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71 仕事でやばいことが見つかるときは本当に・・・・ヤバイ


田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



「まさかあなたのような人が来るとは思いませんでしたよ」


朝早く目覚めたから、せめて頭を覚まそうとこちらの世界で言う紅茶らしきものをすすり待つこと一時間、まるで測ったようにその男は現れた。

最初は違うと思ったが、すっと俺の脇を通り過ぎる時に待たせたなと声をかけ役職を名乗った。

俺が今座っているのは食堂の端の席だ。

そしてその隣りの席でちょうど少しだけ視線をずらせば互の顔が見えるような位置取りで待ち合わせの人物は座り込む。

さっきの声掛けは気のせいだと思わせるように自然に腰から抜いたナイフを磨きはじめた。

日本でやれば非常識以前に逮捕事案であるが、こっちでは食前だろうが食後だろうが暇を潰すように武器の手入れをするのは当然の光景だ。


「ギルドマスター」

「今回はワシが来ないとまずいものじゃからな。仕方ない処置だよ」


役職名を聞いた俺は少し面くらっていた。

まさかの大物トップ自らのお出ましだった。

互いに一瞬だけ視線を交わしたあとは、空になったお茶の代わりに俺はタバコを吸い、未だ衰えを見せない逞しい初老の男性はナイフを磨く。

その姿は遠くから見れば会話をしているようには見えない。

こんな堂々と裏の会話をする日が来るとは思わなかったが、考えようによってはこうやって堂々と会話をしたほうが怪しまれないのかもしれない。

俺は強化された聴力を利用して、相手の裏ギルドのマスターはその身に宿した技術を使い互いに見向きもせず小声で会話をする。

さらに俺の座っている位置は外からでは俺がしゃべっているかわからないし、俺は本当に聞き取れるかわからないような声量で話している。

ギルドマスターは入口の方から見えるにもかかわらずナイフや仕草を利用して俺以外に見せず聞かせず会話を成立させる。


「手短にしたほうがよさそうですね、正直あなたが来たということで良い予感は欠片もしませんが」

「その勘は大事にしたほうがいい、いい話は一つもない」


俺は吸い込んだ煙がマズイかのように顔をしかめる。

悪いと聞いて喜ぶやつは頭のネジが一本二本ではすまない量の本数がとんだ奴らだろう。


「主も聞いての通り偽りの勇者、あれを作ってみせる禁呪は顔剥ぎという、我々ウラの中でも禁呪に値する魔法だ。当然国が使っているのが表に流れたらトップの首がすげ変わるほどの代物だな」

「顔剥ぎ?」


何やら物騒な話が出てきた。


「そうだ。そもそも他人に化けるという術は高度な魔法に分類される。仕草、口調、癖、記憶、人間というのは訓練していてもその人物特有の動きが出る。その全てを真似し、違和感を無くすとなれば並大抵の術ではない。だが、他人という存在になれる術はどの国からでも大金を払う価値があるほどの術だ」


人間というのは必要なら作る。

さらに作った物をいろいろな用途で使う。

要は核のようなものか、その威力は非常に危険だが需要はあるってことだ。

エネルギー源然り、兵器然りということだ。

俺は黙ってタバコを吸いながら話を聞く。


「そして遥古の時代に生まれた術が『顔剥ぎ』だ。それは他人の魔力と魂を使いその他人になり変わる。姿はもちろん仕草、癖、好み、そして記憶もだ。使い道は言わずとも様々だ」

「ならそれを使われ成り代わったやつは」


使い道に関しては考えるだけ無駄だろう。

重要なのは身内が気づけば敵になっている。

ただその一点だけだ。

それだけでもぞっとする話だがな。

そして、このじいさんの話から察すれば何人かの生徒は死んでいる可能性すらある。

それもクラスメイトに気づかれることもなく。


「いや生きている。この術にも欠点がある。術を維持するために定期的に対象から魂を搾取しないといけない。だから対象となっている勇者は生きているはずだ」

「そうですか」


それなら一安心と言える。

だが、それならひとつ疑問が浮かぶ。

何故わざわざ、そんな危険な術を身内の中で使う?

話の内容から考えるとこの術は勇者が召喚された途端に使われていたと見るべきだ。

それなら事前に準備していたということになる。

何故?


