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686 目が覚めたら状況が変わっていた

 


 目を覚ましたら、一ヵ月の月日が流れていた。


 俺の人生で、そんな経験はさすがになかった。


 魂の疲弊は肉体とは違う。


 物理的な疲労ではなく精神的な部分の最深部で疲れてしまうと生き物は強制的に疲れを癒すモードに入ると言うことか。


「目覚めた気分はどうだ?」

「美人が目の前にいて眼福って感じか」

「軽口が叩けるなら大丈夫そうだな」


 目覚めて医者から言われた事実を飲み込むためにそんな他人事のような思考で、ぼんやりと天井を眺めていたらリザードマン医師の蜥蜴顔じゃない。

 見慣れたが見飽きないエヴィアの顔が見えた。


「体の方は問題ないんだよなぁ、ただ、少し気だるさは残っているな」

「無理な魔力行使と特級精霊の負荷が重なった結果だ。あと一週間は経過観察で入院してもらうぞ」

「そりゃ、最近働き詰めだったからなちょうどいい休暇だ」


 目覚めたのはついさっき、五分も経っていない。

 それなのに飛んできたと言わんばかりに現れてそばにいてくれる。


 俺って、愛されているなぁ。


「安心しろ、寝ながらでも仕事はできる」


 本当に、愛されてるなぁ。


「だろうな、後ろでニヤニヤ笑ってる社長がいる時点でわかってた」

「察しが良くて助かるよ人王、状況は把握してるかい?」

「まったく、医者に採血やら検査やらされている間にエヴィアと社長が来たので」

「そうか、それならエヴィア説明してやってくれるかい?」

「わかりました」


 さっきとは違う意味で愛を感じつつ、エヴィアの説明で現状戦争は様々な方向に変化を起こしているのがわかった。


 大陸の方では、元同僚で元将軍の蟲王が生きていて、それをフシオ教官が鎮圧しようとしている。

 イスアルの方では俺が眠っている間にキオ教官が一国を落として、拠点を作っているらしい。


 もうこの時点でかなりお腹がいっぱいだ。


 眠っている間に本当に何が起きた。


「さて、本題だけど、君が眠っている間に君の部下を少し動かさせてもらった。エヴィアを代理に使ったからそこまで変なことにはなっていないとは思うけど、君の備蓄を放出させてもらったよ」


 そして、他にも貴族の動きや、日本側の動き、イスアルでの動きなどの説明を受けて、最後の最後にとっておいたと言わんばかりに渡された報告書を見て。


「蓄財している物資の三割が消えているのは俺の目がおかしくなったと言うわけじゃないですよね?」

「正常だ」

「正常だね」

「こんな方法で健康を証明されたくないですよ」


 思わず天井を仰いでしまった。

 戦争用に用意していたからといって、たった一ヶ月で三割も消し飛ぶような使い方をしたのか。

 いや、一国を攻略したり、戦争のためにと考えればこれは安い部類に入るのか?


 どっちにしろ本格的な戦争を経験していない俺からしたら、この消耗が安くついたのか高くついたのかも判断はできない。


「あとで、ムイルさんとケイリィに確認して補給の目途を立てておきます」


 だとしたら経験者に聞くのが一番と思いつつ、俺の役割である補給線を維持することを念頭において動いた方が良いだろう。


「そうしてくれると助かるよ。あと、休養期間が終わった後の話なんだけど」

「日本政府への対応ですか?一ヵ月も眠っていたからそこら辺の仕事が溜まっているとは思いますが」

「うん、そっちはそこまで貯まっていないから安心してくれていいよ。しっかりと代理人で対応したよ。幸い君がパイプを作ってくれていたおかげでそこまで問題が出なかったと言うのもあるし、こちらとしても貴重な補給線だ。途切れさせるようなことはしないよ」

「それは、良かったですが。となると、本命は別件で?」


 そう思って、俺の後方支援の業務に支障を出さないようにスケジュールを組みなおそうとしたのだが、社長がそれに待ったをかけた。


「うん、君には鬼王の援護に回ってもらいたい。向こうの方で国を一つ落としてそこから連合国家を設立しようと頑張っているようなんだけど、どうも事務方が足りない様子でね。こちらから増員をすることになったんだけど、他の将軍たちは手が空いていなくてね」


 やってほしいことはキオ教官の援護のためにイスアルに渡ってほしいということだ。


 国の運営などやったことはないのだが……そんな俺を回すと言うことは本当に人手不足なのだろうか?

