668 真面目な話の後には、少しだけ気の抜けた話をしたくなる
南の条件は、多少手間がかかるが概ね問題はない。
勝の対応は早急に必要になるから、明日と言わず、今のうちにやっておくか。
「ケイリィさんでござるか?」
俺がスマホを取り出して、メールを打ち出したことに対応してくれていると思ったのだろう。
実際その通りだ。
「んや、うちの会社の法務部。向こうの世界で裁判を対応していた人材の中でも選りすぐりの面々だ。エヴィアをもあいつらを法律で敵に回したくないと言われるほどの知識人たちだぞ」
「それなら安心って、あれ?向こうの法律と日本の法律って違うでござるよ?」
ただ、相手がケイリィではなく、本格的に法律関連の知識に長けた方面の人材に指示を出している点で言えば違う。
「ああ、それは問題ない。そこの法務部、記憶力が異常の一言だ。敵を知るにはってやつで六法全書を三日で暗記した」
「嘘でしょ?」
この会社の人材はとにかく優秀な人材を揃えている、その優秀な部類は他はダメでこれだけは誰にも負けないと言う特化型という人材も数多く在籍している。
その実例が、法務部の面々だ。
身だしなみは整えられるが、私生活が壊滅的な癖に法律という方面で無類の知識量を誇るわが社の法務部。
文字の塊と言っても過言ではない、その六法全書をたった三日で暗記した事実を信じれない北宮の気持ちは痛いほどわかる。
いかに身体能力を強化してくれる魔紋とは言え、記憶力までは革新的に強化してくれるわけではない。
頭の回転は速くなっている自覚はあるけど、記憶力という面では忘れにくくなっている程度しか俺は感じない。
だけど、そこは魔王軍お抱えの法務部というわけで、特化型の見せどころというわけだ。
「嘘だと思うよな。俺もエヴィアが真顔で言わなければ信じなかった。未知の法律ということで、一から日本語を学んで読解が難しい言い回しを覚えて、そこからスタートだ。その段階で目を血走らせて、早く読ませろって狂気を出して、読んでいる最中はイッてる奴らみたいなお見せできない顔を晒していたみたいだ」
それをまるでダイエットを敢行して一番つらい時期に、甘味断食している女性の前に有名店のケーキを置いたときのような顔を披露し、読んでいる最中は、知識が知識が入ってくるとうわごとのようにつぶやきながら高速でページをめくっていたらしい。
「それ、大丈夫なんでござるか?」
その時の様相を語ると、流石の南も心配なようだ。
だけど、俺は今頃狂喜乱舞して、法律を調べている奴らの姿しか想像できない。
「言っただろ?エヴィアが法律という専門分野でないとしても敵に回したくないと言ったんだ。そこの奴らが、まともなわけがないだろ」
唯一の欠点は、地球の戸籍を持っていないから弁護士の資格を持っていないことだろう。
知識量と、法廷での立ち回りはベテラン通り越して、百年以上の経験を有して頼りになるらしい。
「まともじゃないって言われているのに、別の方向での安心感があるでござるな」
まともじゃない、この会社では一種の誉め言葉としてよく使われる言葉だ。
それを聞いて、南も安心して待つことにしたようだ。
「それに、この会社が有名になる前まではそこが表向きの貿易関連の法律書類を処理してたんだぞ?日本の弁護士事務所だけじゃなくて税務署とかの役所との繋がりも作ってる。向こうが下手な弁護士を連れて来るよりも前にこっちは大手の弁護士を動かすことができる」
「何でござろう、大船に乗った気で待てと言われているのに、拙者超ド級戦艦に乗り込んだ気になったでござる」
「敵対した相手は徹底的に叩き潰せがうちのモットーでね、勝たちが容赦しなくていいって言うなら文字通り向こうはろくなことにはならないだろうさ」
身内を守るためならこれくらいの動きはする。
世界相手に、少し法務部も忙しくなっているが、これくらいのことなら動かすことはできるだろう。
「っと、早いな」
そんな話をしている間に、着信がありそれを見てみれば今後のスケジュールを知らせるメールが来る。
「良かったな。うちの法務部でも、ナンバーワンの手が空いているようだ。南と勝、あと北宮で明日法務部に行ってこい」
「一番って、ちなみにどんな人か聞いてもいい?」
「法律に魂を売った女傑、法律と結婚した女性、法律信者、まぁ色々と呼び名は多いが、基本常識人だから安心しろ、ただ私生活もすべて捨てて法律という世界に身を浸したダークエルフだからそこら辺の地雷を踏んだらとんでもないことになるから気を付けろ」
どうやら、俺の関係者ということで早々に動いてくれるようだ。
正直助かる。
けど、動いたのがこの人か。
いや、優秀で頼りになるんだけどな。
「ちなみに聞くでござるけど、その地雷とは?」
「法律に興味があるとだけは絶対に言うな。法律講座が三日徹夜コースで待ってるぞ」
全てが法律優先なんだよな。
法律の仕事は最優先で片付けてくれるから問題は起きてないが、厄介なのは自分が感じる法律知識での快楽を他人にも感じてほしいと言う同類を求めるタイプなのだ。
「拙者は大丈夫でござるな。香恋、勝は大丈夫でござるか?」
「ちょっと、心配ね。向こうの世界の法律には興味があったから次郎さんに言われてなかったら言ってたわ」
「俺も」
それさえなければ、基本的に問題ない人物だ。
「そこさえ気を付ければ基本的に仕事優先で片付けてくれる。それと一応言っとくが、感情論は通じないからな、相手は法律を順守する存在だ。好悪の感情は度外視して行動をする」
そして、法律に関係する人は基本的に感情に左右されない。
心的損害に類似するときも、客観視を忘れないのだ。
「要は、淡々と処理すればいいってことでござるね。拙者の得意分野でござる」
