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68 仕事がないなら仕事を探せ!!


田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



深夜まで仕事をすることはあっても、深夜に起こされる仕事というのは稀有なのかもしれない。

そんなことがあるのは警察や消防、はたまた病院の医者くらいだろうさ。

命が関わる職なら緊急性を常に抱える職業ゆえそういうこともあるだろう。

あいにくと俺がやってきた仕事は重要ではあったがそんな深夜に起こされることはなかった。

なんで今そんな話をしているって?

それはな、それを今経験することになっているからだよ。

ようやくこの薄明るい夜にも慣れたここ最近、ご丁寧に監視の目がついている宿に来客のようだ。

ふわりと頭上に感じた気配に浅い眠りから目を覚ます。


「なんか用か?」


ガリガリと頭を掻きながらいつでも鉱樹に手を伸ばせるようにベッドに腰掛け天井に向けて声をかける。


『緊急だ』

「あ?」


わざと気配を知らせてきたのだろう、でなければ裏の人間がこうもあっさり答えるわけがない。

天井から聞こえてくるくぐもった声は、性別と年齢をわからせないために布か何かで口を覆っているのだろう。


『アンデッドが厄介な情報を手に入れてきた』

「……オタク、ゾンビか幽霊を部下に持ってるのかよ」


寝起きで頭が回ってないからというわけではない。

アンデッドと聞いて真っ先に浮かんだのがフシオ教官だった。

喋って笑って魔法を打ってと感情も存在する髑髏が存在する。

なら裏ギルドにゾンビの一体や幽霊の二体くらいいてもおかしくはない。

まぁ、教会に入り込むとなると一発で消滅しそうな人選ではあるが


『コードネームだと理解しろ。そして緊急だと言ったはずだ。これ以上の邪魔をするなら自力で情報を集めてもらうぞ』

「はいよ、それで?」

『禁呪製の魔道具が勇者に使われている。それのせいで何人か勇者がこちらの世界の住人と入れ替わっている』

「なんだと?」


それが真実なら相当にまずい話になる。


「確かか?」

『可能性の話だがマスターの口からはその確率はかなり高いと言っている』


俺の口から出たのは寝起きとは思えないほどしっかりとした声色だった。

自然とそれに応える屋根裏の主も真剣味が増す。


「詳細は聞けるのか?」

『私の口から語るのは許可されていない。だが、朝に下の食堂に使いを出す』

「わかった、他にはあるか?」

『ああ、今回貴様と協力していた勇者が捕まった』

「何?」

『アンデッドと最後まで行動を共にしていたことを考慮すれば可能性はかなり高い』

「……そうか、他には?」

『以上だ、他に何かあれば追って連絡する』


来る時も急だが去る時も急だな。

気配を感じなくなった天井をしばらく見つめていた俺はすっと視線を落とす。

見えるのは薄明るい光に照らされた白い壁だ。

別にそれが見たいわけではない、顔を上げていた状態では考え事に集中できないからだ。

一気に眠気を覚ますほどの話を持ち込まれた俺の頭は次の手を考えていた。

勇者の入れ替わりにアメリアの拘束。

こっちの段取りが一気に瓦解しかねない内容だ。


「穏便に事を運ぼうとしたのは失敗だったか」


相手が強硬手段に来ることは想定済みだった。

だがそれは兵を動かすことなどの武力的な面での話だった。


「俺ものんびりと仕事をしすぎたということだったか……」


呑気に勇者を説得してさぁみんなで帰りましょうと最善を目指していた結果がこれか。

もっと迅速に、強気に行けばと後悔の念が出てくる。


「っち」


舌打ちを一つ鳴らし、さらに後悔の念を振り払うように頭を振る。

