667 出来なさそうで、出来るそんな提案
「それで?条件って言うのはこれだけか?」
職場環境の改善を求めてきたのは予想外であるが、理由が理由であるので納得はした。
「それで拙者が終わると思っているでござるか?」
「思ってねぇよ」
だけど、その後が問題だ。
さっきから俺の勘が警鐘を鳴らしている。
これから出てくる何かがかなり問題だと直感で悟っているのだ。
ここまで、普通に可能な範囲で叶えられるモノで終わっているのがなおのこと嫌な予感を加速させる。
そして、俺はこの話を断ることができないのだ。
「それで?他にどんな条件があるんだ?」
「む、嫌そうでござるな」
「仕事が増えると判って喜べたら、俺はこの会社に入ってねぇよ」
「そりゃ、そうっすね」
嫌な顔こそ出さなかったが、声のトーンは少し下がったのだろう。
オフィスの移転にしろ、引継ぎにしろ、やるべき仕事が増えたのだから。
しかもそれが、自分で言い出したことなのだから世話がない。
そこまでは良いんだ。
だけど、ここ最近の俺の勘はほぼ外れない。
些細なところで外れることはあるが、こういった大事な場面で外したためしがない。
となればだ。
「ええ~そこまで難しいモノではないでござるよ?」
「それは俺が聞いてから、判断する」
「冷静でござるな。そっちの方がリーダーらしいと言えばらしいでござるが」
「そう言う言葉を言う時点で、俺に厄介事を頼もうとしているのは明白だよなぁ」
「拙者のことをよくわかっているでござるな。流石リーダー」
「褒めても、できないことはできないって言うからな」
この勘は正常に稼働していると言うこと。
「それじゃ、言うでござるが拙者たちの保護者たちから縁を切らせて後見人になってほしいでござる」
「……動いたのか?」
そして案の定、さっきまでニヨニヨと緩んだ笑みを引っ込めた南が口に出した言葉を俺の耳が拾った瞬間、スッと頭がクリアになる。
南と勝に関しては警備を十全にしていたはず、万が一のことがあってはならないと言う判断だ。
そして、その周囲の動きを常に監視している情報は常に俺の耳に入るようにしている。
その報告を聞いた覚えがない俺は、南の提案に目を鋭くさせたのだろう。
「怖いでござるよ、ただでさえ魔力の量が多いんでござるから、余計に迫力が出るんでござる」
「……すまん」
「良いでござるよ、それくらい拙者たちを気にかけてもらっていると言うことでござるから」
なだめるように、南が手を振ってくるので、俺も自然と漏れた魔力を抑え込む。
「それで、話は戻すでござるが、動いたかの話でするならリーダーの心配するようなことはまだでござる。電話やSNSではしょっちゅうでござるよ。それこそ顔も見たことないような自称親戚からも連絡が来ているでござるよ。拙者は無視は決め込んでいるでござるが」
「それに関しては報告を受けているな、物理的な接触がないから放置していたがそこまでひどいのか……」
「ひどいでござるよ~育てた恩を返せって、言う言葉を親から聞く日が来るとは思わなかったでござる。だから、税理士と弁護士雇って、現金もたせて縁切りの手続きをしようと思った次第でござって、拙者と勝の分をお願いできないでござるか?」
「勝もか」
「いや、むしろ勝の方が酷いでござるな」
そして聞いてみればまぁ、酷い。
ちらっと見せてくれた南のスマホには、スパムメールの方がまだまともな文章をおくってくるのではと思うくらいに太鼓持ちが口にししそうな言葉の羅列。
それが実の親や親せきから送られてくると考えると、今まで南がどういう扱いを受けて来たか理解できる。
そして、南よりも勝の方が酷いのか。
勝の方を見てみれば、このタイミングでいうのかと南を睨んでいる勝がいるが、すぐに溜息を吐いて諦めてスマホを取り出して俺にとある画面を見せてくる。
「これは……」
