675 大丈夫というのは簡単、守るのは難しい。
Another side
「まずは第一段階は成功ってところですかね」
ダズロは水晶から写し出され、出現した白亜の塔が出した結果に満足気に頷く。
「こっちも段取り通りに決起した様子ですし。いやいや、下準備をしっかりとした甲斐がありましたねぇ」
とある協力者のおかげで魔王城の空間座標を手に入れて、それの裏どりをして、それならと雇い主のお姫様に報告したのが運の尽き。
使える手段は親でも使うと豪語するお姫様に作戦の変更の指示を受け、急遽の変更を可能にするために奔走。
ここ最近の働き具合を考慮してダズロは自分に休暇を与えたいと切実に思っている。
目の下にはクマができ、頬はこけて、今週の平均睡眠時間はどれくらいだったかと考えるのも嫌になるくらいの働きづめ。
これで作戦が失敗したら目も当てられない。
「さてと、勇敢な戦士たちを送り出すとしますかね」
情報合戦で、こちらの支度がまだかかると味方にも流布しつつ、相手側に誤情報が流れるように加減して、頭が明るい人たちには実はと手柄を与えるように言い回しながら先鋒を任せるように操作した。
「いやぁ、おだてるだけで動いてくれる人は経済的で大変よろしい。うちのお姫様もそれくらい単純だったら」
「あら、聡明なお姫さまで悪かったですね」
「苦労していただろうなって、思ってるだけですよ?決して単純であった方がいいとか欠片も思っておりません」
「語るに落ちるとはこのことですよダズロ。まぁ、睡眠不足で思考が回っていないと言うことで手を打ちましょう」
「寛大な処置に感謝します。それで、こんなところにいてよろしいので?総大将として兵士の見送りがあったと思いますが」
「ああ、色々と煩わしかったので、あなたの言う通り笑顔でおだてて戦場に駆け足で向かってもらいましたよ。随分と気合が入っていたようなのできっといい目くらましになりますよ」
「それはそれは、姫様からしたら重畳と言うべき展開ですなぁ」
その成果が出ているので、ほっと一息をついて休憩がてら愚痴をこぼそうとしたけど、その隙も許してくれないのがダズロの上司、アンリ姫という人物だ。
自分の美貌も武器の一つと認識して、もし無事に帰って戦果を持ち帰ったのならと結婚を匂わす言葉など、男をたぶらかす言葉は辞書並みに用意している。
「そうですね、これで次の一手に移ることができます」
「次ですかぁ、本当ならこのまま魔王城に全戦力を投入して、倒すのが正道ですが」
「そうしたら負けるのは我々ですね」
「ですよねぇ、数を揃えただけで相手の本拠地を落とせるとは思っておりませんよ」
その策謀が得意な姫君は、奇襲が成功して魔王を封印できたことに喜びもせず、むしろまだ始まったばかりだと、チェスが始まり、最初の一手を先手で打ち出したに過ぎないと言わんばかりに油断も慢心もしない。
「本命のかく乱部隊は作戦通りに先鋒が戦闘を開始した直後に投入を、戦線には参加せず、まずは潜伏することだけを優先するように」
「はいはい、わかっておりますよ。人里、山の中、川辺、ありとあらゆる場所に潜伏できるように準備していますよ。情報のかく乱こそ戦を制するうえで必要なことですので」
「ええ、相手の力は強大ですが、その力を使わせなければこちらの勝ちです。特に相手の軍の柱となっている将軍の情報は優先して集めてくださいね」
「はいはい、新人の将軍もいるようなのでそっちも集めますよ」
正面からの衝突はこの初陣の戦いと決戦以外はやらないとアンリ姫は決めていた。
最初の損失で頭の明るい足を引っ張るやる気のある無能を始末する。
それによって、残った軍は動かしやすく、かつ使いやすい存在に変化する。
そして何よりもこちらは一度敗退すると言う演出を見せることによって相手は安堵するはず。
