685 予定外を立て直すのは並大抵のことではない
Another side
戦争という大事に予定という物は存在するが、それはあくまで予定であって確定事項ではない。
例えば、とある期日までにとある領土を手中に収めると計画したとしよう。
それに必要な兵力、物資、情報を揃えてこれなら万全と言っていざ出陣してその予定通りに進むだろうかと軍関係者に問いを投げたのなら大半はこう答える。
無理だと。
戦争とは水物だ。
天候に左右され、相手の動きに左右され、予想されない障害に左右される。
だからこそ、戦争時の対応能力こそがもっとも必要な能力だと言われる。
何かを成すために臨機応変に対応する能力。
では、ここで確認だ。
イスアルの軍勢は、元は魔王を封印してそこから反魔王軍を掲げる貴族連合を利用して大陸を混乱に陥れて様々な分野でゲリラ戦を仕掛ける計画だった。
その計画は人王と竜王の手によって見事なまでに瓦解した。
それによって本来であれば大陸に上陸しているはずのイスアルの軍勢は壊滅。
反魔王軍の貴族連合は正面から不死王の軍団を相手にすることになり、頼みの綱の蟲王の軍勢もそこまで役には立っていない。
予定外に重なる、予定外。
本来の予定だったらもっと互角の戦いになっているはずなのに、その面影は一切ない。
唯々一方的に蹂躙されるだけの流れになっている。
「さて、一応流れは取り戻せたかな」
その流れに満足気に頷くのは、各方面の報告を聞きながら盤上に目を落とす魔王だ。
「エヴィア、ウォーロックの配置はどうなっている?」
「蟲王を確実に仕留めるために包囲網を展開。地下からの逃走を防ぐために急ピッチで坑道を作り、要塞化を施しています」
「うん、ノーライフは予定通り貴族連合と蟲王を正面から抑え込んでくれているね。ライドウの動きも中々どうして面白いことになっているね」
戦争が始まって、すでに一月の時間が経過している。
その間に起きている内容は、序盤は魔王軍が不利現状は盛り返したと言う所。
手痛いダメージはおったものの、まだまだ余力は残している。
それはイスアルも一緒だ。
「はい、すでに小国ではありますが国を一つ落としています。反乱に協力し民の生活水準の上昇を手助けし、治水にも協力。一部ですが魔族への認識も変わりつつあります」
「たった一か月で国を落とすか、本当に内部から崩壊するような政策はするモノじゃないね」
しかし、魔王軍の手は既にイスアルに浸食しつつある。
目を付けた小国の腐敗を削ぎ落すことによって、国を崩壊させずに反乱を起こし、王を差し替えた。
かと言ってそのまま傀儡政権にするわけじゃなく。
あくまで同盟国家として樹立を支援した。
「それにあわせ、周辺諸国にもアプローチし連合国家を作るための土台を形成しています」
宗教的概念から、まだまだ魔族に対する風当たりの強さは変化しないが、それでもイスアルに協力国家が誕生したのは歴史上初の出来事だ。
加えてそこを起点に、大国に対応できるような連携関係を構築し始めている。
「いやぁ、日本の飲みニケーション、日本では廃れ始めているけどこっちだとここまで効果的だとは思わなかったよ」
「おかげで会社に送られてくる経費の額は大変なことになっておりますが」
「今のところ次郎君の部署で対処できる額だから問題ないよ。これが本当に正面から国落としをするならもっと莫大な金額が飛んでたよ」
しかも大国の諜報員に気づかれないように電撃作戦で国を落として、荒れないように配慮しているのだ。
鬼王の性格を考えるなら、あり得ない戦果ともいえる。
鬼王ライドウの新たな方針を理解した魔王は感慨深いと頷きつつ。
「さて、次はどんな手を打つべきかな」
次の手を考える。
大陸への侵攻を抑えつつ、反撃の手を撃つことには成功した。
しかし、それもまだまだ種を植えた段階でしかない。
ここから本格的な戦になる。
