表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/800

7 初めての仕事って緊張しません?あ、俺だけですか

初めてのダンジョンアタックです。

一応この作品は最終的には主人公最強物にしていこうと思いますが、段階を踏んで強くしていきたいと思います。

投稿するたびに、お気に入りが増えていくのを見てとても嬉しく思います!!

田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



「これが、ダンジョンか」


見渡す限りレンガ張りの通路、そして同じような光景が目の前に延々と続いている。


「体に違和感は、無し」


入口に入った途端に肉体が光ったのは焦ったが、これが体を魔力体に変える処置なのだろう。

周りを警戒しながら、体を動かしてみるが特段おかしな感覚はない。

ダンジョンに入ってまだ数メートル程度、さすがにまだダンジョンモンスターとの接敵はしていない。

ならば魔力の体というものは早めに慣れていたほうがいい。

屈伸運動に始まり、とりあえず一通り体を動かしておく。

その過程でいつもと違うものを感じ取る。

空気が重いと言うか、嫌に圧迫感があるように感じる。


「魔力が濃いというのは本当みたいだな」


研修時に、社内とは比べ物にならないほど魔力が濃いと講義で言っていたが、まさか感じ取れるほど違いがあるとは思わなかった。

とりあえず、この空気には慣れるしかない。


「はじめに挑むなら、機王将軍のダンジョンがお勧めか」


深く、それこそ魔力を取り込むように深呼吸するだけで幾分か雰囲気に慣れた気がする。

アドバイス通りのダンジョンに来たが、よかったかどうかの判断は挑んでみないとわからない。


「うし、気合入れていくか」


軽く両頬をたたいてダンジョンへ踏み出す。



遡ること数十分前


「はじめに挑むなら、機王将軍のダンジョンがお勧めでしょう」

「なんでだ? そこが一番初心者向けなのか?」

「いえ、単純に効率と危険性を天秤にかけた問題です」

「効率と危険性?」


カウンター越しに呼び止められた俺は、道具屋の店員、吸血鬼少女に講義では聞けなかったダンジョンに関して教えてもらっていた。


「私も一応はこの会社の社員ですのである程度のテスターの話は聞いています。噂、実際の訓練に立ち会った教師からの話、そして、こちら側の人間の性格と色々な話を聞いていましたが、おそらく、機王将軍のダンジョンが一番の穴場になっているはずです」


すっと指を立て一つ目と店員はつなげる。


「まずはじめに、私たちが所属する不死王様のダンジョンに足を運ぶ人間はいないでしょう、仮に入ったとしても恐怖心で帰ってきてしまう。蟲王将軍のダンジョンも同じ理由で除きます」


巨大な虫に襲われる経験なんてありますかと聞かれれば、つい想像して鳥肌が立ってしまった。

首を横に振れば吸血鬼少女はそうでしょうと答える。


「加えて、この二つのダンジョンは今のあなたとは相性が悪い。装備を整えステータスを上げれば話は変わりますが、今は無理です」


不死者の軍団は単純に物理攻撃が効きにくく、蟲の軍団は硬く繁殖性に優れていて単独で挑むには少々厳しいものがあり、種族的特徴で硬い個体が多いとのこと。


「次に、樹王将軍、巨人王将軍のダンジョンですが、あなた方は人と争うことを知らない。見た目からして一番人に近い彼らと戦うにはまだ覚悟が足りないかと」


言われてみればそうだ。

ただ戦うとなればできるかもしれないが、ダンジョン内では倒すだけではなく、殺さないといけないのだ。

それこそ、スエラさんに似た人とも戦うことになるかもしれない。


「顔色を見ればだいたいあなたの考えはわかりますので、今は落ち着いて私の話を聞いてください。

この二つも除外します。

それで残ったのは三つですが、竜王将軍は単純に龍の眷属で構成されたダンジョンなので戦力の質はほかのダンジョンに比べて高いと言わざるを得ません。今のあなたが行っても頭や腕を丸噛じりにされるだけです」