「だが、安心もできるわけではない。アンデッドの持ち帰った情報の中に大規模な魔道具らしき情報があった。それが解せない」

「? その術を使うための魔道具ではないのですか?」

「顔剥ぎ自体にそこまで大規模な魔道具は必要じゃない。装飾品程度のサイズの魔道具があればいい。だから危険だとも言えるのだが、今はいい。本題はここからだ」


ギルドマスターの引っかかっている部分は、根っこは違えど向かっている先は同じだと俺の勘が言っている。

そもそも、こんな話だけを伝えに来るなら朝の伝言役に任せればいいだけの話だ。


「ワシたちでも全容を掴んでいるわけではないが、それでも今まで情報を集めてきた。その中で一つ気になる情報があってな」


裏ギルドが気にするほどの情報となれば、かなりのものだろう。

表情は互いに変えないが緊張感が増してくる。


「二ヶ月前に鉱樹が大量に神殿内に運び込まれた。他にも通常では考えられない人数の魔導師も召集されている。ワシはこれが今回の件に関係しているんじゃないかと踏んでいる」

「鉱樹と魔道士……」


その二つの名前を聞いていよいよこれは本当に勇者召喚は突発的な行動でなく計画的な可能性がある。

鉱樹は珍しい部類の代物だ。

そんなものをそれなりの数を準備するとなれば時間が必要になる。

これはどこか見落としがあるな。

どこか思い込んでいる部分がある。

そう思って、俺はこの戦争の成り立ちをさかのぼって見落としがないか深く考え込む。

そして吸わずにいたタバコが灰になる頃


「まさか」


一つの点を発想を変えたら一本の道が見えた。

ぼんやりとだがこの国が考えている計画の輪郭が今はっきりと俺の中で形になった。


「何か心当たりがあるんだな」

「……心当たりというよりはまさかという予測だ」

「もともとワシが来たのはワシたちにない情報をあんたから仕入れるためだ。根拠がなくてもいい。情報があるならくれ」


ギルドマスターの声質に重みが増した。

だが、俺はそれが気にならないほど嫌な方程式が頭の中で組みあがっていた。

これは偶然か?

いや神がいるというなら運命と言い換えることができるかもしれない。


「俺たちは、そもそも前提を間違えていたのかもしれない」

「何?」


その嫌な方程式の答え合わせを始める。

ケアレスミスと言える前提条件のミスから始まったのかもしれない。


「俺たちはこの戦争を帝国が原因で始まったと聞いた。もしかしたらそれが逆なのかもしれない」

「それはない、帝国で魔王の遺骸を使ったゴーレムが完成したからこの国も戦争するという流れだった。ワシも組織の人間に調べさせて確認を取らせた」

「すまん、言い方を間違えた。帝国も戦争はするつもりだった。だが順番が逆になったんじゃないか?」

「……どういうことだ?」


今の戦争の流れは、帝国が魔王の遺骸を使ったゴーレムを完成させた、それが危険だからそれを迎撃するために二国で連合を組み勇者を召喚した。

だけど、それは逆なのでは?

二国の間で勇者を召喚することがあらかじめ決まり、帝国を攻める流れがあったのなら?


「思い返せば今回の勇者召喚は不自然な部分が多い。そもそもゴーレム一体に対して、何故わざわざ育成する手間をかけてまで勇者を大量に召喚する必要がある。五人までならまだしも十人以上召喚するメリットがあるとは思えない。そもそもそんな大規模な儀式を急造で用意したのにもかかわらず被害らしい被害を聞かない」


入念に準備をしても仕事にはミスがでる。

急いで仕事をすれば必ずというほどミスが出る。

なのに急遽勇者を召喚した流れにもかかわらず、被害が何もない。

無理やり大勢の人間を異世界から引っ張ってきたのにもかかわらずだ。

そして攻め込まれているという環境で人を育てるというのがどれだけ大変か、第二次世界大戦で攻め込まれていた日本の歴史からもよくわかる。

そんな状況をただ戦力が増えるという理由で国が了承するか?

文化も常識も違う人間を大勢抱え込むデメリットを許容するか?

情報に踊らされた。

最初の情報で察するべきだった。

俺の中で勇者イコール正義という概念がその発想を曇らせていた。


「たしかに」

「さらに言えば、何も考えなしに魔王の封印されている結界を国が解除するのもおかしい。何か対策があったんだ。でなければ封印を解除されてから魔王の噂が欠片も出てこないなんておかしい。倒された噂も出てこない。ならどこかに彷徨っているにしてはなんの被害もない、もしくは封印の中で消滅した可能性は確かにある。だが、そんなのは甘い考えだった」