 事務方と言うことなのだから本当に書類仕事を回す人材を欲していると受け取れる。


 キオ教官の陣営でその手の器用さを持ち合わせてるのは、社内でよく見る事務ゴブリンさんたちだ。


 彼らは非常に器用にパソコンのキーボードを叩き書類を次々に完成させてくれる。


 そんな彼らは確か、キオ教官所属の派遣部隊だったはずだ。


「なぜ俺に白羽の矢が?」

「ライドウからのご指名だよ。人王と竜王どちらがいいって聞いたらね?竜王を向かわせたら暴れるのは目に見えているからね」

「その二択じゃ、どうしようもないですね」


 そんな彼らがいてもカツカツな状況で、俺が行っても焼け石に水なんじゃないか?


「期間の方は?」

「特段決めてはいないよ。安定したら戻るか、緊急事態になったら呼びだすか。状況によって変わる」


 それでも上司からの命令なら、出張の一つや二つはこなさなければならないな。


「……そこまで荒れているんですか?」

「聞く限り、ライドウの求心力で無理矢理まとめているって感じだね」


 しかし、それが長期出張となれば素直に頷くことはできない。

 けれど断ることもできないのはサラリーマンの悲しい性。


 あの教官が救援を要請してくるくらいなのだから、相当てこずっているのだろう。


 斬った張ったは得意な教官でも、全てを万能でこなすわけではない。


「そんな場所に自分が行ったら余計に荒れるんじゃ」

「随分と君のことを自慢しているようだよ?向こうじゃ君のファンもいるとかいないとか」

「優しく言っても最悪ですね。噂の一人歩きほど嫌な状況はないですよ」


 他人に力を借りるときは借りる。

 その判断はしっかりとできる御仁だ。


 しかし、その助けの場に巻き込まれている状況を考えると素直に頼られて喜ぶと言うことはできない。


「ハハハハ!そう言わないでくれ。君が向こうに行けば打てる手も随分と増えるんだ。それこそ、うまくいけば今回の戦争の終幕に繋げることもできるかもしれない。幸いにして、君の情報は向こうはあまり手に入れている様子でもないしね」


 キオ教官は嘘をつくことを嫌う。

 だからこそ、本心ですべてを語るからこそ、俺がどういう風に伝わっているか想像ができない。


 下手したらなにか即身仏のような物に祭り上げられている可能性も否めない。


「最高戦力を二人駐屯させられるという利点はかなり大きいんだよ」

「もともと補給線の維持の役割なんですけどね」

「戦闘はライドウに任せればいい、君の役割はライドウを支えることと、いざという時の保険さ」


 将軍という存在が、決戦兵器として使われている節があるからあながち間違ってはいない。

 それでも英雄的な扱いを受けるのは慣れていないからどうもむず痒い。


「いざという時とは?」

「勇者に動きがある。もし仮に、確保してこちらの世界に送還できるようならライドウよりも君の方が適任だと思ってね」

「なるほど」


 羞恥心に似た感情は、ひとまず置いておく。

 社長が笑顔から一転、真顔になり向こう側の最高戦力の一角に動きがあると伝えられる。


「連合の初手がうまくいかなかったことが相当気に喰わない様子でね。この際に実権を握ろうと勇者を動かして実績を作ろうとしている様子さ」

「教官の動きがバレていると?」

「今はそこまでではないね。ただ、怪しいとは思っている様子だね。だからこそこっちは樹王を動かしてそっちに視線を集めるけどね」


 その動きの動線を操作するように、あえて目立つような動きを樹王にしてもらうと。


「樹王だと違和感が出ませんか?彼女の実力を疑うわけではありませんが、森で迎撃するイメージが強いダークエルフが攻め手に回るとあえて注目を与えていると言うイメージが湧き出てしまいますが」

