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679 腐敗を切り取る存在は善か悪か。

 

 Another side


 鬼王ライドウの動きを軍事的に見るのなら、非効率かつ不自然と評するだろう。


 なにせ、彼らは進路上の村を襲わず、街も選んで襲っている。


 加えて、押さえておけば重要な拠点となるような砦すら、襲う襲わないを取捨選択している。


 さらに言えば、彼らは一切合切占領や略奪行為をしていなかった。


「これは、どういうことだ?」


 それは襲われたと報告を受け、手勢を引き連れて援軍に来たとある領主の部下の言葉だった。


 困惑に染まり、目の前の光景に戸惑う。


「おい、ここに鬼の軍団が来たのだな?」

「は、はい、確かにその通りでございます」


 その隣には、魔王軍が街を攻めてきたと聞いて必死に野山を走って隣町に助けを求めたこの街の住人がいた。


 家族を守るために、懸命に走って泥だらけになりながら隣町の兵士の詰め所まで駆け、一週間という長い時間をかけてもこうやって助けの兵士を連れて来た。


 魔王の軍勢に出会ったと言うのなら、間違いなく街は無事ではない。


 兵士を取りまとめる隊長もこの街の兵士たちの練度が低く、腐敗が進んでいることを知っていたから正直に言って、この偵察も危険だと判断していた。


 戦争に出され、貴重と言っていい騎馬兵を半数以上引き連れている。

 数人であるが魔導士も同道している。


 この兵士が失われることを考えれば、街並みが見えるまで接近すると言うのはあり得ない判断だった。


 しかし、近づけば近づくほど、違和感がある。


 街が綺麗すぎる。


 本来、戦が起きた街というのはひたすらに荒れる。


 城壁は砕け、焦げ跡が目立ち、主戦場になる城門前は血で染まる。


 それが常識であるのにもかかわらず、街はまるで日常を謳歌しているように静かなのだ。


 それに困惑し、通報した市民を問いただしたのだが、住民も知らぬと言わんばかりに困惑している。


「報告します!!」


 何もないのが逆に不気味、だからこそ隊長は部下に偵察を指示し、部隊は即応待機の状態で即座に撤退できる場所に布陣している。


 もしかしたら敵が街に潜み、援軍を迎え撃つ準備を整えているのかもしれない。


 そう判断しての行動。


「どうだった?」

「は!いえ、その街と住人は無事でした……」


 その判断が正解かどうかがわかる報告を聞こうと、馬上から隊長は問いかけるが、偵察に出ていた兵士の返答の言い回しが妙だった。


「街と住人は?どういうことだ?」

「被害は、街を守る兵士と領主館に集中しており、住民及び商店といった建物は一部を除き破壊や略奪をした形跡がありません」

「隠蔽した……というのはあり得んか」

「それをする必要がありません。住民から事情を聞いておりますが」

「聞こう」


 魔王軍の侵攻と聞いて、街の無残な姿を想像していたら平和な光景を見せつけられ、兵士からの報告を聞けば戦力を削ぐような形で被害はある。


 だが、住民の生活基盤となるような分野には一切被害がない。


 これが、御伽噺に出てくる悪逆非道の魔王軍がすることか?

 そんな疑問が隊長の中に芽生える。


「それが、魔王軍が攻撃を仕掛けたのは圧政を強いる領主関係者だけだったようで、連れ去られた女性や奪われた財を回収したら早々に街から立ち去ったと」

「領主関係者は?」

「斬首後、広場に晒されておりました。看板もあり、そこに罪状が連なって書かれております。それを証明する証拠も住民が預かっていて、他所の街の兵士が来たら渡すようにと言付かり私どもに渡してきました」