本命であるトライス、王国、帝国の三か国はいまだ健在。
牙城を崩す道のりは始まったばかりだ。
「人王の回復はまだだったかな?」
「はい、しかし時間の問題とも聞いています」
「意識が回復してもすぐに復帰とはいかないか、となると竜王をぶつけるか……それとも樹王をぶつけるか」
国内の平定をしつつ戦争の地盤を構築する。
遅々として進まない状況を改善するためには、多少手荒な行動も仕方ないと魔王は思いつつ。
思考をめぐらせ。
「相手はかなり考え込みながら同時に動けるほどの知恵者だ。間違いなく天才の類だね。しかし、経験が浅い。そして足を引っ張る重りが想定を超えていると言う所かな?」
相手の動きを読み切る。
思考の幅、深さともに才を感じさせる差配。
そして命を数としてとらえることができる上に立つ者としての精神的強さ。
その才覚が十全に発揮されれば、もっと危険な状況になっていただろう。
しかし、物事が万事うまくいくとは限らない。
それは敵にも適応されている。
「となると、次に動くのはトライスかな」
帝国は連合の維持に注力する、王国は一度手痛いダメージを負っているために動きが鈍くなる。
消去法で、現状改善のために動き出すのは宗教的に魔王軍を見過ごすことができないトライスと言うことになる。
そう踏んだ魔王。
「うん、樹王に動いてもらう」
であるなら、使う手は樹王の方が良いと判断する。
「よろしいので?」
「ああ、これ以上こっちに手出しをさせないほうが後々有利になるだろうしね」
しかし、その手は大陸の方の守りを手薄にすることに繋がる。
神の塔という一気に魔王を封印しようとしたこともあり、防御を手薄にすることに対してエヴィアは懸念を示す。
だが、魔王はこれ以上の内部からの攻撃はないと確信を持っていた。
「わかりました。ルナリアに指示を出しておきます」
「頼むよ」
本来の形なら、竜王に暴れてもらいその間に鬼王が裏で色々とする予定だった。
だけど、暴れてもらうのは竜王ではなく樹王。
最初の予定とはかけ離れた編成に魔王は思わず笑みがこぼれる。
「さて、勇者はどう動くかな?」
魔王軍が攻勢にでれば、流石に対魔王軍の切り札は投入されるだろう。
イスアルと魔王軍の戦いは基本的にいかにして互いの主力を削るかが重要になってくる。
魔王軍で言えば将軍、イスアルで言えば勇者という具合だ。
「今代の勇者は質に関して言えば急造品と言っても差し支えないほどの質だ。それなのにこちらに攻め込んできたと言うことは少なくない勝算があると言うことだ」
しかし、今代の勇者は人王、次郎の動きによって人材が用意できなかった。
一世一代の大召喚自体は成功したが、まさかそこから世界をまたいで勇者を奪還しに来るとはだれが考えたか。
大半、世界をまたぎ故郷に帰れなくなれば人間とは諦めるという適応能力を発動させる。
その適応能力を利用して、大量の勇者を育てようと思っての策であったが、大量の召喚という目立った行動が完全に裏目に出た。
故に、魔王軍につけ入る隙を造り上げてしまった。
その結果が歴代最弱の勇者。
魔王の見解的に、無理矢理数で補って質を誤魔化している。
「ようやく、喉元に喰らいつけたと言う感じかな」
勇者は人類の矛であり盾。
そう世間では教えられている。
しかし、本来の勇者はただの神の傀儡。
神の意志を時代に反映するための舞台装置。
その舞台装置の質が低ければ、魔王軍は本丸を攻めることが容易になる。
魔王軍の長い歴史において、ここまで可能性を感じさせる機会はなかった。
「魔王様、魔力が漏れております。配下の者が怯えますので鎮めてください」
「おっと、焦りは禁物だ。こんなチャンス、次は何時来るかわからないからね」
気づけば、笑みを浮かべ魔力を滾らせ、それに気づかないくらいに高揚している。
それをエヴィアがたしなめ、冷静になり自分の策に抜けている部分がないかを確認する。
