673 変化というのは誰にも知らせずおこる。
一時の休息。
海堂たちとの触れ合いというのは俺に良い意味での影響を与えてくれた。
難しく言ってるだけで、要は気分転換になったそれだけの話だけど。
「ダンジョン内でのポーション工場の稼働率は着々と上がってるな」
「予定よりも、八パーセントの進捗の前倒しができているわね。ポーション用の瓶の製造工房も今のところ生産に追いついているわね。薬草園の方もダンジョンの魔力を駆使しているから質のいい薬草が多量に作れているみたいよ」
「こうやって考えると、ダンジョンって防衛設備よりも生産設備にした方が効率がいいんじゃないか?」
その気分転換が終われば、再び仕事に戻るのが俺の日常だ。
昨夜は少し夜更かしをしているけど、俺たちは最悪二時間くらい寝れれば次の日に支障は出ない。
「言わないで、正直私もここまでの成果が出るとは思わなかったのよ。もともと軍事施設として設計されているから、機王様や巨人王様はゴーレム工房や鍛冶工房を備えている例って言うのはあったわ。だけど、ここまで本格的に素材からの生産工程を備えているダンジョンって言うのは初めてなの」
今は、俺のダンジョン内で作っているポーションの備蓄量と生産スピードの確認だ。
人材確保に関して四苦八苦しているけど、それでも稼働できる最低ラインの人員はいる。
いつ何時、開戦の狼煙が上がるかわからない現状、少しでも戦況を支えられる資源は溜め込むに越したことはない。
「それもそうか、まぁ、成果が出ている分はいい。防衛設備も完成とまではいかなくても最低限はできたし、フシオ教官から人員も借りれている。食料の方の備蓄はどうだ?」
「治安面が安定しているから、日本経由で今も続々と食料が運び込まれているわ。こっちは錬金術で作れるレアメタルを代価にしているから、錬金術師たちに差し入れが必要ってくらいかしら。それにしても地球と繋がれただけでだいぶ戦争としてはこれは楽ができるわね。平和な莫大な農地と交易ができる。こちらの需要と向こうの需要が噛み合っているから裏切られる心配も低い。信用しすぎるのは問題かもしれないけど、それでも大きなアドバンテージになってるわ。正直、これだけ備蓄できているならどれだけ民の負担が減らせるか」
その備蓄内容は多岐にわたる。
地球との玄関口になっている俺は、食料品の備蓄も行った。
戦争というのはとにかく金食い虫だ。
非生産性行為の筆頭格とも言える。
必要だからやると言っているが、人材に資材損失、環境破壊、そのどれもが戦後に俺たちの首を絞める行為でしかない。
その負担を少しでも減らせるように四苦八苦しているわけだ。
「まずは前線に回る竜王に優先的に回してくれ、次にキオ教官に、そしてアミリさんのところだ。残った半分は本部の備蓄部門に回して、残りは俺たちで管理する」
「了解、目標まではまだ遠いけど、このペースなら来月までに目標には届きそうね」
その負担を減らすためにかなりの出費を払っているが、それでも抑え込めている方だ。
日本だけではなく、諸外国がどれだけ俺たちと関わり合いを持ちたいかが如実に感じさせるほどの迅速な行動っぷり。
今も、日本のとある港には入港待ちのタンカーが集まっていると言う。
とある大国はそれ専用の船団を作ったほどだ。
借りを作らないように、支払いはできるだけ即金で用意している。
と言っても、渡しているのは摩訶不思議なファンタジー物質ではなく地球にある物質で支払っている。
MAOコーポレーションの資金も無限ではない。
現金支払いではすぐに限界が来るのはわかっているからこそ、ファンタジーパワーで対応している。
そのファンタジーパワーが錬金術というわけだ。
彼らの大半は大陸の方で働いて、そこで作っているレアメタルがこっちの転移陣に作られた途端に片っ端から運ばれてくると言うわけだ。
「来月か……」
そのペースを維持しても来月まで時間がかかる。
「何か気になるのかしら?」
「ああ、時間というのは正直言って相手にとっては敵でしかない。戦争を仕掛けると言う情報は既にこちらに渡っている。それを考慮したら出来るだけ準備をさせないように迅速に攻め立てる必要があると思うんだが」
「相手の軍の規模を考えたら今でも十分に早いと思うわよ。こっちの資材収集能力が異常なのよ。飛行機に船これだけでも向こう側の輸送能力を圧倒するし、インターネットって言う情報伝達能力が決定的に情報のやり取りの速度に差を生み出しているわ」
それを遅いとは思っていない。
だけど、間に合うのかと不安にはなる。
「ああ、間違いなくこっちは早い。今この時に戦争が始まっても持久戦に持ち込めるくらいに備蓄はできている。生産速度的に相手は一国ではなく一つの世界を敵に回しているようなものだ。だけど、どこか見落としているような気がしてならないんだ」
戦争というのは結局のところ総合能力の高い方が勝つ。
向こうはイスアルにある有力な国をまとめ上げて、歴史上類を見ないほどの大軍を形成している。
数という面では魔王軍は負けている。
しかし、質という面で言えばこちらが圧倒している。
この違いが戦力差としてどれくらい出るか。
それに関して未知数すぎる。
そこに加えて、回復用のポーションと食料、そして防衛設備の補修用の資材の確保。
人材というそう簡単に補給できない分野以外は、出来るだけ用意して準備をしてきた。
だけど、まだ足りないと思ってしまう。
手を前に組み、ギュッと力を籠める。
「ほら、そんなに肩の力入れないの」
その手の上に優しくやわらかな手のひらが触れる。
「あなたは全力でやってるわよ。新人の将軍として見たらもう及第点は超えている行動は起こしている。これ以上やろうっていうのは無謀って言うのよ?」
その手の主であるケイリィの顔を見れば、彼女は仕方ないと笑っている。
「心配性もほどほどにしなさい。あなたが不安になれば部下も不安になるの。鬼王様みたいに堂々としてなさい」
その笑顔は余計に力が入っていた手から力を抜き、そして嫌な考えに思考を傾けていた俺の心の天秤の傾きを水平に戻す。
「助かった。ありがとう」
「いいのよ、あなたの背中には背負うには少し重すぎる物が多いのは理解しているつもり、私が背負うことはできないけど、バランスが崩れかけた時は支えることくらいはできるわよ」
その役割を担ってくれている彼女に感謝しつつ、大きく背もたれに寄り掛かって、大きく深呼吸する。
「……ああ、頼りにしているよ」
「ええ」
ちょっと、甘酸っぱい空気がこの場に漂う。
触れているだけの手は、するっと恋人のつなぎ方に変わり、そして段々と顔の距離が近づいていく。
唇が触れ合うまで、残り数センチ。
その時、部屋の外から慌てて走ってくる気配を感じる。
「もう、タイミングが悪いわね」
「そう言うな、この雰囲気何かが起きたな」
駆けてくる人物の気配。
その気は大きく乱れている。
これは良い報告は聞けないぞ。
「失礼します!!」
部屋の外の警備にいったん止められ、数秒のやり取りの後に大きく扉が開かれた。
彼は確か、大陸との連絡を取っている情報官だったはず。
となると、大陸の方で何かが起きた?