今はそんなことを言っていても仕方がない。

反省は後でできる。

今はこの状況をどうにかすることこそ先決だ。


「考えろ……状況は悪化した。俺への直接の被害はないが、計画へは影響した」


目に見えてわかっているのは相手側に学生たちを返す意思がないということだ。

交渉、この場合話し合いでテーブルに立たせるのには成功しているがそれは相手にとっても時間の先延ばしが可能ということになる。


「プランの変更をするしかないか」


一日二日で解決する話ではないのは最初からわかっていたが、想定よりもかなり超過するのがわかれば予定変更するのはやむを得ない。

まだ手はある。

その中で最善を選び実行しなければならない。


「となると……」


ベッドから立ち上がり木戸を少し開く。

そこを目立たないように覗き込みこちらへの視線を探る。

見張りは向かいの建物に一人か。

ならば今がチャンスと言える。

もともと角部屋で、隣には誰も泊めないように根回しは済んでいる。

日本のように盗聴を気にする必要はない。

魔法の警戒も泊まる際に済ませてある。

仕込みをするために鞄から小さな魔石を取り出して魔力を流す。

すると手のひらに小さな灰色のネズミが生まれる。

そのネズミは手のひらから逃げようとせずじっとこっちを見て待っている。


「……これをメモリアに届けてくれ」


机にネズミを置き、その脇でペンを取る。

時間にて数分、手紙を特別製の小さな紙に簡潔に書き記し俺の血を垂らす。

そうすると用紙は瞬く間に姿を変える。

それはどこから見ても赤い木ノ実、こっちの世界ならどこにでもある代物だ。

それをネズミの口元まで持っていき噛みもせず丸呑みにしたのを確認すると俺は部屋の角の床板を一枚剥がす。

そこからするりと潜り込んで床下へネズミは消えていく。


「メモリアへの連絡はこれでいいとして、次は」


朝を迎えるまでにすることは多い。

他所の場所に連絡を飛ばすために数個の魔石を取り出し、行き先を変えて送り出す。

寝巻きからスーツに着替えヒゲを剃る。

そして身だしなみを整えればそろそろ日が昇る時間になる。

決着は早々につけねばならなくなった。


「腹ごしらえかね」


絶対に味がわからないだろうなと予想できる朝食に辟易しながら待ち合わせの食堂に向かう。



Side end


Side アメリア


体が痛い。

それがうっすらとした意識の中で私が最初に感じた感覚だった。

体中全体が筋肉痛のように痛み、指先一つ動かすよりもこのままそっと鈍い意識を沈めたいという欲求が生まれる。


「アンっつう!?」


だが、意識を失う直前の記憶、アンが剣に刺される光景を思い出すと衝動的に声を張り上げ私の体は起き上がった。

おまけに痛む体を無理して動かしたせいで全身に痛みが走ってまた布団に逆戻り、お団子のように丸まって痛みが過ぎ去るのを待った。


「ここは?」


おかげで眠気はさっぱりと消えた。

何回か瞬きをして視界をクリアにして布団以外の目に入った光景を見ると、そこは私が普段寝泊まりしている宿舎の部屋ではなかった。

窓も何もない。

レンガの壁に鉄製の扉、人を監禁しておくような部屋だと私は思った。

実際その通りだろう。

ジャラリと足元を見ると左足に鎖がついていてその先は杭で固定されている。

見るからに勇者として扱われていない。


「……」


急展開過ぎて頭が混乱する中で私が理解できたのは、このままでは私はロクなことにはならないということだ。

それだけははっきりとわかった。

脱出という言葉が浮かんでなにかないか見回す。

出口は扉が一つ、他には私が座っているベッドと毛布、薄暗く部屋を照らすランプに、何に使うか想像したくない蓋のついた桶と、ネズミ一匹が通れるくらいの換気口らしき穴だけ。

