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680 怪しげな誘いに乗るかは判断しづらい。

 

 Another side


 敵からの誘いに本来なら乗る必要などない。

 しかし、その誘いに乗った三騎の騎馬が街道を進む。


「隊長、本当にこの先にいるんですかね?この先って言えば見渡しのいい平原が続いているだけだったと思いますけどそれらしいものなんて見えないですぜ」

「やはり我らを釣るためだけの罠か?」

「たった三騎の騎兵を釣るために罠を張るってことは俺も随分と出世したもんだ」


 イスアルの中でも大国である帝国、王国、トライスこの三か国のと比べれば小国としか言いようのない部隊長の男はカラカラと気負った様子は見せず笑って見せる。


 その笑い声にそれもそうかと肩から力を抜く部下二人。


 騎馬に揺られ進むが、時間的には目的地には予定よりも早くつく。


「しかし隊長、本当に勝手に誘いに乗って良かったんですかい?これ、下手したら処罰物じゃ」

「なに、団長ならこの判断を理解してくれるさ。何かあっても精々トイレ掃除一週間とかの罰で済むさ」

「うへぇ、うちのトイレ臭いのわかってるでしょ?それを一週間って勘弁してくださいよ」


 それがわかっているからこそ、急く気持ちを紛らわせるように雑談に興じる。

 これから会いに行くのは御伽噺とかで語られる魔王軍。


 人民を守る騎士として、不倶戴天の敵としか言いようのない相手。


 子供のころから悪の存在として教わってきた存在。


 しかし、その御伽噺とずれた行動ばかりする存在でもある。


「……ああ、こんなことならマリーに告白しておくんだった」

「それ、お前が最近通っている娼館の女じゃないか」

「いいじゃねぇか、あっちもまんざらじゃねぇんだし」

「おいおい、そういうのは色々な男にして気を持たせて客を引き寄せる話だ。本気にすると痛い目にあうぞ」

「なんですか隊長まで、妙に説得力がある話ですね」

「なにせ俺は、好いた女の身請け金を払った途端にとんずらこかれた男だからな!!」

「「うわ」」


 魔王軍の中では変わり者なのかもしれないが、下手をすれば帰ってこれないかもしれないと言う不安を紛らわせないとやっていけない。


 まるでこの道は地獄への一本道だと言わんばかりに、進めば進むほど気を重くさせる。


 隊長の渾身の自虐ネタも、そこまで盛り上げる効果を見せない。


「なんだよ、お前らここは笑う所だぞ?」

「いや、すんません」

「わかってはいるんですけど」

「「「……」」」


 しんみりとした空気を漂わし、どんどん口数が減っていく。

 わかっている。


 きっと帰ってこれないと、三人の心の中でどこかわかり切っている部分がある。

 本当だったら逃げたい、むしろこんな誘いなど断るべきだった。

 こうやって三人で進んでいるのだって、本心では嫌だと思っている。


 だけど、国に仕える騎士として相手の情報を得られる可能性を考えたら放置もできなかった。


 覚悟を決めているが、開き直るにはまだ自分の命に未練を残している。


 そんな心境のまま、進んでいると。


「隊長、あれは」

「本当に、こんな場所で野営していたのか」


 丘を一つ越えた先に見えた陣地、それを遠くで見るだけでわかる。

 あれは、人の軍ではない。


 遠くからでもわかる、巨体が闊歩し、立ち込める濃い魔力。


 手紙に示されている通りの場所に鬼は待っていた。


「酒宴というから手土産は持ってきたが、どう見ても足りそうにはないな」

「まぁ、気持ちっていうのは心がこもっていればいいってわけですし」

「向こうが招待したのです。そこまで気にする必要はないでしょう」


 ただ、その数が想像していたよりも多かった。


 一個師団規模の鬼がそこにいると誰が想像した。


 そしてそんな軍団の接近を見落としたこの領地を管理していた領主に地獄で文句を言ってやると隊長は心に誓った。


「……行くぞ」


 偵察兵としての経験が語っている。

 もうこちらの存在はバレている。


 それもだいぶ前からだろう。


 軍の規模を確認した途端に周囲に気配を感じるようになった。