この吸血鬼少女は人間という種族の不安を煽るのがうまいみたいだ。

話を聞いていくうちに段々と及び腰になってしまっている。


「それで、残った二つのダンジョンですが、おそらくテスターの大半は鬼王将軍のダンジョンに挑んでいるはずです」

「なんで、そう思うんだ?」

「単純な話です。人は未知を恐れます。知らないものに挑むより知っているものに挑んだほうが簡単です。加えて中間での合同研修でゴブリン相手に圧倒できていたからですね」


まるで愚か者と言っているような彼女の言葉に俺も参加した研修を思い返せば、確かにゴブリンの時は脱落者がそんなにいなかった気がする。

崩れ始めたのはスケルトンの時からだ。

それに、ゴブリン相手なら俺もある程度は圧倒できていた。


「それに対して、機王将軍のダンジョンにはほとんどのテスターは挑んでいないはずです。未知の経験になりますが、邪魔されず効率的に挑むことができ、加えて機王将軍のダンジョンはゴーレムが主体で、個体数はゴブリンに比べるとかなり少なくなりますので囲まれる頻度は減ります。質はその分上になりますが、支給品を使っているならともかく、あなたのその装備を見る限り調子に乗らなければ問題なく戦うことができ、危険性は下がっているはず」


なによりと彼女は続ける。


「ゴブリンの戦利品より、ゴーレムの戦利品の方が高値で取引されていますよ」

「それは、重要だな」


現金な話で、儲かると聞けば人間、さっきまで及び腰だったのが嘘かのように前向きになっている。

今日でかなりの出費をした身にとって、その情報はかなり効果的だった。


「だいたいこんな感じでしょうか、さっきの手伝い分の話はしたつもりです。信じるか信じないかはあなたに任せます」


それだけ言い切ると、彼女はもう用はないというばかりに視線を俺から次の伝票の束に移していった。

話した内容はダンジョンの概要程度の話かもしれないが、事前情報のない手探りの状態の俺にとってはかなり貴重な情報だ。


「参考にさせてもらうよ。また来るな」

「またのご来店、お待ちしています」


時間も有限とのこともあり、これ以上の長居は無用、定型句を背中に聞きながら店をあとにした。

そして、売店に寄りおにぎりで腹を膨らませ携帯食と水を購入して、部屋で装備に着替える。


「コスプレには、見えないか」


姿見に映った俺の姿は、街中で見れば怪しく見えるが、しばらく着続ければ馴染むだろうと思わせてくれた。


「さて、初仕事に行くか」


装備一式を確認して、問題なければ、いざダンジョンへ。



そして現在に至る。

窓どころか、蛍光灯もないのに明るい道を進みながら十字路に出る。

広さ的には鉱樹を振り回しても上下左右ともに余裕がある。

戦うとしても、間合いには余裕が持てるだろう。


「ここは十字路っと」


そして、ノートに道筋を記載する。

やっているのはマッピングだ、描くときは壁を背にして周囲を見られるように描いているので、多少乱雑だが、自分がわかればいいのでとりあえず帰り道がわからないということはない。