そこから脱出できるかと考えたけど私の体が細いからといって限度がある。

魔力を集めてこの扉を殴れば壊れるかと思ったけど先に骨の方が折れそうなくらい頑丈そうな見た目に諦めるしかない。

映画でのお約束の穴を掘っての脱出をしたいけど、掘れる道具もなければ、周りはレンガでぎっしり敷き詰められて掘れる箇所もない。

そもそもこの足の鎖をどうにかしないと移動すらできない。

試しに魔力を使って力を上げて引っ張るけどその力が抜ける感覚にあい、いつもより力が出ない。

当然鎖も抜ける様子はない。

自力での脱出が難しいなら助けを呼ぼうと扉に近づくけど、よく考えてみればここで騒いでも捕まえた人が来るだけなのではと思い断念する。

そして悩みに悩んで生まれた結論はどうしようもないという非常な現実だった。


「……アン、大丈夫かな」


こうなると眠気が飛んでしまったのはもったいない気がする。

自分で声にした内容だが、あんなことがあったのだ。

彼女については諦めないといけないのはわかっている。

それでもと期待して、それはない、と肯定と否定を繰り返すうちに疲れてきてしまった。

これならあのまま眠っていたほうがよかったかもしれないと後悔しながらベッドの上で体育座りをして膝に顔を埋める。


『閉じ込められた自分の心配より、他人の心配か、面白いな娘』

「誰!?」

『誰? さてな、それは私が聞きたいくらいだ。何やらさっきから鎖がうるさいと思って耳を傾けてみれば娘子の声が聞こえてくると来た。そして今の私は暇だ。なら声の一つでもかけてやろうと思ってね。そして会話が成り立つなら自己紹介といきたいのだが、あいにくと自分が誰なのかわからない。さて、君の質問にどう答えたものか』


ポツリと独り言をこぼしたら返事が返ってくるとは思わなかった。

周りを見回すがこの部屋には私以外誰もいない。

扉の向こうに誰かいるのかと思ったが、この声はなんというか耳で聞いている気がしない。

まさか幽霊?とおもっている中、声の主はうんうんと悩み、それならと悩みを解決したらしい。


『なら娘子、私の名は君が決めてくれないか?』

「え?」


NO、どうやら悩みを解決したんじゃなくて悩みを押し付けてきました。

それは名案ではなくて、迷案ではないのだろうか。

誰と聞いて名前を決めてと言われるのは初めてだよ。


「え~?」

『なに、気楽に決めなさい』


悩んでいるんじゃなくて戸惑っているんだけど……


「じゃぁ、マイク」

『ふむ、では私は今からマイクだ。はじめまして娘子、私はマイクだ』

「いいのかなぁ?」


それでもあっさり決められるのは度胸が座っているからだろうか?

人って一回寝たら頭の中が整理できるって聞いたことある。

しかし自分で名前をつけておいてなんだけど、こんな自己紹介でいいのかと思うし声の主が怪しいのは間違いない。

だけど


『それで娘子、君の名前は?』

「ん~、なら私もそっちが決めていいヨ?」


思ったよりも私はこの空間で一人というのは寂しかったようだ。

この謎の声と話すことにしたけど、念のため名前は名乗らない。


『なら、君は娘子だな』

「え~、もう少し可愛い名前がイイよ」

『ふむ、可愛い名と言われても私には何がかわいいのかがわからないのだが』

「ん~ならアミーでいいヨ、友達からそう呼ばれてたシ!」

『わかった、ではアミー』

「何?」

『ここはどこだね?』

「私が聞きたいヨ」


まさに閉じ込められている私に何を聞いているのだこの人(?)は。まさかこの声は幻聴で意識を失った時に頭を打ってしまったのではないかと思ってしまう。


『ああ、すまない。なにせ暗くて何も見えなくそして体の自由が利かない。唯一できたこの念話も受信できたのが君だけと来た。ほかにも何人か人がいたようだが皆なにやら意識がないようでな』