そこが隙になるとアンリ姫は踏んでいる。
「あとはどれだけ、魔王様が封じられているかですねぇ。姫様の目算では一ヵ月でしたっけ?」
「神の宝物です、いくら強靭な魔族と言えどそんな早く攻略できるとは思っておりません。あくまで最悪を想定した時間です。普通でしたら、半年はかかるでしょうね」
その隙は魔王が封印されている間は継続的に生まれるはず、そこにゲリラとして送り込んだ部隊にかく乱を行わせて、治安の悪化、連携崩壊、相手の軍の弱体化を行う予定。
相手が強いなら弱らせてしまえばいい。
神やその使徒、他の国は正面から倒すことを目標にしているようだが、そんなもの非合理的だ。
アンリ姫の中には、いかにして弱体化させ、弱った相手を最小限の労力で倒すか。
それをいかにして、楽しむか。
義務感と快楽その両立ができる現状の立場を満足気に味わいつつ、次の行動に移るかとアンリ姫とダズロは同時に思っていた時。
塔から中継されていた映像にノイズが走る。
「ん?なんか、おかしいですね」
神の宝物である神の塔から送られる映像にノイズが入る。
そんなことは普通なら起きない。
となると普通じゃないことが起きていると、ダズロは思った。
故に、その原因を探るために水晶に手を向けて、塔の状態を確認しようとした瞬間。
「は?」
塔に衝撃が走った。
映像が揺れ、そして乱れた。
あり得ないとダズロとアンリ姫は思った。
人類がどうあがいても壊すことができない神の塔を揺らす。
最高位の熾天使であっても、破壊には時間と準備を要する。
元々が神同士の戦いを想定した神の塔。
耐久面という点で言えば、物理的には壊せないと言っても過言ではない。
実際、さっきまで攻撃していた巨大竜の攻撃はノーダメージだった。
故に、神の塔が揺れるなんて事態に間抜けな声が漏れても仕方ない。
そしてそれを成している存在が。
「あ、ありえません」
閉じ込めていないと何をするかわからないと周囲から言われる姫君を引かせるような狂気の沙汰をしているとは思わなかった。
「神の塔を切り刻んでる?」
揺れる塔では確認はできないが、他の塔の映像に切り替え、見える光景を調整すれば何が起きているかすぐにわかった。
魔王城の正面に配置していた塔の中腹、その正面にその犯人はいた。
結界を切り裂き、すでに塔本体に触れる距離で高速で何かを振り回している人影。
戦闘に慣れていないアンリ姫はもちろん、戦闘に慣れているはずの宮廷魔導士のダズロですら何をしているか一瞬理解できなかった。
だけど、神の塔の表面が削れ、そして段々と抉られていくの様を見るとそこでなにが起きているかを理解した。
「ええーと、姫様、攻略されるには一ヵ月かかるって言ってませんでしたっけ?」
だけど、それを理解できるのと受け入れられるかは話は別だ。
ダズロは自身も神の塔の耐久値を確認している。
故に目の前の現実が受け入れがたい光景だと言うのを脳が訴えかけている。
「だ、大丈夫です。神の塔には再生機能も備わっています。それに次元障壁もあります。一度攻撃を止めれば瞬く間に直ります」
「……止まりますかね?」
普段冷静で、動揺を見せたことがないはずのアンリ姫が動揺している。
それすら認識できないまま、大丈夫だと言い切るアンリ姫の言葉にダズロは横槍を入れる。
水晶の映像の先には、人力では元来あり得ないほどの剣速で塔を攻撃し、塔の表面を削る人間が映っている。
「止まります。第一、剣一本で切れる範囲は限られています。切れない部分はすぐに修復します」
それを見ても、まだ大丈夫だとアンリ姫は言う。
ダズロ自身も理論的な思考なら、同意はできる。
だけど、戦場を経験していると、理屈だけでことは進まないと言うのを知ってもいる。
今回はそのパターンなのではとダズロはこの時嫌な予感が走っていた。
