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672 仕事と趣味の両立は難しいがやりたいと思えることだ

 

 海堂との二次会も楽しみつつ、終わってそこそこ遅い時間に帰宅。


「お帰りジーロ、水を飲むか?」

「ああ、もらうよ」


 そんな遅い時間でもヒミクは待っていてくれて、ソファーに座って編み物をしていた手を止めて台所に水を取りに行ってくれる。


 魔法でやる方が早いと思うが、彼女はこういうのは手でやった方がいいと言ってその手間を惜しまない。


 その手間をかけてくれることに感謝しつつ、俺は上着を脱いで、ヒミクが座ってたソファーの隣の背もたれにかける。


 ネクタイも緩めて、ふぅと大きく息を吐き出すころに氷の入った水差しとコップを持ってきたヒミクが戻ってくる。


「ありがとう」


 そして水をコップに入れて、ヒミクが差し出してくれたコップを受け取る。

 その水はほんのりとレモンの味を感じる。


 自家製のレモン水が酒を飲んで水分を欲する俺の体に一気に染み込んでいくのがわかる。


「スエラたちはもう寝たのか?」

「スエラは子供たちと一緒に寝たが、メモリアは今は入浴中だ。エヴィアは今日は帰らず向こうに泊まりだそうだ」

「そうか、ケイリィは?」

「ケイリィなら」


 水分補給が終わったら、あとは寝るだけなのだがこのまま寝るのも待ってくれていたヒミクに申し訳ない。


 多少寝るのが遅くなっても良いか。


 そう思って、ソファーに座ると彼女の背中の翼が少し揺れる。

 それは彼女が嬉しい感情を見せるときの仕草で、それと合わせて表情も少し柔らかくなった。


「ケイリィは」


 その流れでヒミクも俺の隣に座る。

 そして今、嫁たちが何をしているかを確認する。


 気配でどこに誰がいるかは、この屋敷内ならわかる。


 寝室にはスエラと子供たち、メモリアは大浴場ではない個人用の浴室。

 エヴィアの気配がないから屋敷内にはいないと言うこと、ヒミクはリビングにいて、最後のケイリィと言えば。


「今帰って来たな」


 玄関口から、元言えばこの屋敷に繋がる転移陣が発動してそこからケイリィの気配を感じることができた。


 そしてその気配はまっすぐこっちに向かってくる。


「ただいまぁー」


 くたびれたと言う表情を隠さず、リビングの扉を開いた彼女はそのままテクテクと俺の方向に歩み寄ってくると。


「つかれたー、いやして~」


 ソファーに倒れ込むように、程よい力加減で俺のひざ元にやってきた。


「スーツが皺になるぞ?」

「予備があるし、ここのお手伝いさんは優秀だし」

「それもそうか」


 俺はそんな彼女の髪を優しく撫でつつ、そっと掌に魔力を纏わせ癒しの術を発動させる。


 ダークエルフという種族だけに限った話ではないが、大陸には魔力に敏感な種族が数多く存在する。


 そうではないと生きていけないと言う環境なのもあるが、魔力の源の魔素が身近にあると言うのもある。


 その中で、魔力に敏感な種族が好むのが好意を持っている異性の魔力を浴びるのを好むと言うちょっとした性癖のようなモノがある。


 人それぞれで、好悪は別れる。


 スエラやヒミク、エヴィアもその傾向があってメモリアはそこまでといった感じ。


 その中で一番好むのがケイリィというわけだ。


 むふぅといつもの飄々とした笑みではなく、可愛らしいあどけない笑みを彼女は浮かべる。


「む、ずるいぞ」

「それなら次郎君にくっつけばいいじゃない、私は彼に頼まれた仕事をしてきたの~これは報酬~」


 後から来たのに、割り込まれるように独占状態を作られたヒミクは面白くないと少し眉間に皺を作るけど、ケイリィは元から独占する気はないのかもっとくっつけとアドバイスする。


