670 男二人だからこそ話せることもある
連れて来てなんだが、こんな高級な店、俺も滅多に使わない。
教官たちはそれこそ日常使いをしているだろう。
それを考えると、今の海堂のリアクションも理解はできる。
「先輩、先輩はもう俺の知らない先輩になっちゃったんっすね」
どこか遠い目で、店の中を見渡して、そして手に持っているグラスに目を落とす海堂。
「なんで、そんな黄昏て酒飲んでいるんだよ」
仕事の付き合いが大半だが、酒飲みの教官を持つとこういう店を良く連れて来てくれるからそのノリで連れて来たと言うのに。
「海堂も教官たちに連れて来てもらってるだろ」
「こんな高い店はないっす。俺、教え子としては気に入られているみたいっすけど、先輩みたいに対等って感じじゃないっすから」
「ああー」
その教官の教え子の海堂もこういう店に連れてきてもらっているモノだと思っていたが、どうやらあの人たちも線引きという物はあるらしい。
そう言えば、俺もこういう高級店に連れてこられたのはキオ教官に勝ってからだったな。
「お前も教官に勝てばいいんじゃねぇか?」
「今の俺じゃ、宝くじの一等を当てるよりも低い勝率っすよ。アミリちゃんに頼んで連れて来てもらった方が早い気がするっす」
互いにグラスは三杯目。
支払いに関しては互いに問題ない。
だけど、こんな高級酒を普通の居酒屋のように飲み干すような飲み方は似合わないと言うことで、のんびりと飲んでいる。
「それもそうか。それはそうと、話は変わるがアミリさんの経過は順調か?」
「うっす、さっきも言ったっすけどそっちは定期的に病院に行って確認してるから問題はないっすよ。先輩もエヴィアさんは大丈夫っすか?」
「こっちも経過は順調だ。妊娠が発覚してから仕事をセーブしているのが大きいな」
「アミリちゃんも似たような物っすね。最近ちょっと忙しそうっすけど」
普段とは違う飲み方。
昔、仕事明けで飲みに行ったときはとにかくビールジョッキ片手に仕事の愚痴をこぼすだけの俺たちが今じゃ家庭の心配をしあうと言う月日の流れの速さを感じる。
「色々とごたごたが重なって今じゃ、どの将軍も暇なしってやつだな。体調管理も身体能力が強化されているから多少雑でも問題ないって言うのがブラックワークの要因になっているかもしれないな」
「それでもしっかりと家族との触れ合いの時間を確保してるのは凄いっすね」
「俺の癒しだぞ?スエラたちとの触れ合いが無くなったら俺はストレスで潰れる自信がある」
「あ、それわかる気がするっす。前の会社の同僚に、彼女がめんどくさいって言う話を聞いた気がするっけど、そう言うの一切感じないっすよね。どっちかというと、家に帰ってくると誰かいるって安心感がヤバいっす」
「それなぁ」
互いに家族を溺愛しているのがわかる。
グラスを持っている手で、つい指を立てて同意してしまう。
それでもグラスに入っている酒は一滴もこぼさない。
無駄に身体能力を駆使して共感しているのを示すと海堂も大きく何度も頷く。
「これって俺たちがドブラックな会社で働いていたからっすかね」
「疲れて帰ってきたら、微妙に残る生活感の独身部屋」
「洗濯物が溜まった浴室に、微妙に埃っぽい自室」
「ただいまと言っても、返事が返ってこない部屋」
「冷蔵庫空けても酒かエナジードリンクしか入っていない」
「「……」」
「止めるか」
「そうっすね、すっげぇ美味い酒がまずくなるっす」
昔の自分たちの生活環境を思い出してみると本当にロクな生活を送って来てなかったなと自覚できる。
思い返しても寝に帰るだけの虚しい自室はある意味で黒歴史に認定される。
「もう少し楽しい話題にするっすよ」
「……楽しい話題ねぇ。といっても最近じゃ外に遊び行くこともなくなったし映画もサブスクで済ませているしな。流行りからはかなり離れているし、ほかに考えると男二人だと大抵は夜の話とかになるが」