「私以外に近くにいるの?」

『いるというのは正確ではないね、いると感じることができるだけだよ。君もその一人さ』

「あ、そっか見えないんだよネ?」

『ああ、加えて何かに入れられているようでね、動き回ることもできないのだよ』

「私と一緒なんだネ」

『ふむ、私の感じるところ君は捕まっている、それと一緒となると……おお、確かに今の私の現状は捕まっていると言えるな』

「今気づいたの!?」

『ああ、なにせ記憶にある限り捕まった経験などないはずだからな』

「記憶がないから当たり前じゃないノ?」

『おお!! そうだな!』


これは幻聴じゃない。

幻聴であったとしたらこんなボケた幻聴と会話なんて悲しすぎる。


「そっかぁ、捕まってないなら助けてもらおうとしたんだけド」

『ふむ、アミーの言葉から察するとそこから出たいということかな?』

「そうだよ」

『ふむふむ、これもなにかの縁だ。いいだろう面白そうだから君の脱獄に手を貸そうではないか』

「本当!?」

『ああ、何ができるかわからないがこの私が手を貸そうではないか!』

「それなら、一緒に考えよう!!」

『では現在地を探るところから始めたほうがいいだろうね。扉を開けたらそこは敵地、追われる前に脱出経路の確認というやつだ』

「わかった!」

『私が言っておいてなんだが、できるのかね?』

「できるよ?」


わからないと言いながら第一案を出してくれるあたり、頼りになるかもしれない。

つい最近アンにも同じことを言ったがこういうことなら簡単にできてしまう。

壁に耳を当てて手の先に魔力を溜めてコンコンとノックをする。


『ホウホウ、面白いスキルを持っているようだ』

「わかるの?」

『うむ、魔力の波を使った探知だね。確かにこれなら脱出経路の確認は問題ないだろう』


それもそうかもしれない。

記憶するのは私自身の脳の中にだけど、鮮明な絵というのはある程度記憶にとどまってくれる。

だからだろうか。


「あれ、ここって」

『見覚え、いやこの場合は聞き覚えかな? それがあるのかね?』

「うん、この場所知ってるヨ」


アンと一緒に探った地図がそのままするりと重なり、続きからスタートする形になった。

あとは足りない部分をどんどん埋めていくだけの作業になった。


『ほうほう、それは幸先のいいことだ。なら脱出経路はわかったかね?』

「うん、大丈夫」


今いる場所は偽物のクラスメイトが通った道から少し逸れた場所にある部屋だ。

そこまで繋がる道筋もしっかり把握できた。


『では、最初に戻ろうか。あとはどうやって脱出するかという問題になる。問題となっているのは何かね?』

「えっと、頑丈な鎖と扉かな?」

『ふむふむ、それに加えて扉には魔力拡散の術式、鎖には過剰魔力を地面に逃がす作用があると付け加えておこう。おそらくは勇者の強大な魔力を使わせないための措置だろうが、やれやれだね。この程度しか用意していないとは』


十分だと思うのは私だけではないと思う。

この声、マイクの言っていることが確かならあの扉には魔法が効かない。

魔力を大きく使おうとしたらこの鎖が電気を逃がすアースのように魔力を逃がしてしまう。

結果的にここに出来上がるのは非力な私ということだろう。

だがそれよりも気になるのは、見てもいないのにどうやってさっき言ったことを理解したかということになる。

これまでの話しぶりから察するに彼と私には距離があるはずだし、閉じ込められて装着している私も言われて気づいたくらいだ。

この声の人(?)はいったいどんな人なんだろう?

底知れぬ何かを感じつつも、脱出するにはこの声に頼るしかない。


『では発想の転換をしようか』

「え?」

『扉は魔力を散らす、鎖は魔力を逃がす、逆を返せば扉は魔力を散らすだけで消すわけではない。鎖は魔力を逃がすだけで逆流できないわけではない。ふむふむ、ではでは、君に一つの術を授けようじゃないか』


記憶喪失、自分が誰かわからないのに知識は豊富だ。


『これから鎖の先から潤沢な魔素を吸引する、それで部屋を満たして扉を壊そうか。具体的に言えば、そう、この部屋を魔力の海に沈めて魔力を散らせないようにしてから扉を爆破しよう。なになに、私がサポートするから三分で支度ができるさ』


ただし考え方はかなりすごいことになっている。

本当に任せていいのか不安になる。

けど


「女は度胸ってマミーも言ってたヨ!! マイクお願い!!」

『なかなか逞しいお母上を持っているようだねアミーは。承知した。ではその気合を無駄にしないよう最初に』


悩むのも後悔も今は後回しだよ。

やれることは全力だよ!!


『この術式を覚えてくれたまえ』

「べ、勉強?」

『おや、不満かね?』

「N、No、やってやるネ!!」


気合と関係ないヨ!!



アメリア・宮川 十六歳 

職業 高校生

魔力適性八(将軍クラス)

役職 勇者


今日の一言

やれることはやろう!!


今回は以上となります。

次回は脱出、できれば某怪盗三世みたいな迫力のある展開にできたらなと思っています。

これからも本作をお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 声の主、初代魔王様な気がしてならない
[一言] 深夜に起こされるのは警察その他の公務員だけではありません。 以前の勤務先では、宿直代わりに専用の電話を持たされて自宅で待機していました。何故か私が担当の日には高確率で電話があり、途中からは日…
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