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69 雪崩込む仕事に対して人はパニックを起こす


アメリア・宮川 十六歳 

職業 高校生

魔力適性八(将軍クラス)

役職 勇者



「ほ、本当に大丈夫?」

『ふむ、魔力、術式、威力ともに申し分ないと思うよ? それに』


空気が濃い。

私の肌で感じ取れるほど濃密な魔力濃度は湿度の高い部屋にいるようにネットリとそれを感じさせる。


『君を縛るものも無くなった。あとは行動を起こすのみだと私は思うよ』

「こんな方法で解決できるとは普通は思わないヨ」


私の足を拘束していた鎖はこの謎の声、マイクの方法によってあっさりとその役割を終えた。

無残に飛び散った金属の破片は、ついさっきまで鎖だった物だ。

本来だったら一定の方向しか流れない道を逆走させて負荷をかける。

そうすれば壊れるのは当たり前で、目論見通りに体の自由を取り戻すことができた。

やったことに対して私にも負担が掛かるはずだったんだけど、それはマイクの術式が軽減し少し疲れる程度に収めてくれる。

そして吸い取った魔力は塊にして扉にぶつけて散った結果、私の周りに漂っている。

今の私は火薬を辺りに撒き散らせ、それに火をくべようとしている。

ドキドキが止まらないなんてものじゃない。

さっきから喉が渇いて仕方がない。

はしたないかもしれないけどさっきから何度も喉を鳴らしてしまう。


『さて、あとは脱出してからの話だ。道は頭に入っているね?』

「うん、大丈夫」

『そこまで緊張する必要はない。いざとなれば天井めがけて魔法を発動して脱出すればいい』

「マイクって繊細だけど大雑把ダヨネ」

『その言葉は矛盾しているとアミーは気づいているのかな? 言っている意味はわかるから答えるが、時には力技も合理的になる。私はそれを知っているだけのこと、なぜ知っているか誰から教わったかまではわからないけどね』