「それもそうか」

「どうぞどうぞ~」


 その言葉に納得したヒミクが、そのまま体をそっと寄り添うように近づけてきて息と息が触れあうのではという距離まで体を添えてくる。


「ほらほら~魔力をよこせ~」

「はいはい」

「はいは、一度~」


 それを満足そうに見たケイリィは、もっと魔力を寄越せと催促してくるので魔力循環の要領で癒しの魔法を全身に循環させ、その魔力を身体から垂れ流すようにする。


「やはり、ジーロの魔力はいいな。木の葉の隙間から漏れる太陽の日差しのように優しい」

「それわかる~次郎君の魔力ってなんか安心するのよね」


 魔力にも質があって、その魔力の味と言えばいいのだろうか。

 それに好みがある。


 その彼女たちの好みに俺の魔力が合致しているようで、じっくりと堪能するように俺の魔力を浴びている。


「はぁ、次郎君の課長の引継ぎも無事にできそうだし、これで少しは仕事が減りそうねぇ」


 癒されていて、完全に脱力しているケイリィはウトウトと少し眠気を感じつつもそれでもまだ寝る気はない。


「そうだな、諸々の条件は今月中にはクリアできそうだな」

「情報部も動いたし、相手が国じゃない限り簡単にことは済むわね」


 仕事から帰ってそのまま寝るのはもったいないと言わんばかりに、俺の魔力を堪能するケイリィ。

 そしてヒミクは静かに寄り添って魔力を堪能しながら話を聞いている。


「二人ともいつもありがとうな、俺を支えてくれて」


 そんな彼女たちに感謝の言葉を送る。


「どういたしまして、もっと感謝してくれていいのよ~」

「私はジーロとともに歩むと決めたのだ。これくらいなんともないさ」


 ここにいない、スエラやメモリアエヴィアもそうだ。

 彼女たちには色々と助けてもらっている。


 正反対の反応を見せるケイリィとヒミク。


 そんな彼女たちとの時間を削ってまで趣味に没頭するのはやっぱり、何か違うと今でも思える。


 だから、マスターが言っていた提案はある意味正解なんだと理解した。


「これ以上となると……抱き上げて回転でもすればいいのか?」

「それはそれでありね。今はこうやっていたいから後でよろしく~」

「私はそうだな、翼の手入れを手伝ってもらおうかな」


 そんな彼女たちと触れ合っていると、この考えについて意見が欲しくなった。


「わかった。まだ時間があるしな。だけど、その前にちょっと話を聞いてくれないか?」


 だけど、話の切り出し方が少し良くなかった。


「何かトラブル?」

「私にできることなら何でもするぞ」


 こういう時は俺のトラブル体質を嘆くしかない。

 俺が相談を持ち掛けた途端に、ケイリィの脱力状態が抜けて仕事状態に、ヒミクの雰囲気も柔らかい物から真剣に。


「違う違う、仕事とは関係ないことだ。そんな硬い顔をしないでくれ」


 元から問題事に対しては報連相を徹底していた。

 だけど、相談内容が悉く厄介事がらみなもので二人にもその認識が植え付いてしまっていたようだ。


 慌てて、それを否定し、ケイリィの髪を撫で、ヒミクにはチークキスをする。


「なによ、あなたが相談を持ち掛けるときってほとんど大変な時だから何事かって思っちゃったじゃない」

「うむ、私もそう思ったぞ」

「すまんすまん、今回は完全にプライベートという話でな」


 こればかりは日頃の行いが原因だから否定できない。


 故に、彼女たちの言葉は今後の行動をできるだけ善処する方向で対応する。


 そう心中で思いつつ、俺は今日海堂と趣味のことで話したことを説明して、最後の方でマスターを含めた三人で話していたことを話すと。


「それ、趣味って範疇を越えてるわよ」


 ジト目でケイリィから指摘を受けた。


「うむ、ジーロ。趣味というには規模が大きすぎないか?」


 そしてそれはヒミクも一緒だった。


「そう言われるとは思ってた。だけど、投資を趣味にしている人もいるからな。悪くはないと思ったんだがな」

「別に悪いとは言ってないわよ。いつも、仕事か家族サービスしかしていない次郎君が何かを始めると言うなら私としても良いと思うわ。ただ、やってることが完全に趣味の範疇を越えているだけで」