「母からです」
「ああ……」
そのままスマホを受け取って中身を見てみれば、文面だけを見れば近況報告を兼ねた親子の会話というやつだ。
「浮気して出て行った女にしては、中々綺麗な文章でござろう?」
「現実を見れない大人としか思えねぇよ」
元気にしているかというありふれた文章から始まり、家を出て行った経緯をこれまたメルヘン脳全開で語り、自分は悪くない、あの時は仕方なかったと言い訳全開の言葉をツラツラと並べて。
「言い訳が言い訳になってねぇし、最後の方はまとめれば金がないから一緒に住んで養ってくれだろ?寄生する気満々じゃねぇか」
結局のところ自分のことしか考えていない。
「というか、どうやって勝の連絡先を手に入れたんだよ?こういうの変えるだろ?」
「勝のお父さんから教えてもらったみたいでござるよ。あの人の神経は一度医者に診てもらうべきでござる」
「なぜそう言う流れに?普通教えねぇだろ」
「さぁ?考えたくもないでござる」
そんな毒親への連絡手段をどうやって手に入れたのかというと、普通に勝の保護者が教えていた。
こりゃだめだと、勝の家庭環境がかなり心配になるレベルだすぐに理解した。
「南が心配する気持ちは分かった……問題は勝が未成年ってことと」
頭を掻きながら法律で問題ない範囲で手を出せる方法を考えれば、手段としては出来なくはない方法はいくつか思い浮かぶ。
未成年である勝のことを考慮しても十分にどうにかなる。
「勝の意思だな。勝、お前はどこまでやるつもりだ?いや、どうなってほしいのが一番都合がいい?」
しかし、この場合一番重要になるのは勝がどうしたいかだ。
外野がガヤガヤと騒ぐのはいいが、結局のところ勝の意志が最重要なことには変わりがない。
「俺は……」
スマホを返しながら意思を確認する。
一回だけ、頷き、数秒の沈黙を隔て。
「もう、関わりたくないです。家を出たあの日から一度も連絡はなかったです。何を今更って気持ちしかあの人には湧きません。何より」
そっと顔を上げた時の勝の顔には覚悟が宿っていた。
家族仲は俺の家はかなり特殊だが、愛はあった。
それと比べるのもおこがましいほど、勝の家は冷めきっていた。
「南と香恋さんに迷惑をかけたくありません」
「……わかった」
その冷めた熱をもう一度温めなおすより、今ある居場所の熱を大事にしたいその気持ちは痛いほど伝わってくる。
そうかと俺は頷き、そして納得し。
「だったら任せろ、悪いようにはしない」
南の頼まれごととしてではなく、仲間として対処に当たろうじゃねぇか。
「南、他に頼み事はねぇんだな?」
「ないでござる、これが解決するなら拙者は喜んで課長になるでござるよ」
「うし、なら話は早え。勝の問題を片づけて、第一課の面々を全員引っ越しさせてそこから引継ぎの流れだ」
残っている酒を全部飲み干して、テーブルに置けば、カランと氷がグラスを叩いて鳴らす。さっきまで楽しんでいた空気がしんみりとしてしまったが、心配といった不安の色は見えない。
「言葉で言うのは簡単だけど、そんなに簡単に行くの?あっちはれっきとした血縁者よ?もし仮に法律の方面で手を出して来たら」
しかし、疑問は残るのだろう。
北宮の言う通り、現状未成年の保護者として親が出て来たら流れ的によろしくない方面になる可能性は十分にある。
蒸発して姿をくらませていたという実情があるとしても、父親が親権を放棄してしまえば残りの保護者はという流れになる。
「十中八九、その手で来るだろうさ。どこのどいつから聞いたかは知らんが、勝の羽振りの良さを把握している輩がいる。だが、その羽振りの良さが勝の最大の武器になる。未成年の一番のネックは金銭面と責任能力だ。金がないから自立して生活できない。未成年だから社会的信頼がない。この二つをカバーするのが親の役目だ。だけどそれは普通の未成年ならの話だ。世の中探せば、高校生で自立して生活している例はいくらでもいる。その例に勝は当てはまる。経済面で言えば、そこらのサラリーマンなんて目じゃないほど稼いでいるし、学業と並行して家事もして稼いでいる」