必要だからやるとマイクは言う。

そういうものかなと私は思う。

実際こんな状況になって何をすればいいか私にはわからなかった。


「う~ん、火炎瓶を投げる気持ちってこんな感じなのかな」

『その気持ちは私には察せないけど、覚悟は早めに決めたほうがいいよ?』

「なんで?」

『何やら仰々しそうな集団が君のいる場所に向けて迫ってきているからね』

「え?」

『具体的に言えば、あと三分ほどで到着するよ』

「もっと早く言ってヨ!!」

『あ、しっかり障壁を張らないと』

「点火!」


実際に状況に流されて、急がなきゃと思った私はさっきまでの戸惑いはなくなって慌てて魔法陣を展開して、充満していた魔力に点火してしまった。

この時私は思ったよ。

爆発ってドカンって音がするって思ってたけど、すぐ傍で聞くとゴって一瞬なんだね。

使った魔法はそんな大したものじゃなかったはずなんだけど


『危ないよって言う前に君は何をしているんだい?』

「……イタイ」

『当たり前だね、術式に指向性を持たせていたから直接の被害はなかったけど衝撃は別だよ』


部屋に漂っていた魔力量が多すぎたせいで大魔法に早変わりしてしまった。

魔法陣が盾になっていなければ私はいったいどうなっていたのだろう。

強大な魔力の爆発を受けたおかげで魔法陣ごと後ろにめがけて飛ばされた。

おかげでぶつけた背中が痛い。

だけど


『うん、見事に穴が空いたね』

「ウワ~」


その甲斐あって頑丈な扉は金具ごと吹っ飛び、その周囲の壁は爆発の余波を語るように抉れている。


『うん、私が提案して安全がある程度確立していたけど、密閉空間で大魔法を使うのは危険って言葉はこういうことをさせないためにあるのだろうね』

「私、もう狭いところで大きい魔法使わないヨ」

『場合によるかもしれないけど、それが賢明だね。それと、あまり悠長にしている時間はなさそうだよ。さっきの爆発で色々と騒ぎになっている』

「ウン」


思い返すと私はすごいことをしでかしたのかもしれない。

こんな経験二度目はやりたくないと思いながら恐る恐る空いた穴から外を見れば遠くから声が聞こえる。

このままこの場所にとどまれば別の部屋に移されてしまう。

それは間接的に被害を出した甲斐はないということだ。

それはそれとして意識を切り替えて、痛む体に魔力を流すことで痛みを和らげ、動くことを確認してからタンと床を蹴って駆け出す。


『おや? そちらは出口ではないが』

「マイクを放っておけないヨ!」


だが向かう先は出口ではなく、マイクが囚われていると思われる部屋に向けてだ。

やり方はひどいけど脱出できたのは事実で、手伝ってくれたならその恩は返さないと。


『それは、私を助けてくれると?』

「ソウダヨ!」

『おすすめはしない行動だよ』

「わかってるケド! 私がそうしたいノ!」

『……なら、助けられる身としては止められないね。君がやりたいなら私は少しだけ手伝うだけだ。正直私も今私がどんな状況になっているか気になっていたところ。まさに渡りに船ということだ。協力は惜しまないよ』

「OK!待ってて!」


そう意気込んで、走る足にもっと力を込める。

途中途中で壁の陰に隠れたり身体強化で天井に張り付いたりして人と遭わないようにしたいけど


「人が多いヨ」

『それはそうだね、なにせ捕まえていた人が逃げ出したんだ。ここで人を動かさない方が組織として間違っている』

「そうだけど……近づけないネ」


それに加えて奥に進むにつれてだんだんと人は多くなる。

マイクのいる場所に近づけば近づくほど要所に配置されている人員と接触する危険が増えていた。

それだけ重要な施設ということだろうか?