カツン


「今、なにか聞こえたな」


気のせいかもしれないが、万が一の恐れがあるのがダンジョンだ。

油断するなと体の隅から隅まで、それこそ死ぬ思いで染み込ませた。

主に教官たちが物理的に染み込ませてくれたが、できればスエラさんみたいに優しく教えてほしかったよ。

ノートを閉じて、音を拾おうとして周りを見渡す。


「初戦闘ってか」


気づかれているかどうかはわからないが、とりあえず壁に身を隠し向こうからは見えないようにする。

背負子につけている鉱樹を手に取り、外れろと念じるとずっしりと手に重みが伝わってくる。

そっと壁から覗き込むようにチラッと見えた影を窺う。

距離感というものがあり、その中で目測というものがある。

感覚で大体どれくらい距離があるかを予想するものなのだが、


「十メートル以上?」


当然慣れていない俺には正確な距離というのは分かるわけがない、なのでわかる範囲の推測になる。

昔からそれなりに目は良かったからメガネはしていない。

さらに魔紋でなんとなくだが視力が良くなった気もする。

おかげではっきりと数はわかる、見えるのは小さい人影二人と成人した女性くらいの人影一人、小さいのはゴブリンよりも少し大きいくらい。

数的に不利、相手の情報は無し、挑むにしてはいささか無謀になる。


「もう少し近づいてくれないかねぇ」


距離があるせいか、窺うように見ていては相手の詳細がわからない。

ソウルなのかもしかしたらいきなりブラッドという可能性もある。

焦らないように慎重に観察をする。

段々と足音がはっきりと聞こえるようになっている。随分と足音が軽く聞こえるところから体重は軽いのかもしれない。


「手が武器になっているタイプのゴーレム、材質は木か? ゴーレムっていうよりは、パペット(人形)とマネキンって組み合わせだな」


人の形はしているが材質はパッと見は木、顔はのっぺらぼうのようにツルツルな肌に一つ目小僧のように宝石が一つ目のようについている。


「あれが弱点っぽいけど、狙うのは無理かねぇ」


こんな大きな得物で、ピンポン玉よりも小さそうなものを狙うのは難しそうだ。

観察しているうちに距離は十メートルを切る。


「ヤバそうなのは中型、両手が槍みたいに鋭いからあれで刺されたらさすがにやばいな。最初にあれを狙って、小型の方は我慢かねぇ」


マネキンタイプの中型は、物を持つことを前提とせず、攻撃することを考慮して肘から先が槍のように鋭くなっている。

マネキンタイプと違って人形タイプは両手が木槌みたいな形になっている。おそらく、それで殴るようにできている。

小型が足元で暴れて、トドメが中型という形になる。

なら、核となる中型を先に倒したほうが戦闘としては安全だ。

逃げてもいいが、単独で徘徊している個体は少ないとのこと、それを探すよりはある程度、攻撃を受けることを覚悟して複数に挑んだ方が吉かもしれない。

後一歩もう一歩と距離を測る。

木と石がぶつかり合うような乾いた足音。

それが刻一刻と近づいてきて、つい、唾を飲み込んでしまう。

ゴクリ

と、思ったよりも大きな音が響いたと思ったら

体は気づかれたと判断して、咄嗟に壁よりはなれ、気づけばマネキン目掛けて飛び出していた。


「ドエォォォォォ!!」


走り駆け寄ってからの下から斬り上げるような横薙ぎは、手元にミシリと木を砕くような感触とともに、中型のマネキンを上半身と下半身にった。


「メアァアアアアアアアアアアアアアア!!!」


返す刃で断ち割るように振り下ろせば肩口から左右に分けるように小型を断つ。

残心。

アフターフォローをするように、すり足からつなぎ足を駆使し、残りの小型に身体を向けようとするとそれよりも先に空中に飛び上がっていた影を捉える。


「!?」


咄嗟に左手を上に掲げた。

篭手の鉄板と相手の木槌がぶつかり合い、左手の握り拳に力が篭る。


「猿叫が効いていない?」


前の研修では、俺の叫び声はなんらかの反応を相手に引き起こしていた。

