けば広場が見えもう五分歩けば聖堂への入口につくことができる。


「どうも、司教いや、司祭殿はいますか?」

「あなたは」


聖堂なのに気持ちは魔王城に入り込む気分だよ。

さしずめこれから話しかけるのは魔王の尖兵ってか?

冗談交じりな気持ちを口に出さないように注意し入口に佇む兵に声をかければ通達が来ているのだろう。

一瞬兵の目が鋭くなったのは見逃さないが、何事もなくそのまましばしお待ちをと定型句を述べて兵は確認に行った。

今度はさほど待たされることもなくその兵に先導されて通された。


「そちらからお出でになるとは、何かありましたかな?」

「お忙しいなかすみません、いえ、なにせ待てど連絡が来なかったので進捗はいかがかなと。それと少し不穏な話を聞きましてその確認をしにきました」

「いやはやこちらとしてもお待たせするのは心苦しい。ですが国家を動かす大事な話ですのでそうそうに結論は出ません。そこらへんはご了承頂きたい。さてジロウ殿が言う不穏ですか、それはなんですかな?」


そしてこの狸親父は相変わらずだな。

前も通された部屋に同じように司祭を伴って司教は現れた。

遠まわしにさっさと勇者を返せと言っても、こちらにも準備があると明言を避けてくる。

これは予想の範囲内、おそらくだが前みたいに勇者に会わせろと言っても日程を合わせるといって躱されるだろう。

そう思うと結果論になるが、あの時の交渉の中断は悪手ではないにしろ、最良とは言い難いものだ。

賽の目も中途半端な目が出たものだ。

それがわずかでも良い目なら良かったが、結果は悪い方に転がっている。


「ええ、こちらでも事前に世界を渡るときそれなりに情報を集めまして、そこでちらりと耳にしたのですが」


その流れを断ち切らなければならない。

前置きは時間の無駄だ。

さっさと話を切り出す。


「お聞かせ願いますかな、戦争の火蓋が切られる直前のこの世の中で鉱樹をどのように使うかを」

「……どこでその話を?」


司教の雰囲気が変わった。

誰の入れ知恵か、あるいは情報のソースはどこかと聞かれるのは当然の反応だ。

まずは藪をつついてみたが、ガサリと薮が揺れるだけで何かがいるということしかわからない。

そこにいるのは狸か蛇かあるいはもっと凶悪なものか。


「さて、私とあなたの仲はそれを教えるほどではないのでは?」

「ははは、でしたら私もその話は国家機密ゆえにお教えできませんな」

「そうですね、国家機密なら仕方ありませんね」

「ええ、申し訳ない」


何が出てくるかわからない中でとりあえず否定の言葉は出てこなかった。

まぁ、俺の背後で国が動いていると思われているのだ。

裏をとってからの発言だろうと思われたのかもしれない。


「ええ、仕方ないですよね……ですが、普段なら分かりましたとその話で済ませるんですがね。あいにくと今回はそうはいきません」

「……しかし、私の口からは言えるものはありませんよ?」


今回は蛇のようにしつこく行かせてもらう。


「そうですか、では私はこう切り出しましょう。実は私も鉱樹を持っていると」


司教はその言葉に何の変化を見せない。

だけどな、時に変化を見せないというのも雄弁な言葉になり得るものなんだよ。

司教あんたは黙るのはいいがもう少し目の色に気を使ったほうがいい。

黙るということは否定でも肯定でもない。

だけど言葉で曖昧にしても目の雰囲気が語ってくれる。

俺の推測は正解だと。


「鉱樹にはいくつかの特性があります。一つ魔力を得ることで成長する。二つ武器として扱えば武器として成長していく」


指を一本ずつ増やしてカウントするたびに司教の目に力がこもる。


「そして鉱樹は成長するにあたって鈍らか名剣になるかはわからない。その育て方は未だ解明されていないと言われている。だけど、例外が存在する。司教、あなたならその例外を知っているのでは?」


もはやこの部屋の空気は不穏一色。

知っているかと確認を取っているが俺の中では断定している。


「三つ目、鉱樹に高密度の魔力を与えれば強力な武器を作ることができる。勇者と鉱樹が揃いましたな。さて、私が言いたいことはお分かりいただけましたかな?」


口を開く隙を与えず一気にまくし立てる。

否定の言葉を紡がせない。


「もう一度聞きます。ここの『地下』で鉱樹を使って何をなさっているので?」


俺はこの言葉を言った瞬間に何かのスイッチを押したと錯覚した。

バタンと荒々しく扉が開かれ騎士が入ってくる。

やはりかとこの結果を想定し求めていたが、いざこうなるとさすがに緊張してくる。

元サラリーマンがなんでこんなことをしているんだと思うも、この緊張感を楽しいと思えている時点でこの業界に染まったなと思った。


「一応聞きますが、この行動の意味することは理解していますか?」

「当然だ」

「そうですか」


自信満々に異世界とは言え未知の国と敵対したというのにこの自信はいったいなんなのやら。

懐に手を伸ばすと騎士が反応する。


「タバコだよ」


そんなものを気にせず出した箱から一本取り出しライターで火を点ける。

何を呑気にしているんだと思われる行動だ。


「先程の言葉を返そう。その行動が何を意味しているか理解しているかな?」

「ああ、わかってるさ。どうせお前の頭の中の算段で俺は顔剥ぎの材料にされて、入れ替わった後は適当な情報を流してあわよくば国交を結ぶってところだろうな」

「やはり貴様は危険だ。捕えろ!」

「一服くらいさせろって」


図星か。

これがクイズの正解だったら多少の喜びもあるだろうが、あいにくと国家の情報を掴んでしまったらこんなにも厄介だというのを身にしみて体験している俺にとっては嬉しさなど欠片もない。

そんな思考に対して何を今更と思っている中でも騎士が俺を捕らえようと動き出している。

捕まれば目の前の司教の思惑通り俺の身代わりが一人完成するわけだ。

そこで俺が魔王軍とつながりを持っているというのが露呈する。

うわ、失敗したら監督官に殺されるな。

失敗はするつもりはないがな。


「なぁ、司教さん」


タバコを咥えながらとりあえず騎士を殴り飛ばす。

教官たちと比べれば圧倒的に遅い動きは余裕を持って捌ききれる程度の強さでしかない。

さんざん挑発して、ようやく手を出してくれたか。

さてと、ここからが正念場か。

さっさと終わらせて日本に帰りたいところだ。


「潰される覚悟はできたか?」


そのためにまずはこの計画の根幹をへし折るとするか。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



今日の一言

トラブル対処は遅れれば遅れるほど悪化する(体験談)


今回は以上となります。

ようやく入れた戦闘パート、これから一気に展開していきます。

これからも本作をよろしくお願いします。


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