「そういう印象をあえて与えると言うのもあるんだよ。なにかある、そう思うだけで動きをけん制できるからね。それに、どちらにしても樹王ほどの実力者を放置できる権力者がいるとも思えないしね」


 そして、その樹王の統治するダークエルフたちの種族特性も理解して動くと。

 二手、三手と先を見据えているのは行動を決めている。


「あとはこっちに余裕ができたら竜王も投入する予定だよ。防備に関してはアミリとウオーロックの二人がいれば問題ないだろうし、最終的にはノーライフも参戦する予定だ」


 将軍位の五人投入。


 防備のことを考えるのなら、些か攻めすぎな差配かもしれないが、やりようはいくらでもある。


「……わかりました。先行隊と合流して活動し、向こうの世界で人と交流できる場の構築を優先します」

「うん、頼むよ」


 どちらにしろ、命令が下されたのなら俺はやるべきことをやるだけだ。


「ライドウの方のダンジョンを向こうに繋げているから移動はそれを使うと良い。許可に関してはエヴィア説明しておいてくれるかい?私はそろそろ職務に戻らないとまずそうだ」

「承知しました」


 戦争に本格的に参戦か。

 一体全体、どんなことになるのやら。


 社長が立ち去るのを見送って、数秒。

 完全に気配が無くなったあとに、エヴィアが大きくため息を吐いた。


「あの方には困ったものだな」

「まぁ、らしいといえばらしいんだけどな。大方、戦場の経験の浅い俺に戦場の経験を積ませようって言う魂胆だろう?教官がそばにいるのなら、大抵の出来事には対応できる」


 元の動きとはかけ離れた差配に対しての苦言だろう。

 俺が戦場に出ることになったことに対して、理解はしているが不本意だと言わんばかりの態度だ。


 しかし、社長の差配の理由に心当たりのある俺は苦笑するしかない。


 どうあがいても、大陸が戦場になった段階で俺も戦場に投入される未来が決定してしまった。


 それなら、経験値を積ませて多少なりとも安全にした方がいいと社長も思ったのだろう。


「だろうな、次郎の戦闘能力を疑うことはないが、戦場となれば話は別だ。あそこは魔窟だ。何が起きてもおかしくはない」

「……また、心配をかけちまうなぁ」


 万が一を潰すための行動で心配かけてしまう。


 つくづく、俺の行動は危険が伴う。

 この戦争が終わった時に、負の歴史に終止符が打てれば、これ以上心配をかけなくても済むだろう。


「仕方ない、と言いたいが、スエラたちの気持ちはわかる。今回は私もついていくことは出来ん。歯がゆいな、身重でなければついていけると思う女の気持ちもあれば、この重みを鬱陶しいと思いたくないという女の気持ちもある。まったく、とんでもない男に惚れ込んでしまったな」

「思われるっていうのは嬉しいな。だが、心配をかけるってわかると申し訳ないな。こりゃ、しっかりと無事に帰ってこねぇとな」

「当たり前だ」


 予感というわけじゃないが、なんとなくこの戦争は長く続かないそんな気がした。


 それ故に、一戦一戦が重く、激しい物になりそうな気がする。


「最低でも孫くらいは抱かないとな」

「それは、長生きしないと見れないな」

「どういう意味で?」

「忘れたか?ダークエルフは晩婚種族だぞ?スエラですら二百年近く独身を貫いたんだぞ」

「ああ」


 気楽に受け止めるには少し厳しいが、それでも気合を入れないとだめだなと思った。



 今日の一言

 状況は常に変わり続ける。




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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