683 悪夢よりも現実の方がひどい状況がある
Another side
「クズリ様、言われた通り配下を配置しましたがよろしかったので?これでは不死王の軍団と貴族連中が正面衝突することになりますが」
「それが狙いや。あいつらは捨て駒、理想ばっかり高くて身の丈に合ってない地位を求める愚者を使うのはこれくらいが調度ええんや」
反乱貴族連合と不死王の軍団が向き合う戦場から遥かに離れた位置に、蟲王が潜伏していた古いダンジョンがある。
それは、蟲王の一族が魔王にも隠し通していた秘中のダンジョン。
古の時代に築かれたダンジョンは、今だ神獣が生き延び、ダンジョンの機能を保全し続けていた完璧に近い状態のダンジョン。
そこで死を擬装した蟲王、クズリはずっとそこで配下を生み出し続けていた。
「我が一族の悲願のための尊い栄養になれるんや。あの木偶たちも喜ぶやろ」
魔王軍というのは基本的に、向上心の塊の集団だ。
常に上を目指すことを善とし、誰よりも強くあろうとする。
そのなかで蟲王は、なぜ自分は王になれなかったと常に不満を持っていた。
自分の魔力適正は八、決して低いとは言わないが、今代の魔王と比べれば圧倒的に低いと言わざるを得ない才能。
それだけの器と決めつけられたかのような自身の才能の値が蟲王は大嫌いだった。
そして何より彼女は、様々な蟲族を生み出せる才能を持っていた故に、生粋の女王気質。
並び立つ者を許さず、全ての生物は自身の下につくべきだと思っていた。
だからこそ、最初は彼女もあの戦乱の時代に部下を率いて魔王になる戦いに身を投じた。
彼女の才能である、軍団を生み出す才能は他を物量で圧倒できる強大な力だった。
強大な個よりも、膨大な軍。
それを体現し、連戦連勝を重ね、いずれは大陸も制覇できると思った矢先のことだった。
今代の魔王と出会ったのは、出会ってしまったのは。
その時点で両脇に大鬼と不死者の王を従え、堂々とし、王たる風格を醸し出していた。
蟲王は覚えている、その時からあの男のことが気に喰わなかった。
自身が持っていなかった、圧倒的な才能を持っている。
ただそれだけで、気に喰わないと決めた。
故に、戦うのは必定。
いつも通り物量で押しつぶそうとしたが、結果は大敗北。
蟻を象が踏み潰すかのように、蹂躙されて、不敗の女王の伝説は幕を閉じた。
その後は、単純だ。
死ぬか、配下になるか、その二択を突きつけられ蟲王は軍門に下った。
「あの時、うちを殺さなかったことを後悔すればいい」
彼女にとって、その時間が一番の屈辱だと言っていい。
蟲王の称号も、蟲族の中でしか王になれないと言う、皮肉が染み込んだ称号だと思っている。
井の中の蛙大海を知らず。
それを一生涯、背負って生きろと言われていると思っていた。
だからこそ、息をひそめその慢心した首を掻っ切るチャンスを伺った。
「ああ、あとあのお嬢さんに伝令だしとき。こっちに呼応するもよし、態勢を整えるのもよし、好きにしたらええ」
そのチャンスを作るのは本当に苦労した。
敵の敵は味方と言うわけではないが、イスアルに借りを作らないように立ち回り、魔王軍が不利になる状況を作り出した。
そして、ついに、戦争が起きた。
これを待っていた。
あの時の屈辱を、戦で負けた屈辱は、戦で返す。
「ただし、うちの邪魔をしたら殺すと付け加えておいてな」
千載一遇のチャンス。
他の誰にも譲らない。
魔王の首だけは絶対に譲らない。
太陽神の軍団も、貴族の反乱軍も、イスアルの連合軍も関係ない。
「承知しました」
「うん、だったらお行き」
その恨みに近い、執念が蟲王の野望を燃やす。
蟲族による天下統一、そんなのは部下をまとめるためだけの方便。
彼女にとって一族の悲願など、自身の悲願の副産物に過ぎない。
本命は別。
魔王の命、ただそれだけ。