それが注意を引くにしろ、驚くにしろ、怯えるにしろアクションが起きた。

それがない。


「……っち」


おまけに、生物なら即死なはずの胴体分離が相手には通用していないみたいだ。

縦に割ってみせた小型は素直に魔力へと還っていったようだが、あのマネキン、下半身を失った程度では意味はないみたいだ。

逆に腕を足に見立て動き始めた。


「テケテケかよ」


それを見て、有名な異常に速く手で移動する日本の妖怪を思い出してしまった。


「って、ふざけてる場合じゃないか」


俺の声はでかい、さっきの攻防で他の敵をおびき寄せるかもしれない。

いや


「追加か」


もう来ていた。

数は四体、マネキンが二体、パペットが二体だ。

これ以上増援されたら、致命的だ。

猿叫の使用は控えたほうがいいかもしれない。

ぬるりと鎌首を上げた弱音が俺に警告をしてくる。

これ以上使えば、もっと敵を呼び寄せるぞと。


「ッカ、要は、来る前に倒せばいいんだな」


だが、あえてその警告を切って捨てるように開き直ることにした。

それは致命的な判断だったかもしれないが、前の会社でもうだうだ言っているよりも、さっさと仕事をやっていたほうが効率的にこなすことができた。

後ろ向きな思考は笑い飛ばす。

その笑い方に、教官二人の凶悪な笑みが思い浮かぶ。


「負ける気がしねぇ」


あの二人と比べれば、勝機はきっちりと見える。

腹から活を入れるために、強がってみるが、案外この言葉は便利かもしれない。

弱気だった気持ちが少し強気になれるような気がする。

弱気は捨てろ、危機を楽しめ、そして


「笑え」


危機を笑って歩けてこそ、強者への道。

あの二人の教官が、口を揃えて言った言葉だ。

ゆっくりと、肺と腹に空気を通す。


「キィエィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


溜め込んだ空気を解放するかのように、叫ぶ。

空気すら振動させそうなほどの声量をもってしても、相手の反応は無反応、ただ無機質にこちらに歩み寄って、通常移動から戦闘状態に切り替えるかのように走り出してきた。


「ッカ!」


口からこぼれたのは、ただ呼吸がこぼれたのかそれとも笑いがこぼれたのかわからない。

ただそれをきっかけにして、俺は駆け出していた。

剣道にこんな走って戦う方法なんてありはしない。

あくまで剣道は心を鍛える武道、戦う術である武術ではない。

しかし基本として役立つ部分は確かにある。

駆け出している状態から、剣の間合いに入り、先制を取ろうとしてきたパペットをすり足で間合いを調整して、相手の攻撃が届かなくかつ俺の攻撃が取れる間合いを取る。

宙を跳んできて、空を切ってみせたパペットを袈裟斬りで切り捨てる。

剣道の足運びというのは理にかなっていると言われている。

立体ではなく平面を移動する人間にとって、それをわかりやすく応用しやすいように形取った足運びが剣道で使われている。

重心を落とし、地面を滑るように脚を運び、振り下ろされた剣を呼び起こすかのように今度は逆袈裟斬りで下半身を失ったマネキンを切り捨てるかのように持ち上げた。

燕返し

かの有名な、佐々木小次郎の技だ。

振り下ろしからの即座の振りあげ、言うのは簡単だが実際使えるようになるのは決して簡単ではない。

新人研修期間で俺がやったことは多岐に渡る。

その中で重点的にやったのがこういった武術の勉強だ。

やらなければただボコボコにされるだけの俺が、せめて一矢報いるために学んだものだ。

もちろん、専門の師匠がいない完全な我流だが教官たちは面白そうに俺の努力を形にするために協力してくれた。

剣道にとらわれず、できることに手を伸ばした。

その中で、まともに形になった技の一つだ。


「っつ!」


足技もそうだ。

剣だけにとらわれず使えるものは使えと教えられた。

切り上げ宙に浮いたマネキンを走り寄ってくる四体めがけて蹴り抜いてやれば、水平に飛んでいきボーリングでピンを倒すかのように相手を巻き込んでいった。