「そうね、その点は南がいれば安心ね」
大体の人はここで折り合いがつかなかったりするのだが、南がいるから俺もそこまで問題視はしていない。
「でもそう言う人ってドラマとか漫画でこういう展開だとそんな鉄の乙女が勝君を見て一目ぼれして、大変なことになるって言う流れがあるっすよね。勝君年上キラーだから、気を付けた方がいいかもしれないっすね」
しかし、海堂の言葉に場の空気が一気に別の方向に流れ始めた。
「いやいや、あり得ないですよ!俺、そこまで持てないですし」
「いや、あり得るでござる」
「そうね」
「え、二人はそっち側なノ?」
その空気を断ち切るために、勝は否定し始める。
海堂としても半分以上冗談なんだろうが、南と北宮は自分たちが惚れ込んだ理由を自覚している分、仕事一筋、それ以外を知らない女性がサポート特化の優しさを見せる勝を会わせたらどうなるかを考えたのだろう。
二人の反応を見て、俺も冷静に考えてみる。
「割と、シャレにならないかも?」
「え、先輩もそっち側何っすか!?」
ダークエルフの女性二人と婚約している身として、ダークエルフの女性の特性というのは多少なりとも理解している。
一度惚れ込んだら一途に愛してくれる。
その分、他の興味のない男性に関してドライな対応になりやすいのだが。
今回の組み合わせを考慮してみるとあながち、海堂の言った展開があり得ないと否定できる要素がないことに酔いが冷める。
「担当を男に変えてもらうか」
勘が囁き始めている。
こういう時は、素直に従っている方がいい。
海堂とアメリアが、本気かと問いかけるような目を向けてくるが生憎と勘を無視するとろくなことにならないのは実証済みなんだ。
「そうね、出来るならそうしてくれた方がいいわ。次郎さんの勘が囁いているなら本気で」
「拙者も、香恋に同意でござる、リーダーの勘は最近じゃ予知と言っても過言ではないくらいに当たるでござる」
「二人が言うなら、俺もそうして欲しいです」
そして依頼主たちが言うなら、了承のメールを担当変更の依頼メールに変えようとした時だった。
「マジか」
再度着信があり、そのメールのタイトルを見て、返信メールを保存して俺はそっちを開いて口元が引きつった。
内容は、法務部の方で対応できる弁護士事務所の選別完了の知らせだった。
そこまではいい、仕事が早いと言うだけの話だ。
問題は、それの差し出し人が依頼した法務部からじゃなくて、ケイリィが指示を出している部下からの連絡ということだ。
メールの内容を速攻で読み進めると。
「すまん」
俺は南に素直に謝る。
「リーダーが素直に謝ると言う点がかなり不安を煽るでござるな、何をやらかしたでござるか?」
「……俺が想像しているよりもお前たちの立場が、会社からは重要に思われていたらしい」
そしてそっと、そのまま指はスワップして、その文面を見せた。
「えっ」
「うわ」
「マジっすか」
「あー」
「Oh」
勝は驚き、南は引き、海堂の口が引きつり、北宮は天井を見上げ、アメリアは呆然とする。
皆の個性的なリアクションを引き出した代物、それは。
「拙者も予想外でござる、この程度で動くんでござるか」
「最悪、警察機関や児童相談所を挟むつもりでいたが、あいつらが本気で動いたら国家機関を動かせるって今知ったわ」
警察ではなく、公安を動かしてしまった。
「恐らくだが、勝への揺さぶりとメディアの動きでどこかの国が関与しているかもしれないと言う趣旨を伝えたんだろうな。少しでもうちと日本が不仲だと言う情報が出回れば格好のチャンスになる。それが嫌なんだろうな」
「拙者的には間違いなくいい結果になるのはわかるんでござるが、こういう解決の仕方は予想外でござった」
公安、それは公共の安全と秩序を維持することを目的にする警察だ。
主な仕事は国家体制に対して脅威となる組織、所謂テロ組織などの反社組織を相手取るような集団だ。
本来であれば、そんな組織が出張るような案件ではないはずなんだけど、向こうの動き方が今の情勢的にヤバい方向に踏み込んでしまったようで、裏にヤバい組織や別の国が関わっているのではと思われてしまったのだろう。
実際、俺はイスアルの関与を疑った。
法務部の奴らもそれを疑った結果なのだろう。
合同で、勝の母親の調査と対応を行うと言うことになった。
「とりあえず、俺的には解決のめどが立ったと思っていいだろう」
結果が、ただの一個人が竜の逆鱗を触れてしまったかの如く国から目の敵にされてしまった。
どう言う結末になるにしろ、向こうは二度と勝と関わりたくないと思うだろうし、メディアも下手につつけなくなる。
これで、完全に勝は親子の縁が終わる。
「安心していいんでしょうか」
「むしろこれ以上に安心する方法となると、本気で別の世界に移住することになるぞ?地球じゃ勝のことを保護すると言う名目で軟禁するような組織が多いしな。この会社内にいるとなると、日本国籍は残る。干渉しようと思えば干渉できてしまう。それが嫌なら、ノーディス領に家を用意するからそっちに住むか?」
一つの家族が、終わった。
そうなのに、勝の顔に悲壮感はない。
どちらかと言えば、決着がついたことにまだ実感がないと言う感じなんだろうな。
「そこまでしてもらわなくても大丈夫です」
「む、異世界に別荘の一つ持っているのも悪くはないと拙者は思うでござるよ?」
しかし、俺からすればその気持ちはわかる。
この調査の結果次第で、何が出るかわからないのだから。
今日の一言
真面目な話は必要だが、少し砕けた会話が恋しくなる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!