664 社内恋愛大いにいいではないか
「その、きっかけは南なんですけど」
照れつつも、結局は話してくれる勝の素直さに俺は若干の心の汚れを自覚する。
何というか、純粋に幸せを享受していると言えばいいのだろうか、恥ずかしさの中にも嬉しさという感情が混じっているあたりで青春してるなと感じさせる。
おかしいな、今飲んでる酒、ウイスキーなのに甘く感じるぞ。
「俺と、南が……その付き合っていることは最初は隠していたんですけど、同じパーティーの人に隠し続けるのは難しいし、隠しているのが後ろめたくなったんですよ」
ポリポリと頬をかきながら、ポツリポツリと勝は語る。
社畜時代のように仕事に追われ、一時の家族の触れ合いに癒しを感じていた俺とは違い、純粋に青春を謳歌している勝。
そのことを羨ましく思いつつ、この純粋な勝の影に南がいてどうやってこの青春っぽさを演出したかが気になり始める。
俺が言うと説得力なんて皆無になるが、日本において複数の異性と付き合うことはよほど特殊な環境でない限り白い目で見られる。
ラノベのハーレム主人公なんて学校で誕生したら総スカンをくらうに決まっている。
俺と海堂がそれを成しているのは偏に向こう側の世界の常識が、こっちと違って一夫多妻に寛容だからだ。
戦争が多発し、人の死が隣り合わせになっている世界だからこそ有能な人物の遺伝子を残そうとする本能的なモノが脈々と引き継がれてきた結果がハーレムという文化の形を造り上げたわけだ。
俺は才能を元にした実力でそれを造り上げて、海堂は運と人柄ゆえにその立場を造り上げた。
けれども、勝と南、そして北宮という三人の関係はその文化からは遠く離れた現代の常識を兼ね備えた存在だ。
普通に恋する相手が、他の異性と一緒にいることは嫌悪するし、場合によっては落胆もするだろう。
それで感情が冷めたりすることもあれば、逆に燃え上がって奪い合いになると言うパターンもあったりする。
だけど、今の勝にはその様子はない。
南が何かしたなと勘づくのに必要な情報はあった。
しかし、どういう手段を使って北宮の常識を篭絡したのか気になるところだ。
「それを南に相談したら、やることがあるから少し待てといわれまして」
ああ、やっぱりと俺と海堂は目線で頷き合う。
正直に南と勝の関係を告白したら、潔く北宮は身を引いてしまっただろう。
自分の心に蓋をして、そっと仲間の距離感を維持することに専念したはずだ。
しかし、それはない。
南と北宮の距離感、そしてこの勝の照れている顔を見ればわかる。
「そのあと、南が香恋さんのことをどう思うかって聞いてきて、そこからその」
「根掘り葉掘り聞かれたって感じっすか」
「はい」
「こういう時の幼馴染は強いな。付き合いが長い分嘘をつく時や誤魔化す時の癖を見抜きやすい」
「……はい、その通りです」
そして、なるほど南のやったことがなんとなく察せた。
まずは勝の北宮への感情を調べた。
悪い感情を抱いていないと言うのはわかっていたが、具体的にどれくらいの感情を抱いていたか。
仲間として仲良くしたい。
これが基本になる。
だけど、それだけでは異性として関係を成り立たせるのは難しい。
「そうしたら、香恋さんが俺のことを好きだと伝えてきて、最初は戸惑いました。俺としては南と、その付き合い始めたばかりでしたし、いきなり他の女性を紹介されるのは戸惑いましたし、何考えているんだって思いました」
「そりゃそうだ」
「俺たちの状況がおかしいってだけで、勝君はなにもおかしくないっすね」