 マスターの話をざっくりとまとめると、腕はいいがお金がなく埋もれている酒職人がかなりの数いるらしい。


 大陸の酒職人は大抵は商人か貴族の傘下に入る形で設備を用意してもらってそこで修行して腕を磨く。


 だけど、そこから独立することは難しい。


 彼らは職人であって、経営者ではない。


 お金を貯めて、自分の酒蔵を作ること自体はできるが、そこから経営のノウハウを学ぶことは中々できない。


 販路というのは基本的に商人たちが抑えている。

 そこを使うために仲介料を払い、儲けは少なくなり先細りになるパターンが多い。


 そうして借金を負う職人たちが立ち行かなくなって、その借金を肩代わりしてもらう代わりに低賃金で働くはめになる。


 腕のいい職人を適正価格で判断できる環境がないのだ。


 それをマスターは嘆いていて、もっといい環境で働くことができるなら彼らも救われるのにと。


 そこで俺が趣味の話をしていて、財力があるならパトロンになって、好みの酒を造ってもらうのはどうかと。


 働く環境を用意し、商売のノウハウを教え、後ろ盾になってくれるなら喜んで働いてくれるし将来的に独立を支援してくれるようになるなら傘下にすら入ると。


「それって、結局は派閥拡大よね。メモリアさんのトリス商会だけじゃなくてあなたお抱えの商会を作ろうってことでしょ」

「もともと好みの酒を造ったり、子供たちが大人になった時に一緒に飲める酒を造ろうって話だったんだがなぁ。気づけば、ガチな話になってた」

「それは完全に仕事なのでは?」


 趣味の話をしていたはずなのに、気づけば酒を起点とした商売の話になっていた。

 俺には地球という販路がある。


 日本の法律に関しては、霧江さんのコネを使ってどうにかできるというチートががあるし、異世界の酒というブランドはかなり興味が引かれるという好条件。


 よほど下手なブランディングをしない限り売れないと言うことが想像できない。


「余計な仕事増やそうとしてない?」


 だけど、本当にこれをやると趣味の範疇に収まらない。

 それを指摘するケイリィはジト目で俺の頬を引っ張る。


「しばらくは酒造りに専念して味の研究に従事してもらうから、畑と酒蔵造りだけで済むはずだ。販路とかの話はメモリアと相談しながらだから早くても十年はかかるからすぐには忙しくはならないはず」

「はぁ、そう簡単に行くかしら。ちょっと見通しが甘いんじゃない?あなたのことだからダンジョンの一部を開放するつもりでしょ?」

「……正解」

「前代未聞だな、ダンジョン内で作る酒。含有魔力がとんでもないことになりそうだな」

「下手したらポーションと何ら変わらない酒ができそうね」


 俺の趣味話から広がったその話は、気づけば商会を作る話題になり。

 少し呆れ気味だが、それでも反対はせず。


「いいわ、あなたが作ろうとするお酒も気になるし、資金に関してもあなたのポケットマネーから出るみたいだし、手伝ってあげる」

「私にできることは少ないだろうが……その酒に合う料理くらいは作れるぞ」


 こうやって、笑顔で手伝ってくれる。


「次郎さん、商売を始める話でしたら私が専門です」

「来たか、メモリア」

「ちょうどいいタイミングで来てくれたわね」

「そうだな、本職がいた方がこの話は良いな」


 そこに風呂上がりで少し頬を上気させたメモリアが現れる。

 浴室からこっちに向かっているのは気配で感じ取っていたから、本当に良いタイミングだ。


 商売の話で最初に頼らなかった事実に少しご機嫌斜めなメモリアを加えて今日はもう少し夜更かしをする。


 今の俺は知らないだろう。


 この話が、未来で地球でも名を馳せることになる田中酒造の始まりだと言うことに。



 今日の一言

 趣味は人を豊かにする。




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[一言] 田中酒造、現実に何件かあるけどw まぁ田中の名字がありふれてるからなー
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