669 たまには男二人で語り合いたくなる
「それじゃリーダー、拙者たちはここいらで失礼するでござる」
「ああ、アメリアのこと頼むな」
「もう!次郎さん、私だって大人なんだヨ!!」
仲間との一緒の時間は長い時間を短く感じさせる。
元々予定してた時間を少し、過ぎたくらいでお開きとなった。
あの後は、仕事の話ではなくて本当にプライベートな話で盛り上がって、そろそろ未成年組を帰さないとまずい時間帯になり、今、南と北宮に勝とアメリアを送ってもらうことを頼んでいる。
「俺は一応お前のお母さんから頼まれているからな、それは勘弁しろ」
「むー」
色々と成長が著しいアメリアではあるが、まだ見た目は少女から一人の女性と成長している最中。
俺からしたら、まだ守るべき少女なんだ。
ふくれっ面を見せつつも、心配する俺の気づかいは理解しているのだろう。
仕方ないと笑みを見せるアメリア。
「ああ、北宮も気を付けろよ。お前も外に帰るんだよな?」
「帰らないわよ、今日は南の部屋に泊まるわ。それなら次郎さんも安心でしょ?」
勝と南は今は会社の寮に住んでいる。
アメリアも母親と一緒に同じ寮に住んでいるからこの三人は心配ない。
だけど、北宮だけは違う。
時間帯からして、一人で帰すのは些か不安だ。
それを理解してか、それとも元からなのか北宮は今日は南の部屋に行くようだ。
そこに甘い雰囲気を醸し出しているのは触れないようにしておこう。
「ああ、そうだな」
「次郎さんも羽目を外し過ぎないようにね。どうせこの後も飲むんでしょ?」
「ああ、ほどほどにして帰るさ」
そして、海堂はここで帰らず、ここからは俺と二次会ということになる。
「リーダー」
「なんだ?」
「これから男二人でひっそりと夜の街へ……そっちの趣味に目覚めたでござるか?」
「本気で怒るぞ?」
「失言でござった」
たまには先輩後輩という関係で飲みに行くのも悪くないと思っての行動だったが、ニシシと邪推する南の言動に、静かに魔力を滾らせると彼女は速攻で白旗を上げた。
その白旗も魔力で作ると言う器用っぷり。
「まったく、お前たちも明日に支障が出ない程度にしておけよ」
その態度に、仕方ないと矛を収めて俺は踵を返しながら手を振る。
「それは、保証ができないでござる」
「努力はするわ」
「え、ええと、はい」
何をするかは、もう何とか察せる。
だけど、これ以上触れるとセクハラと言われかねない。
「それじゃ、行くぞ海堂」
「うっす。それじゃみんなまたっす!!」
なので、ここいらがちょうどいいタイミングだ。
手を振り、そのまま飲み屋街に俺は海堂を連れ歩き始める。
「先輩、先輩、どこに行くっすか?そこら辺の店に入るっすか?」
「そうなったら騒ぎになるだけじゃすまなくなるからな。教官たちが行きつけにしている店がある。そこに行くぞ」
「まぁ、先輩だいぶ有名になっているっすからね。みんなこっちを見ているっすよ」
それだけで、俺たち、いや、俺は注目を浴びる。
魔王軍に七人しかいない、最強に近いと言われる将軍。
その知名度は魔王軍の中では知らぬ者はいないと言われるほど。
好奇心を多分に含んだ視線を浴びることにも慣れたモノだ。
仕事終わりに一杯と思ってやってきた社員からは度々見られているからそこまで視線を浴びないが、それ以外の俺の姿をあまり見ない人からの視線は良く感じる。
特に商魂たくましい居酒屋の店長からは、自分の店に来ないか期待の視線も送られるが、生憎と行く店は決めているので申し訳ない。
そして歩いていると、ちょっと雰囲気が変わる路地裏も通ったりもする。
やたら露出の高い女性たちや、着飾っている男性たちがその路地の奥から色々と混ざった視線をこっちに送ってきているな。
「ちなみに、そっち系のお姉ちゃんたちも手を振ってるっすよ?」