『さて、どうするんだい? ここからでも逃げ出しても私としては文句はないのだけれど』

「……そうとも言ってられないみたい」

『そのようだね、むこうが君が出口に向かっていないのに気づいたみたいだね』


私の耳に大勢の足音がこちらに向かっている音が入ってくる。

これで引き返すこともできなくなった。


「こうなったら」

『ん? どうするんだい?』

「全力で走る!!」

『え?』


魔力を全身に染み込ませて、クラウチングスタートの姿勢を取る。

今まで飄々とした態度を見せていたマイクが初めて戸惑いを見せた。

けど、それに構うことなく私は隠れることをやめて全力で駆け出す。


『ハハハ、君は思い切りがいいと言われないかい?』

「よく言われるヨ!!」


ただし走るのは床ではなく、天井を。

痛快だとマイクは笑い、壁を伝いそのまま天井に駆け上り視界が上下逆さまになった状態で私は応える。

下への力を前に出る力で相殺しながら走り抜く環境は一歩間違えれば地面に激突してしまう。


「なにか聞こえなかったか?」

「ああ、聞こえたな、なんだ?」


気づかれる前に走り抜ける。

危険も伴うけど、それが私の出した結論だった。

幸い勇者としての身体能力がそれを可能にして、おまけに天井付近は薄暗くてそれなりの高さもある。

私の中で盲点をつけたと思った策だ。

下で誰か気にして周りを見回していただろうけど、その間に私はその上を走り抜けていく。


『発想の逆転だね、床がダメなら天井か。天井は上からくるものを防ぐものという固定イメージを逆手にとった良い策だ。欠点としては止まったら再発進できないことだろうね』

「んぅぅぅ!!」

『あとは頭に血が上ることかな?』


走り始めて数分だけど、段々と頭がぼうっとしてきた。

最初はできたマイクに返事をする余裕もない。

口を引き締めていないと集中もできない。

只々遠心力や前進力を利用して天井の上を目的地めがけて走り抜く。

けれど努力した甲斐はあったね。


「つ、着いた」

『見事というしかないね。追っ手もこっちには来ていないみたいだ。見張りがこちらに来ていないと報告したのだろうね。これで少しは時間が稼げる』

「うん、あとは」

『部屋の前をどうにかするしかないね』

「できれば誰か来る前に入らないト」


無事目的地の近くに辿りつけた。

天井から降りてきて頭にのぼった血をおろしながら、今は曲がり角の影から音響スキルを使って道の先を探っている。

そして目的地の扉の前に三人ほど見張りがいる。

魔法使いみたいな人が一人に騎士の人が二人。

人数は少ないけど、武器もない状態で戦うのは心もとないし。

アンのあんな姿を見てしまってから戦うということに抵抗がある。

できれば穏便な方法であの扉をくぐり抜けたい。


『何か方法を……か』

「爆発はダメだよ?」

『君は私を爆破好きの非常識な存在だと思っているのかい?記憶のない私からしたら否定ができなくて、その認識を受け入れるしかなくなるのだけど』

「受け入れるんだ」


冗談を言っているけど、何事もなくあそこの部屋に入る方法は私も一生懸命考えている。

映画みたいに排気口をたどったり、変装したりできれば早いんだけど。


「ねぇマイク、マイクの知っている魔法で透明になったり別の人の姿になったりできない?」

『ふむ、あるにはあるがどちらも簡単にできることではないね』

「そっかぁ」

『代わりにこういう魔法はどうだね?』

「どんな魔法?」

『なに、イタズラで使うような魔法さ。虚影魔法と言ってね、自分とそっくりな虚影を離れた場所に映し出す魔法さ。自由に動かすこともできるよ』

「簡単に覚えることできるの?」

『そうだね、三分で覚えさせてあげるよ』

「なんだろう、もっと魔法って難しいものだって思ってたのに」

『それは君に教えていた魔道士が未熟なだけさ。さぁ、時間は有限だ。口よりも先に頭を動かそうか』


ゲームみたいにあっさりと魔法を教えてくれるマイクとは何者なのかますます謎が増えながら、学校の教師よりもわかりやすく頭に入ってくる内容を試していく。


「ちっちゃい」

『もう少し自分のイメージを固めようか』


最初は小さくなってなんというかぬいぐるみのような私が出来上がった。

可愛くできたとは思うけどやり直しだ。


「うん、いい感じカナ?」

『一部というより全体的に君の願望が入っているね、そこを抑えてもう一度だ』

「しょ、将来の姿だもん!」


次は私が見上げるほどモデル体型となった私が出来上がった。

だが、マイクは真面目にやれと非難の気持ちを言葉に込めてくる。

確かに動かしにくいから渋々消してもう一度作り直す。

少しくらい大きくしたっていいじゃない。

そんな気持ちの中の文句は後で絶対言うと誓って何度か作り直して鏡の前に立った時に見る私が完成した。


「これなら」

『うん、十分だね。なら次はこれの応用だよ』

「応用?」

『そう、応用さ。このまま君の虚影を囮にしてもいいけど、それだと仲間を呼ばれてしまうからね。何、簡単さ私の指示通りに加工しなさい』

「うん」


確かに気を引いてその隙に中に入っても誰か呼ばれたら大変だ。

騒ぎを起こさないようにできるならそっちのほうがいい。


『今作った虚影をもう二体作ってこの先にいる魔道士と同じローブをかぶせて君の周囲に配置する』

「うん」

『はい、きっちり三分だ。君は今囚われの身だ。そういう風に見えるだろ?』

「あ!」


マイクに言われて気づいた。

確かにこれなら私は捕まっているように見えて周りの三人はそれを運んでいるように見える。


『私の見る限り、こうやって運んでくるのがしばしばあったよ。そして、その時の会話も覚えている。さてあとは君の演技しだい。大丈夫、安心しなさい。私の言うとおりにすれば中には入れるさ』

「う、うん。やってみる」

『とりあえず君は後ろ手で縛られているようにうつむきながら歩いていけばいい』

「わかった」


言われたようにして虚影を先行させてゆっくりと歩き出す。


「止まれ! ここに何用だ?」


角から出てきた私はすぐに見つかり騎士の一人に止められる。

ここからが本番だ。


『いいかい同じことを繰り返すんだ。上の指示で例のものを持ってきた』

「上の指示で例のものを持ってきた」

「例のもの? ああ、追加の勇者か、しかしまだ夜が明けていないのに急だな。予定は今日の昼だったはずだが」


虚影越しに話しているから声の距離に違和感はない。

私の口は虚影が隠してくれるし、ローブのフードを深くかぶっているから互の顔は見えにくい。

だけど、追加の勇者ってなんだろう?


『予定変更となった、書類はあとで回す』

「っ予定変更となった、書類はあとで回す」


余計なことを考えちゃダメ、今はそれどころじゃない。

一瞬遅れて同じことを言ったけど、バレてないよね?