「それ触れちゃうっすか?昔ならこういう女性と付き合いたいって妄想話で冗談で済ませられる話っすけど、今話すとガチな話しか出てこないっすよ」
「そうなんだよなぁ」
それを忘れるために、グラスに口を付けて一口酒を飲んで、気持ちを一旦リセット。
話を変えようと提案を受けたのは良いが、良い年した男二人が飲んで話すことと言えば仕事か、少し下世話な話なる。
「だが、気にはなるだろ?」
「……そりゃ、気にはなるっすよ」
その下世話な方向に話を持っていくのは酒が入っているからか、それとも久しぶりのそれなりの歳の男同士の会話だからか。
迂闊なことは言えないけど、互いに質問したことには答えようと言う空気にはなった。
「俺も三人と付き合ってるっすけど、先輩は俺よりも凄いっすよね。スエラさん、ヒミクさん、メモリアさん、エヴィアさん、それにケイリィさんって五人っすよ。多くないっすか?て言うかそれだけいると満足させるのも大変っすよね?」
指折りで数えながら海堂は、俺が今現在付き合っている女性の名をあげていく。
五人の美女と付き合っていると聞けば、男に背中から刺されても仕方ない現状。
だけど、苦労がないわけではない。
「そうでもない。この肉体になってからは、疲れって言う方面でバテる心配はないからな、徹夜でも割と平気になってるし、むしろ本気になったら向こうが先にバテる」
複数の女性と付き合うので一番重要なのは愛情の匙加減だと俺は思っている。
誰かを特別扱いしたら、他の女性も同じくらいに特別扱いをしないと天秤が傾きすぎて、大変なことになる。
こっちの世界でも向こうの世界でもそれは一緒だ。
故に、俺は彼女たちにぶつける気持ちは常に全力だ。
それを体現していると言っているだけなのに海堂の野郎はまた引いて、少し距離を取った。
「おかしいっす、俺はいっつも最後の最後は気を失う様に眠るのに、先輩は美女をとっかえひっかえ」
「ガチで引くな、そして言い方。それとそうなるのは単純な身体能力の差だと思うぞ。俺は手加減する必要がないからそのままできる。お前の相手は将軍のアミリさんと双子の熾天使なんだぞ?」
その態度に不満がある俺は、ジト目でそうなる原因を教えてやった。
海堂も随分と鍛えているが、シンプルにステータスの差が夜の営みにも反映されていると言うことだろう。
「うっ、なんとなくそんな気はしていたっすけどこれが魔力適正の格差っすか。戦闘能力だけじゃなくてそっち方面でも差が出るなんて」
「絵面的に見れば、俺もヤバいがお前も同じくらいにヤバいけどな」
「それは言わないのがお約束っすよ。自覚がある分、何気にショックっすから」
ステータスが高い方がやっぱり、有利なのはこの世界の常識だ。
戦闘然り、仕事然り、スポーツ然り、ステータスが低い者が高い者に勝つには相応の工夫が必要だ。
それを自覚していても、なんだかんだ俺も海堂も彼女たちを愛していると言うことだ。
「でも、アミリちゃんが妊娠してからシィクちゃんもミィクちゃんも普段の料理からこうなんて言うっすか」
「精のつく料理か?」
「そうっす、そいう料理をメインに作って来るんっすよ」
「安心しろ、うちもそうだ。特にメモリアとヒミクの協力体制がすごい」
そして俺たちも愛されていると言う自覚がある。
具体的な例を挙げると言うなら。
「メモリアが実家のコネをフル活用して、スタミナがつく料理の素材を購入して、ヒミクが鍛え上げている料理の腕を振るう。スエラやケイリィもそれに乗ってくる。エヴィアはそれを支援しているから我が家での食卓は基本そっち方面だ」
「俺の方はそこまで包囲網が完成されてないっすね」