鍛えていれば、視線には敏感になるのがうちの会社の特徴、一時は常連で顔見知りになっている海堂は、冗談で俺に話を振ってくる。
酔いは感じるが、箍が外れるほど飲んでいるわけでもあるまい。
「そこに手を出したら俺も、お前も破滅だぞ?」
うちの嫁たちは非常に、鋭い感性を持っている。
それに多種多様の美女たちを嫁にもらっている段階で、そう言う系統にはいかないと心に決めている。
下手に行って、ハニートラップにかかるのも馬鹿らしい。
それ以上に、嫁たちにバレたらどうなることやら想像もしたくない。
「わかってるっす」
特に熱っぽい視線を送ってくる夜の店のお嬢さんたちに軽く手を振り、断りを入れつつ早々にここから立ち去る。
こういった通りの独特な雰囲気に当てられ、ここでモテるからと浮かれると痛い目を見る。
俺も海堂も妻子持ち、羽目を外すにも限度はある。
異世界であれ、男の立場はこういう時は弱くて、女性は強いのだ。
君子危うきに近寄らずってね。
あのエリアを抜ければ、騒がしいのも静まり、通りそのものの雰囲気が変わる。
最初にいたエリアを、居酒屋のように誰でも歓迎するような雰囲気だと知れば、こっちは敷居が高くなり、踏み込むのに勇気がいるような空気を感じる。
「ここっすか、高そうな雰囲気っすね」
その中でも少し奥にある、店の格式とサービスを充実しなければ絶対に店がつぶれると思われるような場所にその店はあった。
隠れたバーと言えばいいだろうか。
足を止めた先にある階段を下りたところの扉を俺は魔力を込めてノックする。
「実際この扉だけでもかなりの値段がするからな。何せキオ教官の一撃すら耐える」
「うへ、それってかなり頑丈って事っすよね?」
「貴族たちもプライベート空間として使う店だからな、セキュリティーには細心の注意を払っていると言うわけだ。その分、利用する客は一見お断り、そして紹介された客しか迎え入れない仕様で」
本日貸し切り、と書かれているプレートがかかっている重厚な木の扉が俺たちを出迎えているが。
「ちなみに、この扉はブラフだ」
その重厚でいかにも開きますよという雰囲気を醸し出している木製の扉は開かず、代わりに俺たちの足元に転移陣が展開される。
「ちょっ!?」
海堂が、いきなりの転移魔法に驚くが俺は一度連れて来てもらっていて、魔力の波長を覚えている。
よって、この後の展開はわかる。
転移された先で待っていた、スーツ姿の老紳士。
肌の色と、尖った耳を見て初老のダークエルフだと言うのがわかる。
「人王様、ようこそいらっしゃいませ」
「マスター、まずは軽めの酒とつまみを頼むよ」
彼がこの店のオーナーというのはわかっている。
そんな彼が、他の店員ではなくて、自ら接客する。
そこに遠慮は必要なく、あらかじめ用意されていたバーカウンターに座る。
「かしこまりました」
酒の種類は言わないが、彼なら問題ないのは教官たちから教えられている。
「な、なんか落ち着かないっすね」
「そう言えば、こういう店にお前を連れてくるのは初めてだったか」
通いなれている俺とは違って、場違いの雰囲気を感じている海堂は視線が泳いでしまっている。
借りてきた猫状態とでも言えばいいんだろうか。
「そうっすね、こういう店に憧れがあったと言えばあったっすけど、それで行こうって気にはなかなか」
「まぁ、俺も教官たちに連れてこられなければ来なかったな」
初めてのダンジョンというわけでもあるまい。
殺意を振り撒くモンスターがいるわけでもない。
ただ静かに、精霊たちが演奏を奏でそれを聞きながら酒を飲むだけの空間。
客は俺と海堂だけ。
演奏と俺たちの会話以外の音はマスターが静かに用意している作業の音だけだ。
「アミリさんが飲めるようになったら、来ればいい。彼女がいればこの店も入れるだろうさ」
「今の俺じゃ無理って事っすか?」