「それならいい、手伝いはいるか?」

『前準備だけだ、不要だ』

「前準備だけだ、不要だ」

「わかった、だが相手は勇者だ。気を抜くなよ」


良かった、怪しまれていないみたい。

すっと騎士が前から横にずれてもう一人の騎士が扉を開ける。

そこにゆっくりと慌てない慌てないと言い聞かせながら入っていく。

そして扉が締まる。


『ふむ、もう少し奥に行こう。そうすれば声も聞こえない』

「うん、っひ」


ホッと安堵の息を吐き、閉まった扉から視線を前に向けた時に私の目の前にたくさんの棺が見えた。

ランプが照らすそれは間違いなく亡くなった人が入るそれだ。


「お墓?」

『墓所とは違うね、だってそこに入っている人たちは生きているからね。墓所とは死者の眠る場、生者が眠る場所で表現するのは正確ではない』

「え?」


突然の光景に小さな悲鳴を上げて、その光景をそのまま口にしたけどマイクはそれを否定した。

だから、今度はゆっくりと棺だと思ったものを見るけど変な模様が書かれている以外は棺にしか見えない。


『正確には魔道具の一種だよ』

「魔道具ってそこのランプみたいな?」

『定義としてはそれで合ってるよ、ただそこにある棺はランプみたいな日常で役立つ代物とは毛色がだいぶ違う代物のようだけどね』

「??」


どういうことだろう。

さっきの追加の勇者という言葉と何か関係があるのだろうか。

それに、この棺の前に一枚ずつ並んでいる石碑みたいなものも気になる。


『気になるかい?』

「気になるけど……」


これは女の勘だが聞いてはいけないような気がした。

だけど別の、勇者の勘と言えばいいのか、それは聞かないといけないと言っている。


「うん、聞かせて」

『そうか、私も直接見ていないから断定はできないが、魔力の流れや魂の揺れから判断するとその棺は生命体の能力を魔道具に変える代物だね』


その選択から何を得られるかはわからないけど、女の勘は嫌なものから目を背けている雰囲気を感じる。

だから私は勇者としての勘を選んだ。


『有り体に言えば、人の命を使って魔道具を作る魔道具さ』

「……」


そしてその勘はとんでもない情報と私を引き合わせた。

見えもしない、この先にいるかもしれないマイクに向けて私は顔を向けた。

言葉が出ない。

嘘だという言葉、ブラックジョークだと笑う言葉を求めて私は条件反射で反応してしまった。


『間違いかもしれないけど、嘘ではない。実際その棺からは強力な魂と魔力を携えた人間の気配を感じる。その魔力はその棺に生かされて表面に描かれている魔力回路を伝ってその石碑に力を溜め込んでいるよ』


しかし、それをマイクは認めてくれなかった。

その言葉は現実を私につきつけて、私の頭の中にあったパズルのピースを繋ぎ一つの絵を完成させた。


「偽物の勇者って……まさか」

『アミー、君が何にショックを受けているか私には分からないが、気をしっかり持つことだ。今は君の目的を完遂させてからのほうがいい。次から次へとやることを増やせばいずれ君は処理できなくなる』

「……うん」


最悪の想像をしてしまった。

それを振り払いたいけど、振り払うには内容が重すぎた。

こびりつくような話を意識して考えないようにして、今はマイクを助けることに集中する。

誰もいない棺の部屋を通り過ぎて奥に進む。

周りはランプで照らされているけど薄暗い。


『さて、もうそろそろ私が見えるはずなのだけど、私はいったいどういう状態になっているかな?』

「……マイク?」

『うむ、近くにアミーの存在を感じるということは目の前に君がいるということになる』


そんな空間でもそれは異常に目立っていた。

六角錐の巨大なクリスタルがそこに鎮座し、その中央に浮かぶ青白い炎。

それは日本でよく怪談話に出てくる人魂に似ていた。

だけど人魂は大きくても人の顔くらいの大きさに対して、その炎の大きさはクリスタルの大きさに比例して大きく二メートルは有に超える大きさだった。


「マイクがお化けだった」


そんな言葉が私の口からこぼれ静かな空間に沈んでいった。



アメリア・宮川 十六歳 

職業 高校生

魔力適性八(将軍クラス)

役職 勇者


今日の一言

もう、わけがわからないよ。


今回は以上となります。

シリアスが続いて、もう少しコメディを入れたいと思う常日頃、アメリアをどうにか勇者っぽくしようと頑張っています。

これからも本作をよろしくお願いいたします。

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