妙に切れがいいのは、幾度となく、それこそ体に染み込ませるように俺が受けた技だからだろう。


「追撃」


感慨に浸る暇など与えない。

ただ一言、口ずさんで、俺は右肩に鉱樹を背負うように構え、蹴り飛ばしたマネキンに巻き込まれた相手めがけ襲いかかる。


「メエェイヤァァァァァァァァァァァァァァ!!」


まとめて叩き切る。

そんな気概で振り下ろした刃はマネキンとパペットを二体まとめて叩き割った。

ただ勢いをつけすぎた所為か、刃が地面に突き刺さってしまった。

残っているのはマネキンとパペットが各一体、当然、機械的に動く奴らがこの隙を見逃すはずがない。

顔面にめがけ、木の槍が迫り来る。


「アアァァァァァァ!!イヤァァァ!!」


判断するよりも先に体が動き出す。

まず先に柄から手を離し、体を起こしながら左手の小手で槍を逸らし、右手で相手の顔を抱き込むようにこちらに引き寄せ。


「セェイヤァァァァァ!!」


膝で打ち抜く。

常在戦場、武器がなくては戦えないでは、あの研修をくぐり抜けることなどできない。


「リィィヤァァァァァァァァ!!」


そして、返す刃、いや、返す蹴りで襲ってきたパペットを壁に打ち込んだ。

足の先から感じる、確かな体を砕く感触。

足を下ろし、周囲を警戒する。

その殆どは魔力へと還り、残骸すら残さないその場は、最後に蹴り抜いたパペットが消え去ることで静寂を取り戻した。

きっちり、十秒間、足元に鉱樹があるのを確認しながら、周囲を警戒して追加がないのを再度確認し


「つ、疲れた」


一気に緊張の糸が緩んだ。

いわゆる、ヤンキースタイルという姿でその場にしゃがみこんでしまった。


「まだ、心臓がうるせぇ」


戦闘が終わって、緊張で縛り付けられていた心臓が解き放たれたかのように速く、脈動を打っている。

ポケットをあさり、取り出したものの上の方を慣れた手つきでトントンと叩けば、細いものが飛び出してくれる。

あとはそれを咥えて火をつければ


「あ、禁煙してたんだ」


きっちりと肺まで吸い込んでから俺はその事実に気づいた。

つまりは禁煙失敗、癖というのは恐ろしいものである。


「また、禁煙し直しかよ」


諦めて、この一本は吸いきろう。

初めてのダンジョンで緊張したからと言い訳を誰にするわけでもなく、頭の中で考えながら床を見回す。

いわゆる、戦利品とやらを探しているのだ。

倒した体が残っていないということは、全部がソウルだったということだろう。

それなら一部、何かが残っているはずなのだが、


「ビー玉、なわけないよな」


赤紫色の小さなガラス玉のようなものが、倒した体数分きっちりと転がっていた。

どうやらこれが戦利品らしい。

詳しいことはダンジョンから出てからじゃないとわからないが、とりあえず小袋にまとめておくとしよう。


「さて、まだ時間はたっぷりとあることだし、ゆっくりと慎重にやるとしますかね」


ノートを取り出し、戦闘で移動した分も記載して、そのまま奥に進んでいく。

吸いきったタバコはちゃんと携帯灰皿に入れました。



「こんな当たりは引きたくはなかったねぇ」


覗き込んで窺っている先は広場になっており、マネキンが五体とパペットが三体、明らかに数が多い敵がいた。

そして何より


「あれが、ゴーレムかねぇ」


さらにその奥の方に佇むように動かない一体が厄介だ。

マネキンと比較するからこそ、その巨体が目立つ。

動きはしないが、あそこで戦いを始めれば間違いなく襲ってくる。

初めて戦う相手なら、できれば一対一がいい。

さらに言うなら、念入りに準備してから挑みたい。


「時間もいい頃合だ。ここで引き返すとするとしよう」


ダンジョンに入ってからかれこれ三時間は経過している。

マッピングをしているからここで折り返せば、ダンジョンを出る頃にはいい時間になるだろう。

最初の戦闘から何回か戦っているから、戦利品もそれなりに貯まっている。

今が引き時だ。

体が動いたのは、運が良かったからなのかもしれない。