そもそもの条件で互いに好意があったとしてもその好意の種類が恋愛方面に偏らなければそう言った関係は成り立たないんだ。
そして俺から見たら北宮が勝に恋愛的な好意を寄せているのはわかっていたが、勝が北宮に恋愛的な好意を寄せているかはわからなかった。
そこでその関係を次の段階に進めるために南が色々と画策したか。
まずは認識を変えることか始めたと言うわけか。
ウイスキーの味は変わらないはずなのに、少し甘めの酒だなと認識する程度には勝の話は青春の甘酸っぱさを伝えてくる。
ある意味でテーブルの上に残っているつまみたちよりも酒の肴になると言うわけか。
海堂もビールからチビリチビリと飲む濃い目の酒に変更して、話を聞く姿勢を見せている。
「だけど、南が言ったんです。確かに私がやっていることはおかしいけど、香恋さんの気持ちも真剣なんだって」
「ああーそう言う流れっすか」
「そう言われたら男として無下にできんわな」
南のやつ正面突破できたか。
いや、下手に遠回しな方法でこじれるラブコメ漫画的な展開にならなくて良かったけど、これは直球すぎじゃないか南さんよ。
「俺としては、普通に南のことが……好きなので他の女性のことをそう言う風に見れるかどうかわからなかったんですよ」
「モテ期が来たって思わなかったんすか?」
「茶化すな海堂。まぁ、俺もメモリアの時は驚いたしな。常識的に考えて彼女がいる状態で他の女性に現を抜かすっていうのは不義理になる。お前は真面目だからな、そこら辺も考えるんだよな」
自分以外にも勝を好きな女性がいる、それが仲間の北宮だって直球でぶつければ勝なら戸惑うだろうさ。
下手をすればパーティーの解散の危機になりかねないほどの爆弾を南は何と言うか簡単に放り込んできている。
「はい」
ここで俺モテモテだぁ!!って喜べる性格だったら勝もそこまで悩まなかったんだろうけど、良くも悪くも勝は常識人だ。
南と交際を始めてさほど時間が経ってない状態で別の女性を紹介されても、は?と疑問符を浮かべるだけだ。
俺や海堂という実例を見ていたとしても、俺だから、海堂だからと、個別の対応を勝はする。
所謂、他所は他所、自分は自分というやつだ。
「でも、南の言うことも尤もだなって思ったんです。こう言うことで南は嘘をつかないので、それなら香恋さんの気持ちには真剣に向き合わないといけないって思って真剣に考えたんです」
「ほうほう、それでそれで?」
しかし、他人の恋愛話ってなんでこうも面白いんだ?
酒が良いペースで進む。課長職に関しても南のやる気が意外なところから湧き出てきて、もしかして何とかなるのでは?と、いい兆しが見えているのも助けになっている。
海堂が、先を促しているのを俺は酒を飲みながら見守る。
「そうしたら、最初は南と香恋さんの三人で出かけることから始めたんです。外に出ることはかなり大変でしたけど、方法がないわけではないので、魔道具でこっそりと変装して出かけるのもなんだかんだ言って芸能人になった気分でちょっと楽しかったんですよ」
そこで語られるのは勝と北宮、そして南というちょっと変わった組み合わせでの出来事。
「そこで、改めて香恋さんのことを女性として見ようと意識したんです」
そこで発揮される勝の真面目具合。
幼馴染に言われて、相手も真剣だからという条件だからこそ発揮されたとも言えるか。
いや、この場合、俺や海堂という実例を知っているから複数の女性と付き合っても成功できると言う知識を持ってしまったからか?