 そしてその疑問の芽はどんどん育っていく。

 偵察兵がわきに抱えていた書簡の数々。


 彼の部下たちは箱を背負っている者もいる。


 そのうちの一つ、おそらく重要書類だと思われる物を隊長は受け取って、それを読む。


「……我々が相手にしようとしているのは魔王軍のはずだが、その彼らがこれを我々に?」

「はい、鬼の軍団だと聞いております。その彼らが言っておりました」


 話を聞けば聞くほど、余計に混乱してくる。

 手元にある書簡は奴隷売買の証拠だ。


 この国では奴隷の売買は認められているが、それはそれを専門とした商人が法に定まった基準でやり取りが認められている。


 貴族であってもそれを無視して行使することはできない。


 しかし、この街の領主は税と称して見目麗しい村娘を連行し、夜伽の相手をさせたり部下の相手をさせて、最後はお抱えの商人に売り払っていたのだ。


 それを証明する証拠、そして人の目から見ても悪と言える存在を放置していた国に対して皮肉とも言える証拠の提出。


「その回収した女性や財を戦果として持ち帰ったのか?」

「いえ、女性に村の場所を聞いてその村まで送り届けると話しているのを聞いております。あと、困窮している街の住民のために食料も置いて行ったようで」

「本当に魔王軍なのか?」

「その、はずです」


 話をまとめれば、鬼の軍団は圧政を強いている領主に宣戦布告をしてその強さを見せつけ街を制圧した。

 そして、悪徳領主を成敗し、困った町民に救いの手を差し出し、攫われた娘たちは元の村に帰っていった。


 なんだそれはと、隊長は頭を抱えたくなった。


 話だけ聞けばやっていることは勇者と何ら変わりない行いだ。


 むしろ最近のトライスの勇者たちの横暴ぶりの噂を加味すると、魔王軍の行いの方が清廉潔白と言えてしまう。


 力技とも言える解決手段である点、悪であっても領主を殺したと言う醜聞、完全に正義とは言い難いが、町民を悪から救い、開放し、未来を示した点は間違いなく善である。


 寝物語に、魔王軍の悪逆非道の話を読み聞かされた隊長の頭の中で魔王軍のイメージが瓦解していく。


 いっそのこと魔王軍とは別の何かではないのかと思ってしまうくらいだ。


「あと、隊長」

「なんだ?まだあるのか?」


 これだけでも即座に戻って報告に上げないといけないのにも関わらず、どう説明すれば信じてもらえるか考えるだけで胃が痛みを訴えかけてくる。


 鎧越しに胃の上をつい抑えてしまう。


 正直にありのままを報告すべきなのだが、それをしたら頭の具合を心配されてしまう。


 一緒に同行した兵士たちと一緒に幻覚の魔法をかけられたのだと言われてしまい、トライスの審問官に伝わったのならそこから拷問という名の浄化に回される。


 最近のトライスの動きは変に活発だからこそ隊長も、この現状に頭を悩ませていると言うのに、部下はまだあると報告を上げて来た。


「はい、それが、魔王軍の将軍から手紙も預かっておりまして」

「先にそっちを見せろ!」

「申し訳ありません!」


 これ以上驚くことはないと思っていた隊長は、普段でも滅多には出さないような大声を上げてしまった。


 慎重に差し出す部下の手から、隊長は馬から飛び降りて受け取り、物を確認する。


「随分と上質な紙だな」

「はい、王族でもここまで上質な紙を使うことはあまりないかと」

「……この手紙に関して何か言われたか?」

「はい、援軍に来た長に渡せとそれだけ言付かったと」

「魔力は感じないな、だが、念のためだ。魔導士を呼べ、何か呪いをかけてあるかもしれん」


 上質な紙で、作られた封筒。

 金箔で装飾が施され、そして鬼王の印で封蝋が施されている。


 一体どんな内容が、書かれているか。

 開かず、持って帰り上司に報告するのも考えたが、もし、時間制限のある内容であったら意味がなくなる。


 そう判断した隊長は同道していた魔導士に魔法の有無を確認させる。


「特に魔力反応はありません。普通の手紙かと」

「ふむ」


 魔王軍からの手紙。

 普通に考えれば罠だと隊長は考える。


 しかし、ここまで普通じゃないことが頻発し、魔力の反応も何もない手紙。ここまで条件が揃っていると、読まないと判断することの方が難しいと言わざるを得ない。


「隊長!危険では」