 こんな平原の真ん中で姿の見えない敵に囲まれたと何の冗談だと隊長は思う。


 部下の二人もそれを察して、辺りを見回している。


「「はい」」


 しかし、姿を確認することはできない。

 なら、諦めて進むしかない。


 馬も強者の気配を感じて、緊張している。


 安心させるために隊長は愛馬の首を撫でる。


 それは自分を安心させるための行為だったのかもしれない。


 どんどん近づいていく野営陣地。


「止まれ」


 そしてその手前、見張りのいる位置まで近づくと、ゴブリンの兵士に止められた。


「ここは魔王軍七将軍が一人鬼王ライドウ様の陣だ。人間よ、何用で参った」


 ゴブリンにこんな丁寧な対応をされるとは思っていなかった隊長は一瞬目を見開き、対応が遅れたが、ハッとなり、胸にしまっていた手紙を取り出し。


「私は、ハルツ皇国グレンゼ伯爵領第二師団所属のフリッツだ!そちらのライドウ将軍から酒宴の誘いを受けて参上した次第!!これが招待状だ!」


 それをゴブリンに突きつけるように見せれば、じっとその手紙を見つめたゴブリンは頷き、部下に二、三言命令を出す。


「失礼した、確かに我らが出した招待状だ。客人よ、宴席まで案内する馬はこちらで預かるがよろしいか?」

「大事な愛馬だ、丁重な扱いを所望する」

「傷一つ与えないことを、将軍の名で誓おう」

「……わかった」


 警戒心を解いているわけではないが、ゴブリンはフリッツたちを客と認め、主であり、将である鬼王の元に案内する。


 馬から降りた人を三人連れて歩き出すが。


「俺たちが珍しいか?」

「……ここまで規律を保った鬼の軍を見たことはない」

「そうかい、うちの大将は戦事にはめっぽう厳しくてな。ふざけたことをすると途端に鉄拳制裁さ。それがわかってるだけだ」

「その割には、恐怖で縛っているように見えんな」


 その陣営に入っただけでわかる鬼の軍の規律の高さにフリッツは冷や汗を流す。


 彼の知るゴブリンやオークと言った魔族は、賊にも劣る愚劣な存在だ。

 法など知る気もなく、村を襲い、人を犯し、作物を奪い、自分の生きることしか考えないような本能のまま生きる存在。


 それが彼の知る存在だった。


 だが、この陣営にいるオークやゴブリンはどうだ。


 鎧を身に纏い、警戒に当たっている兵士たちは余所見もせず、無駄話もせず、周囲を警戒している。


 休憩中の兵士たちでさえ、休むことに専念し、無駄なことをしようとはしていない。


 だからと言って、機械的な無機質さを感じるのではない。

 たった一人の強者に縛り付けられた独裁的な雰囲気もない。

 これぞ、理想の兵士と言わんばかりに規律を順守する軍がここにいた。


「俺らは純粋な力に従う種族だ。大将は俺たちの中で圧倒的に強い、強い奴に従うのに疑問がいるか?」

「……一定の理解はできる」

「なら、そう言うことだよ」


 フリッツのいる軍とは、貴族が統治するのが当たり前だ。

 そこにあるのは権力であって純粋な実力は必要とされない。


 高名な血筋こそ正義、それが今の軍の有様だ。


 故に、実力で決まる軍に少しだけ、羨ましいと言う気持ちをフリッツは抱いた。


 だが、その抱いた気持ちは心の奥にしまい込み、その後は無駄口を叩かず、どんどん奥に進んでいくゴブリンの背を追う。


「ここだ、この先にうちの大将はいる」

「……最初から思っていたことだが、武器は取り上げなくて良かったのか?それに、言っては何だが護衛の数も少ないだろ」


 そして連れてこられたのは、周囲を布で覆われた陣幕であった。


 ここまでの道中、彼らは一切妨害を受けず、すんなりと敵だと思われる魔王軍の将がいる場所までたどり着けてしまった。


 要人警護を考えるなら絶対にありえない対応だ。


 ボディチェックも持ち物検査も何もしない。

 ただ招待状を見せただけで通されてしまった。


「なに、うちの大将はそういう面倒なことはしない方針でね。それで死んでしまったらそれだけの器だったっていう方だ。それに、ここで大将を殺れても、ここの鬼たちが復讐でこの国を蹂躙するだろうさ。それがわからねぇお前たちでもねえだろ?」