「さてさて、そのためには色々と手を回さんとな」
この日のために用意した軍団。
秘匿していたダンジョンと自身の能力を駆使した全身全霊で用意した最強の軍。
それに加えてイスアルから拝借した兵士を貴族連合に組みこみ、正面からの衝突は連合に任せ消耗した相手を叩くと言う二段構え。
これでも満足せず、クズリは、異世界にいる繋がりを持った王女に隙ができたと伝える。
それでも満足しない。
あの魔王を殺すにはこれでも足りない。
現状、クズリが見えているのは四つ巴の戦況。
大陸で現魔王軍と反魔王貴族とイスアルの連合、そこにクズリの軍。
イスアルでは帝国を中核とした魔王討伐連合と鬼王の軍団がやり合っている。
竜王は負傷、新しく誕生した人王は意識不明、機王は防備、樹王と巨人王の動きが不透明なのが蟲王にとってはしいて言えば問題と言うべきか。
「となると……最初に確保するのは向こうの神さんの道具やな」
相手の嫌がることをするのが戦場でのベストな行動。
イスアルからしたら橋頭保を初手で失った。
であるならその橋頭保を再確保して引き渡せば、魔王軍とイスアルの軍がぶつかって魔王軍に負担がかかる。
こっちは多少の損耗でイスアルに貸しも作れ、魔王軍を削ることができる。
損耗した分は少しの時間があれば、十分に回復できる。
「あんたら、ちょいと王都で暴れてあの塔の周りから人を亡くしておいで。できるやろ?」
自分が生み出した子供など、消耗品。
力のある娘たちに指示を出して、王都の下に配置した地下通路から一気に占領するように指示を出す。
一人の娘につき一個師団。
向かわせた娘の人数は三人、三個師団による地下からの奇襲。
いかに強大な力の魔王の軍であっても王都陥落は時間の問題になる。
そして魔王城が無事だとしても、首都を失うと言う汚名は魔王軍の支持基盤に罅を入れることができる。
「さぁ。さぁ、どないする?」
手数は力だと蟲王は自負する。
足をもぎ、手をもぎ、そして首を取る。
その準備は着々と進んでいた。
そう思っていた。
「あ?」
だけど、世の中で一番してはいけないのは、万が一を想定していない時だ。
大陸の方でも奥地、秘境といっても過言ではない領地としては僻地に存在する蟲王のダンジョン。
だれも見向きもしないような場所であっても蟲王は見張りを切らさず、警戒網を形成している。
だからこそ、気づけた。
見張りの虫が殺されたと、それは意図的に、なおかつ効率的に、そして蟲王に〝わざと〟気づかせるように。
「なんや?誰が来た?」
こっちの見張りに見つかる前に見張りを殺し、こっちに意図的に居場所を伝えて来た。
そんなバカみたいなやり方をするのは、鬼王と不死王くらい。
樹王はそもそも気づかせない、機王はその軍団規模からしてそれをするのは難しい、巨人王はそもそもそんな器用な真似ができない。
竜王は単騎として最強であるから、それをする必要はない。
新人の人王はわからないが、この短期間で蟲王と戦えるような戦力を用意できるとは彼女は思っていない。
自身のように数を増やせるような能力があるなら別だ。
だけど、人という種ではそれは無理だ。
だからこそ、蟲王はその襲撃者はだが来たかわからなかった。
一瞬、迷い込んだ冒険者か何かとも思った。
こんなことをする輩は全員前線に釘付けにした。
であるなら、この襲撃は偶然の産物。
だけど、長年の経験から危険を察知した蟲王は他の目を用意し、意識共有でその原因を目の当たり。
「ハハハ、バカや、大馬鹿がおる」
それは堂々と待機していた。
見張りを切り殺したのは西洋の鎧を着こんだアンデッド。
自慢するかのように手に握るツヴァイハンダーを騎士のように構え、待機していたその姿を見て、誰が来たかと察した。
「自分一人でどうにかなると思っておったんかい!!不死王!」
反魔王の貴族連合を相手しながら蟲王も相手にする。