「危険は承知だ」


 封蝋を解き、そのまま中身を出す。


 それに副官が止めに入るが、ここは危険を冒してでも確認する必要があると判断した隊長は、一瞬だけ手を止め深呼吸をした後、手紙を開く。


「招待状?」


 そして内容を確認し、真っ先に入る文字を読む。


 それは酒宴への誘い。


「我が名は、鬼王ライドウ。この手紙を読みし者に向けて宴の誘いをここに記す。日取りは我らが軍が街を立ち去りし日から十日後の夜、この手紙を預けし街から東に一日進んだ丘にて宴の準備をして待つ。勇気を持ち参加し今回の真意を知りたい者がおればこの手紙を持参し参加されたし、罠を疑い怖気づき立ち去る者に用はない。我は鬼の王、この言葉に我が名に誓い、嘘偽りのない招待状を送る」


 達筆な文字で書かれた手紙はまっすぐかつ単純な文章。

 それ故に、内容がわかりやすく相手の性格も察しやすかった。


 隊長は、この手紙を読んでしばし考えた後。


「魔王軍が立ち去ったのはいつだ?」

「はっ、三日前と聞いております」

「三日前か……となると期日は一週間後の夜か」

「隊長、まさかとは思いますが参加なされると言うつもりでは」

「そのまさかだ」


 魔王軍が街から立ち去った日付を確認した。


 そして、丁寧に手紙を折り畳み、それを懐に入れた。

 その行動に副官がまさかと言わんばかりに、目を見開く。


「危険です!わざわざ罠に飛び込む必要はありません!!」

「その罠の疑いを鬼の王が自分の名を使って否定した。であるなら、罠である可能性は低い。相手が今回の真意を教えてくれると言うのだ。なら、直接本人に聞きに行くのが一番早い」


 本来であれば、無視するのが正解だ。

 だが、隊長の中でこれは無視してはいけない物だという直感が囁く。


 彼は、戦場を経験したことはないが魔獣や盗賊の討伐には何度も出陣したことがあり、先行部隊を任されるくらいに危険に関して敏感で責任感が強い。


 その彼が、安全だと言う。


 一瞬、それで納得しかけた副官であったが。


「でしたら、せめて本隊が合流するのを待ちましょう!!それでしたら」

「約束の時間を過ぎるな。我々は騎馬で構成された部隊だ。歩兵を抱える本隊と移動時間が一緒だと考えるな。仮に駆け足で合流の時間に間に合わせたとしても疲れ切っている兵が何の役に立つ」


 それでも危険だと訴えた。

 それは偏にこの隊長に人望があったと言うことだろう。


 この街の兵士とは違い、この部隊が所属する街は善良な領主が街を治め、その善良性に惹かれて真面目な兵士が集まった。


「なに、心配するな。お前たちも知っているだろう?私は臆病な人間なんだ。きな臭いと思ったら尻尾を巻いて逃げ出すさ」

「なら、自分も同道します!!隊長だけ行かせるわけには」

「ならん。お前は残った部隊をまとめ本隊と合流しろ、手紙をしたためるからそれを団長に渡してくれ。私と一緒に来るのは、キース、ジャイアスお前たちだけだ」


 納得も理解もできない。

 だが、気真面目な性格ゆえか、命令には従うしかなかった副官。


「そんな顔をするな。お前は優秀だが、少し頭が固い。もう少し、頭を柔らかくしないと部隊を任せられないぞ」

「自分は、もっと隊長の側で学ぶつもりであります」

「まるで今生の別れみたいな言い方だな。安心しろ、私も死ぬ気はない」


 不満という色を隠さない副官の肩を叩き、隊長は笑顔を浮かべる。


「それに知っているだろう?私の勘はよく当たる。私はな、この勘を信じてこれまで生き残ってきたのだ。であれば、今回も大丈夫に決まっている」


 これが最後の別れではない。

 そう言い聞かせる。


 そうして、隊長は副官を本隊と合流させ現状を報告、そして自分は鬼の宴に向かうのであった。



 今日の一言

 全てはやり方次第




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[良い点] 鬼王教官かっこよすぎてやばい。 戦争終わったら、弟子増えそう。
[一言] イスアル側の困惑ぶりが実に面白い。
[一言] 暴力、策略という意味では大丈夫かもしれないけど、急性アルコール中毒という危険が迫っていないか?
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