初代魔王の魂なんて俺の中では他人事だった。

渡された書類が一見重要じゃないのに実は重要でしたと気づいた時のような感覚だ。

魔王の魂にも役割があったんだ。


「魔王の魂自体も計画の一つだったんだよ」

「見えない、お前には何が見えたんだ?」


俺が鉱樹を使っているがゆえにわかる情報がそれに気づかせてくれた。

そして、勇者とそれを保護する立場の司教と会話できたことがこの発想に行き着かせた。

一向に話の見えないギルドマスターは俺に怪訝な表情を見せる。


「禁忌ってのは一回犯しちまえば二度目はあっさり使えるもんなんだ。それが人間の禁忌ではなく『ドワーフ』の禁忌なら尚のこと人間には関係ない」

「……」


鉱樹、それは使用者の魔力を糧として成長する樹木のような金属だ。

本来は植物のように大地に根を張り魔力を地面から吸い上げその身を上質な金属に変える。

しかしその反面、武器として扱えば武器のように形状を変化させる。

その武器としての質は大半が鈍らと化すが、時々数千分の一の確率で名剣になる。

これは俺が鉱樹を買ったときに聞いた話だ。

だが、この話には実は続きがある。

鉱樹の成長に裏技がないわけではないのだ。

鉱樹を買って幾日か過ぎた日に俺は武器屋のハンズからその話を聞いた。

これはドワーフはもちろん、ゲテモノを作るジャイアントの中でも、いや武器職人の禁忌中の禁忌だと。


「この国は勇者を使って神剣、いや、神の武器を創るつもりだ」


ギルドマスターはドワーフという単語が出てきた段階で黙ってしまったが、俺はそのまま嫌な方程式の答えを言った。

鉱樹にとって上質な魔力と魂は何物にも代えられない最高の糧だ。

その性質を使った。

勇者の生命を生贄に捧げた鉱樹の武器化は、勇者の能力をその武器そのものに与える。

しかしたとえ鉱樹の性質でも魔力は吸えても魂は吸えない。

だが封印されていた魔王の魂がそれを可能にする。

魔王と勇者は同等だ。

そんな魔王の魂は勇者の武器化という加工段階で、唯一の鬼門となる勇者の魂加工で研磨石の役割を担う。

そうして作り上げられた鉱樹は、勇者のスキルに勇者が内包していた魔力そしてステータスを使用者に与える、まさに神が人間に与えた武器のような代物になる。


「根拠はあるのか?」

「俺自身鉱樹を持っている。それにこの話はそれが可能だと知っている人物から聞いた話だ。信憑性は高い。何よりそっちの情報が裏付けになっていますね」

「普通に話せ、そっちが素だろう……しかし、なるほど合点がいった」

「それなら良かったよ」


いやな予感のせいで普通の口調だったのに気づいて丁寧な口調に戻そうとしたが苦笑一つで止められる。

そして俺の答えを聞いたギルドマスターの言葉は簡素だった。

俺もとぎれとぎれだった内容が繋がった。

何故司教は責められ続けた勇者である鈴木少年をかばわなかったのか。

そもそも庇う必要などなかった。

勇者を辞めると言えば顔剥ぎで入れ替え時間を稼ぎ、その隙に勇者よりも都合のいい神の武器を作るのだから。

勇者を鍛えていたのは少しでも上質な武器を作るため、戦争で役に立つかわからない子供よりも頼りになる武器を選んだわけだ。


「となると、お前の登場は連中にとってはかなり予想外ということか」

「だろうな、過去をひも解いても勇者を迎えにきた存在などいないだろうからな」


連合にとってすべては順調だった。

そこに俺という予想を外れる存在が紛れ込んでしまった。

連中にとっては大慌てということか。


「ちなみに、過去もこんな話になったというのはあるか?」

「……この話から気づいたというのが正しいが、ワシの記憶でいくつかの童話の中で勇者が伝説の武器を残し去っていったという感じで締めくくる話がいくつかある」



それはなんとも言い難い話だ。

確実にそうだとは言えないが、俺の中でこの予想を否定できない確率まで引き上げるには十分な話だ。

どうやら本当に時間はないようだ。


「行くのか?」

「ああ、あそこに知り合いがいる。それに見ず知らずとはいえ子供が武器になるという結末は寝覚めが悪い」

「まだ、確信だとは言えないぞ?」

「情報を集めていて手遅れでしたって悲劇の勇者になれと?」


そんなのはごめんだ。

初志貫徹、毒を食らわば皿まで、ここまで来たのなら最後まで行こうではないか。


「そうか、バックアップくらいはしてやる」

「そうしてくれると助かるよ」


今度は丸腰ではいけないだろうな。

今日の予定が決まった俺はタバコの火を消し、ギルドマスターをその場に残し席を立って部屋に戻った。

嫌な予感はよく当たるが、こういう予感は是非とも外れてほしいものだ。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言

手遅れになる前に巻き返すか。


今回は以上となります。

やっぱり主人公の方が動かしやすいと思った今回になります。

ここから主人公視点になりますがもう一、二話ほどアメリアの視点をはさんでいく予定です。

これからも本作をよろしくお願いします。

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