「無理もありません。神殺し。それがなせる機会が目の前に来ているのですから」
「そうだね、私たちとイスアルの因縁の結末はこれを成さねば終わらない。例え私たちが人類を滅ぼそうとも神が健在なら、戦いは終わらない」
神殺し。
創造主を撃ち滅ぼすと言う大罪。
しかし、それが長い歴史の終止符になる。
そのために歴代の魔王たちは心血を注ぎ、多くの命を犠牲にしてきた。
「ま、殺した後の方が大変な予感はしているけどね」
「過程も大事ではありますが、事後処理の方が激務でしょう」
その犠牲に見合う対価を得なければ魔王軍に意味はない。
「うーん、今以上に忙しくなるかな?」
「間違いなく、しかし、そのころ私は産休に入っているかと」
「ええー、ずるいなぁ」
「安心してください。そのころには魔王様も奥方を迎えるための時間も設けるかと」
「それ、全然安心できないよ。世界を統一しようとしている最中に女性関係?何の冗談だい?」
「冗談ではなく、真面目な話です。次代のためにあなた様にはお子を作ってもらう必要があります」
「私の跡継ぎなんて血族じゃない方が良いよ。そうやって成功した例は少ないんだから」
しかし、その対価を得た先に見える未来に、魔王は苦笑しつつ、自分がゆっくりと過ごせるのはいつになることかと考え始める。
魔王が結婚し、平和に過ごせる世界。
そんな時代を作り出すために、今の苦労を作り出している。
「ですが、他者に禅譲するとなれば……」
「うん、血で血を洗う大戦争の再開だ」
その苦労が報われるのは、随分と先になりそうだと魔王は改めて自覚するくらいに、現状の魔王軍は問題を抱え込みすぎている。
「まったく、魔王も楽ではないね」
「それを承知でなったのでは?」
「それはそうだ。しかし、そうなると現実的に考えて、本当に結婚しないといけなくなってきたね」
「お相手には困らないのでは?」
「数は揃うけどね、私的には君たちのような関係が望ましいね」
それこそ、結婚という行事一つで世界を揺るがすほどの大事になる。
権力者の血縁になると言う事実一つにどれだけの価値がつけられるのだろうか。
「であれば、そのような女性を見つければよろしいかと」
「うーん、これはいっそのこと身分を隠して庶民の女性を口説くべきかな?」
「シンデレラストーリーは物語だけの話ですよ」
「成せばなるって」
「その際の残業は拒否させていただきます」
戦争の戦果によって、魔王の中で最終決戦という言葉がいよいよ現実味を帯びて来た。
神との決戦。
それはどのような結末をもたらすか。
少なくとも自身はその戦場に立っているだろうと確信している。
戦後、自身が生きているか。
魔王軍最強を自負している魔王ですら、神との戦いに絶対を保証することはできない。
こうやって軽口を叩き合っているが、決戦後にそれができる保証はない。
「手当は弾むよ?」
「金銭には困っておりませんので、それならお腹の子との時間を優先します」
「うーん、君くらいの実力者になると中々釣るのが難しい」
エヴィアとしても後の国のために魔王には存命していてほしいと願っているが、それが望外の望みであることも同時に理解している。
後悔を残さないように全力を尽くしている。
しかし、その全力ですら足りないと思っている。
「報告します!!人王様がお目覚めになりました!!」
そんな不安が立ち込める場に、吉報が舞い込む。
「おや、そうか。エヴィア、悪い話はここまでにしてひとまずは彼の目覚めを祝いにいかないかい?」
「わかりました」
先の不安はひとまず後回し。
魔王とエヴィアは、復活した次郎の見舞いのために席を立つのであった。
今日の一言
予定の組み直しはそう簡単にできない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!