だが、それは普通の子供ならと前提条件が必要だ。
言っちゃなんだが、勝の家庭環境がここで功を成したと言っていい。
悪環境に身を置いていたからこそ、勝の自立心が鍛えられた。
「並大抵の人間じゃできない所業だが、勝はそれができてしまった。そしてその実績は大きな武器になる」
皮肉にも親が距離を取っていたおかげで、勝は親がいなくても生きていけると言う実績を造り上げてしまったのだ。
「どう言うきれいごとを並べようとも、勝から離れて生活したと言う現実は無くならない。言い訳をしても勝には関係ない。親としての責務を放棄したのなら相応の対応が必要だ」
淡々と現状を説明すればするほど、勝ち目しかない戦いだと理解できる。
法律が、親子関係を認めようと、それ以上の関係は構築できない。
「でも、そう簡単に諦めるっすかね?この手の人って結構諦めが悪いと思うっすよ?」
「諦めないだろうな、なにせ自分と血のつながっている、それも親子関係って言う近い関係の人間が金持ちになっているんだ。どんな手段も躊躇わず使ってくる可能性もある」
「え、それってヤバくないっすか?」
「ヤバくはない、面倒ではあるがな」
それを理解していて勝に接触して来た〝だけ〟なら、そこまで問題はない。
だけど、その知識を植え込んだやつがいるのなら、思った以上に面倒な話になってくる。
さっきも話した通り、この戦いは順当に行けば勝ち戦だ。
だけど、心情的に、もっと言えば周囲の感情を巻き込むような戦術を展開されたら面倒なことになる。
「リーダーは相手がどういう手を使ってくると思うでござるか?」
「メディアだな、それもメインじゃなくてゴシップ系の方面のやつだ。今うちの会社は世界中から注目を浴びている。今のところは良い話をメインに取り扱われているが、醜聞を欲しがる輩はいくらでもいる。ちょっとした不祥事を得たら水を得た魚のように拡張してあたかも真実かのように語る輩もそれと同じくらいにいる。そして何もしらない民間人はそれを信じて、真実を知らずに無知のまま俺たちを悪として叩く」
俺の考え過ぎか、それともこれも盤外戦術なのか。
イスアルか、それとも諸外国のどこかが揺さぶりをかけて来たか。
考え過ぎならまだいいが、どうもそう簡単に済む話じゃないような気がしてならない。
「うげ、それって炎上待ったなしじゃないっすか」
「それをやられたらただでは済まないわね。こっちがいくら説明しても信じてもらえない。言ったもの勝ちじゃない」
「そうならないようにうまく立ち回る必要があるってだけだ。勝はあんま気にすんな。大なり小なり、この手の話は他のテスターにも付きまとってる話だよ」
アメリアに続いて、今度は勝か。
戦争の準備段階に入る前に身軽になるつもりが、仕事が増えた気がしてならない。
だけど、放置するわけにもいかんよな。
話が進むにつれて、どんどん顔が強張っていく勝の緊張をほぐすために、俺は何ともないと言うがごとくに、皿に残っていた料理に手を伸ばす。
少し冷めているが、味的には問題ない。
「うん、美味い」
「リーダー、拙者たちは真剣に相談してるんでござるよ?」
「こっちも真剣に考えてる。最終手段であるお袋のコネを使うことも辞さない」
「あ、それなら安心でござるね」
もう少し、気楽に終わると思ったんだがなぁ。
今日の一言
できることはしっかりと把握すること
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
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