「急報です!!魔王城の周囲に白い塔が六本出現!瞬く間に結界が展開され、魔王城が封印されました!!」
「なんですって!?」
それはある意味で最悪に近い報告だ。
ケイリィが目を見開き、俺も驚きを隠すことはできなかった。
「魔王様は?」
「魔王城におられました」
「そうか」
魔王軍は最強の者が魔王となる。
ようは一人の最強が、国をまとめると言う独裁政治を敷いている。
故に、そのトップが電撃作戦とも言えるような方法で封印されてしまった。
最強なら中からどうにかする可能性はゼロではない。
だけど、過信してそこで何もしないと言うのは愚か者だ。
「ケイリィ、ムイルさんと一緒にここの管理を頼む。警戒レベルを最上位まであげておいてくれ」
故に、俺の行動はすぐに決まった。
すっと立ち上がり、そのまま部屋の外に出る。
「わかったわ。行くのね?」
「ここで何もしないって言うなら何のための将軍かってね。君は他の将軍と連絡を取ってくれ。俺はトゥファリスに行く。兵長に伝令、部隊の半分を即応待機に移行。第二種戦闘配備」
やるべきことは、すぐに思いつくのはこんなことのために備えていたからか。
「次郎君」
「ん?」
情報官に指示を出し、部屋の外にいた警備兵にも指示を出して俺は転移でトゥファリスに移動しようとしたタイミングで、ケイリィに呼び止められ振り返ると、さっきできなかった口づけを交わしてきた。
「無事に帰って来てね」
「ああ、ありがとう」
勝利の女神にキスをされたのかと、一瞬変なことを考えて俺は転移魔法を発動する。
トゥファリスの俺の執務室に転移され、その足で艦橋を目指す。
「人王様」
「艦長、緊急事態だ。主機起動、第二種戦闘配備!!」
「ハッ!総員緊急配置!!下船している乗組員に緊急招集!!残りの者は出港準備!!」
そこにはムイルさんの伝手で集めた、トゥファリスの乗組員がいた。
その中央にいたダークエルフの初老の男性に俺は即座に指示を飛ばす。
「通信士」
「ハッ!」
「島にいる情報官との通信を繋げ、そこから情報が入ってくる」
「了解しました!!」
今できることは迅速に戦力を用意すること。
相手はいきなりこちら側の頭を抑えて来た。
それによって足並みを乱そうと言う魂胆なのはわかる。
どうやってと、手段を考えつつも、並行して指示をだす。
「艦長」
「なんでしょうか」
「島にいる兵士の半分を連れていく、乗船準備を頼む。それと、詰めるだけの物資も積み込む」
「了解しました。一時間で用意させます」
「頼む」
正直、俺の陣営でまともな戦力になるのはこのトゥファリスと俺くらいだ。
であるなら、可能な限りの支援物資を持参していくべき。
「通信網形成できました!!」
「正面モニターに回せ」
「了解しました!!」
時間が過ぎれば過ぎるほど、こちらが不利になる。
それでも焦ってはダメだ。
まずは情報共有するために、他の将軍と連絡を取らねば。
『ほう、こんなに連絡を取ってくるのが早いとは思わなかったぞジロウ』
「教官、ということは他の将軍たちは」
『まだ、というよりは詳細な情報を集めている最中というところじゃ。とある猪は既に現場に飛び立ちおったわ。単騎として戦力は上々であるが今はあまり有効とは言えんの』
そして最初に繋がったのはやはりと言うべきか、フシオ教官であった。
この軍内部でも古参、そして戦慣れしている故に足並みを揃えることの重要性を理解している。
モニターの一角に映っている教官の顔には、いつもの飄々とした雰囲気がない。
「魔王様を抑えられた所為でこちらの足並みが乱れていると言うことですか」
『そうじゃな、個性の塊のような集団じゃそうなるのも仕方あるまい。じゃがライドウは兵力を集めていると言っておったからこちらに合わせる気があると見ていい。機王はおそらく、魔王城の中じゃ。今は奴が城の守りを固めておるから魔王様と合流すれば早々に落ちる心配はない』
竜王の独断専行。
それだけで、足並みが揃っていないのはわかる。
そしてこの瞬間わかった。
開戦したのだと。
今日の一言
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!