「残念だったな海堂、ヒミクのレシピがそっちの双子天使たちに流れているのは把握しているんだ。次はってことじゃね?」
遠回しではない、アピールとかだな。
うちだと主に料理方面とか、衣類関係がメインだ。
仕事で疲れていると言うのは把握されていて、料理で栄養を補給して、風呂場とかでマッサージ、そして体力を回復させてからのというコンボが我が家では完成されている。
「ああ、道理でどんどん料理がおいしくなってきていると思ったっす。そしてやけに俺との触れ合いが増えていると」
その流れは海堂の家でも実施されているようで、翌日に疲れを残さないように気配りをされているのがまた何とも言えない物にさせる。
「実際このペースだと、俺の家の子供部屋が解禁される日も遠くない気がするな」
「俺もそろそろ新しいところに引っ越した方がいいっすかね?手狭ってわけじゃないっすけど今後のことを考えるともう少し広い家の方がいいような気がするっす」
屋敷の中で使っていない部屋がいずれ子供のための部屋に変わる日が来る。
スエラに続いて、エヴィアも妊娠した。
ヒミク、メモリア、そしてケイリィと続く気がするのは俺の勘違いではないだろう。
「って、こんな話をするなんて俺たちも随分と落ち着いたっすね」
「だな。家庭を持つと落ち着くって言うが本当だな」
「周りは全然落ち着いてくれないっすけどね。知ってるっすか、先輩を狙っている女性が実は多いっていう話」
「知ってる、そこに恋愛感情を含んでいない方面も含めてな」
そして酒というのはやけに饒舌にしてくれる。
「いやいや、そっち方面じゃないっすよ。テスターの女の子の中に何人か先輩にお世話になったって子とか、商店街の店員とか」
「その情報を俺に聞かせてどうするつもりだよ」
「喜ばないかなぁって」
「嫁が五人もいるのに?」
「愛妻家っすものね」
「そうだな、少なくともそっち方面で不満はないな」
けれど、その饒舌な舌でも受け入れる話と、受け入れられない話はあるようで、昔なら多少心が浮ついた話題でももう遠慮したいと言う気持ちの方が大きく、あっさりと流してしまう。
元より、貴族連中から娘はどうだと紹介されて辟易していたというのもある。
「んー他に面白い話」
「こういうのって、普通にくだらない話でちょうどいいんじゃないか?」
「くだらない話っすか?例えば?」
それ故に、恋愛という行為はスエラたちと楽しめばいいという発想になってしまっている。
だから恋愛話以外の話を求めてしまう。
「そうだな、今月俺がプライベートで使った金額とか?」
「おお、それは地味に気になるっす」
「三千円」
「え?」
「だから、三千円だ。ちょっと缶コーヒー買ったり、軽食買ったりその雑費でそれくらいだな」
「冗談っすよね、俺でももう少し使ってるっすよ」
その話題提供のために、嘘のような本当の話をしてみたら今度は懐疑的な視線を送られてしまった。
「残念ながら本当なんだよな、他の奴は全部仕事の経費で落ちるような物ばっかりでな。プライベートで個人的に買い物することなんてここ最近全くないんだよな」
「ゲームとか、雑誌とか」
「最近はもっぱら新聞よりも暗部の報告書を見るのが日課だな。ゲームなんてリアルの戦闘が目の前にあるからそもそもこの会社に入ってから全く触らなくなった」
一応、言い訳しておくが俺の月の小遣いが三千円というわけではない。
収入が少ないと言うわけでもない。
むしろかなり多い。
なのに使っている額は、昔よりもだいぶ少なくなっている。
「先輩、戦う以外の趣味を見つけた方がいいっすよ」
終いには後輩にこんな心配もされる始末だった。
今日の一言
男二人そろえば、ある程度の話の方向性は決まってしまう。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!