700 普段使っていないコネを使う時は慎重に
必要な人材を、必要な場所に配置。
それが管理職の基本の仕事だと俺は思ってる。
「それで?どうしてこいつここに居やがる?」
「必要だと思ったんで、呼びました」
人手不足な箇所には人員補充を、そう思って呼び出した人材をキオ教官は上から睨みつけるように見る。
前線の下見を何事もなく、終わらせて返ってきた段階で俺たちは安堵のため息をこぼしたのは記憶に新しい。
それが昨日のことで、その翌日のタイミングで追加人員が届いたことは何とタイミングが良いことか。
「私は今日死ぬのか?さすがの私でもこの鬼は無理だぞ」
人間がここに居るという事実はこの際放っておこう。
教官の姿を見て、目を見開き、そして腕を抱き顔色を真っ青にしながら呼び出した張本人である俺を見て苦情を言うのは。
「アンデッドのアン。仕事は教官とは別だから安心してくれ。しっかりと君向けの仕事だ」
いつの日か、俺が初めてイスアルの土地に踏み込んだ際に協力してくれた暗部組織があった。
元々魔族寄りで、イスアルの情報を収集するのが目的で魔王軍が支援していた人間だけで構成された暗部組織。
暗部狩りでその活動自体がしにくくなっていると聞いていたが、その組織自体は生き残っていた。
ダメもとで、エヴィアに連絡を取ってその組織にコンタクトを取って貰い依頼を持ちかけたら、一部隊という中々の人数を送り込んできてくれた。
金と仁義を守ればきっちりと仕事をしてくれるというエヴィアの保証の元、その部隊長となったそばかす顔の茶髪の女性。
組織でのコードネーム、アン。
仮死の魔法を得意とする腕利きの潜入工作員。
なにせトライスの大聖堂に潜入できるくらいに溶け込めるのだ。
腕は保証されたものだ。
毎度、メイクで顔を変えているらしいが、今回もその変装なのだろうな。
「本当だろうな?」
「契約は反故にしない、正直君たちを敵に回したらこちらとしてもデメリットでしかないし、正面切って戦うのは俺たちの仕事、というよりもそこで豪快に笑っている御仁の得意分野だからわざわざ君たちに任せる必要性がないんだ」
チラチラとソファーに座って酒盛りしている教官を見て、警戒しているアンを安心させようと努力してみるが、警戒心は解かない。
「そうかい、それならいんだけど。仕事の内容はだいたいは聞いているけど、詳細はここで聞けって言われたんだけど、説明してくれるんだよね?」
「ああ、何も聞かず仕事をしろって馬鹿なことはしない」
魔王軍との付き合いは長いが、その付き合いの長さだけでクライアントを信頼しきらないのは良いスタンスだと思う。
魔王軍の中にも良い雇い主と悪い雇い主はいる。
それを見極めるためには、アンの態度はあまりよろしくないが、それもわざとの可能性を考慮すればいいわけだ。
「字は読めるか?」
「読めないふりうまいってよく言われるね」
「なら、これを読んでくれ」
冗談を挟んでくるくらいに、心に余裕はあるんだろう。
スエラに書類を持っていってもらい、アンに渡し確認してもらう。
「……なるほどね。内偵調査ってわけね。ただ、いきなり中に入り込むことはできないよ?しかも人数が減っている今、いきなり私たちが入り込んだら警戒心を余計に煽るだけ。方法は考えているの?」
「いくつか考えてはいるが、本職の意見も聞きたいからな。あくまでアイディア止まりだ。俺たちからしたらこうしてほしいという方針を提示して、やり方に関しては応相談って形だ」
「期限は?」
「状況的に余裕はないからできるだけ早くとしか言えん。一時間後に確実な情報が入るならそれに越したことはない。だが、そんなことは土台無理だ」
「妥当だね。それに、これ結構無理難題よね。しかも、かなり繊細な仕事だ」