まるで踏み込んだ時のように、床が擦れた音に反応して、俺は前に飛び出していた。


「形が違う!?」


振り返りながら鉱樹を抜き去る。

背後から襲いかかってきたのはマネキンだ。

前を注視していたからこそ背後の注意が散漫になっていて接近を許してしまったのだろうが、今の問題はそこではない。


「角付きって、ブラッドじゃないよな?」


額からはまるで指揮官と言わんばかりの角が生え、両の手は突くための槍ではなく薙ぐこともできる剣のような形になっている。

半ば願望も混ざっている言葉であったが、十中八九ソウルではなくレア種のブラッドであろう。

仮に違うとしても、今はそれよりも、頭の中ではどうやって状況を打破するか思考を優先する。


「やるしかないかねぇ」


チラリと背後を見れば、マネキンもパペットもこっちに気づいている。

そして


「そりゃぁ、敵がいれば動くよなぁ」


悪いことは重なるという。

のそりと、背筋を伸ばすようにその巨体を起こすゴーレムの姿もしっかりと見えていた。

ここで動かなければ対勇者用のダンジョンとして問題だと報告書に記載できたのだが、こっちの都合よく動いてくれるわけがなかった。

前門のゴーレムに後門のブラッド、そしておまけ多数と

囲まれている時の定石と言えば


「こういう時は」


前にいるマネキンブラッドを


「数を減らす!」


無視して倒しやすいマネキンとパペットに襲いかかる。

鉱樹を横倒しにしてそのまま回れ右して駆け出す。

そのまま集団の中に飛び込み乱戦に持ち込む。

だが、相手は慌てることを知らない無機物集団、多少の誤作動程度の時間しか稼げなかった。

十分とは言わないが、その時間を活用して活路を切り拓くしかない。

数度の戦闘でこいつらの特徴のいくつかは捉えている。


「メアアァァァァアアァァァァァァ!」


それを軸にして数を減らしていくしかないが、手間取れば


「っつっ! ダアアァァァァラァァ!!」


数に押しつぶされる。

他のマネキンが突き出した槍の手が保護をしていない右肩にかすった。

その痛みで一瞬止まりそうになる。

だが、止まれば囲まれる。

それがわかる故に歯を食いしばり、痛みを紛らわせるように気合で無理やり体を動かし、その場にとどまらないように駆け回る。

長剣という間合いの広さを活かしながら一合、一合、打ち合い、切り伏せ、防ぎ、走り、立ち位置を入れ替えながら、相手を削る。

その結果が、実を結ぶ。


「ハァハァハァ」


肩で息をしながら残っている個体を視界に収める。

様子見など関係ないと言わんばかりに無尽蔵の体力を見せつける二体が、軽快な足音と重低音の足音を響かせて俺に向かってくる。

ゴーレムとマネキンブラッド。

どうにか他は切り伏せることができたが、壁際に追い込まれ、走り回って大立ち回りをしたせいで体力はだいぶ削られていた。


「一息くらい、つかせろ、よ、な!!」


受けに回ってはいけない。

この状態で受けに回ったらそのまま押しつぶされる。

一歩だけ前に踏み込んで再度打ち合う。

鋭く切れる斬撃と、重く押し潰す打撃。

この組み合わせに俺は想像以上に苦戦していた。

俺は当たれば一撃で致命傷を与えられるマネキンブラッドを集中的に狙っているが、その度にゴーレムが盾になってマネキンを逃がしてしまう。

なら、ゴーレムを倒したいがやつは硬い。

鉱樹で斬りかかったが、腕の部分で若干削れる程度の傷しか残らなかった。

全力で切りかかれば話は違うかもしれないが、全力で鉱樹を振り回すには今度はマネキンの方が邪魔なのだ。

互が互のカバーをきっちりしている。

その姿を見ていると


「嫌味かよ!!」


まるで、単独ソロで戦っている俺に見せつけるような行動で、ついイラッときてしまう。

敵相手に嫉妬しても意味がないが、少し斬撃に力を込める。

打ち合う音が少し大きくなりながら相手の観察を続ける。

戦った感想では単体なら間違いなく倒せると判断できる。

その予想と違い、現実は膠着状態まで持っていかれ、俺の体力はどんどん削られていっている。


