662 本題を切り出すのはタイミングを読む必要がある
宴もたけなわというわけではないが、ある程度料理も食べ進め酒も進むとその会場の雰囲気は落ち着きを見せ始める。
互いの近況を報告し合い、プライベートでの話も進む、酔いが回っているけど、気分がいい状態。
海堂たちも魔紋によって強化されているからか、泥酔ということはない。
そろそろか。
「海堂、南、少し良いか」
「ん?何っすか先輩」
「おろ、随分と真面目な雰囲気でござるな」
どんちゃん騒ぎにというほどではないけど、久しぶり故に色々と話すことがあって色々と盛り上がってしまった。
生憎と、どうにか仕事を前倒しにして作った時間を楽しんで終わってしまったらケイリィに無言で頬をつねられてしまう。
「まぁな、お前たちの近況確認も兼ねているがこっちの方が本題なんだわ」
それを避けるために、最早何杯空けたか忘れた酒のグラスを机に置いて南と海堂を手招きする。
「本題とは……厄介事の予感っすね」
「なら大丈夫でござるね。海堂先輩の予感の的中率はそこまで高くないでござるよ」
「確かに」
「南ちゃんはともかく、北宮ちゃんまで!?」
用があるのは海堂と南だけ、だけど聞かれたくない話ならそもそも他の面々を呼ばない。
なので聞いてもいい話だと判断した残りの面々も自然とこっちに注目し、グラスを傾けながら南の言葉にぼそっとつぶやくように北宮が同意した。
その事実にひどいと、海堂は嘆くがそれも。
「まぁ、いいっすけど」
振りと取れるようなやり取りを見て、海堂と南は。
「なぜ正座をする?」
「いや、大事な話ならこの姿勢っすよ」
「そうでござる」
これもまたふざけた雰囲気を醸し出しながら、決め顔でそれを言う。
こいつら魔紋で強化されているから正座も平気だと思ってやがるな。
「まぁ、じゃぁ、最後まで貫けよ?」
だけど、俺がこれからする話って結構長いんだよなぁ。
正座って慣れて、綺麗に座れば平気なんだけど、素人の座り方だと結構足に負担がかかるんだよな。
もちろんと笑顔で返事をする二人。
アルコールも結構入っているからこその無謀なのかもしれないが。
「それじゃぁ、本題だが、お前たち出世したいか?」
俺からすれば話を聞いてくれるならどんな姿勢でも問題はない。
「出世っすか?」
「えー、嫌でござる。責任を持つことなんて絶対に嫌でござる」
だからこそ、気にせず俺の役職を引き継ぐ旨を海堂たちに伝えようと思ったのだが、出世という単語を聞いた途端に南が、両手でバッテン印で拒否反応を示してきた。
「そもそも、出世したらあの課長たちと一緒の立場になって色々と調整しないといけないんでござろう?そんな面倒なことしたくないでござる」
大本命の南に、拒否される。
それはある意味で予想通りだ。
「というか、俺課長職にお前たちをするって言ってないんだが」
だけど、妙に具体的な拒否り方だな。
「そんなのわかるに決まってるでござる!!リーダーの最近の忙しさとテスター活動からの離脱、それに加えて最近不穏な噂が色々と積み重なってダンジョンテスト部門の管理を他人に任せないといけなくなった。だけど、派閥的に自分の身内で固めておきたい。それなら海道先輩か私に白羽のは矢が立つ。QED!!」
「お前の察しのいい所、俺は好きだぞ」
頭の回転が速い南のおかげでおおよその説明が省けた。
「好きだって言ってもらえるのは嬉しいでござるが、拙者には勝がいるでござる」
「そう言う意味での好きじゃねぇよ。話を戻すが、真面目な話し俺の仕事がこれからさらに忙しくなってな、ぶっちゃけそっちの管理までする余裕がないんだよ」
場の雰囲気は完全に南が持っていったが、真剣な話だけど、口調自体は砕けた状態で語り掛ける。
好きという単語を異性同士の恋心に繋げようとした段階でバッサリと切り捨てて、話の軌道修正に入ろうか。