二方面作戦を展開してきた元同僚を見て、怒り以前に愚かと言う感想を蟲王は抱いた。
確かにアンデッドも数を用意することは長けている。
しかし、だからと言って自分と数勝負を挑むほど愚かとは思っていなかった。
「あんさんは、もっと賢いと思ってたんだけどなぁ。どうやらうちの見込み違いだったようやわ」
次々に姿を現すアンデッドの軍勢の数は確かに多い。
しかし。
「大方、貴族連合を抑えるだけの戦力を残して、うちを先に潰しに来たんやろ?だけどなぁ、それは舐めすぎや」
それでもその三倍以上の戦力を片手間で用意できる蟲王にとっては少ないと言える。
拠点としているダンジョンから補充する必要もない。
森という、蟲にとっては最高の戦地から続々と戦力である虫たちが姿を現す。
「さて、蹂躙っていうのを見せたるわ」
侵入者を蹂躙すべく現れた、多種多様の軍団。
たった一人の女王に従う、軍勢は飢えていた。
「うちの子供たちはお腹が空いているんや。たんと食べさせないと子供同士で喰いおうてな。あんさんらはちょうどいいおやつや」
数を用意するにはどうしても食料がいる、魔力だけで補うにしても限度はある。
それでも数を増やせたのは、弱肉強食の摂理を十全に使った結果。
数を産み、それを喰らってさらに増える。
この森に潜んでいる生き物は蟲しかいない。
「さぁ、ごはんの時間やでおまえたち」
故に外敵はイコール食事になる、例え腐っていようと、例え骨だけで有ろうとも食には変わりないと森の中から虫があふれ出す。
それは、あっという間に見張りを殺した不死者の騎士を飲み込んだ。
懸命に抗おうと剣をふるい、五匹の虫を切り捨てたが、あっという間に、数十の虫が喰らいつきその四肢を食い破った。
それがアンデッドの軍勢の末路だと言わんばかり。
次々に現れる統率のアンデッドの軍勢と食欲に任せた蟲の群勢。
勝敗はどちらに傾くか。
槍を構え、杖を構え、弓を構える軍団に蟲の波が押し寄せる。
それはまさしく自然災害。
羽音と歯ぎしりの音を怒涛の波のごとく響かせて、アンデッドを飲み込もうとしていた。
それが普通のアンデッドの軍勢なら確かに飲み込んでいた。
しかし、彼らは誰の軍勢か。
「おや、随分と粘るなぁ」
七将軍が一人、不死王の軍勢。
そこら辺の偏屈な魔導士が至った不死者とは格の違う、魔王軍の最強の一角。
蟲の波を抑え込み、整然と戦うその様相に、蟲王は気に入らないと思いつつもこれくらいはできるかと思い、追加で戦力を投入する。
今度は飛ぶことに長けた虫たち、天を覆うほどの数が森の中から飛びあがり、空からアンデッドの軍勢に攻め寄せる。
それに抗うのはゴーストの軍勢、どちらがこの場の空の覇者かを競うかのように蟲とアンデッドの軍勢は入り乱れるように空中戦に持ち込まれる。
それが一分、五分、十分と膠着状態が続く。
「なんでや?」
そう膠着状態なのだ。
随時数を投入していっているはずの蟲の軍勢に均衡状態を維持しているのだ。
おかしい、それはおかしい。
相手の数が減れば減るほど、蟲王の軍勢が優勢になるはずなのに、拮抗されている。
何かがおかしい。
その原因を探ろうとするよりも先に、蟲王の軍勢の左翼が押され始めていることに気づいた。
「なんでそうなるんや!?」
数では圧倒している。
質だって、そこらの兵では敵わないくらいに良質な子供たち、それが押し負ける光景はあり得ないといえる。
「!増えてる、なんでや、何でこんなに増えてるんや!?」
押し負ける理由はただ一つ、数が互角だから。
蟲王は、自分の領域で負けていると言う現実を突きつけられるのであった。
今日の一言
負けると思わないのは最悪を招く可能性がある。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!