「生憎とな、ある程度の地位は必要なんだ。お前でも入れる店もあるが……」
その雰囲気に合わせて、さっきまでのどんちゃん騒ぎから一転、静かに話している。
「お待たせしました」
「ああ、ありがとう」
「どもっす」
その話を遮らないタイミングで、マスターがそっとグラスを差し出してくる。
順番に運ばれてきたが、中身は一緒だ。
「今宵は、ジェムニー伯領の良物が手に入りましたのでそちらをご用意しました」
琥珀色の酒。
ウイスキーのように見えるが、香りはほのかに甘い。
「それではごゆるりとご堪能ください」
そして一緒にナッツやジャーキーと言ったつまみの盛り合わせを置くと、そっとカウンターの奥に移動して行く。
「……なんっすかこの酒、見たことないっすけど」
「異世界の酒。それもかなりの高級品だ」
それを待ってから俺と海堂はグラスを手に取る。
俺は迷わずそれに口を付けて、海堂は少し観察していてまだ飲まない。
「うん、美味いな」
ほのかに甘味は感じるが、甘すぎず上品な味で収まっている。
アルコール度数もそこまで高くは感じない。
「果実酒っすか」
「大陸の酒は大半がワインか、エールだからな。果実酒はそれを作れる果樹園を持っている領地の領主が主導で作っている。それ故に生産量がまぁ少ない。地球と違って、製造過程に魔法を使っているから色々と手間を省くことはできているようだが、うまい酒を造れるほどの魔法使いは少ない。おかげで生産量はそこまで多くない。だから市民にはまず行きわたらず、貴族たちの嗜みになる」
俺も大陸の酒事情を知ったのは教官から教えてもらってからだ。
果実酒はやろうと思えば家庭でも作れる。
たまに梅酒を作っている家庭もあるだろう。
しかし、異世界の場合は少し事情が違う。
「とくに、この果実酒は特殊でな。黄金林檎っていう特殊なリンゴを使った果実酒なんだよ」
「黄金林檎って、どこかで聞いたことがあるような」
「その実を一つ食べれば一日老化しない、寿命延命の果実だな」
向こうの世界には地球にはない摩訶不思議でとても高価な果実が大量にある。
黄金林檎というのもその一つ。
「え」
ついさっき、若返りの秘薬で南たちが大騒ぎしていたのを覚えていた海堂は、ついグラスの中に入っている液体を見てしまう。
「ただ、酒にするとその効能は無くなって、ただのうまい林檎酒になる。だが、この味は黄金林檎でしか出せない一品でな。愛好家がいるほどのだ」
しかし、酒を飲んで不老長寿となるわけがなく、この酒は完全に嗜好品になっている。
「確かに、美味いっすね」
「ああ、俺もたまに飲みたくなる。だけど、中々手に入らなくてな」
「先輩でも手に入んないっすか」
「ああ、メモリアに頼んでいるが、それでも手に入るのは年に一、二本が限界だ。他のガチな人たちが値を釣りあげちまう」
この店は、そう言ったレアな酒を独自の伝手で用意してくれる店なのだ。
「値を釣り上げるって……じゃぁ、この一杯で」
「昔の俺たちの月給の半分は飛ぶな」
「ひぃ!?」
その分値段はお察しだ。
高給取り御用達の店だけあって、その分値段も相応なのだ。
随分と俺の舌も贅沢になったものだ。
未だ缶ビールをうまいと感じつつも、こんな高級酒を嗜んでいるのだから、
恐る恐る味わう、海堂のリアクションに満足しつつ、一緒に出された乾き物にも手を出す。
「うう、こっちのジャーキーも美味いっすけど、何の肉っすか?」
「天牛という空を駆ける牛の魔物の肉でございます」
「俺知ってるっす、それ勝君が高すぎて手を出すのを躊躇った肉っすよね」
そしてそれも高級品だと知った、海堂はどこか諦めの視線を見せるのであった。
今日の一言
たまに贅沢するのも悪くはない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!