「俺も、仲間が欲しいなぁ!!」


結論、現状勝てない。

後の祭りとは知っていたが、現実は厳しい。

心情を叫びながら鉱樹を振りマネキンブラッドを斬り払いで距離を取らせる。

そこから、さらに打ち込む。


「三十六計、逃げるにしかずってね!!」


ように見せかけて近くの通路に飛び込む。

細かく移動しながら打ち合って、ようやく掴み取ったチャンスだ。

走って元来た道を逆走し、逃走を開始する。

ゴーレムの足は遅い、と言うより俺の方が移動速度は速い。

それこそマネキンよりも速く走れば俺は逃げ切る自信があった。

勝てないなら逃げる。

当たり前の判断だ。

走りながら、ある程度の時間が経って背後を振り返ってみる。


「まぁ、追ってはこないよなぁ」


いつしか、足音は聞こえず、背後にいた影は見えなくなっている。

欲を言えば、ゴーレムを引き離してマネキンブラッドだけ付いてきてほしかった。

だが、良くはないが悪くない結果だ。


「状況判断ができるってことは間違いなくあれはブラッド、この情報だけでも儲けものとしておこうか」


荒くなった呼吸を落ち着けるために、背負子を下ろし壁に寄りかかる。


「傷、手当しないとな」


あの集団に挑んだんだ。

当然、無傷なわけがない。

体中のあちこちを切り傷や打ち身で痛めている。

その中で特に両腕の傷がひどい。

度々胴体や顔に攻撃を受けないために防御に使ったからだ。

正直言えば痛い。


「ポーション、ケチらない方が良かったかねぇ」


この程度なら大丈夫、もう少し大丈夫とポーションの使用を控えた結果がこの様だ。

鉱樹を壁に立てかけ、背負子から軟膏を取り出し傷に塗ると淡い緑色の光を放ち始める。


「つぅうう、染みるなぁ、おい」


傷薬というものはそういうものかもしれないが、もう少しファンタジー的に塗った瞬間に痛みもなくパッと治してほしいものだ。


「買ったばかりなのに篭手が傷だらけだな」


治療するにあたって邪魔だったので外した篭手を再度付ける際に自然と新たについた傷が目に付く。

部屋に帰ったら磨いてやらねばと思いながら装備するための金具を締める。


「九時半、少し時間をオーバーしたけど目標は達成できたな」


正直、さっきの治療で集中力が途切れた感覚がある。

傷は治って呼吸も整っているが、もう一回戦闘状態まで持ち直すのは時間がかかりそうだし、危険地帯で一人で戦うというのは思いのほか体力を消耗するものだと理解した。


「ああ、結構悔しいものなんだな」


さっきの戦いで勝っていればこんな気持ちを抱かずに済んだかもしれないが、それは俺の準備不足が招いた結果だ。

今日は思いのほか自分が負けず嫌いだと再確認し、初めての仕事(ダンジョン挑戦)を終えるのだった。



田中次郎 二十八歳 独身 彼女無し 職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


ステータス

力   45    → 力   54

耐久  62    → 耐久  83

敏捷  28 → 敏捷  33

持久力 45(-5) → 持久力 55(-5)

器用  36     → 器用  41

知識  33    → 知識  33

直感  8    → 直感  10

運   5     → 運   5

魔力  50    → 魔力  50


状態

ニコチン中毒

肺汚染


今日の一言


何事も初めての仕事っていうものは、うまくいかない。

その経験を次回に活かせるように努力するのが重要だと思い出しました。


もう一話投稿します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] タバコと、携帯灰皿持ち歩いている時点で、禁煙する気ないでしょ。
[一言] スモウとオーンスタインかな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