「ぶっちゃけて言えば、俺とつながりがない奴が課長職につくとお前たちの扱いが非常に面倒くさくなる」
「そこまで派閥争いがひどくなってるの?」
その話の修正内容に第一課全体が関係しているとなれば、流石に無関係じゃいられない。
それを察した北宮も話に参戦してくる。
「さらにぶっちゃけるとひでぇの一言じゃすまない程度には悪くなってるな。新人の将軍ってだけで目を付けられているが、それ以上に敵が本腰を入れて来たってわけだ」
「「っ」」
息を飲むのはわかる。
俺も当事者じゃなければ、面倒だって顔をしかめてた。
「どこまでが味方で、どこまでが敵か、その線引きも危うくなってきてる」
敵が純粋にイスアルだけというのであれば、それ関係を警戒すればいいのだけど、今の敵は同じ魔王軍のメンツも加わってきている。
獅子身中の虫、それが俺の中での警戒心を跳ね上げさせる要因になっている。
「そこで信用できるやつに第一課を任せて地盤固めをしたいわけなんだ」
その警戒心を跳ね上げた環境でも、ここにいる面々は信用できる。
それ故に後釜を頼みたい。
「なぜ拙者が候補に入っているんでござるか?海堂先輩はわかるでござる、だけど、拙者は理解できないでござる。こういうまとめ役というのなら拙者よりも北宮の方が向いていると思うのでござるが」
俺の事情は理解してくれたようだ。
このままだと、俺の身動きがとりづらくなる。
少しでも身軽になる必要があると理解したけど、それでもやりたくないと言う意思を南は伝えてくる。
ここまで嫌がっているのなら、海堂に任せて後見人としてアミリさんを巻き込む方針がいいかと思えてくる。
無理矢理だけは絶対にやらないと思いつつ。
「南は正社員になることが確定しているが、北宮に関しては正社員になるかどうかの返事がまだだからな。流石にアルバイトを課長にするわけにはいかないからな」
「香恋、こんな優良な職場を辞退するつもりでござるか?」
だけど、選考理由はしっかりと説明しておかないといけないよな。
「私の場合は親がうるさいのよ、今説得中。私だってさっさと正社員になりたいのよ」
北宮も課長になる可能性はあったのだけど、MAOコーポレーションが表世界に進出してきたことによってできた影響が悪い方向に出てしまったのだ。
なんなら、今すぐ会社を辞めろとも言われていて、絶賛喧嘩中らしい。
俺は、北宮の気持ちも親の気持ちも理解できてしまう。
この会社の仕事は本来であればかなり危険な仕事だ。
肉体的に、精神的に、痛みを伴う。
そしてやっていることは暴力以外の何ものでもない。
それ自体を嫌悪し距離を置かせようとする北宮のご両親の気持ちは理解できる。
だが、その反面、ここで仲間を得てやりがいを感じて、自分の居場所を見つけた北宮の気持ちも理解できる。
俺的には北宮よりの思考なんだけどな。
そして、親と聞いて顔をあからさまに南はしかめる。
それは彼女の生い立ちからすれば仕方ない反応だ。
海堂の親は理解を示してくれたから特に問題はない。
アメリアの母親は既にこの会社の社員として働いているから今更アメリアの仕事に関しては何も言わない。
勝の親は勝に関心がなく、こっちから連絡を取らない限り向こうからの反応はない。
南は昔から両親との仲が悪いうえに、彼女自身もかかわりを持ちたくないと豪語している。
そんな面々の状況の中、北宮は普通に親とも仲が良く、彼女自身も親を尊敬している。
故に無下にできず、だけど引き下がることができない。
その関係性が面倒なことになっている。
勝手に自分の都合を貫き通せば、親子とて関係性は崩れてしまう。
それを北宮は危惧しているわけで。
「そう言うわけで、ここで北宮を課長職に推薦してしまうと俺の手で親子の関係を悪化させてしまうからな。流石にできん。勝とアメリアの二人は純粋に年齢不足だ」
「そう言われたら仕方ないでござるな」