「ああ、だから本職の君に聞く、もし、今から動いたとして細かい情報を仕入れられるようになるまでどれくらいかかる?」
それをざっと目を通して、何をやってもらいたいかわかったアンは表情を変えずに内容のすり合わせに移った。
本職として可能と判断したからか、それとも断った際のデメリットを考慮したからなのか。
「予算次第でいくらでも変わるよ。こっちは人員は用意できるけど、活動資金は潤沢ってわけじゃないからね。ようはコレしだいってわけ」
いや、やる気の問題か。
あくまで彼女たちは下請け。
その下請けにやる気を出させるのが発注元の仕事というわけか。
親指と人差し指で円を作って、どれくらいで彼女たちを雇うかを問いただす。
腕に関しては疑っていないが、その腕を名刀にするのも鈍らにするのも俺次第というわけか。
ちらっと教官を見れば、アンの不遜な態度に面白いと言いたげにニヤついていた。
その態度で彼女の言葉に嘘はないのがわかった。
アンの態度からしたら自分の腕に自信があるから、その腕を買えと言っているだけ。
教官好みの態度であり、自分を安売りしないと言いきったことに興味を持ったみたいだ。
本来であればここの責任者は教官で、最終決定権はかの鬼にある。
だが、判断は俺に任されている。
過不足なく雇うっていうのは意外と難しいんだが、ここでいくらほしいと逆に問いかけるのは足元を見られるきっかけになる。
こうやって一瞬でも悩んでいるだけでもあまり良くない。
だから、俺は異空間に収納してあるとある物を手にしてそれを引き出す。
ずっしりとした重み、まるでサンタクロースが肩に背負うような袋が出現し。
それをまるで軽い物を放り投げるようにアンの手前に投げてやる。
ふわりと放物線を描き、そしてそれが床に着地した瞬間。
「!?」
ドカッと想像以上に大きな音に、アンは目を見開く。
いや、袋の結び目が少し緩んでそこから中につまった金色の物体が見えたのだろう。
「前金だ。それはお前らの組織でわけあえ。成功したらそれの三倍だ。経費は別に用意する。必要なものをまとめて提出しろ、経費で落とす」
だが、その気のゆるみは俺にとっては好都合だ。
驚き、一瞬でも俺から視線を切ってしまった。
その隙に魔力を開放して、心の準備ができていないアンに圧をかける。
「だが、わかっているな?お前は言ったな、金次第だと。俺は提示した、だったらお前たちはこれ以上の価値があると証明して見せろ。証明できなかったらわかっているな?」
「……ああ、わかってるさ。払いのいい雇い主に尻尾を振らない道理はないからね。待ってな、あんたの予想を大きく上回ってやるよ」
「期待している。必要物資に関しては遠慮するな。調子に乗らない限りは優先して回す」
「はいはい、期待して待っておいてよ」
冷や汗を流しながらも表情は維持したか。
心臓に一定の自信があるのだろう。
大きな袋の結び目を手に持ち、おっさん臭い掛け声をかけて背負い、そのまま部屋を出て行く。
静かに扉が閉まって数秒。
「おいおい、随分と気前がいいじゃねぇか。あれだけあれば軍の食料が何か月分買えるんだ?」
ニヤついて俺に話しかける教官が、わかりきっている質問を飛ばしてきた。
「現在ここに駐屯している軍の規模で考えるなら、三ヶ月分って言ったところですかね。アンたちの組織規模を考えれば持ち逃げしてもおかしくない額です」
「おう、そうだ。それを契約書も交わさずお前はポンと渡した。その根拠はなんだ?」
「簡単な理由と、少し複雑な理由がありますがどちらから聞きたいです?」
教官の言う通り、契約書を交わさず何も考えず大金だけを俺は渡したように見えただろう。
だが、教官はその行動を是とするような間を設けた。
教官が気に食わなかったら、間違いなく真顔で殴りかかっていた。
「面倒な話は後回しだ、簡単な方から話せ」