「それに、例え塔を一本破壊したところで問題はありません。今回の配置では互いに塔を修繕できるように配置しています。このペースでしたら次の塔の破壊に取り掛かったとしても最初に破壊された塔を修復できます」
しかし、戦場の経験がないお姫様はまだ、理屈的思考を捨てきれていない。
暗躍や、準備といった分野では無類の強さを誇る彼女の弱点をこの時ダズロは見た。
現場での判断、差配、そのすべてで確かにアンリ姫は優秀だ。
だけど、それは全て彼女の知識と経験に基づく想像の範囲内に収まっている。領域内の思考から逸脱した物には対応できていない。
悪戯から始まり、情報収集が趣味なり、他人の思考を読むことに長けたエルフの少女。
人を動かす、人をまとめる、相手をたばかる。
王としての素質を兼ね備え、大きな失敗をせず、さりとて失敗の重要性を知る彼女はここまでは順調にいっていた。
負ける可能性も考慮して、その可能性を可能な限り、潰してきたつもりだった。
だが、悲しいかな。
この世界には常識という概念に縛られないイレギュラーというのが存在する
ダズロは知っている、イレギュラーという存在は常識という概念から外れた対応できない存在。
アンリ姫は思っていた、例えイレギュラーがいたとしても自分ならどうにかなると。
この差が、この結果を生み出したと誰が言えようか。
悪いのは単純な巡り合わせ。
水晶の映し出す映像は、アンリ姫が想像していた結果は決して映し出さない。
切り刻めないと言った白き塔は、途中から刀身が伸びた剣によって半分以上切り刻まれた。
ここで止まれと、姫の脳裏に願望が入り混じり始める。
それは理屈じゃない、根拠も何もない単純な拒否感、否、忌避感だ。
あり得ないということはあり得ない。
どこかの誰かが言うような言葉だが、アンリ姫はそれをどこか他人事のように聞いていた。
他人はそうでも自分ならそれは違うと。
だけど、彼女は人生で初めて、理不尽を目の当たりにする。
「嘘」
「うわぁ、あれと戦わないといけないんですか」
時間にして、二十分。
神の塔はたった一人の存在によって切り倒された。
中腹から崩れ落ちる塔。
そして結界にほころびが生まれる。
だが、六本中の一本が倒されただけ、魔王の封印には問題はない。
他の塔への負担が増えるだけだが、結界自体に支障はない。
まだ大丈夫。
それが、アンリ姫の心を支えていた。
それは、もし仮にこの塔を切り裂いた男一人だったら、正解だろう。
もし一人で何かをしようとしていたら、間違いなくアンリ姫の想像の範疇に収まる結果となっていた。
最終的に、ああ、警戒しないといけない存在がいる。
それだけで済む話で収まった。
だが、悲しいかな。
現実は、無情だ。
たった一人の努力によって、うがたれた穴に飛び込む灰色の竜は、瞬く間にその身を漆黒に染め上げ、修復しようとした空間で大爆発を引き起こした。
一見すれば、自爆とも言える一撃だが、竜からしたら体内にある魔力を爆発するような勢いで開放しているだけだ。
それはほんの数秒、塔の修復能力を上回り、そしてこじ開けた穴を広げた。
悪あがき。
そうとしか見えない。
この時のダズロは、ああと失敗を確信し。
この時のアンリ姫は、無駄なあがきと嘲笑を浮かべようとした。
絶対を信じないダズロと絶対を作れると思っているアンリ姫。
その差が、この後の光景。
そのわずかな空間から差し込んだ魔王城から放たれる漆黒の光によって、神の塔がすべてなぎ倒される光景に対する衝撃の度合いを分けるのであった。
最初の成功を確信した直後に、覆される現実を見た瞬間であった。
今日の一言
絶対はない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!