どっちにしろ北宮には追い風になり、俺たちにとっては勝の常識を曲げてしまったと言う、ちょっとした罪悪感を感じることになった。
そして、真面目に相手の好意に答えようとするとなれば。
「そうしたら、一緒にいれば一緒にいるほど香恋さんのことを目で追うようになってしまって……」
「ああ、好きになっちゃったんすか」
「はい、その通りです。それを自覚した時はそのかなり落ち込みましたが」
「ああ~それは」
「海堂、俺たちはとやかく言える立場じゃねぇぞ。安心しろ勝、それは俺たちも通って来た道だ」
自然と自分も相手に好意を抱くようになる。
開き直って、俺は愛が多い男なんだと言えるような男なら悩まないんだろうけど、勝は生憎とそっち側の男ではない。
純粋に二股をしてしまったと言う嫌悪感に苛まれてしまったと言うわけだ。
それに関して俺たちからできるアドバイスは少ない。
自分の心に素直になれと言っても、相手側が許してくれなければただのクズ野郎だ。
今回の場合は、南が色々と画策した経緯があるから例外中の例外だ。
俺と海堂はついに勝もこっち側に足を踏み入れたのかと、感慨深いような、来てしまったかという虚無感といえばいいのか。
日本人としては祝福しがたいが、同じ立場の仲間としては歓迎できる。
「こうやって仲良くやっている。それでいいじゃねぇか」
そして、これ以上のことを聞くのは野暮ってものだ。
勝と北宮がどういう経緯で結ばれ、南と三人で関係を進めて来たかは聞いていいモノじゃない。
「そうっすね」
それを海堂も納得して頷いてくれる。
「ああ、でも、次郎さんに一つ相談が」
勝もこれ以上話すと、R指定の入りそうな話題だったようで、少しほっとしている。
けれども少し、思い直して、ちょっとだけ俺の側に近寄ってコソコソと話すような声量で俺に話しかけて来た。
「相談?」
「はい、その、色々な女性と婚約をしている次郎さんじゃないとわからないと思うんですが」
「え、俺もそう何っすけど」
海堂がその質問を聞いて自分を指しているが、ここは一旦スルーで。
「あの、女性がどっちがいいと服を二つ見せてきたときの対応を教えてほしいです」
そして、勝の質問は男にとって幸せな厄介と言われる類の質問だった。
「ああ、それか」
かく言う俺もそれは経験したことがある。
スエラ、メモリア、ヒミク、エヴィアそしてケイリィと付き合っていれば買い物も一緒に行く。
最近はもっぱら商人の方が品物を持ってきて、そこで色々と見たりすることが増えたが、店に行くのもまた違うと言うことでデートの定番になっている。
そこで聞かれるのが勝の相談というわけだが、ぶっちゃけこれに必勝法という物はない。
女性が見せてきたときは、男性の好みを聞きたいんじゃなくてシンプルに背中を押してほしい時の質問だ。
片方側に心の中では決めているけど、片方側にも未練がある。
だから、男性に背中を押してほしいという願い。
だが男側からすれば二分の一の確率で喜ばれ、もう半分の確率で落胆されると言う究極の二択。
好きな女性の心を読めるか読めないかが分水路になる。
「あまり俺は参考にならないぞ?」
「参考にならなくてもいいです」
そんな俺も何度か失敗しているが、それでもある程度の勝率を誇る方法がある。
けれど、これが勝にできるかどうかは定かではない。
言うだけならタダだ。
だったらいいかと思いつつ。
「率直に言えば身体能力でのゴリ押しだな、買い物中はできる限り相手を観察し続け、どんなことを考えているかを予測しやすい情報を集める。じっと見つめるんじゃなくて、俯瞰的な視線を使って、さりげない視線の中で情報収集をするんだ。後は会話は全力で記憶だな。雑誌とかの話をしているとその時の好みを知ることができるな」
正直、魔紋で強化した肉体で全力で情報収集すると言う脳筋戦法しかこれには対抗できない。
もっとスマートに考えるのならトーク術を磨いて自分の失言をカバーできるようにすればいいだけなんだが。
「それ、先輩だから出来る荒業っすよ。俺、アミリちゃんやシィクちゃん、ミィクちゃんにできる気がしないっす」
「僕も、出来るかな」
「だから言ったろ、参考にならないって」
そんなことをしつつ時間は過ぎていくのであった。
今日の一言
他人の恋愛話を聞いて癒される日が来るとは思わなかった。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!