それをせず、徳利から直で酒を飲み続けている。
おおよそ俺と同じ考えなんだろう。
「まず第一に彼女たちは情報戦という分野で食いつないできた存在です。もし仮にここであの大金を持ち逃げしたのなら二度とその分野で働くことはできません。それも得意先である魔王軍と縁を切るような行為になりますし、あの金額じゃ安すぎます」
「イスアルの連中と繋がって二重スパイをする可能性もあるんじゃねぇか?」
「あり得ないとは言い切りませんが、その可能性は教官が明日から禁酒すると宣言するくらいの可能性ですね」
「絶対と同じだろそれ」
表には表の法律があるように、裏には裏の掟がある。
裏切りという行為は、ある意味で表よりも裏の界隈の方がシビアだ。
舐められたらそれでおしまいの世界で、もし仮に依頼を達成せずに大金を持ち逃げした組織があると知られればもう裏の世界では生きていけない。
「そもそも魔王軍を敵に回してまでやるメリットが有るとは思えませんからね。間違いなく俺は報復します。情けも容赦もありません。裏に潜もうとも見つけ出します」
「カカカカ!違いねぇ。じゃぁ、もう一つの面倒な話の方を聞こうじゃねぇか」
そんなデメリットばかり目立つことを、実行可能である仕事を棒に振ってまでやるとは思わない。
やるとしたら、教官の言う通りイスアルがその組織に接触して買収を持ちかけて来た時だが、それも裏切りに当たるので信用は失墜するというデメリットがあるし、そもそも金で動くと思われている組織はイスアルからしても使い捨ての駒でしかない。
最後に切り捨てられるのが目に見えているのがわかりきって裏切るような頭の持ち主ならここまで魔王軍と懇意の裏組織として生き延び続けられないだろう。
それだけでは十分と言い難いが、それなりの信用になる。
だが、どちらかと言えばこっちの方が俺が信用する理由として趣きを置いている。
「彼らの出自です」
「出自だぁ?」
「はい、彼らの元となる母体は異端審問から逃げ切った難民たちです。その子孫たちが広がって異端審問から逃げて来た人を吸収して組織の母体となる情報屋が生まれた。もともとは異端審問官から逃れるために情報を集めたのがきっかけのようで」
俺とて、使う組織の情報は集める。
ただ、魔王軍が信頼しているからというだけで使うわけがない。
どれくらい信用があり、どの派閥に近いか、そしてどういう過程で生まれたかなど組織情報をかき集めた。
幸い、エヴィアにケイリィとムイルさんがその筋の情報を持っていたからそこまで難しくはなかった。
「母体が大きくなりかけた時に、一度異端審問に見つかり崩壊しかけたときに手を差し伸べたのが魔王軍です。ですので、向こうに恨みがありこちらには恩があるという形式と、イスアルに恨みを返せるという作戦に彼らが反抗的になる可能性はかなり低いかと」
「なるほどなぁ、あの目、そう言うことか」
「濁ってましたけど、随分と楽しそうにしていたでしょ?」
「たしかにな、ありゃ、相当鬱憤が溜まってやがるな」
恨みというのはそう簡単に晴れない。
どんよりとした瞳の色に混じった喜色。
それがどういう意味を指すかなんて、想像しやすい。
俺からしたら、なんとなく前の会社で見た開き直りかけの同僚と同じ目だなと思ったがそれを教官に言う必要はない。
「ええ、きっと面白いことをしてくれるでしょうね。なにせ、他人の金で嫌いな相手に好き勝手に嫌がらせができるのですから」
「そうだな、それは確かに面白いことになりそうだ」
「その面白いことが俺たちからしたら都合がいいだけの話ですよ」
なんとなく、昔の俺と同じ社畜の匂いを感じたなんて。
今日の一言
頼みごとをする相手は慎重に選ぶべき
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