そう言った要素が絡まって今回の課長推薦は外れたわけだ。
その事情に関して南は渋々納得、しかし。
「だったら海堂先輩一択じゃないでござるか、迷う必要はないでござるよ」
「俺もそれができたら良かったんだが……」
「南ちゃん、俺じゃ力不足なんっすよ」
それでも自分は無理だと言いつつ、ターゲットを海堂に向けようしている。
だが、その矛先をやんわりと海堂は掴み自分から逸らした。
「この会社は実力主義っす。俺も今はまだステータスが伸びているっすけどそれでもみんなと比べれば成長はかなり遅いっす。まだまだ諦める気はないっすけど、それでも今の荒れている状況で管理職になれるほどの実力があるかって話になると無理って自分でもわかる」
海堂は自分の実力を理解している。
弱いとは言わない。
事実、海堂の実力は魔王軍でも中堅以上の実力を持っている。
専用武装を駆使すれば、上位陣にも食い込める。
だけど、最上位陣の実力には食い込めない。
海堂の強さは限定的なのだ。
そしてそれは魔力適正という、決定的な才能の差を覆すにはまだ至っていない。
時間が、時間が足りないのだ。
「なに、シリアスになろうとしているんでござる。拙者と一緒で責任者になりたくないだけでござろう?」
「あ、バレたっす?」
それを冗談かのように振舞っているが、さっき言った言葉も本音だろう。
正座で神妙な顔を作っていた海堂が、一転してバレたっすとお茶らけているが、海堂自身頼まれたら課長にはなるだろう。
だが、俺やケイリィの見立て通り海堂の実力が到達していない。
その地位を守るための、力が足りないんだ。
「さりげなく拙者に責任を擦り付けないでほしいでござる」
「ええ、だって絶対南ちゃんの方が向いてるっすよ」
「事務仕事なんて面倒なこと絶対にやりたくないでござる。リーダーが本業でやっていた時の仕事見て、あこれ拙者には無理だと確信したでござる」
あと一年時間があれば迷いなく海堂を課長に推薦したんだけどなぁ。
ヴァルスさんの力で訓練してもいいんだけど、あれをやると変な癖がつくからなぁ。
「それでも俺よりは向いているっすよ」
「いやいや、海堂先輩の方が先に入社しているんでござるよ?」
課長になれば給料も上がるんだけど、今現在でもかなり稼いでいるから二人にとってそれはそこまで魅力的には映らない。
どちらかと言えば、権力争いの一端に関わることの方がだいぶデメリットに感じている様子。
理解もできるし、共感もできる。
俺でもその話を聞いたら遠慮しますと言うかもしれない。
「そうかぁ、そんなに嫌か」
「「嫌でござる(っす)」」
正直、こうなる可能性は考えていた。
海堂も南も、権力というか地位にあまり固執しない。
自分が楽しめる範囲で稼げればいいと言う感覚だ。
責任感はあるが、背負いたいと思える範囲が狭い。
こういう意味では、北宮や勝の方が上に立つ人材に向いている性格ではある。
「なら仕方ない、無理にやらしてもろくなことにはならんからな」
事情を説明して、同情心で管理職になってもろくなことはない。
ここいらが引き時か。
「そもそも、拙者たちに頼むのが人選ミス何でござるよ。拙者でござるよ?元半引きこもりでござるよ?」
「それを言うなら、俺、元チンピラの社畜っすよ?」
それにしても随分と自分への評価が低いなこいつら。
「馬鹿言うな、俺はお前たちなら信頼できるって思ったから話を持ってきたんだ。そこまで自分を卑下するな」
さてさて、断られたのなら別の手段を考えないとな。
今日の一言
話の流れを読んだ方が話しはスムーズに進む。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
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