 その点を思わずフリッツは指摘したが、帰ってきたのは不敵な笑みだ。


 まるで気にするなと言わんばかりに、それだけ説明する。


「ま、顔を見れば理解したってわかるし、それで入るか?」


 そう言われてしまえばフリッツたちはもう何も言えない。

 歯牙にもかけられていない。


 それくらいの実力差がある。

 三人はたった一枚の布切れの先にある魔力を感じ取って、それを理解していた。


 この先にいるのは怪物の類だ。


 それこそ、勇者でなければ倒せないような、伝説の怪物。


「……ああ」


 そんな生き物と会う覚悟を決めるのも一苦労だ。

 つばを飲み込み、頷くのに一分もかけてフリッツは案内していたゴブリンに返事をする。


「大将!客人をお連れしました!!」


 もうすでに、いることなどわかっているだろうに、それなのにわざわざ声をかけるのはフリッツたちのことを思ってか。

 それとも、ただの様式美か。


『おう、入れ』


 それを判断できる余裕は少なくともフリッツたちにはない。


 陣幕の中から聞こえる、低くされどよく響く声が聞こえ、案内のゴブリンがフリッツたちが入れるように布をめくった瞬間それは現れた。


「っ!?」


 フリッツは咄嗟に腰の剣に伸びた手を反対の手で抑え込んだ。


 大きい、いや、体は確かに大きいが、その体以上に大きく見える存在に生唾を飲み込む。


「し、失礼した」

「ああ、気にすんな。敵を前にしたんだ。お前の行動は間違っちゃいないぜ?」


 それはどういう意味か、言葉通りに受け止めるなら、敵を前にして武器を手に取る行為は間違っていないと取れる。

 だが、フリッツには剣を抜くことを止めたことが正しかったと言われたように聞こえた。


 酒宴の席だと言うのに、客人を待たずすでに酒を飲み始めている大鬼の態度は常識的に考えれば非常識と取れる。


 だが、フリッツにとってはそれが当たり前のように見えて受け入れてしまった。


 恐る恐る、大鬼の領域に入る込み、上座に座る大鬼に近づく。


「他の奴らはまだ来てねぇみてぇだな。お前たちが最初の客だ好きな席に座りな」


 どこに座ればいいかわからないフリッツは目線を動かす。

 その時に目に着いたのは、見たこともない豪華な食事や酒の数々。


 匂いからしてうまそうな料理が並べられて見たこともない機材で保温されている。


「では、失礼して」


 ここまでくれば覚悟は決まったと、フリッツは意を決して、大鬼の隣という座席に腰を下ろした。


「お前たちも座れ、ここまで来て護衛など野暮なことは言うな。招待されたのだ。宴席を楽しもうではないか」


 部下はそれに続いて背後に控えようとしたが、フリッツはそれを止める。

 大鬼とは目と鼻の先。


 そしてこの鬼は、無粋な態度を嫌うと直感的に悟った。


 故の警告交じりの冗談を部下に言い、その態度にニヤリと鬼は笑い。


「わかってるじゃねぇか、どうやら他の腰抜けどもとは違って話は分かるようだな」


 それが正解だと、示すように大鬼自ら腕を伸ばし。


「ま、話をするにしてもガチガチなままではしてもツマラン。駆けつけ一杯、どうだ?」


 酒瓶の口をフリッツに差し出す。


 その答えをどうするか、フリッツはわかっている。


 席に用意されている王族でも使うことがあるのかと疑問視される、純透明なガラスの器を手に取り。


「いただきましょう」


 鬼の酒を受け入れるのであった。


 今日の一言

 常識で考えるか勘に従うか、それが問題だ。




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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